第246話 砂漠の英雄?

 砂船は軽快に進み、遠ざかっていくマンスラータリアの街とピラミッドは徐々に見えなくなってきた。

 砂漠をラクダで移動している時は熱したフライパンの上を歩いているようだったが、船上では心地よい風が頬を撫でていく。

 オリオンやソフィーたちも元気にはしゃいでおり、やはりなんとかと煙は高いところが好きなのか、マストによじ登ったり船首についている金の鷹の上に乗っかって遊んでいる。


「王様ーー見てみてーー! わたし飛んでるみたいーーーー!!」


 ソフィーは船首で両手を広げ、鳥のように羽ばたいて見せる。その後ろで銀河が落ちないよう必死に腰を捕まえている。

 お前それ氷山にぶつかって沈没するあれやぞ。悲恋の恋愛ムービーを彷彿とさせるからやめさせよう。


「ウフフ見てください。わたしのこと仲間だと思ったのか鳥さんがたくさん集まってきましたよー!」


 確かにソフィーの頭上辺りにギャーギャーと恐い鳴き声をあげる鳥が数匹、船の速度にあわせて追従してくる。


「お前あれ、鳥は鳥だけどハゲタカだぞ……」

「ウフフたーのしーー」


 死肉漁りの鳥なのだが、本人が気づいてないのでそっとしておいてやろう。

 しかしオリオンがいらぬ一言を言う。


「ソフィー、あれハゲタカだよ? あれと仲間が良かったの?」

「死ねーーーー!! 寄るなーーーー!!」


 ソフィーは空に向かってそのへんにあるものを投げつけハゲタカを追っ払う。

 どうでもいいが船の部品みたいなの投げるのやめろ。

 相変わらず騒がしい連中を眺めて小さく息を吐く。


「しかし死にかけたが、なかなか収穫も多かったな」


 ラーの鏡だけでなく、たくさんの金塊やこんな大きな船まで貰って、ファラオの気前の良さには頭が下がる。

 行きは地獄を味わった砂漠だが、大量の成果を得た上に快適な船旅で帰れると思うと死にかけた甲斐もあるというものだ。この金塊を見ればディーさんも思わずニッコリだろう。

 今のうちに景色でも目に焼き付けておこうかと思っていると、ふと俺の視線の隅を小さな風呂敷猫が横切った。


「ん? 今なんかいたような……」


 気のせいかと思ったが、船内の方にトットットッと足音をたてて走っていく風呂敷猫が見えた。あれはナハルが呼び出す二足歩行する猫だ。相変わらずメジェド様風呂敷を頭からすっぽりと被っており、獣足が裾から覗いている。

 俺はまさか間違えて船に乗ってしまったのだろうかと思い、慌てて後を追いかけた。


「あれ? どこ行った?」


 この船、結構デカいと思っていたのだが、中は異次元レベルで広い。なんだこれ、チャリオット全員ここで生活できるんじゃないかと思うほどだ。

 俺は風呂敷猫を探していると、船長室と書かれた部屋を見つけ中へと入ってみる。

 狭いながらもしっかりとした造りの個室には、ファラオの好きな天蓋つきのベッドに装飾のされたテーブル、カップボードなど豪華なアンティーク家具に囲まれている。


「こりゃすごいな。王室みたいだ」

「ミー」


 鳴き声がして、俺はベッドの下を覗き込むと、やはり見間違いではなかったらしく風呂敷猫が伏せて隠れていた。


「やっぱりいたか」


 風呂敷猫の後ろ首を捕まえ、ベッドの下から引っ張り出すと、それにつられてミーミーと大量の風呂敷猫たちが姿を現した。


「うおおおお、何匹いるんだこれ!?」


 大量の猫に囲まれ、俺はベッドの上に追いやられてしまった。俺は一匹だけ[あんたがファラオ]と書かれたネタTシャツみたいな風呂敷を被った猫を掴み上げる。

 すると猫は俺に手紙と金の小箱を手渡してきた。


「なんだこれ?」


 俺は手紙を開いてみると、どうやらというかやっぱりファラオの仕業だったようだ。

 手紙には[妾の胸を触らせてやるつもりだったが、そなたが奥ゆかしすぎる為敵わなんだ。かわりにこの猫たちを好きに愛でる権利をやる。また、そ奴に持たせた宝石箱は寝室に置いて大事に保管するように。それを使ってそなたの領地へと遊びに行く。ファラオ]と書かれていた。


「はぁ……」


 ファラオからのメッセージを読んで、あいかわらずだなと苦笑する。

 俺は手紙と一緒に手渡された金の宝箱を見やる。


「これは確かファラオをピラミッドに召喚したときのあれだな」


 これを通ってウチの領地にワープしてくるらしい。どこでも〇アみたいな箱だなと思う。

 まぁでもこれでまたファラオやナハルたちと会えると思うと嬉しい。


「この猫を愛でる権利をやるって、この猫たちを飼えってことか?」


 大量の風呂猫を観察してみると、中には猫だけじゃなくて犬も混じっていることに気づいた。


「おっ? こいつだけ犬だな。なんかレアな奴見つけたみたいだ」


 何匹いるんだと思い全体の数を数えていると、急に犬猫の体がピカピカと光り輝きだした。

 犬猫たちは風呂敷から一斉に肉球の見える手を出し3、2、1とカウントしだした。


「えっ、お前ら何するつもりなの!?」


 カウントが0になると、視界を真っ白に染めるほどの眩い光が部屋全体を包んだ。

 自爆しそうな光がおさまって瞼を開くと、そこにはさっきまで二足歩行する猫だったのに、風呂敷の裾から褐色の太ももが覗く、人型へと変化していたのだ。

 全ての猫たちが手品のように一瞬でナハルと似たような風呂敷を被った女性になったのだ。

 一番よくわからないのが風呂敷も一緒にでかくなっていることだったりする。

 呆気にとられていると、驚いている俺をメジェド様スタイルの猫少女たちがクスクスと笑う。


「どうなってんだ?」

「驚いたでありますか?」


 ペラッとネタ風呂敷をめくると、そこにはナハルの姿があったのだ。


「ナハル!?」

「ファラオよりしばらく協力せよというお言葉がありましたので、しばしの間厄介になるであります」

「おぉ! そうか、皆喜ぶよ! それで、この周りの猫型女性は一体?」

「この子たちはファラオよりあなた様のお手伝いをするようにと遣わされた神格を得た精霊たちでございます。好きに扱ってくださいませ」

「神格持ちってことはナハルと同じバステト族ってことか?」

「ええ、アヌビス族もまじっておりますが。英雄様にはファラオと同じよう接するようにと言われております。寝屋だけでなく、どのものも武を誇るものでありますので、戦に連れて行っても活躍できることでありましょう。きっと英雄様のお役に立つであります」


 ほう、確かに皆強そうだし、何よりも踊り子のようなきわどい格好をしているのが実に良い。

 やはり褐色肌に金の装飾というのは映える。透けたヴェールを纏い、こちらを見てクスクスと妖艶な笑みを浮かべているのもグッド。

 しかし俺もいい加減学習する男。こんなエロイ格好の猫たちとにゃんにゃんしてたら、絶対あいつらが入ってきて、俺は砂海引きずりまわしの刑にされるのは目に見えている。

 こういう場合は隠すから悪い。もうナハルが来たと皆に伝えてしまおう。


「じゃあ俺オリオンたち呼んでくるよ。あと、その、なんだ英雄様って呼び方はやめてくれると助かる。あんまり好きじゃないんだ」


 そう残して船長室を出ようとすると、風呂敷を被りなおしたナハルに頭突きされて俺はベッドの上をもんどりうった。


「そこになおりなさい! 実はわたしめ褒美を渡すというのは建前で、英雄であるあなた様に言いたいことがあるのであります!」


 あっはい。

 俺はなんか知らんが怒ってるナハルに向き直った。

 ベッドの上にあぐらをかく俺の前に風呂敷を被ったナハルが座る。その周りをあくびしたり、自分の手をなめたりする自由な猫娘たちが取り囲む。なんだこれ? と言いたくなる状況だ。


「あなた様は英雄と呼ばれたくないと言いましたね? それはなぜでありますか」

「自分を英雄だと思っていないから」


 そう言うとナハルはうごごごごと風呂敷の中で怒りを露わにする。


「あなたはお気づきになっていない。限界だった我々に協力していただけたとき、どれほどありがたかったか……。それも見ず知らずのですよ?」

「頭が悪くてな。それでよく怒られるんだ」

「…………あなたはとてもお優しく、勇敢であります。5階層の試練の時、罠に落ちかけたわたしめとサクヤ様をあなたは必死につなぎとめました。わたしめは自分の手を離すように言いました。ですが、内心落とされるのはとても怖かったであります」


 大量のムカデが放たれた罠の中に、どちらかを落とせば悲惨なことになるのは目に見えていた。だからこそどちらかを諦めるなんて判断はできなかっただけだし。そもそも俺の中にどちらかを落とすなんて選択肢は存在しなかった。


「がむしゃらにやっただけで、たまたまそれが成功しただけだ」


 そう言うとナハルはアポロチョコみたいな体を大きく揺らす。


「あなた様は自身のやったことを過小評価しすぎています! 本当は誰からも英雄と呼ばれてもおかしくないのであります。アレス様に生身で打ち勝ったのですよ? 己が命を剣に賭け、捕らわれていた呪縛から解放された! そこまでしてくださるのに、なぜご自身の功績を誇らないのでありますか?」

「そんなの単純だろ。俺は英雄ヒーローじゃなくて王なんだ。重要なのは俺じゃない」

「……そう言ってあなた様は死をも恐れぬ戦いをする。痛みをこらえ誰かの為に戦う」


 ナハルの声は徐々に熱がこもっていく。


「我々は墓守としてたくさんの死を見てまいりました。あなた様のような人が誰かの為に笑って死ぬのであります。そのような立派な人間ほど己の功績を誇らない。なぜなのでありますか!」

「誰かを救った功績なんてものは得意げに自慢するもんじゃない。その裏にナハルやファラオたちのような辛い思いをした人間がいるんだ」

「でも、誰かがあなたのことを可哀想だと、限界だと教えてあげなくては、いつか取り返しのつかないことになります! あなたがもし死んでしまった時、仲間たちはどうするのですか!? 死した人間というのはいつか誰の記憶からも薄れてしまうのですよ……」

「もし仮に俺がバカな死に方したとして、皆の記憶から消えても、きっと心の中には居座り続けるさ」

「それは詭弁であります! あなたは本当に危うい……痛みに耐えることに慣れ過ぎている。今回のことは特にそうであります。あなたはアレス様と対峙したとき撤退するという選択肢もあったはずであります。たくさんの傷を受け、痛みを引きずって、それでも戦い続けた」


 ナハルは俺のことなのに、風呂敷の中で涙声になっていた。俺はそっと彼女の背を抱いた。


「なぜなのでありますか?」

「カッコつけてるだけだ。皆が戦ってる時に背を向けたくなかった」

「あなた様は矛盾している。その考えこそが英雄なのであります」

「たくさん痛みを受けたとしても、俺には愛すべき仲間たちがいるんだ。あいつらのことを考えると自然と足が前に出る。俺の勇気は俺だけのものじゃない。ナハル、お前の優しさは本当にありがたい。でも、ウチの連中で俺が可哀想だから戦いをやめさせたいって思う奴はきっと一人もいない。俺は王だから、皆の前に立って歩み続けなきゃいけないんだ」

「……だからあなた様の周りにはあのように強き乙女たちが集うのでありますね……少しだけ理解できたであります」


 俺はゆっくりとナハルの頭を撫でた。


「しかーし! それとわたしめがあなた様をお慕いしているのは別問題であります」

「えっ?」

「わたしめ俄然やる気が出てまいりました。あなた様の子を孕み、育てる覚悟がふつふつと湧いてきております!」

「えっ?」

「ええ! 誰も止めないのであれば、わたしめが止めましょう。あなた様のことを精一杯可哀想と慰めてみせましょう! どうかお覚悟下さい! あなたたち抑えなさい!」


 ナハルが叫ぶと、周りで待機していた猫娘たちの目がキラッと光り、一斉に俺に跳びかかって来た。


「ちょっ! やめて脱がさないで!」

「ええ、安心してくださいませ。わたしめも脱ぎましょう! 当然わたしめだけでなくこの子たち全員を孕ませていただきますのでお覚悟くださいませ!」

「無理だ、普通に死んでしまう!」


 俺とナハルたち猫娘がもみ合いになっていると


「さーきーどーこー?」

「砂クジラいますよ砂クジラー、あれ捕まえて食べたいんですけど王様とってきてください」

「アンカーに銀河くくりつけて発射しようと思うんだけどロープない?」


 鬼か

 まずいあいつらここに入って来る。今さっきまでナハルたちとくんずほぐれつ状態だったので、俺と彼女たち猫娘の着衣は激しく乱れている。これを直している余裕はない。


「全員風呂敷被れ!」

「は、はい!」


 ナハルと猫娘たちは急いで風呂敷を頭から被り、自分の姿を隠す。

 俺は咄嗟にナハルの風呂敷の中へと滑り込んだ。

 それと同時にオリオンやフレイアたちが船長室へと入って来る。


「あれ、ナハルだ!」

「ほんとだ、どうしたの!?」

「いえ、あの渡しそびれがありまして……それで」

「てか、なにこれ? 宗教?」


 フレイアが風呂敷被ったきのこ〇山みたいな猫軍団を見やる。


「わ、わたしめの仲間であります。こちらでお世話になるようにと……」

「そうなの? 咲喜ぶよ」


 ナハルを取り囲みキャイキャイとトークが始まる。

 良かった、幸いナハルはいつも風呂敷を被ってるので怪しまれていない。それにベッドの上で座っているので、俺の足が見えることもない。

 彼女はなんとかオリオン達を誤魔化しているので、これならいらぬ疑いをもたれることはないだろうと安堵する。しかし俺は自分がナハルと密着している事実に気づいてしまった。

 あれ……この態勢、もしかしておっぱい触れるんじゃね?

 二人羽織のごとく風呂敷の中で密着している為、手を伸ばせばすぐそこにナハルのおっぱいがある。

 俺は無造作に彼女の胸を後ろから鷲掴んだ。


「うひょおあああああああ!」


 唐突に奇声をあげるナハル。

 その様子に全員が訝しむ。


「どうかしたの? 凄い叫びようだったけど」

「い、いえ、す、少し……」

「なんか息も荒いし、大丈夫?」

「え、ええ……そこは……あの困るでありま……」

「?」


 わっしわっしとナハルの乳揉みに精を出す俺。見た目よりずっと大きく中身もたっぷりという感じでボリュームがある。実に素晴らしい。おっぱいソムリエと化している俺に必死に耐えている為、彼女の声はかすれかすれになっている。


(ちゃんと話さなきゃ怪しまれるぞ)

(あ、ああああの、こういうことは皆さまがいなくなってから)

(何言ってんだ。昨日は見せびらかそうとしてたくせに)


 かまわずわっしわっしと胸を上下左右自在に操っていると、徐々に彼女の声が甘くなっていく。


「あっ……あっ……あのっ……大丈夫」

「全然大丈夫そうじゃないんだけど」

「風邪? 息苦しいなら風呂敷とったほうがいいんじゃない?」

「だ、ダメであります!」


 ナハルが慌てて否定したのが怪しくて、全員が懐疑的な視線を送っている。


(ほら、早く怪しまれないようにして)

(あのあのあの、好きにしていただくつもりだったのですが、これはさすがに)

「にゃー?」

(にゃー?)


 声がして振り返ると、猫娘たちが何を勘違いしたのか遊んでいると思い、こちらの風呂敷の中へと入って来る。


「あっ、こら、ちょっと待つであります! そんな入れないであります!」


 猫娘たちが自分もいれろと次々に入ってきた為、そのままバランスを崩してベッドの下へと転がり落ちた。


「いっつぅぅぅ」

「痛いであります……」


 風呂敷が外れベッドから転がり落ちると、そこには恐い目をしたお姉さんたちがこちらを見下ろしていた。


「あんたなんでナハルの風呂敷から出てきたの?」


 フレイアの怒りに満ちた低い声が響く。


「あの……二人仲良く遊んでいただけでして」

「相当仲良くしてたみたいね。ナハル乳丸出しだし」


 ナハルは顔を赤くしてさっと風呂敷を胸に巻く。やめろその事後みたいなリアクション。


「…………」

「一体風呂敷の中でナニやってたのよあんたたちは!!」

「誤解、誤解だーーーー!」


 風呂敷の中でナハルに抱き付いて乳揉みしてた状態で見つかった俺は、淫獣コアラ野郎の烙印を押された後、ロープでグルグル巻きにされて船から放り投げられた。

 ミノムシ状態で砂海ひきずり回しの刑にされ、俺の頭上にはハゲタカが舞う。


「ちょっと待って、誤解なんだ! 痛っ、痛あああああい!!」


 砂の上をすられながら俺は自城へと戻ったのだった。




 砂漠の英雄?      了

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