第291話 支配者

 翌日


「魔軍が撤退した!?」

「うん」


 作業場にて、俺はクリスから話を聞いて驚きの声を上げた。


「……嘘だろ?」

「ほんとみたい。魔軍が使ってた格納庫は完全にもぬけの殻で、旗艦になってる巨大戦車もなくなってるから多分確定」

「そういや朝方なんかすげぇ音してたな……。てっきりルナリアさんがアーマーナイツ転がして、はしゃいでるもんだと思ってたが。どっか出かけただけじゃないのか? 遠征とか」

「帰って来るなら全員を連れて行く必要はないよ」

「確かに」

「噂だけど、デブルと魔軍の指揮官が喧嘩したみたい」

「イングリッドさんが……。まぁどっちが立場上かわかんなくなってたもんな」


 出ていくならルナリアから何か一言くらいあってもいいのにと思ったが、それは自惚れかもしれない。

 少しの寂しさを感じると共に、逆にほっとしている自分もいる。もし脱獄するなら彼女と対峙せねばならなかったからだ。

 俺たちが話をしていると、作業場に現れた看守が声を荒げる。


「これよりデブル様より大事なお話がある。囚人は全員外へ集合せよ!」


 俺とクリスは嫌な予感を感じつつ、外へと出た。

 するとフェンスに囲また作業場の外には囚人がウジャウジャとしており、一体何があるのだと不安げに表情を曇らせていた。

 しばらくしてデブルとハラミが、全校集会をする校長の如く前に立つと、拡声の魔法石を握りしめながら演説を開始する。


「諸君ワシはデブル。ヘックスの王だ」


 その一言で元ヘックスの民である囚人たちは顔をしかめ「何が王だ、裏切り者の豚め」と恨みの声が漏れ聞こえてくる。


「この度体制の変化があり、君たちの大好きな魔軍には帰還してもらった。よって魔軍が構成した囚人の労働プラグラムを再度見直すことにした。何、案ずることはない、短くなった労働時間と食事が元に戻るくらいだ。むしろそちらの方が慣れているだろう?」

「ま、マジかよ……」

「なんてこった」


 囚人たちから絶望の怨嗟が聞こえてくる。


「あぁ、そうだ奴らが仕入れた食材が少し残っている、全て使いきるまでは朝飯くらいは出してやろう。王であるワシの厚意に感謝してもらいたい。まぁそれも数日持たんと思うがな」


 そう言って鼻で笑うデブル。

 魔軍がいなくなり監獄が元の地獄に戻ったということで、ようやく人間らしい生活ができると思っていた囚人たちは、上げて落とされる形になったわけだ。


「ワシらも本当はお前たちを苦しめるような事はしたくないんだぞ? だ~が~、貴様らはここのトップが誰か勘違いしているようなのでな。あまり犬を甘やかすと飼い主の手を噛むこともあるだろう? そうならぬよう君たちを躾けているのだ。今誰によって生かされ誰に媚びるべきなのか、もう一度考えてほしい。命というのはたった一つだ、大事にしてほしい。フハハハハハハ!」


「最悪だな……」

「うん、ほんと死ねって感じ」


 デブルの性格の悪さに、俺とクリスは小さく毒づく。

 だが、これで魔軍とデブルが喧嘩したという事実は決定づけられた。


「さて、これで終わりでは味気なかろう? 面白い余興を用意した」


 デブルがパチンと指を鳴らすと、そこには囚人と看守が10人ほど、手枷をはめられて横並びにされていた。

 その中にはイングリッドさんがヴィンセントで軽くあしらった、城壁警備のパーシーの姿もある。あいつ生きてたのか。


「こ奴らは名誉あるヘックスの民であるにも関わらず、ワシではなく、あろうことか悪魔どもを崇拝する異端者だ。よって神の名のもとに断罪を行う」


 並ばされた囚人たちは、どうやらイングリッド”寄り”とされる人間たちらしい。

 デブルは部下からマスケット銃を受け取るとニヤリと口元を歪める。

 隣にいたハラミも同じく銃を受け取ると、黒い笑みを浮かべた。


「嫌だ! 死にたくない!」


 手枷をはめられた囚人が大きく取り乱して泣き叫ぶと、デブルは満足げに頷く。


「そうだろう、そうだろう。誰だって死は怖い。本来なら即銃殺なのだが、ワシは慈悲深い。今城壁の門は開いておる、ワシらは今から60秒だけ待つ。その間に門の外まで走って出られたら釈放、無罪とする」


 無茶だ、作業場から城門までどれだけ距離があると思ってるんだ。軽く見ても2キロはある。そんなの逃げ切れるわけがない。

 顔を引きつらせる囚人たちの前に、ハラミがかわって説明を続ける。


「主旨は理解しましたか? 命がけの鬼ごっこをするだけです。逃げ切れば自由を、捕まれば死を、ワクワクしませんか? たった一つしかない命が散る瞬間、さぞかし美しいものが見れると思っています。さぁゲームを始めましょう」


 ハラミはまるでお花でも摘みに行きましょうと言うかの如く、可憐な笑みを浮かべる。

 すると涙目になったパーシーがデブルへとすがりつく。


「デブル様! 私が間違っていました! このパーシーがお仕えするのはデブル様ただお一人だけです! どうかどうかお許しを!」

「フハハハハハ、そうかそうか、では死ね」


 パンッと軽い音が鳴ると、パーシーは頭を撃ち抜かれてその場に倒れた。


「命乞いは見ていて最高だな。見ろこの間の抜けた死に顔を、絶頂してしまいそうなほど愉快だ。フハハハハハ!」

「そうですか? 私は無様すぎて好きではありませんが。濁った命を消してもつまらないです」

「お前もいずれわかる、この快感がな。それではカウントダウンを開始せよ! 狩りの始まりだ!」

「60秒前!」


 看守が声を張り上げてカウントを開始すると、手枷をつけられた囚人と元看守たちは悲鳴を上げながら逃げ始めた。


「野郎……」

「ダメだよ。絶対に出ちゃダメだよ」


 足が自然と前に出るとクリスは俺を羽交い絞めにする。


「お願いだから耐えて。今君を失うわけにはいかないんだ」

「だからってあんなの許していいのか」


 狂った親子の虐殺劇。こんなもの許されていいわけがない。

 60秒のカウントはあっという間に終わり、逃げる囚人に向けて銃口が突きつけられる。


「クリス離せ!」

「ダメだ! ごめん……君の命を守る為なんだ」


 クリスは悔し気に歯噛みしながら、俺に変な臭いがする布を嗅がせる。

 すると俺の意識はすっと遠のいて倒れてしまった。



 気がついたのは全てが終わった後だった。

 脱出できた囚人、看守は一人もいない。無惨に銃殺された複数の遺体が、看守によって片付けられているところだった。

 クリスは俺を見てすまなさそうに詫びる。


「ごめんね」

「いや、いい。俺が出て行っても出来ることは何もなかった……」


 俺よりもヘックスの民を殺されたクリスの方がきっと悔しいはずだ。彼女が冷静な人間で良かった。

 そう頭では思いつつも俺は地面を拳で殴りつけた。

 クソが。

 デブルの野郎、絶対に許さんからな。


「クリス、今晩オスカーのもとへ行こう。あまり来るなと言われたが状況が大きく動いた」

「うん、そうだね。こんなこと繰り返させちゃいけない。人は……玩具じゃないんだ」



 その日の晩、高級独房棟へと忍び込むと、オスカーとグランザムは牢屋の中で俺たちを待ち構えていた。


「来ると思っていた」

「ハラミの野郎、意気揚々と魔軍を追い出してやったと自慢してやがったぜ」

「これチャンスだよな?」

「ああ、間違いないぜ。敵同士が喧嘩して厄介な方を追い出してくれるなんてな」


 グランザムはやったぜとガッツポーズをするが、オスカーは眼鏡を白く光らせていた。


「どうしたんだオスカー?」

「いや、グランザムの言う通り、あまりにも都合が良すぎる。魔軍の将イングリッドはデブルと違い無能ではない。今の状況で警備を下げるメリットが一つもないことくらい理解しているはずだ」

「じゃあ罠だってことか?」

「罠にはめる人間がいない」

「それはオレたちじゃねーのか?」

「何の力もない囚人を罠にハメてどうする。もし我々の脱獄を予見しているなら撤退する方が理にかなわない」

「た、確かに」

「強いて言えばデブルを殺そうとしている……としか思えんが、魔軍がデブルを殺す理由がない。一体何を考えている……」

「悠長なことは言ってられないぞ、魔軍がいなくなったことでデブルたちの歯止めが利かなくなりつつある」


 今日の事を思い出して俺が言うと、オスカーは首を縦に振った。


「無論、今が好機なのは間違いない。動きが読めない魔軍がここにいないというだけでも大きなアドバンテージになる。作戦を進めよう」

「わかった」

「大まかな作戦を確認するぞ? 強制労働中、扇動者を使い囚人たちに一斉蜂起暴動を起こさせる、囚人と看守が争っている隙に収容棟を放火、新型が収容棟地下から出てきたところを強奪、奪った新型で城壁に穴を開け脱出する。いいな?」

「ああ」

「では細かいところを詰めよう。城壁はどれくらい腐食している?」

「南側城壁に黒い染みが出来始めてる。あれ、中が腐ってるからだろ? 多分早くしないと看守にバレるぞ」

「その状態なら奪った新型で容易に破壊することができるだろう」

「ただ、暴動を引き起こす扇動者トリガーとなる人間が確保できていないんだ」

「それは我々で確保することができた」

「本当か?」

「ここに新しく配属された雑務職員メイドが数名いるのだが、その人物たちと仲良くなった」

「えっ、凄い。オスカーが自分から人と仲良く接するなんて初めてじゃない?」


 クリスは驚いて目を丸くする。


「私の相談を日々聞いてもらっているうちに仲良くなったのだ。彼女達とはシンパシーを感じる」

「へぇ、オスカーの悩みってなんなんだ?」

「あぁ、それは恋愛そ――」


 グランザムが無理やりオスカーの口をおさえる。


「連想ゲームだそうだ。連想ゲームで仲良くなったんだ」

「あれ? 今相談って」

「ゲームだから気にすんな。ほんと気にすんな」

「んっん。対象者相手に言うべき話ではなかったな。気にしないでくれ」


 オスカーはなぜか照れながら、白く光る眼鏡を持ちあげる。

 グランザムとクリスはなぜか申し訳なさげにしている。


「?」

「お願い一生気づかないで」

「でも、雑務職員なんか仲間にしてどうするんだ? 作戦決行のとき、その人たちが直接扇動できるわけじゃないだろ?」

「いや、扇動者なしで暴動はおこしてもらう。職員達には食事に腹痛を起こすハライタインダーハヤクデテクレ草を食事に混ぜてもらう」

「その草、もうちょっとマシな名前なかったのか」

「クリス、お前なら用意できるな?」

「うん、大丈夫だよ」


 クリスは植物の種がたくさん入った木箱を開くと、一つの種を成長させる。するとマンドラゴラのように根が大きく膨れあがり人型の形になった。

 確かに腹を押さえて必死に腹痛をこらえながら、トイレをノックしているような人型根に見える。


「ほんとに腹痛そうだな……」

「よし、これは私からメイド達に渡しておく」


 オスカーは毒草を受け取るとソファーの下に隠す。


「囚人たちが腹壊して暴動が起きるのか? 便所の前では起きそうだが」

「これは胃が痛くなるだけで、腸はあまり関係がないから大丈夫だ。これを食事に混ぜられたとき君はどう思う?」

「そりゃ腹痛くなって、くっそふざけんなよって」

「君と同じように、周りの囚人が一斉に腹痛を訴えたらどうだ?」

「野郎なんか混ぜやがったなって……あっ、そうか」


 ポンと手を打つ。囚人が一斉に苦しみ出したら、誰でも食事に一服盛られたと気づく。


「恐らく看守たちは誰かが悪戯でやったのだろうと思い、苦しむ囚人たちを嘲るだろう。それが朝昼晩と続いたらどうだ?」

「いい加減にしろ、ぶっ殺すぞって思う」

「その通りだ。後は看守と囚人が軽く衝突するだけで、炎は燃え上がる」

「なるほど……」


 今日の囚人銃殺事件もあり、皆が立ち上がる可能性は高い。


「扇動者の件はそれでいい、火事の準備はどうだ?」

「鉱山勤務の協力者に頼んで廃棄用の燃料ガスを収容棟の発電機近くに並べてもらった」

「上出来だ。では、最終確認だ。夕食後、腹痛を起こした囚人たちが看守と衝突、暴動が起きる。その間に君は高級独房棟一階にある守衛室に向かって鍵を探すんだ」

「鍵?」

「この首輪の鍵だ。ハラミがそこに鍵を保管している。きっと奪われた武器の類もそこだろう」


 そうだ、クリスやオスカーたちは首輪のせいで、力を制限されているんだった。

 俺も黒鉄を取り戻さなきゃならない。


「オレのアイザンテッツァーっていう斧があるんだ、それも多分そこにあるから一緒に取り戻してくんねぇか?」

「僕のも多分あると思う」

「わかった、集めておく」


 全員から取り戻してほしい武器を聞き、忘れないようにスマホにメモをした。


「彼が鍵と武器を探している最中、クリスお前は収容棟に火を放ち混乱を大きくさせろ。そして新型が地下から移動してきたところを襲い、メタトロンとタナトスを強奪。一機は腐食した南側城壁を破壊し、逃走路を確保。もう一機は作業場を取り囲んでいるフェンスを破壊、囚人たちを逃がす。いいな?」

「大丈夫だ。決行はいつにする?」

「デブルの支配が続けば囚人たちは反抗する気力を失う。早い方が良い」

「じゃあ明日だな」


 そう言うと全員が頷く。

 

「ちゃんと逃げられるかな……」


 不安げなクリス。準備はしてきた、後は実際新型が動かせるかが大きな鍵になるだろう。だが――


「逃げ出すってより、この監獄全部ぶっ壊して出てやるつもりで行こう」

「その通りだ。ここはもう我々が守って来たヘックスではない。敵の一拠点にすぎん」

「ああ、自分たちが一体何を閉じ込めてるか、しっかり理解してもらおうぜ」


 話し合いを終え、俺たちが高級独房棟から出ようとすると、オスカーが俺を引き留めた。


「少し待ってくれ。腕を出してほしい」


 言われて俺は腕をまくって差し出した。

 オスカーは自身の人差し指を光らせると、俺の腕に古代文字のようなものを書き記す。


「あっつ!」

「我慢したまえ。強化のルーンを刻んでいる」

「オスカーは強化や相手の弱体魔法を得意としてるんだよ」

「そりゃ凄いな」


 両腕、両足にルーンが刻まれ強化は完了した。


「あくまで気休めだ。首輪のせいで大した力はないが無いよりかはマシだろう」

「それでもありがとう。生きてここを出ような」


 そう言うとオスカーの眼鏡が白く陰っていく。


「君はどんな時も……凛々しいな……。私はもう戻れんかもしれん」

「ん?」

「いや、何でもない。生きて出よう」


 グランザムは早く帰れとなぜか焦り気味で俺たちを追い返し、クリスに手を引っ張られながら牢へと戻った。

 決戦は明日だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る