第249話 開幕B1グランプリ

 起き上がった蜜男は、辺りを見回して事態が収束したことに気づく。


「博士、大丈夫ですか?」

「おぉ、蜜男君。ワシは大丈夫じゃよ」

「それは良かった」

「ホルスタウロスは大人しくなったよ」


 俺の頭を乳置きにしているステファニーは機嫌よさげに鼻歌を歌っている。


「そりゃ良かった。俺の幻想砕きイマジンキラーがさく裂しなくて命拾いしたな」


 命拾いしたのはお前だろう。

 蜜男はカッコつけてステファニーに指をさすが、ガン無視される。


「完全に相手にされてないな」

「まっ、俺は孤独に愛されてるからな」


 息を吹き返した瞬間ウザイ奴だ。


「そうだ、蜜男君。どうじゃねBモン図鑑の方は?」

「まだまだですね」

「どれ、ここに来たついでだ図鑑を見てあげよう」


 そう言って博士は蜜男の持っていたタブレット端末のような機械を見やる。

 どうやらあれでモンスターをスキャンすると自動的にモンスターが図鑑に登録されるらしい。

 えらくハイテクなものを使っている。


「ほぉ、見つけたBモン61種、捕まえたBモン6種か。まだまだ頑張らんといかんな」

「はい、頑張ります! それで博士、今日はお願いに来たんです」

「もう聞いておる。彼をBモンテイマーにしてほしいのじゃろ?」

「はい、そうです。これから開かれるB1グランプリへ、こいつと出場したいんです」

「いいじゃろう。では梶君、Bモンテイマーの証であるこれを君にあげよう」


 おっ、もしかして俺にも図鑑的なものが貰えるのか? と喜んだが、手渡されたのは真っ白なノートだった。

 表紙にはリアルな昆虫の写真が貼られBモン図鑑と雑にペン書きされている。


「あの……これは?」

「Bモン図鑑じゃ。見つけたモンスターを自分でスケッチして特徴を書き込むんじゃ」


 小学生の自由研究か。


「いや、あの……」


 俺は蜜男の持っているタブレット型の図鑑を指さす。


「あっちは3Dでモンスターの情報とか表示されてるんですけど」

「あっちは最新型で今はないんじゃよ」

「は、はぁ……」


 気のせいか、机の上にあれと同じタブレットが何台も乗っている気がするが……。俺の嫌われっぷりが凄い。


「さて、じゃあ新人テイマーの梶君。君にはBモンをプレゼントしよう。3匹のBモンの中から1匹選びたまえ」


 おっ、これはちょっと嬉しいぞ。多分火タイプ、水タイプ、木タイプの3属性から選ぶ奴だな。


「これじゃ」


 博士は俺の前に3つの正方形のモンスターボックスを並べる。


「えーっと、これは?」

「中を見てみたまえ、入っているBモンがわかるぞ」


 言われて俺はボックスの中を覗き込むと、中にはカビの生えたパンがいた。


「…………」


 俺は目をぱちくりさせながら残り2つのボックスを覗いてみたが、全部カビの生えたパンだった。


「あの、博士。全部カビパンなんですけど」

「何を言っておる。全て寄生しているパンが違うじゃろ? 左からアンパン、食パン、カレーパンじゃ」

「カビじゃん」

「なに? そんなに言うなら最近見つかった新種のメロンパンにするか? 色違いでワシはこれをXモンスターと呼んでおる」

「カビじゃんて。XだろうがYだろうがカビパンはいりませんよ」


 さっきホルスタウロスに瞬殺されてたし。

 俺はラリアットで死んだ蜜男のカビパンを見やると、驚くことにカビ同士が集まりあって再生し、元の食パンに戻っていた。

 凄い生命力だと思うが、絶対いらない。


「仕方ないのぉ。じゃあワシのとっておきボルトモンをやろう」

「おっ、なんですかそれ? 強そうですね」

「レッド、グリーン、ブルーと来てイエローバージョンみたいなモンスターじゃ。期待するといいぞ」

「なるほど、小さくてかわいい雷系モンスターを想像しますね」


 博士は俺に特別製のボックスを手渡す。ボルトモンとはどんなモンスターだろうかと思い、中を覗き込んでみると赤茶けたネジが一本転がっていた。


「…………」


 俺は眉を寄せながらボックスを振ってみるとカラカラとネジが転がる音がする。


「あまり乱暴にしてはいかんぞ。ネジに付着している赤い方が本体のモンスターじゃからな」

「錆びじゃん」

「?」

「カビじゃなくて錆びになっただけじゃないですか。何韻踏んでるんですか腹立つな」

「ちょっと何言ってるかわからんな」

「いや、わかるでしょ」


 ダメだ、このおっさんまともなモンスター渡す気がないな。


「あの、もうカビも錆びもいらないんでボックスだけ下さい。それさえあればB1グランプリに出場できるんでしょ?」

「仕方ないのぉ」


 俺は博士からボックスを3つ頂いた。


「梶、B1グランプリは3匹で出場するから、モンスターを揃えないといけないぜ」

「1匹でもいいだろ。エリザベスだけで多分十分だ」

「そうはいかないって。いくら強くても属性の相性が悪いと攻撃が半減するぜ?」

「そうか、エリザベスはどう見ても水タイプだもんな」


 そんな戦略必要なのかと首を傾げるが、まぁもう一匹くらいいた方がいいかもしれない。

 それなら、あいつを呼ぼう。



「なんであるか、急に呼び出すとは。目上の者を呼び出すからには相当な事態なのであろうな? 我輩美しい人のお尻を鑑賞するのに忙しいというのに」


 偉そうな態度で現れた喋るニワトリことドンフライ。


「む? なんだその箱、なぜそれを我輩に投げようとす――」


 俺は貰ったボックスを放り投げた。

 ドンフライの体が光の粒子になってボックスの中へと吸い込まれていった。

 俺はしばらく振動していたが動かなくなったボックスを拾い上げる。


「Bモンテイムだぜ!」


 なんとなくボックスを掲げて叫んでしまった。

 こいつなら見た目も性格もブサイクモンスターとして申し分ないだろう。

 数合わせにこいつを使おう。




 俺と蜜男はBモン研究所を出てラインハルト城下町へと並び立っていた。

 腰にはモンスターボックスをぶら下げ、いざB1グランプリへと向かう。

 城下町に入ると、俺たち同様にブサイクなテイマーの姿が散見している。これもB1グランプリの効果だろうか。


「まず出場登録エントリーだ、俺の逞しい背中に続け」


 俺は蜜男のブサイクな背中に続いて、ラインハルト城門前でブサイクの列に並んだ。


「並んでる奴のほとんどがブサイクという地獄のような列だな」

「ここでまず受付に出場基準である、トレーナーかモンスターのどちらかがブサイクであることを確認する」

「最低な出場審査だな」

「勿論ドーピングも禁止だからな。薬物ダメ、絶対」

「まずドーピングの仕方を教えてくれ」


 しばらく列を並んでいると、徐々に先頭が見えてきた。

 モンスターを出しているものが多いが、モンスターを出していないブサイクも多い。

 きっとそういう奴らは自分がブサイクであると自覚したエリートBモンテイマーなのだろう。

 ここに来て蜜男の言ってたエリートBモンテイマーの意味を理解する。

 なんとも悲しみを背負った戦士たちである。


「う~ん、モンスターはブサイクじゃないですし、あなたもかっこいいので出場資格はありませんね」

「マジかよ。俺ブサイクじゃなかったぜ」


 複数人で来ていたらしいテイマーたちはゲラゲラと笑いながらB1グランプリ参加者の列を離れていく。恐らく受付のお姉さんに顔面審査をしてもらおうとネタで参加した連中だろう。

 ああいったノリで入って来るウェーイ系というのはどこにでも存在するものだ。


「けっ、反吐がでる奴らだ。なぁ梶、お前もそう思うだろ? こっちはブサイクに命かけて生きてるってのによ」

「俺を誇り高きブサイクにするな」


 列は前に進み、先頭が見えてきて受付のお姉さんの声がよく聞こえてくる。


「はい、良いブサイクですね。頑張って生きてください」

「はい……」

「モンスターもテイマーさんも凄くいいブサイクですね。気を強く持って生きて下さい」

「は、はい……」


 あの受付のお姉さん言葉きつすぎでは? 参加者の心臓に豪速球投げすぎだろ。

 しばらくして、先に並ぶ蜜男の番が回って来た。

 奴はカビパンを出しておらず、俺の顔を見ろ。これがエリートの顔だ、覚えとけと言わんばかりに不遜な態度だった。


「フフッ、人生ハードモードって感じですね」


 お姉さんは笑顔で致命の一撃を放ったが、蜜男は女性と話せて嬉しかったのか「はい、ありがとうございます!」と良い返事をしていた。

 そして次は俺の番だ。


「えーっとお名前は?」

「梶……勇咲です(超小声)」

「えーっとモンスターは?」

「あっ、出しましょうか?」


 お姉さんは俺の顔を一瞥すると


「いえ、大丈夫です。はい、ではこちらの参加証を胸につけておいてください」

「はい」


 俺は参加証である赤いバラを胸に挿した。ブサイクに赤バラというのは凄い破壊力がある。いや俺はフツメンだ、間違ってるのはこの世界の価値観だ。自分にそう言い聞かせる。


「では次の方どうぞ」


 俺はそっと列を離れた。

 何も言われなかったが、参加は出来てしまった……。つまり受付のお姉さんからすると、何も言うことがないブサイクということなのだろう。

 待っていた蜜男がニッと笑みを浮かべる。


「お前なら顔パスだと思ってたぜ?」

「うるさいよ」


 参加するだけでがっくりと肩を落としていると、全ての受付が終わったのかスーツ姿の主催者らしき人物が城門の前に現れて声を張り上げる。


「皆さんお集まりいただきありがとうございます! 4年に一度の祭典B1グランプリを開催したいと思います!」


 これほどワクワクしない4年に一度の祭典もないだろう。


「出場者は全3回戦を勝ち抜くことで、現Bモンマスターに挑戦する権利が得られます! Bモンマスターに勝てばあなたは最強のBモンテイマーとして殿堂入りすることでしょう! 既に対戦の抽選は終了しておりますので、参加者は対戦表を見て選手控室へとお越しください!」


 随分と段取りのいい話だと思っていると、蜜男が不敵な笑みをこちらに向ける。


「ここから先は敵同士だな。ここにいるBモンテイマーはエリートばかり、果たして俺の元まで勝ち登ってこれるかな?」

「いや、別に初戦敗退でもいいんだがな」

「待ってるぜ、好敵手ライバル!」


 そう力強く残して蜜男は選手控室へと向かった。

 俺も対戦表だけ見て行くかと思い、用意された白板を見ると、一回戦目に既に俺の名前があった。


「いきなり俺か」

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