第244話 黄金の風

 アポピスによって扇動された住民が、ジワリジワリとこちらを包囲しながら近づいて来る。

 この街の人間は、もう奴の言うことならなんでも聞いてしまうのだろう。

 なんとか彼らの目を覚ます方法はないか。


「まずいな……」


 俺の隣に来たエーリカが耳打ちする。


「殲滅しますか? 本機の灼熱焼夷弾ヒドラなら人間程度、約0.3秒で溶解させることが可能ですが?」

「なにその恐い武器。絶対ダメに決まってんだろ」


 俺たちチャリオットは背中合わせになりながら、小声で囁き合う。


「どうする咲? 殺す?」

「バカどもはぶっ殺して目を覚まさせたらいいネ」

「せめてアタシの不死鳥で苦しまないようにやるわ」

「お前ら誰か一人くらい対話する道を選ぶ奴はおらんのか」

「神は言っております、邪教徒は皆殺しにせよと」

「お前は一番民を見捨てちゃいけない奴だろ」


 群衆の中で一人の中年女性が前に出る。日焼けして少し疲れの見えるその顔にソフィーと銀河は見覚えがあるようだ。


「やっぱりあんたたちだったの……」

「ヤンバさん……」


 どうやらこの人がヤンバという、ムハンの補佐官的ポジションでサントスの母親らしい。

 ヤンバは残念だと首を振ると、俺たちを拘束しようとする。


「違うんです。わたしたちが悪いんじゃなくて、そこの血まみれの人が悪いんです!」

「お願い話を聞いて!」

「ああ、聞いてやるよ。ムハン様を傷つけた件を牢屋でな」

「だから違うんだって!」


 ソフィーやフレイアが必死に説得するがヤンバは聞く耳を持たない。

 そんなざわついた広場に、シャン、シャンと透き通った鈴のような音が聞こえてくる。

 俺たちチャリオットと混乱していた群衆たちは音がする方向を見やる。

 そこには大量の墓守達を従えたファラオが、まっすぐとこちらに向かってやって来ていたのだ。

 ファラオを先頭にし、その後ろに錫杖を持ったセトとナハルが続き、残りの墓守達は王の道を作る。


「あ……あれは……」


 ヤンバはファラオの姿を見て息を飲んだ。

 クロエたちから聞いたが、確かヤンバは元神官だったとか。彼女の心境としては、例えるなら神社の元巫女の前に神が降臨したというところか。


「お、おぉ……まさか」

「そんな……」

「神だ……神が降臨された」


 ファラオの元に、よぼよぼの爺さんが数人駆け寄っていく。


「あ、貴女様は、もしやファラオ様では!?」


 後ろのセトが答える。


「いかにも! ここにおわせられるは、白きピラミッドの主、ネフェル・クルアーン・サンスピリット・ファラオ、そのお方である!」

「貴方様は神官セト様」

「それに、こちらはナハル様……ま、まさか実在されていたとは……」


 よぼよぼの爺さんたちは涙を流しながらファラオに手を合わせ、大地に額をこすりつける。

 まるで砂漠版水戸黄門を見ているようだ。

 それと同時に爺さんは集まった群衆に声を上げる。


「皆の者、頭が高い! このお方はこの地を築かれた偉大なる神であらせられるぞ! 控えよ!」


 爺さんの声に群衆は「えっ? 本物の神?」「偽物だろ?」と動揺が広がっていく。

 そんな様子を見ながらナハルは声を上げる。


「この街の神官はどうした! ファラオが直々にやってこられたのだ! 街の神官が奉迎するのが当然でありましょう!」

「は、はい!」


 ヤンバは血相をかえ、ファラオの前に跪いた。

 恐らく正確にはこの街に神官はもういないのだろう。ヤンバも本当は辞めてしまったと言っていた。ただ、自分が最後の神官だったから前に出なくてはならないと思ったのだろう。


「そなたが神官か?」

「は、はい……わ、わたしでございます」


 ヤンバはガタガタと震えながら頭を地につけた。

 セトは怯えるヤンバに低い声で話す。


「貴様の代からファラオへの供物がなくなり、街の死者もピラミッドへと運ばれなくなった。それはいかな理由か?」

「そ、それは……」


 ヤンバはチラリとムハンを見やる。この街がファラオを信仰しなくなったのは、昔ムハンがこの街を襲った盗賊団を打ち破り、ファラオに頼るなと言って回ったのがきっかけだ。

 それがまさか、神が本当に現れて理由を聞きに来るとは到底思っていなかっただろう。


「も、申し訳ございません! 街の方針で……ファラオに頼ってはいけないと」

「それは……あの男がいったのか?」


 ファラオは血まみれのムハン、もといアポピスを指さす。


「は、はい……昔この街は盗賊団に襲われ、自身の身を守る為にファラオから自立しなくてはならないと」

「それはおかしい。そなたらは自分の街を襲った盗賊団の言うことを聞いて妾を信じなくなったというのか?」

「……それはどういうことでございましょうか?」

「昔、この地を盗賊団が襲ったことは知っておる。しかし、そ奴はその盗賊団の仲間じゃ」


 ヤンバは何を言っているかわからないと言いたげに、ファラオとムハンを交互に見比べている。


「全ては奴がこの街の実権を手に入れ、妾から信仰を奪おうとした策略であるぞ」


 奴はわざと街を襲い、住民に恐怖を植えつけてから救済する。つまり自作自演をしていたということだ。

 ムハンは顔を赤くして怒鳴り声をあげる。


「嘘だ! でっちあげだ! この街を救い、今まで統治してきたのは誰だ? このムハン・ダウートであろう!」

「そなた良いものを持っていたであろう? あの四角い板を妾に」


 ファラオに言われて、俺はスマホを彼女に手渡す。ファラオはワンセグゥ機能を使用すると、昔のこの辺りの映像が流れた。

 そこには盗賊団に殺された無念や怨念がたまっており、鮮明に映像が映し出されている。

 ファラオは杖でスマホを小突くと、広場に大きくその映像が映し出された。

 そこにはローブで顔を隠しているが、盗賊団の一人として、この街の住民の首を刎ね飛ばすムハンが映し出されている。

 彼の服には盗賊団の証である不気味な頭蓋骨に絡みつく蛇の紋章が刺繍されていた。


「デタラメだ! こんなものは魔法で作り上げられたでっちあげだ!」

「嘘ではないであーる!」


 急に俺の頭に飛び乗ったドンフライは声を荒げる。


「この男の屋敷の地下には、この盗賊団と同じ髑髏と蛇のマークがあったであーる! そして、金塊へとかえられた住民や冒険者たちが何人もいたであーる! 嘘だと思うのならこやつの屋敷を調べるである!」


 ドンフライの声に住民たちは更に動揺する。


「ほ、本当なのですかムハン様?」

「嘘だと言ってくれ」

「う、嘘に決まってる……でもムハン様、皆を安心させる為に地下だけは見せてくれませんか?」


 今度はムハンが住民に取り囲まれる番だった。

 群衆はムハンに向かって、答えてくれとはやしたてる。


「ふ……ふはははははは」


 吹っ切れたように唐突に笑いだしたムハンに、全員が不安になる。


「せっかくここまで築き上げたというのに……」

「築くとかよく言うな。お前のは横取りって言うんだよ」

「そうだ……。全ては俺がやったことだ。貴様らバカどもから信仰を得るために街人の半数の首を刎ね、恐怖による奮起をおこさせた! 貴様らはまんまとはまり俺に従ったのだ!」

「う、嘘だろ……嘘だと言ってくれよムハン様!」


 中年の男が信じられないと涙目になりながらムハンの肩を揺らす。だが、その男の首をムハンはいともたやすく刎ねた。


「クククク……これで本当だとわかったか?」

「キャアアアア!!」

「う、うわーっ! ムハン様が!」


 群衆はようやく本当だと気づき、次々に逃げだして行く。


「野郎とうとう追いつめられてトチ狂ったか」

「違う、奴は信仰を捨て、純粋な絶望をとることにかえたようだ。奴の本質は嫉妬と絶望。他者の絶望が奴の力となるのだ」


 俺たちは武器を抜いてアポピスに駆け寄る。しかしさっきの光景を見てもヤンバは尚もムハンにすがりついていた。


「ムハン様……嘘だとおっしゃって下さい!」

「まずいです王様! ヤンバさんは最もムハンを信頼してました!」

「恋心も抱いてらっしゃいました!」

「マジかよ。どん底に落とすには好都合すぎるだろ!」


「ヤンバ……」

「ムハン様、本当は嘘なのでしょう? 全てでたらめだとおっしゃってください」

「お前は本当に……」


 すがるような目で見るヤンバに、ムハンは邪悪な笑みを浮かべる。


「バカな女だ。盗賊団として貴様の夫の首を斬ったのは俺だ。そしてお前の娘を金塊にかえ街の財源にしたのも俺だ」

「…………嘘よ、嘘!」

「全て事実だ。家族を殺した俺に尻尾を振る貴様は本当に見ていて滑稽だった」

「そんな……嘘よ、うそよ、うそうそ……」

「フハハハ、お前はとうとう一人になってしまったな」

「一人って……」

「貴様の息子であるサントスも、さっきピラミッドの中で死んだ。仲間たちに無理やり酸の海に沈められ、泣き叫びながらドロドロと溶解していったぞ。こんな風にな」


 そう言うとムハンの顔半分がドロリと溶解し、ヤンバの目の前に眼球が転がり落ちる。


「いや、いやああああああああああああっ!!」

「ふはははははは、心地よい絶望だ! 貴様の体を貰う」


 ムハンは大きく腕を広げ、ヤンバに向かって何か術をかけ始めた。


「まずい、奴め、今の体を捨ててあの女に乗り移るつもりじゃ!」

「エーリカァ!!」


 俺が叫ぶとエーリカは砲身の長いロングバレルライフルを構え、ムハンの頭を狙撃する。

 だが、一歩遅く真っ黒い蛇がヤンバの口の中へと入ってしまった。

 彼女の体が痙攣し、喉を押さえ飲み込んでしまった黒蛇にもだえ苦しむ。


「あの黒蛇がアポピスの本体じゃ!」

「くそっ、侵入を許したか!」


 ビクンビクンと全身を痙攣させ、苦しんでいたヤンバの動きが唐突に止まる。

 そしてもう一度目を開いた時、彼女の瞳は縦に割れ爬虫類のようになっていた。


「ふはははは、新たな肉だ」


 アポピスは感覚を確かめるようにヤンバの体を動かす。

 絶望の依代を手に入れて、アポピスは確実にパワーアップしてしまった。

 街全体を覆うように暗雲が現れ、雷鳴が鳴り響く。

 そんな中ファラオが前へと出る。


「ファラオ!」

「バカめ、力のない貴様が前に出たところで意味はない。いや……貴様、前より弱っているな? もはや貴様の魂は風前の灯火に近い」


 アポピスは俺の方を見やる。


「そうか……ククク、バカな女だ。貴様自分の魂をそこの男にくれてやったな?」

「…………」


 まずい、そうかファラオはただでさえ弱ってたのに、俺を生き返らせたせいでもう力は残っていないんだ。

 しかしそれでもファラオは毅然とした態度でアポピスを見据える。


「皆の者よ! 我を信じよ! さすればこの邪神を我が光の力で屠ってみせよう!」

「そうか、信仰だ。信仰がファラオの力になる。今なら民の信仰を取り返せるかもしれない」


 だが、どうやって民を信じさせればいい。

 今までムハンを信じてきた住民を信じさせるには説得力のある現地人の力が必要だ。しかし、俺たちにそんなアテはない。

 最後の最後でこいつを倒す術がない。そう思った時、俺の隣に二人の男が立った。


「本当はピラミッドなんて朝飯前の夕飯前に片付けるつもりだったのだが、まさか崩れてくるとは。私のプレッシャーに耐えられなかったということですかな」

「アランさん、夕飯前じゃかえって遅くなってますよ。フフフ」


 俺は面白くないギャグをとばす男と、気弱そうな青年を見て目を見開いた。


「ギルフォード!!」

「アランだ。なんだ貴様、いたのか?」

「サントス、あんたも生きてたのか!?」

「えっ、はいっ、アランさんのおかげで助かりました。アランさんは命の恩人です。あなたの為なら僕、なんでもします」

「う、うむ……ありがとう」


 サントスは情熱的な瞳でアランを見やる。なんか普通の同性間の好意と少し毛色が違うような気がするが……。


「今はそんなことはいい! サントス、君の協力が必要だ!」

「えっ……でも、僕アランさんの」

「そんなこと言ってる場合か! お前の母ちゃんのことでもあるんだぞ!」

「サントス君。ただならぬ状況のようだ、この男に協力するのは心底不本意だが、協力してやった方がいいだろう」

「はいっ!」


 俺は事情を話し、即座に協力をとりつける。

 アポピスの邪悪な魔力が渦巻く街中に、サントスの声が響いた。


[え、えっと、これでいいのかな?]


 エーリカとG-13の力を使い、拡散マイクを用意し、この周囲全域にサントスの声が響き渡るようにしたのだ。


[み、皆さん聞いてください! 僕はサントスと言います。この街で神官をしていたヤンバの息子です! 我々はアポピスという邪神に長年騙されていました! アポピスはムハン様を操り、この街を意のままに操っていたのです。ですが、ファラオ様が我々の為に邪神を討ちにきてくださったのです! どうかファラオ様を信じて下さい。我々の信仰の力がファラオ様のお力になるのです!]


 サントスの存在に気づいたアポピスは、全てを闇に飲み込むような暗黒のオーラを放ち彼を妨害しようとする。しかしファラオが盾になるようにして前に出ると、自身を中心にした円形のバリアを形成して、サントスたちを守る。


「ぐぅっ……こ奴め、こんなにも力を……」

「ファラオ!」


 アポピスの暗黒の力は強く、ファラオのバリアは今にも飲まれそうになっていた。


[ファラオ様は寛大なお方です。我々がファラオ様をないがしろにしたことを全て許すとおっしゃっています! 我々の信じる神は実在したのです! どうかファラオ様にお力を下さい! もう一度この街の為にファラオ様を信じて下さい]


 サントスの必死な願いが届いたのか、ファラオの周囲をキラキラとした光が舞い、彼女の力が爆発的に膨れ上がるのを感じた。


「お、おぉ! これは凄いぞ!」

「ファラオが信仰の力を取り戻された!」


 セトが叫ぶと、ファラオに力が集まって来る。

 押され気味だったはずのファラオの白い光が闇の光を徐々に押し返していく。


「よっしゃあ! 俺たちもファラオを信じろ!」


 俺たちのチャリオットもファラオに祈りを捧げる。

 そして、とうとう黒い光を圧倒するほどの金色のとなったのだった。

 光は彼女の背後の空間が歪めると、そこから何かが姿を現す。


「吹きすさべ黄金の風よ!! 我が前に現れ出でよ真の砂漠の守護神王蛇ウラエヌスよ!!」


 ファラオの光を背にして現れたのは、アポピスを見下ろす程の巨大なコブラである。全身から黄金の光を放つコブラは本当に金で出来ているのか、体を波打たせる度に金属音が鳴り響く。

 ファラオの操る金色の王蛇はアポピスに向け大きく口を開くと、凄まじいエネルギーを溜めていく。


「くそぉっ! くそおおおおおおお!!」


 アポピスが必死の抵抗を見せるが、放たれた闇色の魔弾は王蛇に当たった瞬間はじけ飛んでしまう。

 あれは完全に魔法を無効化していると見ていいだろう。


「フハハハハハハ、アポピスよ、もう貴様を死者の書に封印するなどと生ぬるいことはせぬ。消え去るが良い!」

「ド畜生がああああああああああああっ!!」


 アポピスはウラエヌスの白き光に照らされ、完全に消滅した。

 そして残されたのは倒れ伏したヤンバの体だけだった。


「母さん!」


 サントスはすぐさま母親を抱き起すと、ヤンバの瞼が小さく震える。


「良かった生きてる……」

「勝ったか?」

「勝ったネ」

「勝ちました」

「疲れたーーーー!!」

「……勝った」

「勝ったであります!」

「ようやく長き戦いに終止符が打たれたか」

「妾の力をもってすれば、この程度造作もない」


「「「「勝ったああああーーーーー!!」」」」


 アポピスを滅ぼし、俺たちはマンスラータリアの街の真ん中で勝鬨を上げたのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――

次回エピローグで長かった砂漠編は完結となります。

途中少々展開の変更をさしはさんだ為、章の分割を行いたいと思っています。

お付き合いいただき本当にありがとうございます。エピローグは近々更新予定ですのでよろしくお願いします。


現在第3回カクヨムwebコンテストに参加しております。

選考方法は応援ボタンとレビュー数(星数)フォロー数が基準になっておりますので、お手すきであれば応援していただけると幸いです。


1/31 23:59分までが読者選考期間になっております。

レビューは文章なしの☆だけでも大丈夫です。

応援ボタンは全てのエピソード最下部にあり、1エピソードにつき1回押すことができますので今までのエピソードで良かったものや、お気に入りのもの、なんかよくわからんけどボタンだけ押しといてやるなど、お気軽にポチポチと押していただけると幸いです。


長編となりましたので、次回は短編の甘い話やバカな話を書こうかなと思っています。

今後ともよろしくお願いします。


                                ありんす

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