第236話 黒のピラミッドⅦ

※お食事中には読まない方がいいかもしれません

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 黒のピラミッドダンジョン攻略も残り2階層と佳境に差し掛かっていた。

 試練部屋に入ってスフィンクスに見下ろされるのもこれで8度目、いい加減お前ともおさらばしたいところだ。

 同じことを思っていたオリオンが両手を頭の後ろで組んで、スフィンクスを見上げる。


「後2層もあるのか~。長いよね」

「いえ、恐らく最後の9層はピラミッドの主が番人として出現するはずですので、試練は実質的にこの8層が最後と言ってもよいでしょう」

「……ピラミッドの主ってことは」

「アポピスだな」

「そっか、あいついたんだったね」

「それにしては大人しいネ」


 確かに、ちょいちょいちょっかいをかけてくるが、完全に殺しにきてるのは今のところムカデくらいではないだろうか。

 俺たちが最下層に来るわけがないと、たかをくくって油断してりゃいいけど。


「この階層の報酬何かしら。またあの金のカードじゃないでしょうね」


 7階層のクリア報酬で受け取ったのは[封印されし守護神の左手]で残りの階層全部これがでるんじゃないだろうなと戦々恐々としている。

 一応もう一つナハルも首を傾げる金の卵を貰ったが、コイツに関しては一切用途不明で帰ったら質屋に鑑定依頼でもしよう。


「8層の報酬は多分融通がきくと思うであります。この層は仲間が一番欲しいと思う財宝を具現化してくれるでありますから」

「凄いじゃない。金貨100万枚とか?」

「それどうやって持って帰るネ」


 財宝の話を聞いてオリオンが「ん~?」と深く唸る。


「なんだ、欲しい財宝でもあるのか?」

「いや、じゃあ9層のお宝どうなるのかなって」

「そりゃ財宝いっぱい貰えるんでしょ」


 フレイアはあったりまえじゃんと声を弾ませるが、確かに俺も違和感に気づいた。


「アポピス倒したら自然と財宝全部あたしたちのものじゃん」

「まぁファラオに返すけどな」

「じゃあ別に、報酬としてもらわなくてもよくない?」

「確かにな」

「それじゃあなんか古代の知識的なものでも貰った方がいいのかしら?」

「ナハル9層の報酬ってどんぐらい凄いのが貰えるんだ?」

「それは遊んで暮らせるだけの財産はいただけるでありますよ。しかし、歴代九の試練をクリアされた方はお金に執着する方が少なく、民の為に雨を降らしてほしいと言ったり、疫病を止めてほしいなど、誰かの為になるものが多かった気がするであります」

「なるほど。そこまでたどり着く人たちは皆人間できてたってわけか」

「中には本当に力を求め、自分を最強にしてほしいと言う者もいたでありますよ」

「それどうなったんだ?」

「望み通り力を与えると、ファラオに襲い掛かって来たのでネズミにかえられました」

「そこまで来たのに頭弱すぎるだろ」

「あまりにも尊大すぎるものは不可能ですが、ある程度の物が確約されていると思っていいであります」


 なるほど、最後の報酬については考えておこう。

 捕らぬ狸の皮算用に花を咲かせすぎた。そろそろ試練を開始するとしよう。


「さて、それじゃあ第8の試練始めるか」


 俺は試練のアルディアの前へと立つと、そこにはいつもと違い鏡が設置されており、俺の姿を足元から映し出している。

 ナハルはそのアルディアを見て、眉を寄せる。


「どうかしたのか?」

「いえ……最後らしい試練が来たなと思いまして」

「これは?」

「最後は自分との戦いであります。心してかかりましょう」


 踏めばわかると言うので、俺は鏡のアルディアを踏んだ。

 すると目の前に、5つの人間と同じくらい大きい鏡が出現し、俺たち6人の姿を映し出す。

 サクヤが鏡に触れると、鏡に小さな波紋が広がり、まるで水面に水滴を落としたようになっている。

 更に手を伸ばすと鏡に腕が沈んでいく。サクヤは急いで腕を引き抜くとプルプルと震えていた。


「どうした?」

「……何かにつかまれた。怖い」

「えぇ、こわっ……」


 鏡を確認していると、いつも通りスフィンクスの目が光り輝き、試練内容を告げる。


[試練8、鏡の世界で最強の番人と戦い、勝者のピースを持ちかえれ]


「6人それぞれが番人と戦って、何か持ち帰って来ればいいわけだな」

「最強の番人ってどんなんだろうね」

「ナハルが言っただろ。自分だよ」


 オリオンが鏡に近づくと、鏡にはオリオンと同じシルエットが浮かび上がる。

 シルエットはニッと笑みを浮かべ、彼女が鏡の中に入って来るのを待ちわびているようだ。


「なにこれ、黒いあたしが鏡の中にいる」


 全員がそれぞれの鏡に別れると、全ての鏡に自分と全く同じシルエットが浮かび上がった。

 その黒塗の影はどこぞの探偵マンガの犯人を彷彿とさせる。


「最後は個人技ってわけね」

「お気をつけ下さい。映っているのはあくまで自身の影であり、鏡の中に入ると別の物に変化することがあります。特に自身が一番恐れるもの、最強の壁、絶対に勝てないと思っているものにかわりやすいであります」

「なるほど、中に入ってからどんな番人が出てくるかお楽しみってわけだな。……というか鏡一つ少なくないか?」


 鏡にはそれぞれレアリティらしいNやRなどの文字が刻印がされており、誰がどの鏡に入ればいいか一目瞭然である。

 鏡の数が一枚足りないことは最初から気づいていたのだが、どうやら俺の分のがないらしい。


「どこはいってもいいんじゃない?」

「嘘だろ。俺の扱い雑すぎるだろ」

「いてもいなくてもかわんないってわけね」

「……試練の数に入ってない」

「多分入れるならどこでもいいと思うであります。ファラオが試練を改変したときに入れ忘れたのかも……」


 ほんとに雑な扱いだった。


「そうか……じゃあ、とりあえず一番心配なお前のとこ行くわ」


 俺はオリオンと同じ鏡に入ることを決める。


「えぇ……咲来たらなんか変なことなりそう」

「どういうことだオイ」


 オリオンの頬を大福のように伸ばす。


「いひゃいいひゃい、早く行こうよ」

「それもそうだ」


 遊んでいる場合ではない。さっさと試練をクリアしてアポピスとご対面してやろう。

 全員がそれぞれの鏡に立った。


「じゃあ、また後でな」

「うん、またね」

「誰が一番早くクリアするかね」

「……うん、すぐ戻る」

「ビリは手に入れた財宝全部運んでもらうネ」

「墓守が失敗するという恥ずかしいことにならないようにするであります」


 六人はそれぞれの鏡の中へと入って行った。




 鏡の中に入ったフレイアの視界が一瞬波打つようにぼやけるが、すぐに元へと戻る。

 目を開くとそこは酷い臭いが漂う水路だった。壁の側面にある水道管からドス黒い水が垂れ流され、思わず鼻をつまむ。

 薄暗く不気味な水路は見通しが悪く、ぼんやりとしか前が見えない。

 ここがピラミッドの地下なのかはわからないが、恐らく下水に移動させられたらしく、腐った臭いが充満していて鼻が慣れるまで、まともに息ができそうにない。


「なによ、なんでこんなところに移動させられたわけ?」


 毒づいたところで答える者は誰もいない。

 振り返ってみると、転移してきた鏡がそのまま残っており恐らく試練が終わったらここから帰るのだろうと察しがついた。

 彼女はパチンと指を鳴らすと、指先に小さな火が灯る。その灯りを頼りに水路を進んでいく。


「変なガスとか充満してそうで嫌ね……」


 そう考えると火を灯しているのは危険だろうかと思うが、この明かりなしでは足元すらまともに見えない。

 嫌な予感を感じていると、自身の足首に何かが触れる。

 キャッと小さな悲鳴を上げ、足元を照らすと栗毛のネズミの姿が見えた。


「何よ驚かせないでよ」


 薄暗い空間に一人というのは最近なかったことで些細なことでひどく驚いてしまう。

 彼女がおっかなびっくりしていると、足元のネズミはチューと鳴き声を上げて前方へと走り去った。


「あっ、行っちゃった……」


 心細いフレイアはネズミを追いかけるようにして歩みを早めると、ネズミが数匹何か黒いものの前で鳴き声をあげている。

 ゴミでも落ちているだろうかと思い近づいていくと、どうやら何かの布切れのようだ。しかし、なぜネズミがそれに集まっているのだろうかと思い、恐る恐る布切れを蹴ってみる。


「ひっ!?」


 黒い布がゴロリと転がると、蛆のたかった死体の顔が露わになり、フレイアは大声で叫びそうになった。

 なんとか絶叫を噛み殺すことができたが、心臓はバクバクと早鐘を打ち、早くここから出たい気持ちでいっぱいになる。


「なんなのよ、早く番人出て来なさいよ」


 自身の肩を抱きながら不安に思っていると、薄暗い水路の奥から淡い光りが見えてきた。ランタンのような淡く頼りない光りはゆらゆらと揺れ、そこに誰かいることがわかる。

 もうこの際番人でもいい。一人は嫌だと思いフレイアは歩みを進める。


「番人……よね?」


 徐々に明かりが近づくと、その淡い光りの正体が明らかになってきて、彼女の顔は完全に引きつった状態で固まってしまった。

 目の前まで迫ってきた番人は、テラテラとぬめり気のある漆黒の体に、上腕と脚部の他に腹部からも細長い足が伸びている。

 子供くらいの身長があるそれは、フレイアにとってトラウマ的モンスターでもあった。

 昆虫がそのまま立ち上がって歩き出したような怪物は、頭だけは特徴的な小鬼のそれで名称をゴブリンローチと呼ぶ。

 ゴブリン種とコックローチ種が奇跡の合体を果たした、フレイアにとっては悪夢のようなハイブリットモンスターだった。


「いぎゃああああああああああっ!!」


 フレイアは蛆のたかった死体を見ても、悲鳴を上げなかったが、さすがにこれには声を上げる。

 ゴブリンローチは別名ゴキブリを統べるゴブリンとも呼ばれ、その全身にゴキブリをまとい、抱きつかれでもしたら失神ものである。

 その上思考はゴブリンと同じく獰猛かつ狡猾で、特に女を好む習性はかわっていない。

 フレイアはもはや飛ぶ勢いで来た道を全力で走って逃げだすと、一番最初に転移してきた場所まで戻ってきてしまった。


「いやあああああああ!! 出して! ごめんなさい! 無理! 無理! これだけはほんと無理!!」


 フレイアはバンバンと鏡を叩くが、鏡は光を失っておりどれだけ叩いても反応しない。


「ほんと無理なの! ごめんなさい! 人間できることとできないことがあるの! これは出来ない方のアレなの!!」


 泣き叫ぶフレイアの耳に、カサカサっと奴ら特有の嫌な音が聞こえる。

 ほんと無理と思いながら、そっと後ろを振り返る。

 するとそこにはゴブリンローチが三体に増え、大量のお供ゴキブリを引き連れてゆっくりと歩いてくる。


「あああああああ無理ーーーー増えてるーーーー助けてーーーー!」


 彼女はガリガリと壁を駆け上がろうとするが、そんなものは黒光りする蟲界の王にとっては無意味である。


「助けて、助けてよ! いつもあんたがなんとかしてくれたでしょ!」


 フレイアの頭にニヤついた王の顔が浮かび、イラつきが限界値を振り切れた。

 その時、ブブブっと羽音を鳴らして、一匹のゴキが彼女のビキニに張り付いた。

 その瞬間彼女の中のものがパキッと音をたてて壊れた。


「ハハッ……アハハハハハアハハハハハハハ! 燃やそう全て無に返せばいいのよ」


 フレイアの高笑いが響くのと同時に、彼女はガスなど知ったことかと目に見える全ての害虫を炎で焼き払う。


「アッハッハッハッハッハッハッハッハ! 害虫は消毒よ!」


 薄暗い水路を真昼の如く炎が明るく照らす。

 高笑いをあげる少女は火炎放射器のような炎を手の平から吹き、地を這う害虫を燃やし尽くしていく。


「燃えろ燃えろ! 全て燃えてしまえばいいのよ!」


 完全にSAN値が振り切れてしまった少女にゴブリンローチたちはなすすべもなく焼き尽くされてしまった。

 水路は完全に火の海と化し、その中で一人笑い声をあげる少女の姿は完全に地獄絵図だった。

 それからしばらくして、少女は燃やし尽くして灰だけになった場所で佇んでいた。


「……はっ、アタシは一体何を……」


 動くものは何もなくなった水路を見てプッツンきてしまったことを思い出す。


「少しやりすぎたかしら……まぁいっか」


 フレイアは灰の中に淡く光るものを見つけ拾い上げると、それが何かパズル的なもののピースだということがわかる。


「これが勝利のピースかしら」


 ということは、これで帰れる。そう思い、鏡の前へと立った。


「これでいいんでしょ。ほら、早く元の場所に帰して」


 ピースを掲げあげるが、鏡には黒いモヤがかかり、元の場所へと戻してくれる様子がない。


「ちょっと、どうなってんの? これで終わりでしょ?」


 鏡を叩いてみるが、黒い靄が邪魔をしている。先ほどゴキブリたちから逃げるとき鏡を叩いたが、その時はこんな黒い靄はなかったはずである。


「ちょっとふざけないで! 終わったんだから帰してよ!」


 まさか、まだ試練が終わっていないのだろうか? と思ったが水路にもう気配はない。

 だとしたらなぜなのか。

 そう考えた時、彼女の頭に嫌な予感が浮かぶ。


「まさか……閉じ込められた?」


 フレイアがもう一度調べるために鏡を触ってみると、明らかに鏡に魔術的な細工がされた形跡がある。


「転移妨害……まずいわね。アポピスの奴、この階層で仕掛けてきたってわけじゃない」

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