第261話 孤独な少女

「ほんとありえない! ほんとありえない!」


 フレイアはプリプリと怒ったままだ。


「そんなに怒るなよ」

「外で乳丸出しにされる女の気持ちわかってんの?」

「なんでや、いつも皆に見えんようにパンツ見せてくれるやないか」


 そう言うとクロエが「えっ?」と反応する。


「シーシーシーーッ!!」


 フレイアは俺の口に掌を押し付けて無理やり黙らせると、右手にボンと炎を纏わせる。


「アンタいい加減燃やされたいのかしら? そのふざけた口溶接するわよ」

「なんでだ本当の事じゃ」

「シーシーシーーッ!! シャラップ!」


 小声で(それは言うなって言ってんでしょ!)と 青筋をたてて顔を寄せてくる。


「悪かった。悪かったよ」

「ほんとにわかってんのかしら?」

「クロエには内緒にしとけばいいんだろ? 大丈夫大丈夫」


 面白いので後でまたやろう。


「詐欺師と口約束してる気分だわ……」

「咲、あたしスライム探してきていい?」

「いいけど飯までに帰って来いよ」

「ほーい」


 オリオンはまだメタルスライムを諦めてないらしく、また走ってどこかへ行ってしまった。

 俺たちがキャンプへと戻ると、フレイアたちは飯の用意があるとかで別れた。

 今度は誰の様子を見に行こうかと思っていると、テントの近くでポツンと座っているゼノの姿が見えた。

 今回ヘックス領に乗り込むと聞いて、今まで生きた死体みたいだったのに、急に行きたいと志願しだしたのだ。

 この監獄と化したヘックスには元の領民だけでなく、労働力となる人間や奴隷、捕虜などが各地から集められているらしく、その中でゼノの仲間がいるかもしれないと思ったようだ。

 アルタイルからも、元騎士団の保護は最優先にと言われているので、別に止める気はないのだが精神状態が不安定なので少し心配ではある。


「よぅ修学旅行に来たけど、友達一人もいない奴みたいになってるぞ」

「…………」


 全く通じないはずのジョークなのだが、バカにされていると感じ取ったらしく世界を憎むような目で睨み付けられた。

 側頭部から立派なツノが伸びたクルト族の少女ゼノ、金髪縦ロールでこうなる前はオホホホ、ですわの喋り方とプライドが高く高飛車なところがあり絵に描いたようなお嬢様的な奴だった。しかし本来両側面から伸びているはずのツノは片側が折れてしまい断面は隠すように長い髪で覆われている。

 元聖十字騎士団第三シュヴァリエ団長だったが、教会へのクーデター失敗により力の源であるツノが折られ、能力を全て失っている。

 見せしめとして地下奴隷闘技場に落とされ、そこで無理矢理戦わされ見世物にされていたところを俺とアルタイルが助けた。

 以降俺の城で預かっているのだが、未だ心は閉ざしたまま。彼女はチラリとこちらを伺うが、沈黙を守ったままだった。

 俺は彼女の前に座って、話をしてみることにする。


「お前の仲間がいると良いな。良くはないのか、複雑だな」

「…………」


 心配して言ったつもりなのだがゼノは不快気に眉を寄せた。


「同情ですの?」

「いや、まぁそうなるのかな。別に変なことじゃないと思うが」

「フン、人間如きが誇り高き我が一族に同情だなんて。……いえ、ツノを失った今のわたくしはあなたの奴隷でしたわね」

「そういうつもりはないぞ」

「不快に思ったなら、いつでもこの首輪を爆発させて構いませんわよ」


 ゼノは自身の首に取り付けられた首輪をなぞる。

 彼女の首に取り付けているのは奴隷につけられるものと同じタイプなのだが、皆が可愛らしくアレンジしてゴスロリっぽいリボンやレースのフリルがついたものになっている。

 パッと見ではこれが奴隷の首輪だとは100%わからないはずなのだが、やはり本人は不快なのだろう。


「爆弾なんかついてないっての」

「どうだか。奴隷の首輪に爆弾を仕込むのは当然ですわ」

「そんな物騒なもん入れるかよ。俺が間違って起動したら大惨事じゃねぇか」


 本当に彼女の首輪にはそう言ったものはついておらず、逃げ出した時に場所がわかる発信機的な機能と、彼女には内緒にしているがいざという時護身用の武器に変化する形態変化の魔石が仕込まれている。むしろ彼女を守る為の装備なのだ。

 そんなに嫌なら外してもいいのだが、彼女が逃げ出してヤケクソで聖十字騎士団に特攻することはやめさせたい。

 この首輪は逃げることを防止するというより、彼女の自殺防止の為に外せないのだった。


「まぁ、わたくしの命なんて奪ったところで大した価値はありませんが」

「卑屈だな」

「イラだちましたか? では殺してみてはどうです? ほんの少しだけでも愉快な気持ちになれるかもしれませんわよ」


 ゼノは挑発するように蠱惑的な笑みを作り、身を乗り出してくる。

 殺せるものなら殺してみろ。別にやってもいいんだぞと本気で思ってるところがタチが悪い。

 普通なら少し苛立ってしまうかもしれないが、俺はゼノが身を乗り出したことによって大きく突き出された胸に視線が釘付けになった。


「自暴自棄になるなよ」

「フン、全てを失い、見下していた人間たちに生かされているわたくしの気持ちを理解できまして?」

「まず人を見下すのをやめろ。力の強さでピラミッドを作ろうとするから、パワーバランスが逆転した時に誰も信用できなくなるんだ」

「だからあなたを信用しろと?」

「俺はいい女は裏切らない。お前もいずれあのバカの一人に加えてやるから今から覚悟しておけ」

「鼻で笑ってしまう以前に、まずこちらの目を見て話されたらどうかしら?」


 わりかし良いこと言ってるはずだが、胸の谷間をガン見しているので説得力のかけらもない。

 いや、凄い。こいつ胸にお尻がついてるみたいだ。

 クルト族の特徴であるちっこい体にアンバランスなほどでかい胸。これを見るなと言うのが無理な話だ。

 俺はセキ払いをして今更ゼノの目を見据える。


「そんな世界中全てが敵に回ったみたいな考えするなよ」

「命令ならそう致しますわ。御主人様マイマスター


 ゼノは皮肉たっぷりでそう言うと、膝を抱えて座りなおした。

 こいつもう完全に心が折れ切って、世界に味方なんかいないって考えになってるな……。

 まずいな。この分じゃラーの鏡が使えるようになっても、こいつに使っていいか悩んでしまう。

 鏡の力でツノが直ったら音速で逃げ出しそうな気がするし、なんなら「こいつはお礼だ、とっときな」とか言って、ウチの城をぶっ壊してから出て行きそうだ。

 ゼノのことは時間がかかりそうだと一旦保留にして、俺はそろそろ飯の時間だしオリオンを呼び戻しに行くことに決めた。



「ふぅ、咲が来なかったら死んでた」

「まさかデブスライムに張り付かれて窒息寸前だとは思わなかった」

「この辺普通のスライムもいるんだね」

「みたいだな。ポイズンスライムじゃなくて良かった」

「でも見て、これメタルスライムだよ!」


 オリオンはニカッといい笑顔で銀色の玉を俺に見せつけた。


「それ本当にメタルスライムか? ただの銀玉じゃないのか?」

「違うよ。ほれ見て」


 オリオンは自身の胸の谷間にメタルスライムを挟んでみるが、玉に変化はない。


「やっぱただの玉じゃん。エロで釣れてないぞ」

「さっきまであんだけ逃げ回ってたくせに!」

「お前はこのメタルスライムのストライクゾーンから外れてるんだろ」

「わがままな奴。咲あげるよコレ」

「いいのか?」

「いいよ。あたしまた新しいの捕まえるし」


 俺は銀玉なのかメタルスライムなのかよくわからん玉を受け取った。


「苦労して捕まえたもんをあっさり人にあげられるのは本気ですげぇと思うよ」

「なんで? 咲のものはアタシのものだし、アタシのものは咲のものじゃん」

「結婚したジャイアンみたいなことを言うな……」


 後で誰がこのメタルスライムをゲル化させられるか、勝負でもしようと考えながらポケットの中へと玉を突っ込んだ。

 キャンプへと近づくと、良い匂いが漂って来る。


「昼は肉が食いたいな」

「アタシも。豆と羊肉のミルクシチュー美味しい」

「やっぱ肉は焼肉だろ。俺たちも贅沢になったもんだな」

「だね」


 自分たちのキャンプに近づいて空気の変化に立ち止まった。

 オリオンは結晶剣を抜き、俺も黒鉄を抜いた。


「誰かいるね」

「仲間じゃないな。多分敵だな」


 俺とオリオンは姿勢を低くしながら岩場に隠れてキャンプを見やる。

 するとそこには、頭の後ろで手を組まされ整列させられたディーを含めたチャリオットの面々の姿があった。その前に立つのはミスリル鎧を着た警備部隊らしき男が10人ほどである。

 恐らく見えてはいないが、まだ他にも何人かいるだろう。

 不意を突かれたのか、ディーたちは大人しくしている。あの程度の人数ならものの数秒で倒すことが出来るだろうが、仲間を呼ばれては困ると思って手を出してないようだ。

 確かにヘックスまでの距離が近い。信号弾でも打ち上げられたらアーマーナイツを含めた警備隊が一気に押し寄せることだろう。

 こちらは大所帯な分、撤退に時間がかかるので不利だ。


「チッ、こんなところまで哨戒が出てたか」

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