第248話 Bモン博士

 俺と蜜男はその日のうちに、Bモン博士がいると言われているラインハルト城下町郊外へと赴いていた。


「お前の連れてきたモンスターって、そのちっこいイカか? そんなザコモンスター、エリートBモンテイマーに瞬殺されるぜ?」

「エリートBモンテイマーというのがよくわからんが、結構強いんだぞ」


 俺の腕にはクラーケン族のエリザベスが抱かれていた。

 エリザベスは本来上半身が人間の女性、下半身がイカ足の成体になっているはずなのだが、最近頭にくっついてる金色の石のパワーをおさえることで幼体のイカちゃん形態に戻れることに気づいたのだった。

 ちびっこいイカちゃん形態は、スライムにイカ足を生やしたような丸みを帯びたボディで、持っているとひんやりと冷たくプニプニしている。


「キュイ?」


 蜜男はブサイクな瞳でエリザベスをしげしげと見やる。


「ちんちくりんなモンスターだな。潰れた饅頭みたいだ――」


 エリザベスはペッとイカ墨を吐きつけた。

 目に入ったらしく蜜男はその場でもんどりうつ。


「目が目がああああっ!!」

「女の子にそんなこというから」

「キュイ」


 墨で顔を真っ黒にした蜜男に案内され、俺たちは周囲から浮いた正方形のサイコロみたいな建物の前に立った。どうやら外観はモンスターボックスをイメージしているらしく、蜜男の持っているボックスを家のサイズにまで大きくしたようにしか見えない。

 目の前の看板にはBモン研究センターと書かれており、どうやらここで本当にモンスターの研究を行っているらしい。


「こんにちは博士、いますか?」


 俺たちが中に入ると、いきなり大きな女性にマウントをとられてボコボコにされている白衣の男性の姿があった。


「博士!」

「助けてくれ~!」


 玄関開けた瞬間家主がボコボコにされてるってどういう状況なんだ。

 蜜男はすぐさまモンスターボックを放り投げ、自分のBモンに命令を出す。


「いけカビパン、博士を助けるんだ!」


 蜜男のBモン、カビパンが針金みたいな足をせかせかと動かして近寄ると、馬乗りになっている女性の腕が当たりカビパンはバラバラになった。


「カビパン!!」


 あまりにも弱すぎる。所詮カビの生えたパンである。


「どうする、やられちまったぞ?」

「大丈夫だ梶。俺は女だろうとグーで殴れる男だ」


 清々しいほどにクズ。大丈夫の意味もよくわからん。


「俺の真の男女平等主義パンチを食らえ! その幻想をぶち――」


 蜜男は拳を握りしめて突撃するが、カビパンと同じくラリアットを食らって一撃でのされた。男女平等には程遠いようだ。


「よ、弱すぎる……」


 残された俺は、博士に馬乗りになっている女性をよくよく観察すると、胸が大きく頭にツノの生えたモンスターだと気づいた。

 彼女の首元にはカウベルがチリンと音を鳴らしている。


「ありゃホルスタウロスだな……」


 ミノタウロスのメスであるホルスタウロスにマウントをとられたらお終いも同然である。見た目爆乳の人型モンスターで、本来温厚なはずなのだが、怒らせると見境なく攻撃するときもある。


「たっ、助けてくれ~。死にたくないんじゃ~」


 Bモン博士らしき中年男性の情けない声が響く。

 助けてくれと言われてもな。怒ってる時のホルスタウロスに近づけば、簡単に首の骨折られて転がされてしまうぞ。

 そう思っていると、暴れていたホルスタウロスはこちらをギロッと睨んで立ち上がった。

 どうやらターゲットがこちらに移ったらしい。


「あっ、恐っ……」


 目を赤く光らせ、ゆっくりと向かって来るホルスタウロス。

 のっしのっしと歩いてくる姿は威圧感が凄く、ウチにいるほんわかのんびりした子たちとは全然違う。

 筋肉の付きが良く、身長も高い。頭のツノも立派で闘牛を思わせる。しかしその顔は整っており、金色の髪がサラリと揺れ真っ赤な瞳がこちらを見下ろす。


「なかなかイケメンだな。イケメンと言っては失礼か、美形だな」


 俺は持っていた黒鉄をその場に捨て、両手をあげて何も持ってないアピールをする。

 気が立ったモンスターに抵抗する意思を見せるのはご法度だ。

 特にホルスタウロスはオスのミノタウロスとは違い、怒ってもすぐに冷静さを取りもどしやすい。変に暴れなければ多分大丈夫だと思うが。


「エリザベスが本気になれば……おさえることもできるか?」


 一緒に連れてきたエリザベスはどこ行った? と思って視線を巡らせると、ケージに入ったスライムを珍しそうに足で突っついて遊んでいる。ダメだ、あれには期待できそうにない。

 仕方ない、なんとかなだめてみよう。


「良い子だ。恐くないぞ」


 そう諭すが、ホルスタウロスは目を赤くしたまま白い息を吐き、興奮したまま眼前に立つ。

 あっ、これちょっとダメかも。

 ホルスタウロスのグーが思いっきり俺の顔面にめり込んで、一瞬宙を舞った。


「痛ああああぃ!!」


 べちゃっと床に倒れたが、俺はもう一度立ち上がって両手をあげた。

 ここで気絶したフリをしてもいいのだが、それではいつまで経っても信頼関係は築けないだろう。

 ホルスタウロスはそれを見て意外そうな表情をすると、目から赤みが消えていく。


「ステイステイ……いい子だ。恐くない、恐くない」


 そう繰り返しながらゆっくりと近づく。


「お座り」


 本来犬などに使う命令だが、利口で従順なモンスターならこれに従ってくれる。もし従ったら冷静さを取り戻したということだ。

 が、ホルスタウロスは眉を寄せたまま仁王立ちしている。


「お座り」


 もう一度繰り返すがダメっぽい。

 しかし尻尾の揺れは小さくなってるし、目線もこちらをずっと追いかけているので怒っているというより、なんじゃコイツ? と好奇心の目で見ていると思う。

 よし、座らないなら俺が座って見せよう。それを真似して座ってくれるかもしれない。

 すると理解してくれたのか、彼女は俺に続いて目の前で腰をおろし、不思議そうに小首を傾げている。


「良い子、良い子だ」


 頭をゆっくり撫でると、気持ちよさげに目を細める。しばらく撫で続けると、大きな欠伸をして俺の膝の上に体を預けて眠り始めたのだった。


[ホルスタウロスはねむってしまった]


 謎のテロップが見えた。

 なんとかなったか? と思っていると襲われていた博士から声がかかった。


「ふー、助かったよ。ありがとう」


 Bモン博士が手を差し出してくるので、握手をかわした。

 俺はホルスタウロスをゆっくりと起こさないよう床に寝かせて立ち上がる。


「えっと、梶って言います」

「ワシはBモン博士。長年モンスターの研究を行っているんじゃ」

「なんで襲われてたんですか?」

「ワシはホルスタウロスの爆乳が大好きでのぉ。あの乳房に吸いつきたくて、毎日吸いつきチャレンジをしているのじゃが、ご覧のありさまなんじゃよ。ハッハッハッハ」


 そのまま殴り殺されたらいいのにな。


「君はBモンテイマーかね?」

「いえ、友人に誘われてBモンテイマーになろうかと」

「それは良い。少し話そうじゃないか」


 そう言って痣だらけのBモン博士は、ホルスタウロスが暴れてめちゃくちゃになった研究室をそのままにして、コーヒーをいれだした。

 俺はその間に適当に椅子とテーブルをなおしていく。

 気絶した蜜男とカビパンはそのままでいいだろう。


 もう一度屋内をちゃんと見ると、スライムやチビサハギンのような小型のモンスターが入れられたケージや、研究機材にレポートなどが散乱している。

 わりかし本当にモンスターの研究をしているようだ。

 機材を見ていると、眠っていたホルスタウロスが目を覚ました。

 暴れないだろうかと心配したが、大人しく座っており、どうやら正気に戻ったらしい。

 Bモン博士がコーヒーを入れてテーブルにつく。


「いやぁ、さっきの手なずけ方、実に見事じゃったよ。もしかして君もホルスタウロスを飼っているのかね?」

「ええ、そうですね」

「そうかそうか、それならワシと君は盟友のようなものじゃな。この子はステファニーと言ってワシの一番のお気に入りなんじゃ」


 博士は嬉しそうに破顔して、俺の手をとった。


「ホルスタウロスは滅多に人に懐かない上に、力で従わせることが難しい。その為搾乳できるミルクは非常に貴重じゃ。君はホルスタウロスのミルクは飲んだことがあるかのぉ?」

「ま、まあ……」


 Bモン博士はよっぽどホルスタウロスを自慢したいらしい。

 話をしていくと、彼がホルスタウロスに対して並々ならぬ情熱を注いでいることがよくわかる。

 これではBモン博士というよりホルスタウロス博士だ。


「ホルスタウロスは非常に情に厚く、一度認めた相手に対して献身的じゃ。ワシとこの子はその関係を築けていると言えるじゃろう。元々ホルスタウロスという種は――」


 うんちくがなげーなと思いながら、話半分に苦いコーヒーをすする。


「なるほど。じゃあ搾乳はBモン博士がやってるんですか?」

「…………」


 不意に博士の顔が硬くなる。


「黙れ殺すぞクソガキ」

「えっ?」


 唐突な暴言に一瞬驚いてしまった。


「搾乳とは彼女たちにとって重要な行為であることは間違いなく、搾乳ができるイコール主従関係が成り立っているとも言えるんじゃ。彼女達は自分か、もしくは自分の認めたものにしか搾乳行為を許さないのがその証拠でもある。しかし逆を考えてみたまえ。主従関係イコール上下関係だ。自分の伴侶とも言える者と上と下の関係ができあがるのはおかしなことではないか?」

「は、はぁ……」


 まぁ言わんとすることはわからんでもないが。


「搾乳をするテイマーは、ワシからするとゲスじゃよ。スケベ心の塊じゃ」

「でも、博士も吸いつこうとしてボコボコにされたんですよね?」

「黙れーーーーっ!!」


 博士はキェェェェェイ! と奇声をあげながら頭をがむしゃらにかきだした。

 このおっさん完全にブーメラン頭に突き刺さってんな。


「好きな女のミルクを飲みたいと言って、何が悪いんじゃ!」

「そう聞くとキモさが半端ないですね。じゃあ博士は搾乳したことがないと」

「広義的に見ればそう言えるかもしれない」


 いや、そうとしか言わんだろう。


「まぁ胸はデリケートな部分だから怒るのは当然じゃよ。しかし、彼女らは基本温厚なので、このように肩を抱き寄せたり顔を近づけたりしても怒りはしない」


 そう言って博士は、眠そうなホルスタウロスの肩を抱き寄せ顔を近づけるが、プイっと顔を逸らされる。

 完全に嫌われてる……。

 ステファニーは顔をしかめていると、不意に立ち上がって俺を突き飛ばした。

 俺は突然のことで椅子の上から転げ落ち、目を白黒させる。


「あははは、君はステファニーに嫌われてるようじゃな」

「なんでそんなに嬉しそうなんですか……」


 が、ステファニーは俺が座っていた椅子を奪うと、パンパンと自身の膝を叩いた。

 完全にここに座れと言っているようだが、博士の手前それはできないだろう。何言われるかわからんしな。

 しかし彼女は無理矢理俺を抱き上げて膝の上に座らせた。


「モォ」


 ステファニーは満足げに鳴き声をあげるが、博士はその光景に眉をヒクつかせる。


「ほ、ほぉ、梶君。それはなんの真似じゃね?」

「いや、ステファニーに聞いてくださいよ」


 ステファニーはこちらの匂いを確かめるように顔を寄せると、俺の顔を舌で舐め上げる。二度、三度繰り返すと今度は耳を甘噛みしたり、ひっきりなしに胸を押し付けたりして来る。


「博士、ホルスタウロスの、この行動ってどういう意味があるんですか?」

「君に死ねと言っておるんじゃよ」

「えっ?」

「冗談じゃ」


 完全に目がマジだったんだが。


「彼女らが異性に体をこすりつける行動は求愛時以外にない。ホルスタウロスはリーダー役のオスを中心にハーレムを組むタイプのモンスターじゃ。リーダーになってとお願いしている時にそのような行動をとると言われている」

「そうなんですか?」


 さっきぶん殴られただけなのにな。

 いや、ちょっと待てよ。昔、異性のモンスターに好かれるスキルってのをとってたような気がするな。もしかしてそれも影響してるのだろうか?


「ほ、ほぅ……なにかね、自慢かね? ワシの伴侶であるステファニーを寝取ったことによる自慢かね?」


 めちゃくちゃ嫌な言い方するな。


「いや、そんなつもりはまったくないんですが」

「ステファニーお前も早く離れるんじゃ! ワシはお前をそんなビッチにしたつもりはない!」

「モォ!!」


 ステファニーは嫌だと大きく首を振る。

 彼女は我が子を離すものかと言いたげに俺の体を抱きしめてくる。正直力が強すぎて体がバラバラになりそうである。

 しかも俺を抱えて、赤ん坊をあやすように体を揺らし、挙句の果てに自分の乳房を出して乳を飲ませようとして来る。


「モォー」


 待って、赤ちゃんプレイはハードル高すぎる! そんなことしたらBモン博士が


「はーーーーい! ちゃーーーん!! バブーーーーー!!!」


 博士は奇声をあげながら近くの研究機材を蹴りで破壊し、自身の着ていたシャツを両手で引き裂いた。

 長年一度も搾乳を許されたことがなかったのに、いきなりやってきた俺が搾乳したら発狂ものだろう。


「なにやってんですか!?」

「これをこうしてドーーン!!」


 博士はテレビみたいな研究機材を無理やり引きちぎって放り投げた。

 ダメだ、完全に心が壊れて元のBモン博士に戻れなくなってしまっている。

 そんなドタバタをしていると、気絶していた蜜男がひょっこりと起き上がった。

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