第260話 メタルスライム

 俺はアルタイルから送られて来た手紙に目を通していた。

 その内容は要約すると、ヘックスという規模の大きい街が聖十字騎士団によって占拠され、住民たちがそこで強制労働を強いられているらしい。

 現在ヘックスは監獄都市と呼ばれ、各地で捕らえられた捕虜や奴隷たちが労働力として次々に運ばれ聖十字騎士団の主力兵器を生産する重要拠点となっているそうだ。

 これ以上の規模拡大を防ぐことと教会の勢いを挫く為、そこをぶっ壊してきてくれと無茶ぶりが書かれていた。


「――君にはアーマーナイツ生産工場の破壊と、監督官であるデブル伯爵の暗殺を頼みたい。尚収容されている囚人の中に、ウォールナイツと呼ばれるヘックスの精鋭騎士たちがいる。彼らは失うには惜しい戦力だ。可能であれば救出を試みてほしい。尚本作戦における収監者の安否は問わない。ヘックスやデブルに関する情報は別紙を用意した。苦しい作戦になるが君ならやれると信じている。…………アルタイルと」


 あくまで目標は生産工場をぶっ壊すことと、デブルっていうヘックスを売ったクソ貴族を倒すことで、捕まった人たちの解放が目的ではないと。

 確かに一体何人いるかわからんが、ヘックス領の住民が全員捕まってるとしたら凄い数だろう。

 俺はデブルの情報が書かれた別紙と、収容所の見取り図らしきものに目を通す。


「あいつ俺のこと信頼しすぎだろ。直訳したらお前らだけで聖十字騎士団の重要拠点潰してきてねって言ってるのと一緒だぞ」


 ブラックな指示書に息を吐くが、このまま教会が勢力範囲を広げればやがてウチの城までたどり着く。関係ないなどと言って座して待つわけにはいかない。

 危険ではあるがアルタイルの言う通り、ウォールナイツを仲間に引き入れられれば大きな力になってくれるだろうし、むしろここは花形を任されたとポジティブに考える事にしよう。

 俺は双眼鏡を取り出して眼下に見えるヘックス領を見やった。

 我らチャリオットは既にヘックス領から少しだけ離れた鉱山にキャンプを設営しており、巨大な城壁で囲まれた街を見下ろせる位置にいた。

 俺の隣に同じく双眼鏡を持ったディーが並び立つ。


「堅牢なミスリル製の城壁ですね。あれほどの厚みがあると1000人の魔法使いキャスターが一斉に魔法を放ってもビクともしないでしょう」

「ミスリルすげぇな。ってかよくあんなでかい城壁立てられるくらい希少鉱があったな」

「ヘックスはここのような鉱山を領地内にいくつも持っていますので、財政的にも豊かだったと聞きます」

「ウチのしょっぱい裏山と交換してほしくなるな」


 領地内の様子を覗き込んでいると、不意に北側にある巨大門が開き、物資を積んだ荷馬車が大量に入って来た。

 どうやら侵入経路は北の正門以外にないようだ。

 門は荷馬車が全て入ると、重い音を響かせて硬く閉じられてしまった。


「あそこ以外に侵入経路はないな」

「はい、しかし門が開いていた時間は僅か5分足らず。しかも大量の警備がいます。これをかいくぐることはまず不可能でしょう。積荷も入念にチェックしてますので荷馬車に紛れて潜入するのも同様ですね」

「バニーズで城壁を飛び越えるのは?」

「ダメです。城壁の上にも大量の弓兵と、バリスタが設置されています。対空防御は向こうも考えているでしょう」

「なるほどな。伊達に城塞都市を名乗ってるわけじゃないか」

「アルタイル卿からはなんと?」

「正攻法で侵入するのは不可能に近いから、捕まって中入った方が早いぞって」

「正論ですね。あれを我々の兵力だけで突破することは……」


 ディーは振り返って、アホだが強力な必殺持ちの面々を見やる。

 キャンプの周辺ではオリオンやソフィー、銀河たちが虫でも捕まえているのか、なぜか虫取り網を振り回している。どうせ珍しいカブトムシでも見つけたのだろう。相変わらず平和な連中である。


「できなくはないですが、それだとあそこにいる敵を全て相手にすることになります」


 ディーは双眼鏡をヘックス城付近へと向ける。

 そこには膝をついた機械甲冑アーマーナイツがズラリと横並びしており警備の厳重さが伺えた。

 

「あれが一斉に動き出したらきついな」

「ええ、それにどこでアーマーナイツを生産しているかわかりませんし」


 ヘックス領は金属加工を行う工場施設が多く、本命の生産工場がどこかわからない。

 無茶して突っ込んでも、場所わかりませんじゃ話にならない。

 何か他に情報はないかと観察していると、街の一角に場違いな巨大な生物がいることに気づいた。

 それは二階建ての家くらいある獰猛そうなドラゴンで、胴体から二本の長い首が伸びている。

 四足歩行型の太い脚に大きな枷がはめられ、今は眠っているのか体を伏せている。


「なんじゃありゃ特撮怪獣かよ……」

「自然発生したドラゴンではありませんね……。地竜と火竜の変異種……いえ、体に縫合後がありますね……人工的なキメラでしょうか」

「縫いぐるみじゃねーんだぞ……。とりあえずツインヘッドドラゴンとでも言うか」


 しばらく眺めていると、灰色の作業着を着た囚人らしき男が荷車に真っ赤な肉を乗せてやって来た。

 男はドラゴンにビクビクしており、一歩近づくごとに悲愴な表情を浮かべている。

 それに気づいたドラゴンは二つの長い首を持ち上げ囚人を見やる。

 どうやらエサの時間のようだがツインヘッドドラゴンはエサの入った荷車ではなくエサを運んできた囚人を、頭から丸かじりしてしまった。

 あまりにも一瞬の捕食シーンは蛇がネズミに喰らいつくように鋭く俊敏だった。

 エサ係の男を上半身と下半身で千切りそれぞれの頭がまる飲みにすると、ツインヘッドドラゴンは荷車の真っ赤な肉を食べ始めたのだった。


「なにあれ……こわっ……」

「実験体といったところでしょうか。それの世話もここでさせてるようですね」

「監獄研究所ラボかよ。普通じゃ飼育に困るもんを死んでもいい人間に面倒みさせてるってことか。ゲスだな」

「やはり情報収集をするために内部調査をした方が良いですね。銀河辺りの諜報活動に優れる者を中へと送り込んでみてはどうですか?」

「ん~……」

「仲間をあそこに送り込むのは気が引けますか?」

「それもあるんだが、アルタイルの手紙に潜入するなら若い男の方が良いって書いてあったんだ」

「それはなぜですか?」

「デブルって言うあそこのトップが男好きらしい」

「? デブルとは男性ではありませんでしたか?」

「そっ脂の乗った中年オヤジだってよ」


 俺が言った意味を理解して、ディーは「あっ(察し)」と顔をしかめた。

 男が有利になると、ウチは途端深刻な人材不足になる。

 サイモンやカチャノフは潜入向きじゃないし、セバスやロベルトたちは若くはない。


「やっぱここは俺が」

「ダメですよ」

「…………いや、だって男の人いませんよ?」

「王を潜入作戦に使うバカがいると思ってるんですか?」

「逆にスパイ系王として新しいのでは?」

「何と言おうがダメです。それなら多少危険でも女性陣でなんとかします」

「いや、でもね。丸腰で行かなきゃいけないし、屈強な教会の連中にいやらしい目にあわされるかもしれないし……」

「その言葉そのままお返しします」


 二人でどうやって潜入するかと考えていると、後ろから脳天気な声が聞こえてきた。


「そっち行った! そっち行った!」


 オリオンやソフィーたちが、必死になって何かを追いかけ回している。

 さっきから何やってんだあいつら? と思って見やると、拳大の銀玉みたいなのが俊敏な動きで逃げ回っているのが見えた。

 皆で包囲して捕まえようとしているが、あまりにも素早い動きで逆に翻弄されているようだ。


「待ちなさい!」

「銀河の方行ったよ」

「は、はい捕まえます!」


 捕まえようと飛びかかった銀河を直角的な動きで華麗にかわし、銀玉は彼女のスカートの中に潜り込んだ。


「はわっ! あっ、あのちょっと待ってください!」

「銀河、そのまま捕まえておきなさい。フルオープンファイア」

[ターゲットロック。デスミサイル装填。ミサイルハッチオープン]

「ま、待ってください! 死んでしまいます!」


 エーリカが物騒な武器をぶっぱしようとしていると、銀玉はスカートから飛び出して岩陰へと消えて行った。


「チッ、逃がしたか」

「銀河さん、ちゃんと捕まえておいてください」

「す、すみません」

「何かいたのか?」

「あっ、咲。メタルスライムだよ、メタルスライム」

「あの銀ピカのボールみたいなのが?」

「そう。警戒してるとあんな玉みたいになるんだ」

「倒すと大量に経験値が貰えるんですよ」

「この世界に経験値なんて概念があるのか……」

「でも、超すばしっこくて、すぐ逃げるんだよね」

「なんかどっかで聞いたことある奴だな……」


 メタルスライムが消えていった岩陰を見やっていると、そろぉっとパチンコ玉みたいな銀色の玉が転がって来た。


「メタルスライムだ!」

「待って経験値!」


 オリオン達は躍起になってメタルスライムを追っかけて行ってしまう。

 俺が首を傾げていると、ディーが説明をしてくれた。


「恐らくこの鉱山から金属スライムが出現しているのでしょう」

「ほんとに経験値なんか入るのか?」

「さ、さぁ? ただメタルスライムを倒したものはその日から女の子にモテモテになり、ギャンブルをすれば大当たり、身長も10センチアップ、ダイエットにも効き、金貨風呂に入ることができると」

「何だその怪しい広告みたいなの。パワーストーンかよ」

「たった一匹倒しただけなのに、今まで冴えない自分が嘘のようにムキムキになって恋人もできましたと体験談を報告する冒険者もいます」

「メタルスライムと恋人に一体なんの関係があるんだ」


 うさん臭さが凄いスライムだ。

 しばらくすると息を切らせたオリオンが戻って来た。


「咲も探すの手伝って!」

「はいはい」


 俺はオリオンと共に山の中を探す。

 鉱山ということもあって、銀色の石がそこいらに転がっているので見分けがつかない。

 これ、その辺の石に擬態されてるとわからないぞと思っていると、俺の足元に銀色の玉がコロコロと転がって来た。


「おっ、もしかしてこれか?」

「それはただの銀玉だよ」


 俺は玉を拾い上げてみると確かにただの玉だった。なんでこんなところに銀玉が……。


「違いがわかんねぇよ」

「メタルスライムはもっと丸くて、銀っていうより透明に近いんだ。周りの景色を映して保護色みたいになるんだよ」

「ベテランかよ」


 俺が首を傾げていると、スライム採り名人みたいなオリオンが不意に姿勢を低くしてゆっくりと歩いていく。

 俺もそれに続くと、今度は揺ら揺らと不規則な動きで勝手に転がっていく銀色の玉が見えた。確かに玉の色は銀というより透明に近く、障害物にぶつかると液体のように玉全体が波打っている。


「メタルスライムか?」

「うん、咲クロエとフレイア呼んできて」

「クロエ? なんで?」

「警戒してカチンコチンになってるから今攻撃してもダメージ入らない」

「ほう……それとクロエに一体何の関係が?」

「いいから早く。逃げちゃう」


 まぁ呼んでくるだけならすぐなんで別にいいんだが。

 そう思って俺はクロエとフレイアを呼んで、また戻って来た。


「あのパパ、なぜ私が呼ばれたのでしょう?」


 ここまで走って来たクロエは眉をハの字にしながらハァハァと息を上がらせており、大きな胸が呼吸に合わせて上下に揺れている。

 あふれ出す人妻的フェロモンを放つクロエは、悪い八百屋が群がって来そうなドスケベボディをしている。そんな胸の上半球がほとんど丸見えのコルセットドレスを着ていれば悪い男も集まって来るだろう。

 同じく一緒に連れられてきた娘のフレイアは砂漠仕様のビキニブラとデニムのスカート姿をやめて、上はキャスターローブにビキニブラ、下は見てる方がドキドキするほど丈の短いプリーツスカートに戻っていた。

 相変わらず外見は姉妹にしか見えない親子である。


「俺にもわからん。オリオンが連れて来いって」

「早く捕まえてお金にしたいわね。何したらいいの? 協力するわよ」


 フレイアの目が金貨になっている。

 彼女達を連れてきた理由はわからないが、オリオンになにか策があるのだろう。


「連れて来たぞ」

「あんがと。じゃあ咲、アタシが指示する通りに動いて。二人も」

「おう」

「わかったわ」

「ちゃんとできるかしら」

「大丈夫、二人はただ立ってるだけでいいから」


 オリオンの指示で、フレイアとクロエは立ち上がり俺は二人の間にしゃがんだ状態で向かい合った。

 そして俺は二人のスカートの裾を掴んで待機させられる。


「ねぇ、これほんとに大丈夫なの? 嫌な予感しかしないんだけど」

「オリオンを信じろ」

「いい咲? いくよ……3……2……1、今!!」


 メタルスライムはいきなり大声が聞こえて、視線(?)をこちらに向ける。

 その瞬間、言われた通り二人のスカートを思いっきりめくりあげた。

 当然俺の顔の前で露わになる二人のパンツ。クロエは紫のレースで、フレイアは光沢のあるレッドの紐パンと。二人ともやらしい下着してんな。

 白い肌に食い込む下着は、男ならば条件反射で凝視してしまうことだろう。

 当の二人はいきなりのことで呆気にとられ固まっていた。

 その光景を間近で見せられたメタルスライムは、真ん丸い銀玉からふにゃっと力が抜けてゲル状になった。


「今だ!」


 オリオンは結晶剣を振りかぶってメタルスライムへと斬りかかった。

 しかし間一髪、殺気を感じたメタルスライムは再度銀玉に戻って逃げだして行った。

 空ぶった結晶剣は地面に突き刺さり、オリオンは額の汗を拭う。


「ふぅ……惜しかった」

「あんたね! あんたね! あんたね! 燃やすわよ!」


 俺はフレイアからひたすら理不尽な蹴りを受けていた。

 なんでお前らスカート短いのに足技ばっかり使って来るんだ。


「待って、俺悪くない! 全部オリオンの指示通り!」

「指示があったらスカートめくっていいのか!」

「お前だってスカートの裾掴まれてる時点でこうなるって予想してただろうが!」

「うっさい死ね! 死ね! なんで母親と二人で同じ男にパンツ晒さなきゃいけないのよ!」

「抗議はオリオンにしろ! オリオン説明!」

「えっ? メタルスライムって警戒してると玉になってめちゃくちゃ防御力上がるけど、エロで釣るとふにゃふにゃになって柔らかくなるんだよ?」

「なんだその出歯亀の鑑みたいなモンスターは」


 凄く仲良くなれそうだな。

 そう思っていると、メタルスライムはさっきの光景が忘れられなかったのか、今度は自分からコロコロと転がって来た。


「咲、今!」

「そぉぉいっ!!」


 俺は今度は二人の無防備なブラをずり下げた。

 胸をさらけ出したフレイアとクロエの目が点になる。

 メタルスライムは「えっ!? いいんですか!?」と言わんばかりにドロドロに溶け切っていた。


「ぃよっしゃー! 今だー!」


 オリオンは再び結晶剣で斬りかかるが、また逃げ出られてしまった。


「む……逃げられたか」

「殺す殺す殺す!!」

「待て、俺はオリオンの指示に――」

「殺す殺す殺す!!」


 ダメだフレイアが完全に憤怒の化身と化している。


「てか、あんたもこっちがこれだけ体張ってるんだから、いい加減倒しなさいよ!」

「素早いからね」

「その一言で片づけんじゃないわよ!」


 フレイアは真っ赤になりながらブラ紐を結びなおしている。


「ってかクロエ、あんたもなんか言いなさいよ! 完全にエサにされてるのよ!」

「ママはパパのお役に立てればそれでいいから」


 頬に手を添えて「ハァ」と熱い吐息を吐くクロエ。あの胸しまってもいいんですよ。おっぱい見えたままですよ。

 クロエはフレイアに強制的に服を直させられていた。


 結局その後メタルスライムは見つからず、キャンプへと戻ることになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る