第241話 黒のピラミッドⅫ
レイランがアポピスとの戦いに区切りをつけた頃、宝物庫では剣神解放し、既に剣影の力を最大にまで解放した俺の姿があった。
巨大な鎧武者はその両手に余る刀を抜いて、アレスの機敏な動きに必死に応戦していた。
「くぅっ! 金剛両断刀!」
目の前で振り下ろされた剣影参式の金剛両断刀と、クロスしたアレスのショーテルが火花を上げる。
時間稼ぎに徹するつもりだったが、とんでもない。こいつ相手に温存して戦うなんてできるはずもなく、俺は切り札の剣影参式を早々に使わされていた。
ソフィーのヘヴンズソードに近い能力を有する、剣影参式をもってしても不利な状況であった。
「断ち切れ!」
剣影が、一気に押し切ろうとその両腕に力を込めた。しかし、ショーテルをハサミのように交差させて巨大な刀を受け止めていたアレスが不意に力を抜き、剣影の力を受け流したのだ。
刀はアレスをかすめ、真横の床を粉砕しながら突き刺さる。その瞬間を逃さず奴は金剛両断刀を駆けのぼり剣影の首を刎ね飛ばす。
「ちぃっ!」
首を飛ばされた剣影は、ぐらりと仰向けに倒れ、巨大な鎧武者から人間サイズの骸の侍へとレベルがダウンしてしまう。
剣影をもう一度参式状態で復活できる魂残量がなく、弐式形態へと能力が落ちてしまったのだ。
剣影参式を打ち破ったアレスはこちらから距離を離し、構えていたショーテルを大上段から振り下ろすと、ショーテルはブーメランにもなるらしく、投擲された剣が俺の首を狙う。
ヒュンヒュンと風切り音をたてながら飛来してきた首狩りのショーテルを、なんとか黒鉄で弾き飛ばすが、直後に二本目のショーテルが俺の肩を切り裂き鮮血が舞う。
俺が態勢を崩したのと同時に、アレスは肩を突き出したショルダータックルの態勢に入る。
「剣影!」
俺が叫ぶと、骸の侍姿になった剣影が俺を庇う為に前へと割って入る。
援護で入らせた剣影はアレスのショルダータックルで簡単に粉砕されてしまった。タックルの衝撃は緩和しきれず、俺も一緒に壁際まで吹き飛ばされる。
バラバラの骨になった剣影は、スマホからリロードと響くと、元の侍の姿へと戻る。
「ただただひたすらに強ぇ……」
回避できない攻撃を無理やり剣影に肩代わりしてもらい、なんとか攻撃を受け流すのがやっとの状態だ。
俺は一瞬スマホに視線を落とすと、剣影のステータスが表示されており、ステータスダウンしていることと魂残量がもう0に近いことがわかる。恐らく、次に剣影が攻撃されたら弐式形態も維持できなくなるだろう。
「ガアアアアアアアアッ!!」
雄たけびをあげたアレスが、今まで見せなかった高いジャンプを見せ、剣影の頭上を飛び超え一瞬で俺の目の前へと飛び込んできた。
俺は繰り出されたショーテルを弾き、咄嗟に刀を振るうと、アレスの左腕を斬り裂いた。完全にラッキーヒットで、さして深く入ったわけでもないのにアレスは腕を押さえながらすぐに飛びずさった。
「…………」
なんでだ? 圧倒的有利だったはずなのに、と思いながら頭を高速で回転させる。
よくよく考えると奴の攻撃はほとんど左を起点にしており、左手の威力が異常に強いことに気づく。奴のフルフェイスの兜から覗く濁った太陽のような瞳、それも左目だ。思いだせば奴の背中から黒い泡みたいなのが噴き出てきた時も左を中心としていた。
「こいつ……左半身を中心にして呪われてるな……」
と、なればもしかしたらこれ逆転あるんじゃないかと気づく。大体なんでも赤く光るところが弱点ってのはゲーマーの常識だ。
試してみるかと考えていると、アレスはもう一度高く飛び上がる。俺はわざと剣影を下げて、こちらに誘い込む。
奴の赤く光る瞳を迎撃する為、ほとんど重力を無視して飛んでくるアレスに構えた。
「ガアアアアッ!!」
獣のような雄たけびと共に宙を舞ったアレスにカウンターを合わせるが、鈍い金属音を響かせ黒鉄の一撃はショーテルによって阻まれてしまった。
着地したアレスは俺の真下に潜り込むと、こちらの刀をかちあげ二刀流のショーテルを俺の膝に突き刺した。
片方のショーテルが俺の太ももを貫通し、二本目の剣が上段から振り下ろされるが咄嗟に飛び込んできた剣影が身代わりになって攻撃を受けてくれた。
その拍子に首を吹っ飛ばされた剣影はレベルがもう一段階ダウンし、髑髏のぬいぐるみ姿になってしまう。
「すまん! 戻れ!」
剣影を実体状態から霊体状態にして、姿を消させる。間合いを作る為、黒鉄で切り払うと、奴はバックステップで背後に飛びずさった。
「足をやられた上に剣影は
完全にジリ貧だ。次の攻撃を受けられるかも怪しい。
ほんの一筋見えた逆転の芽も、ドクドクと太ももから流れ出る血を見て絶望的だと悟る。
距離を離したアレスがショーテルをクロスさせ突撃態勢に入る。
「ありゃ避けらんねぇな……」
カウンターの失敗は剣影の戦闘不能と、自身の右脚と高くついた。
「斬撃だと狙いにくいな……となると突きか」
しかし、それでも俺はカウンターを狙う。黒鉄を右手だけで握り、腰を落としアレスに向かって半身の態勢をとる。左手を刀身に沿わせ上段突きの構えで待機した。その構えはビリヤードのハスラーを彷彿とさせる。
脚を動かせない状態で、弾丸のような機動力で突撃してくる奴に対抗するにはこれしか浮かばなかった。
防御を捨て、相手のスピードを利用する決死のカウンター。外せばこちらの首が飛ぶ。しかし突撃は、直線的な動きなのでタイミングさえあえば最も狙いやすいとも言える。
こちらが圧倒的弱者と理解し、相手の衝突ダメージをそのまま跳ね返す強者を討つための半ば捨身に近い戦法。
「なぁ砂王アレス。英雄と呼ばれたあんたとやりあえて光栄だ。命と魂を賭けて磨かれてきた、あんたの剣技は本当に美しいと思う。剣の切っ先にもその信念がこもってると思う……」
俺の言葉は絶対に届いていないとわかっている。しかしこんな状況で初めてこの英雄と自分の共通点に気がついていた。
「きっと王として、英雄として、いろんなもん背負って剣を振るい生きてきたんだろ? あんたと比べるのはおこがましいと思うが、俺もそれなりに守る為に戦って来たんだ。誰かの為に戦うことで強くなってきた、その辺に共感してるし、できることならあんたを倒すんじゃなくて助けたいと思ってる」
俺は口の中にたまった血をペッと吐き捨てる。
「この地に証をたててからあんたは死んだんだ。大勢があんたの為に泣いた。俺はそんな立派な王になれないと思うが、あんたを思って泣いた
アレスはガキンと金属音を鳴らして、ショーテルをクロスさせる。まるで拳銃の撃鉄を起こし、今からお前を殺すと宣言しているようにも思える。
「来い砂王。あんたを呪いから解放してやる」
X字に構えられた死の弾丸は装填され、石床を砕いて発射された。
暴走する英雄の背に無数の悪霊の姿が見え、迫りくる死を捉える。
恐れるな、自分の首が吹き飛ぶ未来を想像するな。
砂の王がこの地を切り開くために編み出した必殺剣。民を守る為に使われた誇り高き剣よ、その使命を思い出せ。
呪いに飲まれるな。その誇りを取り戻せ!
「らああああああああああっ!!!」
凡人王VS英雄王、渾身の力を込めた黒鉄のカウンターとアレスの砂王の剣が交差する。
金属音が一瞬だけ鳴り響く。
突撃で勢いのついたアレスは俺の遙か後ろ、壁際で停止した。
静寂のまま、お互い背を向け合う。
俺は目を伏せた。黒鉄の刃はアレスの兜の僅か左に逸れ、ボロボロの兜が火花を上げて防いだ。
二度目のカウンターは外れた。最も神に近かった英雄。やはり、俺程度の力では届かないのか?
しかしアレスが振り返りこちらを見据えると、フルフェイスの兜がパキッと音をたてて砕け散った。それと同時に、アレスの濁った赤い瞳から大量の血が流れ出る。
黒鉄の刃は確かに英雄に届いたのだ。
「があああああっ!」
苦し気にうめき声を上げると、ボロボロの兜に隠されたアレスの本当の顔が露わになる。
傷だらけの顔の左半分は、呪いによって侵食され真っ黒に染まっていたが、赤い瞳が破壊されたことにより、ジュウジュウと音をたてて黒い煙が彼の体から立ち上っていた。
アレスは痛みの原因である自身の左目を抉り、割れた赤い瞳をその場に投げ捨てた。すると彼の体からみるみるうちに呪いが引いていく。
呻き苦しんだアレスは荒い息をしながらも俺の方を見やる。彼の目はもう呪いに犯されておらず、元の人間の瞳を取り戻していた。
「俺は……どうなったんだ」
初めて人の言葉を発したアレスに俺は感極まった。
「アレス――」
奇跡だ。彼が助かった。
あの赤い瞳は呪いの核となっていたのだろう。ファラオもきっと喜ぶ。
そう思った瞬間、俺の胸が十字に割け血飛沫が舞った。
俺がアレスの瞳を砕いたのと同時に、砂王の剣も俺に致命の一撃を与えていた。
ごぼっと血を吐くと、膝から崩れ落ちた。うつぶせに倒れた俺の体から大量の血が流れ、石床を真っ赤に染める。
宝物庫に立つのはアレスだけであり、この結果は誰もがわかっていたことだ。
こちらがやられるのは予定調和。しかし、この場において番狂わせなのは俺の剣が英雄王に届いたということ。
やるじゃん俺と自画自賛する。それと同時に意識が急速に白んでいくと剣神解放の力が解け、俺は元の姿へと戻った。
左目を失ったアレスは驚き、俺の元へと近づくと抱き起した。
「大丈夫か!?」
「呪い……解けたんだな……」
「ああ、そうだ。しっかりしろ! 君の刃が俺を解放した!」
「そうか……良かった……な」
「しっかりしろ! 俺を助けて君が死ぬなんて馬鹿げている!」
「呪いを倒して、俺も助かるってのが一番だったんだが……まぁ呪いを倒せただけでも十分だろう。ファラオが……あんたと会いたがって……」
「おい! しっかりしろ!」
アレスが必死に声をかける。あんただって重症だろうにと思うのだが、今のアレスは幽霊みたいなもんだから重症ってのは何かおかしくないか? と薄れゆく意識の中思う。
力を失いゆく少年を見て、アレスは声をあげ続けた。
だが、その間に打ち捨てられたひび割れた赤い瞳が、黒い泡をボコボコと膨れ上がらせていた。
呪いはアレスという宿主を失い、暴走しかかっていたのだ。
そのことに気づき、アレスは砂王の剣を構えた。
「まだ生きていたのか」
だが、アレスの体は呪いによって延命されており、呪いが解けた今戦う力は残されていなかった。
呪われた赤い瞳は、次の宿主を倒れた王にしようとしているらしく、ボコボコと煙のように
「この勇気ある者を俺と同じにはさせない」
アレスはショーテルを振りかぶるが、呪いはアレスを蹴散らして、吹き飛ばしてしまう。
「くっ……絶対にやらせはしない!」
アレスがもう一度立ち上がると、赤い瞳の呪いは「お前はもう不要だ」と言わんばかりに、アレスの体を押し潰そうとする。
「
宝物庫に蛇がのたうつような稲津が飛び、赤い瞳の呪いは怯んだ。
それと同時にシャン、シャンと錫杖の音が聞こえてくる。
その音に聞き覚えのあるアレスは、宝物庫の入り口に視線を向けると、そこには錫杖を持った黒色の獣人セトの姿があった。
更にその後ろには金色の光りを放つファラオの姿があった。
「久しいな軟弱者よ」
「セト……」
「お主、少し見ぬ間に目がなくなったか? 節穴のお主には丁度良いじゃろう」
「ファラオ……どうしてここに?」
アレスが問うと、ファラオは金の小箱を見せる。
「あ奴の仲間がこの箱を使い、妾らをピラミッド内に召喚した」
セトは血だまりの中で倒れた少年を抱きかかえると、ファラオにその体を預けた。
「彼が命を賭して、俺を解放してくれた」
「事情は全て把握しておる。そなたが冥界に行く前にアポピスによって捕らえられたことも。そしてこ奴が絶対に勝てぬ戦いで、そなたを呪いから解放したことも」
ファラオは慈しむように倒れた少年に触れると、その命が間もなく閉じようとしていることがわかった。
「誰かの為に戦う、その魂は高潔であると思わぬか?」
「はっ……おっしゃる通りです」
跪いたセトはファラオに深く頭を垂れる。
「彼はもう一度君を泣かせたくないと」
「そうか……良い男じゃな」
そんな再会を邪魔するように、赤き瞳の呪いは宿主を求めてズルズルと自身を引きずりながらファラオへと近づいてくる。
「セト、我が威光を妨げるものに神罰を与えよ」
「はっ!」
セトはファラオの前へと出て、錫杖を放り投げると、ピラミッド全域に響き渡るような遠吠えを行う。
「そびえ立つ黒銀の冥界神【ヴァンプアップバトルリターン】」
自身を強化する呪文が紡がれるとセトの上半身の筋肉が肥大化し、金属のように硬化していく。筋肉の鎧を身に纏ったその姿はドラゴンの首でも一撃でへし折れそうなほどの巨躯へと変貌する。
”変身”が完了したセトは口から白い息を吐きながら、その両拳を力強く握りしめた。
「王の道を穢す醜悪なる化け物よ、冥界神セトが貴様らの魂を無明の世界へと連れ帰る。我が武の研鑽をその身に刻め! ウーハー!!」
セトは増殖を続ける赤い瞳の呪いを己の拳でねじ伏せていく。
呪いもその姿をただの泡から漆黒の大蛇へと変貌させる。しかしセトは圧倒的
「冥王必殺烈風正拳突きぃ!!」
セトの鋼鉄でさえ一撃で貫通させそうな拳は、大蛇の腹をぶち抜き風穴をあける。
呪いの大蛇の中から核である赤い瞳を見つけると、ブチブチと音をたてて引きちぎり、その拳で浄化していく。
「黒き神々よ暗黒に染まりし愚かなる魂に等しき終焉と滅びを与えよ!!」
瞳を握るセトの拳からバチバチと黒い稲妻がもれると、赤い瞳は完全に砕け落ち、砂へと還った。それと同時に大蛇は蒸発して消え去って行った。
「冥導完了」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます