第242話 砂塵の空へ

 セトが赤い瞳の呪いを滅ぼした後、オリオン達は最後の9層をクリアし全ての試練を解除し終えてから宝物庫に戻ってきていた。

 その場にいた全員が、横たわった王の姿に言葉を失う。

 胸を十字に切り裂かれ大量の血にまみれたまま瞳を閉じているが、最期まで戦った彼の顔はどこか誇らしげでもあった。


「ねぇ……それって死んでんの?」


 冗談でしょとフレイアの唇がわななく。


「バカなこと言うな。咲は死なないって約束したんだぞ!」


 反射的に憤るオリオンだったが、その隣でサクヤの瞳にジワジワと涙が溜まっていく。

 体のいたるところが傷だらけになっており、無傷なところを探す方が難しい。

 床を染める真っ赤な染みは、全て彼の体から漏れ出た血液だとわかると、おのずと彼が生きているかいないかは判断できる。

 皆が沈痛な面持ちで俯く。

 その様子を見てファラオは小さく息をついた。


「そなたらが試練を解除するのと、こ奴が息を引き取ったのはほぼ同時だったのであろう。そのおかげでピラミッドの呪いは発動せんかった」

「なんだよ息を引き取ったって!? ふざけんな!」


 オリオンはファラオへと詰め寄るが、セトが押しとどめる。


「お主らの気持ちは察する。しかしファラオを責めたところで意味はない」

「うぅ……そんなのってないだろ……」

「妾は息を引き取ったと言ったが、こ奴を冥界に連れて行くつもりは毛頭ない」


 そう言ってファラオはT字に楕円が乗った十字架のようなアクセサリーをとりだす。

 アンクと呼ばれる生命を司る祭具は、ファラオが力をこめると淡く輝く。

 アンクには死して間もない魂を呼び戻す力があり、生命と死を司る神ファラオが使用した時のみ、死者蘇生の大秘術を可能とする神器であった。それと同時に弱ったファラオを存命させる為の唯一のアイテムでもある。


「このアンクを使い、こ奴の魂を呼び戻す」

「しかしそれではファラオ。あなたが――」

「良い」


 ファラオはセトに首を振る。

 死者の魂を呼び戻すには膨大な魔力が必要であり、死者蘇生の儀式を行えばファラオがどうなるかは墓守達にはわかっていた。

 死者蘇生は自身のほぼ全てのエネルギーを分け与えることで可能となる、自身の命を代償に相手の命を呼び戻す究極の等価交換でもある。


「妾は既に長く時を生きすぎた。見守ることしかできぬ妾より、こやつの方が生きるに相応しいであろうて。世界を作り上げるのは神ではなく人じゃ」

「ちょっと待って」


 ファラオがアンクを掲げようとした時、呪いの解けたアレスから待ったが入る。


「俺の魂の力を使ってよ」


 ファラオの代理を申し出るアレスは過去の映像で見た時と同じく、困ったような笑顔で頬をかいていた。


「俺にはまだ少しだけ力が残ってる。彼の魂を呼び戻すくらいはできると思うんだ」

「軟弱者よ……」

「…………貴様の魂は、この者の蘇生に使われるぞ」

「死者の為に生者が命を落とすべきじゃないよ。俺を助けて彼が死ぬのは間違ってる」


 アレスはそう言って、昔とかわらない暖かな笑みを浮かべた。


「本来俺の魂は呪いの中で朽ち果てるはずだったんだ。それをこうして助けてもらった。むしろ俺がこの場にいる方がおかしいんだよ。残った力はほんのわずかだけど、それを役立ててくれるなら嬉しい」


 オリオンは伏し目がちにアレスを見る。


「ほんとに良いの? 千年もアポピスに苦しめられてたんでしょ?」

「ああ、構わないよ。いや、むしろやらせてほしい。彼はきっと人をたくさん助けられる立派な人間だと思う」

「シリアスなところ悪いけど……こいつ、人助けかスケベか選ばせたら迷いなくスケベとる男ネ」

「それでもいいの?」


 レイランとオリオンは、ほんとにそんな奴復活させるのに犠牲になっていいのかと聞く。


「う、うん……」

「人の母親に手を出そうとしたり、側近のメイドのお尻叩いて喜んでる男よ?」

「……バニースーツ見ると、この滑らかさと光沢が俺を狂わせるってハァハァする」

「「「ほんとにいいの?」」」


 アレスの崩れぬ微笑がほんの少しだけ引きつった。


「う、うん」

「大丈夫? カッコつかないとか今更引くに引けないとか気にしなくてもいいよ」

「いや、剣を交えてわかった。彼は誰かの為に前に出られる人間さ。それにそういった一面のある彼に惹かれて君たちはずっとついてきたんだろ?」


 全員がコクリと頷くと、アレスははにかんでファラオに向き直る。


「やっぱり俺の魂を使ってくれ」

「……良かろう。ただし使うのは妾とお主の魂半分ずつじゃ。残ったそなたの半分の魂は冥界へと連れてゆく。良いな?」

「ああ、ありがとう。頼むよ」


 ファラオは少し寂し気な表情を浮かべて頷いた。


「ごめんね……。昔の約束果たせなくて」

「今果たしたではないか。女を長く待たせおって……」

「君の前で大きな花火を上げたかったよ」


 魂の力が尽きようとしているアレスの体がゆくっりと透け、周囲にキラキラとした光りが舞う。

 その光景にナハルとセトの瞳に涙がにじむ。ナハルはセトの腰布で鼻をかんだ。


「俺がいなくなった後、誰かとちゃんと結婚するんだよ」

「余計なお世話じゃ。お主にいわれるまでもない」

「フフッ、君って意外と操をたてるタイプだからね」

「フン、お主など秒で乗り換えてくれる。転生してから最高の女を逃したと後悔するがよい」

「誰かが君の傍にいてくれる方が、俺はずっと安心だよ。セトやナハルは優しいが、君のパートナーにはなれない。俺を安心させる為にも誰かと一緒になってほしい」

「千年の呪いから覚めてすることが、妾の婚約者の心配とはな。お主も焼きが回ったものよのぉ」


 ファラオは呆れてため息をもらすが、アレスの方は真剣だった。


「わかった……約束しよう。頑固なところは昔から何もかわっておらん」

「君が押しに弱いところもね」


 二人は見つめ合い、しばしの間抱きしめ合った。


「じゃあ、お願いするよ」

「ああ……そなたは長き時を苦しんだ。十分に役目を果たしたであろう」

「ありがとう。最後に……この剣は次の持ち主に渡してくれ」


 アレスはファラオに砂王の剣サンドロックを手渡した。


「確かに賜った」

「ありがとう、俺の砂王の剣。君がいてくれたから今まで戦ってこれた」


 アレスはボロボロになったらショーテルに頭を下げた。


「……ではゆくぞ。アレス、安らかに我が胸で眠れ」


 ファラオは聖母のように聞こえる声でそう言うと、アレスの体から力が抜けた。

 彼の体は光の粒子となりファラオの持つアンクへと集まると、倒れた王に光りが降り注いだ。

 傷にまみれた王の体が復元し、徐々に血色を取り戻していく。そしてついに王は目を覚ましたのだった。




「ん……ん……ん?」


 俺は目を覚ますと、泣きそうな顔で覗き込んでいるオリオン達の顔が間近にあった。


「お前ら……」

「咲のアホ……」

「ほんとバカ……あんたってほんとバカ」


 全員が一斉に涙ぐんだが、状況をいまいち理解できてない俺は


「顔近い」


 そう言うとグーで殴られた。


「あんたってほんとバカよね」


 嘘だろ。死にかけの人間普通拳で殴る?

 しかし全員が俺に抱きついて……いや、ボディプレスかな? 次々に俺の体の上に飛び乗って来る。

 まぁこれも愛情表現だろう。


 それから俺はファラオたちから助けたアレスに助け返されたことを聞く。

 すっと自分の胸に触れてみると、胸には十字の傷が出来ているが痛みはない。右脚を貫通したはずの怪我も塞がった傷跡が見えるだけだ。彼の魂が俺を生かしてくれたのか……。


「アレスは?」

「あ奴の残り半分の魂は妾が今度こそ冥界へと送り届けた」

「そうか……ありがとう。ファラオもアレスも。これでめでたしめでた――」


 言いかけたのと同時にピラミッドが突如音をたてて振動を始めたのだ。


「じゃないわよ」

「まだ元凶残ってるよ」

「そういやあの蛇野郎がまだいたな。もう俺の中では綺麗に終わってるんだが」

「あいつも綺麗に終わらせてやるよろし」

「ってか、なんでピラミッド崩れかけてんの? 俺たちの生き埋め狙ってんのか?」

「いや、恐らくピラミッドの地下にある王の宝、守護神を動かそうとしているのであろう」

「もう、なりふりかまわなくなったんだな」

「ってか、暢気なこと言ってないで逃げるわよ!」

「セトよ、道を拓け」

「はっ! ヴァンプアップバトルリターン!!」


 セトの上半身の筋肉が肥大化し、ホウレンソウ食ったらめちゃくちゃ強くなるポパ〇さんみたいな、とんでもない逆三角形の姿になった。セトはいかつい拳を天に向かって突き出しジャンピングアッパーカットでピラミッドの天井を突き破っていく。


「ハアアアアアアアッ!!」


 俺たちは雄たけびと共に、ズゴンズゴンと凄い音を立てながら穴をあけていくセトを下から見やっていた。


「筋肉バカってレベルじゃないネ」

「……力技」

「格ゲーであんなのいたな……」


 俺より強い奴に会いに行くと言わんばかりのセトは、とうとう青空が見えるまで天井を突き破ってしまった。

 セトは脱出路を開くと、もう一度俺たちの元にまで戻って来た。


「我が背に乗るのだ!」


 全員がセトの背に乗ろうとするが、いくら筋肉が肥大化していると言っても明らかに人数オーバーだ。


「……王君はわたしが連れてくから、先行っていいよ」

「したらば、先を行く! セイッ!」


 セトはバニー顔負けの脚力を見せる。あいつほんと筋力だけで見たら歴代最強だな。

 俺は毎度のことサクヤにお姫様抱っこされながらの大ジャンプである。

 視界が一気に湿っぽいピラミッドの地下から、青空へと切り替わる。


「うひょー空気がうまい。外最高だな!」

「……やっと帰って来たね」

「ああ、なんか長いこと篭ってた気がするからな」


 ちょっとしみじみしていると、同時に空へと脱出したオリオンやセトたちの姿が見えた。

 全員無事にピラミッドから脱出できて安堵していると、轟音を轟かせ守護神とやらが黒のピラミッドを突き破りながら姿を現す。

 眼下に見える守護神とやらは、見た目はあの試練部屋で見慣れたスフィンクスとかわらない。あれを超でかくして背中に鳥の羽をつけただけだ。


「うわぁ……でかいスフィンクス」

「気をつけろ。あの守護神は古の昔、火の七日間を作り上げた伝説の巨神兵と呼ばれている!」

「なにそのどっかで聞いたことある終末兵器」


 俺が顔をしかめていると、終末兵器の側頭部にチュドンと音をたてて爆発が起こる。


「なんだ!?」


 セトが驚きの声をあげるが、レイランは苦い顔をして呟いた。


「この下品な爆発は、100%あの女ネ」


 彼女の予想通り、眼下には豆粒のように見える白き機械兵エーリカが景気よく迫撃砲をぶっ放している姿が見える。


「安心しろセト。デカいもの狩るのはウチの専売特許だ」

「なに?」


 制限なんかなけりゃ、ウチには一騎当千が揃ってる。


「砂王よりよっぽどこいつの方がやりやすい」


 空高くジャンプしている最中の俺の隣に、メイド服の忍者が音もなく現れた。こいつどうやってここまでジャンプしてきたんだ。


「お館様お帰りなさいませ!」

「銀河、下に全員集めろ。砂漠での最後の戦いだ! エーリカをG-13とドッキングさせてフルアーマー装備にさせろ。竜騎士隊は爆撃槍を装備、ソフィーを前方に配置して敵の進行を防ぐ」

「御意!」


 再び銀河は音もなく消えると、下に降りてチャリオット全員に俺の命令を伝えていた。

 俺たちはG-13と合体しているエーリカのすぐ近くに着地すると、集まっていたメンバーたちに声をかける。


「ただいま!」

「ただいまじゃないですよ王様! なんですかあれ!? スフィンクスが動いてガオーしてますよ!?」


 戻ってきて早々ソフィーはヒステリックな声を上げながら、腕も大きく上げてガオーポーズをする。


「細かい説明は省くがあれがアポピスだ。追い詰めたらあんなもん出してきやがった」

「お館様、あんなものが大暴れすればこの街どころか、世界全体にとんでもない災厄を振りまくものになると思うのですが」


 黒のピラミッドをぶっ壊して出てきたスフィンクスを見て、街人はパニックに陥っており、悲鳴や怒声が至る所から聞こえてくる。


「だからお前らがいるんだろ。あんなもん巨大なサンドゴーレムと大して変わらん」

「規模の違いわかってるんですか!? しかもなんかバリアフィールドみたいなのはってますよ!?」

「おう、こじあけてくれ」

「嘘でしょ、丸投げですか!?」

「エーリカ、フィールド破れるか?」

守護神アイドルを中心に展開しているバリアフィールドは神依位相空間湾曲フィールドであることが判明しています。このフィールドを破れるのは同じく神依位相空間フィールドを展開できるものに限られてきます」

「ATフィールド破るにはATフィールドが必要ってことだな。具体的には?」

「ヘヴンズソードのシールドが中和に一番有効かと」

「ってことだ、ソフィーお前一番前な」

「嫌です! 絶対嫌です!」

「我ら墓守たちも手伝おう。守護神のフィールドは我々でも中和できる」

「そいつはありがたい」

「我々も手伝いやすぜ!」


 見やると、黒ターバンをつけて人に変装したモンスターたちも集っており、総力戦の様相が見て取れる。


「いいねぇ、これだけ人が集まって来るとワクワクしてくる。ファラオとセト、ナハルあんたらは白のピラミッドに登ってフィールドの中和を頼む」

「任されよう。これより我ら墓守はトライデントの指揮下へと入る」

「フィールドが破れたところに爆撃槍と断空剣を叩きこむ。オリオン、竜騎士隊はいけるな?」

「がってん!」

「……任せて」

「はりきっちゃう」

[我々ハ後方デ援護ト、魔導砲ノチャージヲ行イマス]

「頼む」

「センサーに反応、自警団のレッドショルダーが増援として現れた模様」

「アポピスの手ごまどもだな。銀河、フレイア人間はお前たちに任せるぞ!」

「承りました」

「任しときなさい」

「総員配置につけ!! この街が滅んだらアレスが泣くぞ!」


 全員が一斉に配置につく為に、地を駆け、空を駆けていく。

 俺は大きな翼をはためかせて空を飛び出したスフィンクスを見てニヤリと笑みを浮かべる。


「叩き落としてやる、覚悟しろ」

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