第223話 墓守たち

 盗賊団アジト


 俺たちが街外れまでナハルを追いかけてきた先にあったのは、古びた神殿だった。

 神殿と言っても、屋根もなければ壁もなく何やら文字の書かれた石板と、風化しかかった太い石柱が何本も並んでいることから、かろうじてここに神殿があったのだろうと推測できるくらいだ。

 ナハルはもう開き直っているのか、俺たちがついてきても何も言わず砂で隠された隠し階段を降りていく。

 俺たちもそれに続くと、蟻の巣状に分岐した地下道をアジトとして利用しているようで、お世辞にも綺麗とは言えない。

 地上からぞろぞろと入ってきた俺たちを、負傷した黒ターバンの男数人が鋭い視線で睨んでいる。

 皆顔を包帯で隠しているので、体格から男か女かくらいしか想像できず、その他の素性を推し量ることはできない。


「ここは……」

地下水路カナートであります。元はここの奥に水源があり、街へと水を引いていたでありますが、今は見ての通り水源が枯れてしまい使われておりません。現状の我々の基地であります」


 薄暗い地下道には、むきだしの岩肌に蝋燭の光が灯っている。基地というよりは穴倉と言った方が似合いそうだ。

 奥の方へと入ると、あの時のガイドが俺たちを見て驚きの声をあげる。


「ペ、ペラペーラ!?」

「もういいって。お前が普通に喋れるのは知ってるんだよ」

「イケメンの旦那、なぜここに!?」


 再開と同時に皮肉かこの野郎。


「いろいろだ。水泥棒を追いかけてたらここにたどり着いた」

「そんなバカな」


 ナハルが前に立って小さく首を振る。


「成り行き上ここへ連れてきてしまいました。恐らく奴らとは無関係であります」

「ナハル様がそうおっしゃるのでしたら……」


 ガイドは眉をひそめながらも引き下がると、奪ってきた水を負傷した仲間たちに配って回っていた。


「盗賊団なのに水にすら困ってるって感じだね」


 キョロキョロと辺りを見回すオリオンに頷く。ここにいる人間は皆憔悴しており、動き回っているのはあのガイドの男くらいのものだ。

 エーリカとレイランが周囲を見渡して、視線を鋭くする。


「どうしたんだ?」

「魔力センサーに反応。通常の人間と魔力波形が相違。……ここにいるものは全て」

「あのガイド含めて、皆魔物アルネ」

「なっ!?」


 俺が驚くとナハルは小さく息を吐く。


「その通りであります。ここにいるのは全て白のピラミッドから居場所を奪われた墓所の番人たちであります」

「追い出されたって?」

「それは後ほど話すので、ついてくるであります」


 言われて俺たちはナハルの後について、右に左に上に下に歩いていく。

 どうやらここはとてつもなく広く、迷路のような地下水路のようだ。


「…………」

「…………結構歩くんだな」


 地下水路を歩き始めてはや十分以上。


「咲、遠い……」

「ああ、もしかしたらここは侵入してきた外敵を惑わせるために、入り組んだ構造にしているのかもしれない」

「もう少しであります」


 更に十分後


「咲、疲れた」

「俺も疲れた。おい、まだつかないのか?」

「もう少しであります」

「それ……さっきも……」

「気のせいかここさっきも見たネ」


 確かに同じところグルグル回っている気がする。

 まさかこいつ……。俺たちをここにおびきせて疲弊させるのが狙いじゃ。


 更に三十分後


「お前完全に迷ってるだけだろ!」

「お、おかしいであります」

「おんなじとこグルグル回ってたらそりゃおかしいだろ! お前方向音痴かよ!」

「だ、大丈夫であります。急がば回れというお言葉があります」


 だが完全にナハルの目は泳いでいるし、なんなら混乱して目が渦巻みたいになっている。

 ダメだコイツ、早くなんとかしないと。俺たちをハメようとかそんな考えじゃない。ただ単純に道覚えてないだけだ。


「マッピングが完了しました。こちらです」


 エーリカがナハルにかわって前を歩いていく。

 地下水路をグルグル回らされた俺たち一行はナハルの目的地である、五つの水路が合流する開けた場所へと出た。そこではナハルの眷族である風呂敷猫たちが資材をせっせと運んで回っている。


「やっとついたね」

「最初からあの風呂敷猫について行けばよかったな……」


 俺たちが死んだ魚の目をしていると、ナハルは誤魔化すようにコホンと咳払いする。


「あなたたち、こんな目のつり上がった大男から、何か貰ってはないでありますか」


 バステトは自身の指で、大げさに両目をつり上げてみせる。


「ムハンのことか? それなら水を貰った」

「あと、これお守りだって」


 オリオン含めウサギやフレイアたちは蛇を象ったお守りを胸の谷間から取り出す。

 なにそれ、女の子ってそんなとこに物しまえるの? 凄くない? ちょっとエッチくない?


「全員それを渡してください」


 こんなものどうするのか? と首を傾げながらも蛇のお守りを手渡すと、ナハルは一カ所に集め何かの術を詠唱する。

 すると蛇のお守りは炎を上げて燃えだしたのだ。


「なにするんだ!?」

「見るであります」


 ナハルの視線の先を見ると、燃えたお守りからおどろおどろしい黒い煙が漏れている。

 明らかになにかやばそうな、呪いの類に見える。


「なんだこれ……」

「これはお守りなんかではありません。他者を支配するアミュレットであります。わたしめが唱えたのは不浄を消し去る浄化の魔術」

「何だそれ……。ムハンはお守りだって」

「その男は既に操られているであります。いや、この街の住民ほぼ全てが死者の書より産まれし黒の王。アポピスによって操られているであります」


 俺たちチャリオット一同が顔を見合わせる。

 そんなバカなと、信じられない気持ちでいっぱいになっていると、そこに真っ黒な毛並みをした犬の獣人が肩を怒らせながらやってくる。


「ナハル、これはどういうことだ! 部外者を連れてくるなど一体何を考えている」

「うわ、怖いのが来たであります」


 ナハルが首をすくめると、真っ黒な毛並みをした獣人は俺たちを睨み付ける。


「こ奴らが敵のスパイであったらどうするつもりだ!? 答えよ!」


 太い腕を突き出して俺たちを指さす獣人は、後ろに控えるオリオンやフレイアたちを見て鼻を押さえる。


「な、なんだこの女たちは。そんな乳尻丸出しで ほとんど裸ではないか!? そんな格好をして恥ずかしくないのか!? 育ててもらった偉大なる祖父母に申し訳ないと思わんのか!」

「なんか小うるさい昔のオヤジみたいな奴来たな……」

「セトは男女問わず貞操感にうるさいでありますから……彼はアヌビス族の神官セトであります」


 ナハルはまた始まったと言わんばかりにため息をつく。

 対する我がチャリオットは、さらっと親の現状を答える。


「あたし親いないし」

「アタシの親は奴隷になって連れて行かれたし」

「親……いない……仲間だけ」

「全員死んだネ。まぁワタシも死んでるけど」

「む……思ったより暗い過去を持つものが多いようだな。踏み込んだことを言い申し訳なく思う。しかし生きていれば希望はある。腐らず己が研鑽を続ければ、きっとよい未来は開けるであろう」


 セトは頭を下げて謝罪した。


「普通に良い奴だな……」

「アヌビス族は神の中で一番うるさいでありますが一番情に厚くもあるであります。セトは特にその傾向が強いであります」

「貴様らのリーダーは誰だ。このような不幸な婦女子をそのままにしておくとは許せぬ」

「なんで俺に敵視向いてるんだ」

「貴様か!」


 アヌビスは俺を指さすと、むっと唸り、しげしげとこちらの全身を見やる。


「貴様……なかなか精悍な顔つきをしているな。……どこぞの王族か?」

「そんなこと初めて言われた」

「貴様を見ていると砂王アレクサンドロス大王を思い出す……」

「わたしめも思いました。アレクサンドロス大王の生き写しかと」


 しげしげと俺を見つめるナハルとセトにフレイアはため息をついた。


「なんなの砂漠の連中、暑さで美的センス狂ってんじゃないの?」

「ねぇフレイアせいかんって何?」

「カッコイイを難しく言っただけよ」


 そう聞くとオリオンは大爆笑する。


「アッハッハッハッハッハ! 精悍はない! 精悍はない!」


 二度繰り返した相棒の頬を俺はつねって潰れ饅頭みたいにしてやる。


「俺もそう思うが二回言わなくてもいいだろ」

「いひゃい、いひゃい、いひゃい!」

「貴様! 守るべき婦女子に暴行をするな!」


 いつものやりとりなのだが、唐突にキレたセトは十字架みたいな形をした杖を思いっきり振り下ろす。

 するとその怪力で、地面が大きく砕け一瞬地下が揺れる。


「どんなバカ力だよ」

「オジサン、怒らなくていいよ。いつものことだし」

「いぃぃつもだと!?」


 こいつめんどくせぇな

 昔の頑固おやじみたいなセトはナハルになだめられ、ようやく冷静になった。

 その後俺たちはムハンの手先でもないし、操られてもいないと伝えるとセトは綺麗な石を俺たちの額に当てていく。


「どうやら本当に操られてはいないようだな」

「なんだあれ?」

「ウアドのまじない石で、相手が黒王の呪いにかかっていないか調べることができるであります」

「貴様たちが操られていないということはわかったが、手先である可能性は否定できん」

「アポピスだかアホピスだか知らんが、そんな変な名前の奴初めて知った。俺たちはここに来てまだ数日なんだよ」

「……ただの冒険者なのか……にしては随分装備が整っているようだが?」


 チャリオット連中を見て訝しむセト。俺たちがラーの鏡目当てでやって来たと言っていいか悩む。神官だし、財宝目当てで来たとか言ったら怒りそうなんだよな。


「ファラオに審理していただければ、全てわかるであります」

「なっ!? こんな素性のわからん人間どもを謁見させるつもりか!?」

「セト様、このままでは我々は滅びを待つだけであります。彼らがここにやってきたのは正しく天命というものでしょう」

「貴様、元からこ奴らの力を借りるつもりで連れてきたのか。ふざけるな! この地は我々の大地! よそものの手など借りぬ!」

「ならばどうすると言うのでありますか!? 意地と根性だけではどうにもならないとあなたもわかっているでしょう!」


 俺たちは、あぁなんか仲間内でヒートアップしてんなと止めるかどうかを悩む。

 力を貸すなんて一言も言ってないが、既にナハルの中では加勢することで話が進んでるみたいだしな。

 なかなか喧嘩が終わらないので、しょうがないので仲裁に入ることを決めた。


「おーい、お前らちょっと話を」

「ふざけるな、この方向音痴のバカ猫め!」

「ふざけてるのはセト様であります! この石頭の老け顔犬!」


 これが神同士の喧嘩である。

 ニャアアアアア! ガルルルルル! といがみあう二人。火花を散らす二人の背後に巨大なマンチカンとポメラニアンの影が見えた。

 まぁ可愛いなんて思っていると、天井から男か女かも判別がつかない、この地下水路全域に響く声が聞こえる。


『墓守たちよ、無益な争いをするでない』


 いや、この声は普通に声に出して話しているのではない。直接脳に語り掛けている。

 頭の中に声が響いた瞬間、ナハルとセトは争いをやめて跪いた。


「申し訳ありませんファラオ」

「すみませんであります」


 どうやらこの声の主がファラオらしい。どっかの悪の首領みたいな声してんな。


『そのものを妾の元へと連れてくるのだ』


「「かしこまりました!」」


 二人は立ち上がると、喧嘩をやめてこちらを誘導する。


「ファラオから謁見のお許しが出ました。ついて来るであります」


 ナハルの背に続いて、俺たちは謎のファラオと面会するのだった。

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