第264話 クリストファー
ハラミの怒りを買った俺はオスカーたちと別れ、今度はダッサイ灰色の作業着に着替えさせられるといくつもの棟を通って作業場へと向かう。
強制労働、一体どんなことをさせられるのか。俺のイメージとしては巨大な歯車をたくさんの人間で回したり、巨大な切石を背負わされたりするのだが。
「貴様にはハイパーディスチャージャーのラインを担当してもらう」
「ハイパーディスチャージャー……」
よくわからないが、何か重要なシステムな気がする。
これはもしかして、アーマーナイツの生産ラインの中核に配属されたのでは? そう思った。
看守がゴゥンゴゥンと何かの機械音が響く扉を開くと、中はむわっと暑く、部屋の中心には巨大な溶鉱炉が見えた。
作業部屋にはベルトコンベアが何本も伸び、炉から抽出されたばかりの金属が成型され恐らくアーマーナイツのパーツとおぼしき部品が凄いスピードで流れていく。
俺は看守に連れられて、自身の持ち場らしき場所にやって来た。
目の前のベルトコンベアの上には赤熱した大量のネジが乗っており、次から次に通り過ぎていく。
「これがハイパーディスチャージャーだ」
「……ネジでは?」
「ハイパーディスチャージャーだ」
「ネジでは?」
「黙れ!」
怒った看守に無駄に警棒でぶん殴られてしまった。
くそ、中枢でもなんでもねぇ。ただのネジ工場じゃねぇか。
頭のネジが飛んだ女の下でネジを作らされるとは皮肉がきいている。
「班長! 班長はいるか!」
看守が声を荒げると、ベルトコンベアの隣に立っていた中年男性が慌ててやってきた。
「はい! 自分だす」
作業帽を被った気の弱そうなオッサンは看守を見てペコペコと腰低く頭を下げる。
どうやら彼がこの作業場のリーダーらしく、友人の親戚で農家をしているオジサンがいたのだが少し雰囲気が似ている。
班長は帽子をとると薄くなった頭が見え、後頭部の辺りにコインサイズの火傷が見えた。
引きつった笑いをする口は、すきっ歯で前歯の何本かが無く、黄色や黒の虫歯が目立つ。
体も満足に洗えていないのか、彼が近づくとツンと鼻をつくすっぱい臭いが漂って来た。
ぶっちゃけていうと、かなり不潔なオッサンだ。
「相変わらず気持ちの悪い顔をしているな」
「ヒヒッ……か、勘弁してくだせぇよ。元からでごぜーますだ」
「こいつを配属する。ハラミ様の命令だビシバシコキ使え」
「は、はい」
看守は班長に俺を引き渡すと、すぐに去って行った。
ベルトコンベアが常時動いている作業場内を見渡すと、警棒を持ったミスリル鎧の連中が数人目を光らせており、不審な行動を起こしたらすぐにでもぶん殴ってやると薄い笑みを浮かべている。
班長はすぐさま手を叩いて、他に作業をしている囚人たちを呼び集めた。
「皆、集まれ! 新人が入ったぞ!」
集まって来た男女10人ほどは皆疲れた目をしており、何か新しいことに興味を持つ気力もないと言った感じだ。
「おい、クリストファーはどこさ?」
「さぁ、さっき裏でエグザムプラグインをいじってたから。聞こえてないんじゃないか?」
「クソ、あんのグズめ」
班長は肩を怒らせながら、溶鉱炉の方に走って行ってしまった。
しばらくして班長は、金の髪をした美しい少年を無理やり連れて帰ってきた。
文字通り無理やりで耳を掴んで引きずるようにしており、あれはやりすぎでは? と思わずにいられない。
「い、痛いです! 班長痛いです!」
「オメがグズだからいけねぇだ! さっさとこっちゃ来い!」
「自分で歩けます! お願いだから離して!」
「うるせー! ミスばっかするくせに、口答えだけは一人前だな!」
無理やり連れてこられた少年は、少し涙目になっていた。
それ以外にも俺はこの青年に少し違和感を持った。
作業着は他と比べて明らかにボロボロだし、顔は煤けており、肌の色がところどころ赤い。
恐らく溶鉱炉のすぐ近くで作業させられているから、肌が火傷しかかっているのだろう。
「オメはほんとグズなんだからよ。さっさと挨拶しねか!」
「は、はい。ク、クリストファーです」
「声がちっけぇんだよ!」
「ク、クリストファーです!」
なんか体育会系の苛めを見せられてるようで嫌な感じだな。
俺を含め全員が自己紹介を終えると、看守に怒られないうちにそれぞれの持ち場へと戻って行った。
俺はパート歴30年という感じのベテランの風格をもつおばちゃんに連れられて、銀のネジの中にたまに紛れている赤いネジを弾くというしょうもない仕事をやらされていた。
一見簡単に見えるがベルトコンベアの動きが早く、あれ? 今の赤かかったかな? と思った時には既に流れており、意外と難しい。
最初は何度か見逃しおばちゃんに怒られたが、しかしそれも数時間しているうちに慣れてきた。
「おし、皆飯の許可がおりたべ! 昼にするべ!」
ようやく午前の仕事が終わったらしい。
この仕事集中力をずっと使う必要があるのと、精神と時の部屋かと思うくらい時間が進まないのが恐ろしい。
俺はわずか数時間で音を上げそうになっていた。
「ほれ、弁当だべ」
「ありがとうございます」
俺は班長から紙袋を貰い中を開いてみると、黒パンが半分とリンゴが4分の1個。
それだけだった。
まぁ予想はしていたが酷い有様だ。
黒パンにかじりついてみるが、石かと言いたくなるくらい硬い。せめてスープでもあれば多少食いやすくなるのだが。
クロエの飯が食いたいと、たった二日でホームシックに陥っていると、いきなり班長の怒声が響いた。
見ると休んでいるクリストファーに何か怒っている様子だ。
「オメェ自分のノルマも終わってねぇのに、何休んでんだ!」
「あの、でもノルマを待ってたら一日終わってしま――」
「口答えすんじゃねぇ! さっさと仕事に戻れ! こんなもんはこうしてやる!」
班長はクリストファーの食事を取り上げると、それを全て食ってしまった。
あのおっさん隙っ歯のくせにすげぇな……。
そんなところに感心している場合ではない。
昼食を失ったクリストファーは、肩を落とし悲し気に仕事へと戻って行った。
「可哀想だな、あいつ……」
そう呟くと、午前中俺を見てくれたベテランパート風のおばちゃんが話をしてくれる。
「クリフ君、元はウォールナイツっていう凄い騎士団の部隊長だったんだけどね」
「えっ、彼ウォールナイツなんですか?」
「そう、あの綺麗な顔立ちからプリンスとまで言われてたんだけど、ここを管理しているデブル伯爵の娘からとんでもなく嫌われてるのよ。だから班長に苛めに苛めぬくようにって命令が出てるみたい。班長は班長でここに閉じ込められる前に彼から煙草を投げつけられたらしくて、恨みがあるのよ。そんなことするような子には見えないけど可哀想ね」
「……誰か助けてあげないんですか?」
「助けようとした子は班長が移動させちゃうのよ。特に
「飼育係?」
「頭が二つあるドラゴンの怪物の事よ。あれのエサやりに回されると死刑宣告と同じだから皆黙っちゃって」
俺はここに来る前、街の一角にいたツインヘッドドラゴンのことを思い出していた。
確か男の囚人を一瞬で喰い殺していた恐ろしいモンスターだ。
「あいつか……。エサやりごと食ってたな……」
「エサやりに行った人は誰も帰ってこないの。怠けてたり、反抗した人間はほとんどエサ係……というよりエサにされるのよ」
確かにそんな状況では声をあげづらいだろう。
あのクリストファーって奴、さぞかし地獄を見てるんだろうな。
まぁでもイケメンだしいいか。食物連鎖の頂点もたまには底辺経験してみるべきだろう。
「でもね、ああやって厳しく見えるけど班長夜になったら優しいのよ。いつもニコニコしながらクリフちゃんと一緒に寝てるから」
「一緒にですか?」
「ええ、そうよ。あなたまだ自分の牢屋には行ってないの?」
「はい、まだですね」
俺はオスカーと同じ牢屋で寝るのだろうか? しかしハラミはカンカンだったし、同じところで寝させるとは思えないな。
「牢屋って二人一組が多いんだけど、床は石だし、布団は薄いのが一枚しかないの。だから相部屋の人と嫌でもくっついて寝ないと凍えちゃうのよ」
「じゃあ班長とそのクリフさんは同じ牢屋なんですか?」
「ええ、そうよ」
「…………あの、つかぬことをお聞きしますが、班長って男が好きっていう話はないですか?」
「ホッホッホ嫌ね、班長は至ってノーマル。言っちゃ悪いけど、班長ってゴブリン並みにブサイクでしょ? だから美人に縁がなかったらしくて、ちょっと可愛い子がいるとすぐ目で追っちゃうくらいスケベオヤジよ」
「そうですか……」
昼の休憩が終わり、夜も質素な夕食を挟んで仕事は続けられた。
その時も班長はクリストファーに因縁をつけて食事を奪っていたのだった。
「あ~疲れた……地獄だ……」
時刻は夜11時過ぎ。時間にして16時間労働である。これを休みなく続けるとかブラック企業かよ。
ここから約5時間の睡眠時間が入り、それからまたネジを作る仕事と……。頭おかしくなるわ。
後半溶鉱炉に燃料をくべる仕事をしたが、あれはネジ以上に地獄だ。自分があぶり肉になる距離で延々火の魔法石をくべ、ふいごで火力を上げる。
クリストファーはずっとそれをやらされてるみたいだけど、確かにあんなのやらされたら全身火傷みたいになっちまうと思う。
俺は井戸水で汚れを落とし、熱のとれない肌を冷却する。それが終わった頃には日付は変わっていた。
些細なことだが、ウチに温泉があるってとんでもないくらい贅沢なことだったんだな。
そういや俺、今日どこで寝ることになってんだろ。と思っていると、看守がやってきて俺を一般の囚人がいる汚い収容棟へと連れて行く。
やっぱ俺はこっちなのねと思いながらついていくと、途中班長とクリストファーがいる牢屋前を通った。
チラリと見えただけだったが、確かに班長はニコニコ顔でクリストファーの肩を抱いている。
仲は良さそうに見えるが、ただなんかスケベオヤジの顔に見えて班長は気持ち悪かった。
「入れ」
俺は独房に蹴り入れられると、どうやら俺以外に人はいないらしく狭い部屋には俺一人だった。
ガラガラと音をたてて牢が閉じられると、看守の男は足早に去って行った。
「ここが俺の住処か……」
錆びた鉄格子のはまった小さな窓に、薄い布団と申し訳なさ程度に敷かれた藁。
それ以外には何もない。
ケツを下ろすと石床は顔をしかめたくなるくらい冷たい。
全く犬小屋以下だなと思いながら布団にくるまった。
これ便所どうするんだろと思ったら、黄ばんだ桶のようなものが目に入った。
「あぁ、この藁って敷物じゃないのね……。全く監獄は最高だぜ」
俺は舌打ちをして眠りについた。
――その頃、クリストファーと班長の牢では。
「へへっ、飯が欲しいんだろ……ならオデの言うことちゃんと聞けよ」
「…………」
「ヘヘッ、オデの頭にこんなでっかい火傷作ってくれたお前と再会できるとは……しかもそれが女だったとは」
「葉巻を投げたのは僕じゃない」
「まだ言うか! オメが城壁の上で手を振ってたのは知ってんだよ!」
「あれはデブルが……」
「うるせぇ……。とにかく男化魔法解け」
「魔法じゃない」
「そんなのどうだっていいんだよ。なんでオメが男の姿してんのかしんねぇけど、井戸場でたまたまオデに女の時の裸見られちまったのがお前の運のツキって奴だ。オメが女だって知ったらハラミ様はカンカンに怒るべ。あの人はめちゃくちゃ嫉妬ぶけぇ。特にあの眼鏡男のことになるとな。このことを隠していたオメはぜってぇ八つ裂きだべ。その事を黙ってるオデに感謝しろ」
そう言って班長は男化を解除し、女性特有の丸みを帯びたクリストファーの体に触っていく。
「難民になって全てを失ったと思ってたが、こんな乳さデカくてめんこい女子がオデのものさなるとは、人生わかんないもんだべ」
「奥さんいたんでしょ。なんでこんなことするの」
「あんな牛か豚かも判別つかねぇ女なんて、教会の連中に襲われた時いの一番に見捨ててやっただ。でも、教会の連中オデの嫁さんがあんまりにもブッサイクだから手を出さなくて無事だったんだ。おもしれぇ話だろ?」
「全然笑えないよ」
「あぁ?」
班長はクリストファーの男状態では想像のつかないほど大きい胸をつねりあげた。
「くっ……」
「いい加減オデに股さ開け。どうせここに捕まっちまった時点でオデもオメも終わりだ。なら楽しまなきゃ損だべ」
鼻息の荒い班長の手が柔らかい胸から股に伸びようとした時、クリストファーはすさまじい殺気を放って班長を睨み付けた。
その視線は大の男でも縮み上がらせるほどの迫力があった。
「くっ、なんだその目は。オデが情けかけてやってるってのに、めんこいくせに腹の立つ女だべ」
逆上した班長はクリストファーに馬乗りになると、拳を振り上げ、何度も何度も彼女の顔を殴り続けたのだった。
「オデの嫁も、反抗した時は、いつも、こうやって、ぶん殴ってやっただ、そしたら、そのうち、何にも言わなくなっただ」
「自分より弱いものにしか手を出せないクズめ」
「オデのものが、オデに、口答え、してんじゃ、ねーぞ」
やがて肩で息をした班長はようやく殴り終えると、クリストファーはぐったりとして動かなくなっていた。
しかし頑なに体を開こうとはしなかった。
「殻の硬い女だべ。まぁいいべ。時間はいくらでもある。オメはオデの嫁として体じっくり全部ねぶりつくしてやるから楽しみにしてろ」
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