第27章 砂漠の英雄

第215話 砂の都へ

 聖十字騎士団本拠地であるグロースター城の礼拝堂の中へ、修道衣を着た男ケルビムがゆっくりと入って行く。

 慈悲深い表情をしたミネア像とステンドグラスに囲まれた荘厳な雰囲気が漂う礼拝堂は、一部の教会幹部以外は立ち入り禁止とされており、レッドラムがここに籠る場合は信者や奴隷を寵愛する為と言われている。

 ケルビムが祭壇の前まで近づくと、レッドラムはミネア像が見守る中、組み伏せた女騎士を寵愛している最中だった。


「教皇様、クルト族以外の騎士団の奴隷農場ファーム移送準備が完了しました」


 ぱんぱんと肉が肉を打ち付ける音が響く中、ケルビムは眼鏡のつるを持ち上げつつレッドラムが獣欲を解放するまで待ち続ける。


「これが、神の、意思だ!」


 既に失神した女騎士は、クーデター時に騎士団に加担した容疑で教会側に身柄を拘束されていた。

 しかし、実際クーデターはクルト族だけで行われており、彼女のような人間種はクーデターに加担してはいない。

 女騎士は何度も自身の無実を訴えたが、教会側はそんなことを完全に無視し、女騎士を拘束すると、それからずっと尋問という理由で彼女の尊厳を奪い続けたのだ。

 彼女は単純に大教皇レッドラムに、その体を気に入られてしまっただけであり、無実かどうかなんて些末な話である。


「ふぅ、段々イマイチになってきたな。この女はもういらん。反逆者として腹をさばいて街の広場にでも吊るしておけ」


 打ち捨てられ、未だ痙攣を繰り返す女騎士の処遇は、あまりにもむごたらしいものだった。


「して、なんだ?」

「騎士団の奴隷農場ファーム移送準備が完了しました」


 ケルビムは青臭い精臭に顔をしかめながらも同じことを繰り返す。


「クルト族以外の騎士などどうでもいいわ。それより、あの忌々しいツノ付きどもめ……」


 ようやく待ち望んだクーデターが起こり、予想通り騎士団全員が自分の手に落ちたというのに、いざ彼女らの尊厳を奪おうとしたらクルト族の神性が高く不浄である存在を弾いてしまったのだ。

 おかげでレッドラムのナニは先っぽを火傷してしまい、尿を出す度に激痛が伴う。

 これがヒーリングを受け付けない傷であり、そのことがまたレッドラムをイラつかせるのだ。


「クルト族の騎士は現在ツノ切りの作業を終え、奴隷登録を行っている最中です」

「奴らの尊厳を徹底的に地に落とせ。その後でワシのものをしゃぶらせてやる」

「かしこまりました」


 レッドラムは下半身丸出しのまま葉巻に火をつけると、その煙をケルビムに吹きかける。


「量産型アークエンジェルは?」

「ペヌペヌから既にラインは出来上がりつつあると」

「金ばかり貪りおって、さっさとしろとケツを叩け」

「はっ、それともう一つ地下奴隷闘技場を運営しているブリトニオ伯爵が賊に襲われ死亡したと」

「なに? あの男自分が恨まれていると気づいていなかったのか?」


 レッドラムは自分のことを完全に棚上げする。


「あそこには騎士団の隊長を一人流していただろう? あまりにも生意気だったから一番に奴隷送りにしてやったが」

「襲撃の混乱にまぎれて逃走し、その最中に死亡したと」

「死体は?」

「どうやら闘技場で飼っていた魔獣に襲われたらしく、欠損が激しくて」

「仕方あるまい、角折のクルト族なんぞ子供と大してかわらん。くだらん死に方をしおって」

「ただ、いささか不審な点もありまして」

「なんだ?」

「ブリトニオ伯爵は魔法によって頭を吹き飛ばされていました。かなり高精度な上、威力が絞られたものです」

「賊の中に落ちぶれた高レアの傭兵が混ざっていたのではないのか?」

「それは、わかりませんが……調査の方を」


 二人が話していると、礼拝堂の扉がバンと開かれ山賊のような風貌をしたひげ面の男が、複数人の女性に首輪をつけ、無理やり引きずりながら入って来る。


「なんだゲブラ、もう帰ったのか?」


 ゲブラと呼ばれた男は、レッドラムとうり二つの顔に笑みを浮かべる。


「親父、ロメロと話をしてきたぜ。奴ら完全にビビって白旗振ってやがった」

「東側諸国なんぞ足掛かりにすぎん。奴らを利用して赤月帝国へと攻め込む」

「親父、ゼスティンを滅ぼした兵器があれば、そんなまどろっこしいことをしなくてもいいんじゃないのか?」

「あれはまだ調整が必要だ。本当はもっと小規模に抑えるつもりだったが、うまく出力が調整できず皆殺しにしてしまった」

「別に全員ぶち殺しちまえば良いんじゃないのか?」

「屍の上に君臨したところで意味はない。それに量産型アークエンジェルが完成すれば、赤月やドロテアなんぞ恐れるに足りん」


 レッドラムは祭壇の上に置かれたウイスキーをぐびっと一飲みすると、口の端から零れた酒を拭う。


「それより、その女はどうした?」

「東側を回った時、良い貴族の女がいたから連れてきた。ミネア教の敬虔な信者らしい」


 ゲブラは下卑た笑みを浮かべるが、当然彼女たちが信者なわけがなく、東側諸国の貴族から本当に信仰心があるなら娘を差し出せと言って無理やり連れ去ったのだ。


「よくやった。早速寵愛してやろう。お前もつき合うといい」

「やったぜ」


 レッドラムの何人目かわからぬ息子であるゲブラは、カチャカチャと音をたててベルトをはずすと、レッドラムとともに寵愛という名の拷問を始めるのだった。

 ケルビムをその光景を汚らしいものを見るような目で見据え、自身の眼鏡のつるを持ち上げる。


「……………」


☆★☆


「あっつ……」


 いや、暑そうだなとは言ったよ? でも、これはちょっと日加減、いや火加減間違ってるんじゃないでしょうか?

 ラクダに乗って俺たちは砂漠地帯を横断しているが、照り付ける日差しがジリジリとこちらの皮膚を焦がしていく。

 砂地に強いラクダだが、馬車ではないので灼熱の日差しが直に当たり、黒い服でも着てきたら本当に燃えそうである。


「暑い……溶ける……いや……溶けてる」


 俺は既に半液化しつつあるオリオンを突っつく。

 見渡す限り砂と石ばかりで、景色的変化も全く楽しめない。


「大丈夫か? お前も棺の中入るか?」

「まだ……もうちょっと……」


 後ろを振り返ると、俺たちトライデントチャリオット一行が縦一列のキャラバンとなって歩いている。

 戦力としてはレイランを含めた強力なメンツで来ている為、オベリスクだかなんだか知らんがピラミッドダンジョンの攻略自体はさほど心配していない。

 ただし、ダンジョンにたどり着く前に誰か干からびて死にそうである。

 ちなみに暑さでダウンしたレイランは棺の中に大量の氷をつめ、二頭のラクダに棺を引っ張ってもらっている。

 どんなヒロインなんだよと言いたくなるが、ここに連れてきたのは俺である。

 ちなみに引いている棺の数は既に三つ。熱でダウンした奴から順次氷入りの棺桶に入って休憩することになっている。


「ペラペ~ラペララペラペラペ~ラチェゲラッチョ?」

「あぁもう、何言ってるかわかんねぇ」


 案内役のターバンを巻いた男がさっぱりわからん言語で会話してくるので、これも困ったものである。

 なんでここに来て言語の壁にぶち当たってるんだと愚痴をこぼさずにはいられない。


「ペペラペ~ラペラペ~ラ、ペラペラチェゲナウ?」

「あー、チェゲナウチェゲナウ。なんかよくわからんがチェゲラッチョだよ」

「オーオー! チェキチェキラッチョチェゲラッチョ」


 何が受けたのか知らんが、ガイドの男はラクダの上で大笑いしている。

 あんま笑ってられる状態でもないと思うのだが。

 そう思っていると、いきなり銃声が響き、ガイドの男の肩が何者かに撃ち抜かれた。


「大丈夫か!?」


 ラクダから転倒したガイドはどうやら致命傷は避けたらしく、なんとか立ち上がる。


「大丈夫デス肩ヲ撃タレタダケデ~ス!」


 お前普通に喋れんのかよ。


「盗賊団広い砂漠の赤い太陽デス!」


 普通のことしか言ってねぇな、その盗賊団。

 周囲を見渡すと、黒い旗を持ったターバン姿の男が複数人、ダチョウみたいな脚の長い鳥に乗ってこちらを取り囲んでいる。


「ペラペ~ラペラペ~ラ!」


 盗賊団は俺たちに向けてラッパみたいな銃を向けると、けたたましく話す。何を言ってるかよくわからないが、多分動くと撃つぞ的なことを言っているとみた。


「奴らなんて言ってるんだ?」

「ワカリマセン」


 なんでわかんねぇんだよ。お前さっきまで似たような言葉で喋ってたじゃねーか。


「ペラペラペペラペラ?」

「ペペラペペラ」


 盗賊団同士わけのわからん言葉で話し合っている。

 しかしウチのチャリオットがこんな雑魚盗賊如きに負けるわけがない。


「オリオン」


 隣を見やるとオリオンは完全にゲル化していた。


「フレイア」


 後ろを見るとフレイアはラクダにもたれかかり、完全にグロッキーになっていた。


「サクヤ、カリン」


 更に後ろの竜騎士隊も耳をピクピクさせながらラクダの上で死んでいる。

 やはり小動物に砂漠越えは過酷過ぎたか。

 一番後ろのレイランなんか既に棺の中だし、なんでウチのメンバー始まる前からすでに棺桶入ってるんだよ。

 棺を連れて歩き回る旧時代のRPGを思い出し、仲間死んでる勇者ってこんな気持ちなのかとげんなりする。


「ここは俺だけでも守ってみせる」


 そう意気込んだが、盗賊団は突如慌てた様子を見せ、ダチョウを引いて立ち去って行ったのだ。


「なんだ……?」


 俺が首を傾げていると、ガイド役は何かに気づいたようで急いでラクダに飛び乗る。


「まずい蛇の群れだ!」

「蛇って? てかお前完璧に喋れんだな」


 もはや訛りすらなくなったガイドの指さす方を見ると、そこには上半身が女、下半身が蛇の怪物ラミアが群れとなって押し寄せてきている。

 確かラミアは半人半魔の中では美人だという噂を聞いたことがある。

 これはもしかしてモンスター娘を大量に仲間に入れるフラグなのでは? そう思いカチャノフ製の双眼鏡で見やると、俺の予想は完全に外れ、上半身は確かに女性だが、皮膚は全て緑の鱗で覆われており、顔も明らかに蛇寄りだ。恐ろしい形相で二股に割れた舌を伸ばしており、あれに飲み込まれたら死ぬと悟る。


「なにあれ、蛇じゃん!」

「言ったでしょう。奴らに男が捕まると、一生精子を搾り取られるだけのタネ男にされちまうぞ」


 なにそのゴブリンの逆版みたいなの。

 急いでラクダの腹を蹴るが、ムカつく顔をしたラクダはのらーり、くらーりとゆっくりとしたペースでしか進まない。


「おい頼むよ! 街についたら美味い塩でもおごってやるから!」


 当然そんな言葉なんて理解できないラクダは、ゆら~りと自分のペースで進んでいく。


「ヒャアアアアア! 新鮮ナ男ダ!!」


 蛇女たちは俺たちのキャラバンを見つけると、両手に鉈のような武器を持って、すさまじい勢いで突撃してくる。

 嫌だ、こんな気持ち悪い蛇に一生搾精され続けるなんて!

 そう思っていたがラミアは俺たちのキャラバンを完全に無視して、同じく近くを通りかかった別のキャラバンに襲い掛かっていた。

 そのキャラバンは容姿の良い男が多く、どうやらラミアたちの趣味にかなったらしい。

 逆を言うと、俺はラミアにすらそっぽを向かれたらしい。

 きっと向こうは男がいっぱいいたからあっちに行ったのだろう。俺は心の中で言い訳する。


「旦那ナイス顔面!」

「バカにしてんのかお前は!」

「早く街に行きましょう!」

「なんか複雑だが、イケメンが襲われてるなら知らん」


 イケメン税みたいなものだろう。ラミアの相手は完全に任せ、俺たち棺桶キャラバンは予定していた駐留ポイントである砂漠都市マンスラータリアに到着したのだった。

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