第292話 プリズンブレイクⅠ

 作戦決行日――

 早朝、看守の手によって牢屋の中にバナナが一本ずつ投げ込まれていく。

 一応朝食の扱いなのだが、これではまるで動物園のゴリラになった気分である。


「これ食べなきゃダメか?」


 本日の食事には腹痛を起こす毒が混入されており、それを契機として暴動を起こさせる手はずになっていた。

 バナナの皮には不自然な穴が開いており、一部黒ずんでいる。どうやらここが毒の部分で間違いないだろう。


「毒が入ってるとこだけ切って捨てちゃえばいいと思うよ。後は皆が苦しみ出したら演技で苦しめばいいと思う」


 隣にいるクリスは、毒の部分を千切って格子窓の外へと放り投げる。


「なるほどな」


 俺も同じように毒を捨てていると、近くの牢からうめき声が聞こえてきた。


「随分効き目の早い毒だな」

「ほら、僕たちも。うっ、お腹がっ……」


 クリスは汗を噴き出しながら、その場に倒れ込み小刻みに痙攣しだした。

 なにこいつ演技うますぎない? 大丈夫? 腹さすろうか?


「ほら、君も早く」

「う、うぅ。持病のシャクが(棒)」


 凄まじい嘘臭さで俺はその場に倒れた。


「君、少し毒食べた方がいいかもね」

「ほんと大根ですまん」


 するとオスカーの予想通り、看守たちは倒れて苦しむ囚人たちを見てゲラゲラと笑い出した。


「こいつら全員腹壊してやがるぜ」

「食当たりしたみたいだな。汚ねぇから漏らすんじゃねぇぞ」


 ウハハハハハと下品な笑いを響かせる看守たち。

 予想してたことだが胸糞の悪い連中である。

 しかも苦しんでいる人を警棒で突っついて遊びだす始末。

 不謹慎なことだがこちらにとっては好都合だ。その怒りを腹に溜めこんでくれ。

 今日後二回それあるから、ほんとすまんと心の中で謝罪する。

 毒草の痛みは20分程でおさまり、調子悪そうな囚人たちは腹を押さえながら作業場へと向かう。

 恨みを溜める土壌が出来ていたこともあり、看守たちを睨み付ける者が多く、着実に敵視が向いているのがわかる。


 それからしばらくして、ようやく囚人たちは落ち着きを取り戻した。

 俺も作業をしようと思ったところ、不意に肩を叩かれて振り返る。

 すると、そこには坊主頭に剃り込みを入れたチンピラみたいな男、ジェームズ・ポンチの姿があった。


「なんだ? ポンチ」

「ポンチはやめろ、ジェームズだ」

「なんだよ、わざわざ自分の名前言いに来たわけじゃないだろ? 爽やかな朝に電マみたいな頭見せるなよ」

「何を言っているかはわからんが、バカにされていることだけはわかるぜ。いいのか? そんな口きいて」

「どういう意味だ?」

「……昨日の晩見ちまったんだよ」

「何をだ?」

「お前がコソコソ隠れながら牢の外に出るところだよ」

「…………」


 ジェームズはニヤリと口の端をつり上げる。

 しまった警戒はしていたつもりだったが、まさか見られていたとは。


「ちょっと何言ってるかわからないです」

「わかるだろ。何いきなり敬語になってんだよ」


 動揺が言葉に出てしまった。


「なんだよ、別にチクったりなんかしねぇよ。どこ行ってんのか知らねぇけど、企んでんだろ?」


 脱獄計画をよ、と頬をつり上げ悪役面を見せるジェームズ。

 最悪だ。こんな信用ならない男に、しかも作戦決行日にバレるなんて……。

 しかし不幸中の幸いはクリスが女だってバレてないことだ。もし女だってバレてたら、真っ先に言うか、そもそも俺の方に来ずクリスの方に話を持ち掛けていたと思う。


「俺もその話、噛ませてくれよ」

「安心しろ、時期が来たらわかる。俺たちは一人で逃げ出したりなんかしない」

「オイオイそれを信じろって言うのか? いいのかよ……俺の一言でお前たちの脱獄計画、全部ぶち壊せるんだぜ?」


 ヘヘヘと舌を見せ、危ない薬の中毒者みたいな笑みを浮かべる電マ頭。

 これを信用しろとか無理だろ。顔に僕は裏切りますって書いてるじゃねぇか。

 どうする決行日をずらすか? いや、オスカーたちはもう今日の予定で動いてるはずだ。中止を伝える手段がない。しかも例え中止したとしてもジェームズにバレてしまった事実はかわらない。

 それならもう押切るしかないか。


「仲間が一人増えただけだろ? 手伝ってやるぜ脱獄計画をよ。ヒッヒッヒッヒッ」

「わかった。お前には囚人の扇動役を頼みたい」


 俺は今日行われる脱獄計画を、新型強奪の部分を省いてジェームズに説明する。

 ここまで来てぶち壊しにあうくらいなら仲間として活用し、裏切りそうになったらその場で対処するしかない。

 いや、こういう悪そうな奴ほど実は悲しい過去を持ってたりして、良い奴だったりする意外性が……。


「ほぉ……強引な計画だがおもしれぇ。魔軍もいなくなったことだ。俺は晩飯の後に看守を殴り倒しゃいいんだろ?」

「ああ……やれるか?」

「任せろ。仲間集めといてやる。荒事は得意分野だぜ。ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ」


 ダメだ、多分コイツに意外性はない。



 その日の晩、作業中に支給された夕食の黒パンを食べた囚人たちは、腹を押さえて本日三度目となる腹痛を訴えていた。


「ぐぅ、腹が痛ぇ……」

「畜生、今日三度目だぞ」

「いい加減にしやがれ……」


 作業場では四つん這いになって、痛みに必死に耐えている囚人たちの姿が至る所で見られる。

 苦しみながらもその目には苛立ちと怒りが見て取れる。当然だ、何度何度も毒を仕込まれて笑いものにされたら誰だってキレる。


「休みは終わりだ。さっさと働け! ラインを止めるな! 気合が足らんから腹痛なんぞになるのだ!」


 看守が、気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! と痛みに喘ぐ囚人を次々に蹴り上げていく。


「畜生、魔軍がいなくなった瞬間これかよ……」

「誰だ、今魔軍の話をした奴は? デブル様より、魔軍に関する名を出したものは厳しく罰しろと命令が下されている! 貴様か! 気合いの足りん貴様か!」


 痛みに苦しむ囚人たちを手当たり次第に殴りつけていく気合いの看守。

 そこにジェームズ・ポンチが割って入った。


「おい、ふざけんじゃねぇぞ。こっちは腹が痛ぇって言ってんだよ……」


 と言いつつ、ジェームズは腹痛を起こしていない。

 それもそのはず、毒が盛られると情報を知らせていたので、ジェームズは食事をとっていない。


「なんだ貴様は、さっさと作業に戻れ!」


 ジェームズの周囲に奴と似たような、刺青入りのゴロツキ風の囚人が現れ、看守を取り囲む。

 皆鉄パイプやスコップをその手に握りしめ、ジリジリと看守に近づいていく。


「な、なんだ貴様ら。下がれ!」

「…………」

「下がれと言っているのがわからんのか! 気合いを注入されたいのか!」


 ジェームズ達の無言の圧力に押され、冷や汗まみれの看守は、とうとうゴロツキの一人を殴りつけた。

 それが開始の合図となり、ゴロツキ囚人全員が一斉に看守に襲い掛かった。

 筋肉質な囚人が看守の頭をつかみ、容赦なくベルトコンベアに叩きつける。

 うわ、痛そう。

 騒ぎを発見した別の看守たちが笛を吹き鳴らし、慌てて駆けつけて来た。


「貴様たち何をやっている!」

「看守様に気合いを入れてんだよ!」

「ふざけるなクソ虫共が! 持っているものを捨てろ!」


 いつもならこの程度すぐに鎮圧されて終わる。だが、看守たちへのフラストレーションを溜め続けた囚人は、ジェームズの行動に触発され烈火の如く怒りを爆発させる。


「なんでお前らみたいな奴らにこんな扱いを受けなきゃならないんだ!」

「そうよ、あたしたちはあんたらの玩具じゃないのよ!」

「傭兵崩れのくせに支配者気取りか! 何が気合いだふざけるな!」


 痛みで苦しんでいた囚人たちは、作業場にあるネジや電池を手当たり次第投げつけ、看守たちを一斉に攻撃する。

 やがてその怒りは暴動と化し、一カ所で起きた怒りの火は瞬く間に燃え広がり、作業場のあちこちで怒声が鳴り響きだした。

 俺とクリスはその様子を確認し、そろりそろりと作業場を抜けだして行く。

 作戦の第一フェイズはクリアだ。次はこの暴動に火事を追加して更に騒ぎを大きくする。


「クリス、俺は守衛室に行って首輪の鍵と武器を探す。お前は収容棟に火をつけるんだ」

「了解!」


 オスカーの指示通りクリスと別れ、俺は高級独房棟へと走る。

 コソコソと警戒しながら廊下を進んで行くと、なんなく守衛室にたどり着いた。

 恐らく皆暴動の鎮圧に向かっているのだろう、警備がかなり手薄だ。

 俺は守衛室の扉に耳をくっつけて中を伺ってみるが人の気配はない。

 チャンスチャンスと思いながらドアノブを引っ張ると、当然ながら鍵がかかっていた。

 そんな時のマスターキーとばかりにメタルスライムの鍵を使って俺はあっさりと中へと入――ろうとしたが、球体になったメタルスライムが液状化せず鍵穴に入らない。


「しまった、こいつエロがないと固まったままだった」


 この切羽詰まった時にエロが必要とは、なんとも間抜けな展開である。


「おいおい頼むよメタルスライムちゃん、もう経験値稼ぎで君の仲間乱獲しないし、出会った瞬間音速で逃げられてもイラッとしないから」


 ダメだ、全然入らん。ガッチガチに固まったままだ。

 しくじった、クリスを連れてくるか、俺が火付け役をするべきだった。

 どうする、今から収容棟へ戻ってる時間はないぞ。


「くそっ、しょうがねぇぶっ壊すか」


 守衛室の扉は木製だし、体当たりすりゃ壊せるだろ。

 そう思い体当たりを繰り返してみる。


「こんにゃろう! セイッ! セイッ!」


 ドスンドスンと大きな音が鳴るが、扉は揺れるだけでビクともしない。

 なにこれすっごい頑丈。

 やっぱクリス呼びに行った方がいいかなと思った瞬間、背中に殺気を感じ取って、俺は体を大きく逸らした。

 すると守衛室の扉に調理包丁がカッカッカッと三本突き刺さり、白刃が煌めいた。

 やばい、ドンドン音たてちまったから守衛が帰って来たか? そう思い振り返ると、そこには両手に包丁を握りしめたメイド服の少女が立っていた。

 普段気が弱いくせに、戦闘になるとそんな弱さを微塵も感じない、ウチの隠したままでいたい秘密兵器の一人、ポンコツ忍者こと銀河の姿がそこにはあった。


 一瞬泣きそうになった。


 なんでこいつがこんなところにいるんだとか、そんなことどうでもいい。

 銀河も俺を見て、手にした包丁をポロリと床に落としてわなないた。


「お、お館様――」

「銀河……」

「お館様! お会いしたかったです!」


 銀河はひしっと俺に抱き付いた。俺はそれを抱きしめ返し、すかさずスカートの下にメタルスライムを差し入れた。

 掌の上でドロリとスライムが溶けたのを確認し、守衛室の鍵穴に差し入れる。


「いいタイミングだ。よし開いた」

「あ、あのお館様、感動の再会が……」

「今は時間がない。動きながら話を聞く」

「はうっ、お館様がいつになくシリアスモードに」

「俺は顔はふざけてるが、やってることは基本シリアスだからな。いいからお前も首輪の鍵探すの手伝え」

「あぁ、この自分の容姿に対する辛辣な自虐、紛れもなくお館様です!」


 どこに信頼を置いてるんだ、このバカ忍者は。

 俺と銀河は守衛室へと入り、首輪の鍵と没収された武器を探しながら彼女がここに来た経緯を聞く。


「なるほど、オリオンやフレイアたちと地下穴掘ってここまで来たのはいいけど、途中崩落にあって他の仲間は来てないと」

「はい、自分達も潜入後見つかってしまい、看守さんにお願いして給仕係として雇ってもらったんです」

「ゼノ連れてよくそんなことできたな」

「はい、クロエさんの色気のおかげです」

「そこはお前が房術的なもんでなんとかしろよ」

「してもよろしいのですか?」

「絶対ダメだから、俺以外にしたら発狂レベルでキレるからな」

「だと思いました。お館様意外とヤキモチ焼きですもんね」


 何を嬉しそうにしている。俺は自分を棚上げして女は縛るクズだぞ。


「もしかしてオスカーの協力者ってお前たちか?」

「あの眼鏡のちょっとかわった方ですよね?」

「お前より100倍まともだと思うがな」

「そ、そうでしょうか?」


 銀河は思うところがあるのか首を傾げる。


「それで一緒に来たオリオンたちはどうしたんだ?」

「騒動が起きて、恐らく作戦が始まったのだろうと見回りに」

「ならそのうち合流できるな。オスカーの奴、作戦の事で何か言ってたか?」

「暴動と同時に南側城壁に向かって逃げろと。あることが起きて壁が崩れるとおっしゃられていました」

「なるほど、そのあることを起こすのは俺たちなんだけどな」


 銀河に作戦の詳細を話しながら守衛室の中を探すと、首輪の鍵を発見した。


「マジックキーだ」


 カードみたいな四角い形をしたキーで、マジックアイテムによる拘束を解除する術式が書かれている。これを使って首輪を外すことが出来る。

 それと同時に牢屋の鍵束も発見することが出来た。


「後は没収された武器だ」

「お館様、こちらに武器庫と書かれた部屋があります」


 銀河の方に向かうと、守衛室の中に扉があり、この隣にもう一部屋あるようだ。

 木製の扉には武器庫と書かれたプレートがぶら下がっている。


「銀河、ぶっ壊せるか?」

「お任せください」


 銀河は素早く印を結ぶと口元に握った手を当て、拳の中に息を吹き込むようにして術を発動させる。


「超忍術火星大爆発マーズアタック!」

「えっ、ちょっと待って君、この狭いところでそんなの使ったら――」


 狭い守衛室に爆炎が巻き起こり、俺は火だるまになって部屋を転げ回った。


「どわちちちちち! お前はアホなのか! そんな火力高いの使ったら部屋の中全部燃えるってわかってるだろうが!」

「ひん、すみません!」


 怒鳴られて涙目になる銀河。でも、なぜか嬉しそうだ。


「なんで喜んでんだよ」

「あの……不謹慎ながらも、久しぶりだなと思いまして」

「泣くな」

「嬉し泣きです。お許しください」

「……ここ出たら毎日それだ、覚悟しとけ」

「はい!」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る