第207話 理想の彼氏 ソフィー編 後編
カフェを出て、前を歩くゴーレムとロレンツは楽し気に談笑をしており、その後ろを歩く俺はニコニコ笑顔を絶やさぬまま、ソフィーの尻をつまみあげつつ小声で会話を繰り広げていた。
(おい、嘘に嘘を重ねてるな)
(お願いします王様、お父様が帰るまで話をあわせて下さい)
(父ちゃんウチの領地に来ようとしてるんじゃないのか? ウチに来たら全部バレるぞ)
(それはなんとか食い止めますから!)
「お、お父様! この辺りで美味しいチーズパンを売っているお店があるんです! そちらに寄りませんか?」
「うむ、しかしソフィアよ、先ほどパパの従者から報せがあって、あまりここに長居できなくなってしまったのだ」
それを聞くとソフィーはラッキーと手を打ち、是が非でも行かせるものかと父親を引き留める。
「少しだけ、少しだけ良いではありませんか」
「し、しかしなぁ……」
「お願いします、パパ」
「しょうがないなぁソフィアは~」
パパと呼ばれてデレっとニヤケ顔になったロレンツは、ソフィーに手を引かれながら以前訪れたことがあるパン屋へと向かった。
「焼きたてチーズパンセール! なんと今ならチーズパン100個が半額の40ベスタだ!」
「寄越せオラッ!」
「これはあたしのものよ!」
「その薄汚い手を放せ豚野郎!」
以前訪れたパン屋はセールをしているらしく、凄まじい取っ組み合いが行われている。
半額パンがこれほど人を狂気に導くとは。
言い方は悪いが、昔行った動物園でチンパンジーがバナナの取り合いをしている光景を思い出した。
「これじゃ食べられないな」
パパがっくしとロレンツは肩を落とす。
「だ、大丈夫ですお父様! 玉三郎! 早く買って来てください!」
「えっ、でも完全に修羅の国と化してますよ、お嬢――」
「いいから早く!」
ソフィーは俺の尻を蹴り飛ばし、チンパンジーの檻へとぶち込む。
「
「
「
くそ、猿山かよ!
なんでこんな殺気が漲ってんの。
俺はなんとか殴られ噛みつかれ、髪を引っ張られつつも、やっとの思いでチーズパンを買ってくることができた。
俺がもみくちゃにされている中、ロレンツたちは広場のベンチで優雅に待ってやがった。
「お、お嬢様、買ってこれました」
「ありがとう」
ソフィーは父とゴーレムにパンを手渡し、残り二つを俺と自分で分ける。
こんがり焼けたパンと、とろけたチーズの匂いは反則的に美味そうである。
全員が一口食い終わって、とても40ベスタと思えぬ味に驚いている最中、ソフィーは喉が渇いたのか、きょろきょろと辺りを見まわす。
「飲み物はないんですか?」
「すみません、買い忘れました」
「むぅ……買っといてくださいよ」
ソフィーは俺の頬をつねりながら、チーズパンをもう一口かぶろうとする。
だが、チーズパンはソフィーの手から落ちてコロコロと地面を転がっていく。
「あーっ!」
ソフィーは素っ頓狂な声をあげながら転がって行ったチーズパンを拾い上げる。
舗装されて比較的綺麗な地面とはいえ、所詮地べたである。チーズパンには砂や石が付着しており、彼女は泣く泣くパンをゴミ箱に捨てようとする。
「うぅっ……さようならチーズパンさん……」
「泣くな泣くな」
俺は自分のパンとソフィーのパンを交換し、砂のついたパンをはらってから食った。
じゃりっと嫌な音がしたが、この程度食えなくはない。
この世界に来てから俺の胃も強くなったものである。
ソフィーはグスングスン言いながら、交換したパンをパクつく。
「ごめんなさい」
「美味いか?」
「おいひぃです」
モソモソパンを食べる、半泣きソフィーの頭をなでかけて止まる。
「…………」
その様子をロレンツはしっかりと見ていたからだ。
あっぶねぇ……、俺は今こいつの従者だった。少し馴れ馴れしすぎたか?
その後もソフィーはなんとか父を俺の領地に行かせまいと、あの手この手で引き留め、その度に俺はひどい目にあわされていた。
そして、日も傾きかけてきて、これだけ引き留めたら大丈夫だろうと思った頃、ようやくロレンツが懐中時計で時間を確認する。
「ふむ、しまったな。久しぶりにソフィアと楽しく過ごして時を忘れてしまった」
「じゃ、じゃあ!」
「そうだな、梶王の領地に行くのはまた今度にさせていただこう」
どうやら優しい嘘で騙し切れたみたいだ。
ロレンツはにこやかな笑みを浮かべているし、ソフィーもほっと胸をなでおろしている。
「ではソフィアよ。最後にパパからクイズだ」
「クイズですか?」
「ここにいる梶王と玉三郎君、失うとしたらどちらが良い?」
「はっ?」
そう言って、ロレンツは腰にさげたレイピアを抜き、俺とゴーレムに向かって構える。
その目は先ほどの穏やかな目ではなく、猛禽類のように鋭く険しい。
「お、お父様、一体何を?」
「今からこの二人のうち、どちらかを殺す。助ける方を選びなさい」
「な、何を言ってらっしゃるのです?」
「ソフィアよ、パパにはわからないのだ。手紙ではあれだけ梶王を愛していると言っていたのに、お前の好意は明らかに梶王ではなく玉三郎君の方に向いている」
「そ、そんなことないですよ。わたしと梶王は仲良しですし……」
確かにゴーレムとソフィーは見た目恋人同士っぽく接していたと思うのだが。
「ソフィア……ずっとお前を見ていたパパだから言える。お前がこんな見た目良い男を捕まえられるわけないだろう」
パパ言葉が辛辣すぎる。だけど事実。
「わ、わたしだって頑張ればなんとかなります!」
「ならない」
「なります!」
「ならない」
「なります!」
「パパはお前がモテないなどと言っているわけではない。ソフィアは世界一可愛い。それはパパが一番よく知っている。だがな、お前は二人の男性を同時に愛せるほど器用ではない。つまりお前は嘘をついているのだ。だからこの男のどちらかを殺す」
待って、話繋がってなくない?
その理論で言ったらソフィーが怒られるだけで、俺たちのどちらかを殺す必要ないだろ。
「あの、お言葉ですがお父さん」
そう言った直後、俺の真横にレイピアがビーンと音をたてて伸びる。
俺の頬から一滴、血が流れ出る。
「言葉に気をつけろ。今度私を義父さんと呼んだら、そのブサイクな顔に風穴があくぞ」
この親父嫌いだ!
「私はソフィアに近づく男は例え恋人であろうと、いや恋人だからこそぶち殺してやりたいのだ」
パパこえぇよ。てか完全にそれが本音じゃねぇか。
ロレンツは血のついたレイピアの切っ先を俺とゴーレムに向ける。
「ソフィア、パパが一番いけないと思うことは好きという気持ちを偽ることだ。好きでもない人間を好きと言って、本当に好きな人を傷つける行為をパパは許さない。それはどちらに対しても失礼だ」
「…………」
ソフィーは泣きそうな顔になりながら、俺とゴーレムを交互に見比べる。
「ごめんなさい、お父様……彼は梶王ではなくミケロと言い、本当の梶王はこっちの……」
「わかっているさ。しかし謝るべきは私ではないだろう」
ロレンツは俺たちの方を見据える。
「ごめんなさいミケロ……。わたしは自分の心を偽って、あなたと……恋人気分になっていました」
ソフィーが謝罪すると、イケメンゴーレムは柔和にほほ笑み「いいんだよ」と返した。ほんと良い奴だな。お前女型だったら多分惚れてると思う。
「王様……ごめんなさい。嘘をついて酷いことをいっぱいして」
「いいさ、慣れてる」
ソフィーが深く頭を下げると、ロレンツはレイピアを下ろし腰に挿しなおした。
「すまないな梶王、驚かせてしまって。これっぽっちも君を刺すつもりはなかった」
いや、あの目は完全に殺す気だった。
「いえ、全然いいんです。その、どの辺りから気づかれていたんですか?」
「この子は昔から潔癖症なところがあってね。人の食べさしは絶対食べない子だったんだよ」
あのチーズパンのところでバレたか。確かにあそこは不自然だとは思っていた。
「実は今日、ここに来た本当の目的はソフィアを連れ戻そうと思っていたのだ」
「本当ですか?」
「ああ……。妻も寂しがっているからね」
「そうでしたか……」
「自分で言うのもなんだが、私は親バカで、召喚ゲートが開いた時は全力で引きとめたものさ。しかしこの子は頑固なところもあって、行くと言ったら聞かなくてね。私も妻も恐らく一週間もすれば帰りたいと泣き出すと思っていたのだが、送られてくる手紙には全てうまくいっている。伝説の邪竜を倒したなどと書かれていたが、すぐに嘘だと気づき、もしかしたら仕えている王に嘘の手紙を書くことを強要されているのではないかと思ってね」
「そうでしたか」
「それと嘘はおあいこでね、既に君の領地と城は見た後だったのだ。手紙の内容と違うと思いソフィアを問いただそうと思ったのだが、入れ違いで領地を出たと聞き、実は私の方がこの子を追いかけてきたのだよ」
「最初から全部バレてたんですね」
はなから裏をとられていたわけだ。
親をその場しのぎの嘘なんかでやりすごせるわけないんだよな。
「騙していてすみません」
「良い。この子のついた嘘を叶えてやろうと思ったのだろう。王にしてはいささか気を回しすぎるが、この子の親としては信用に足る人物と判断した」
「ありがとうございます」
優しい表情を浮かべたロレンツに、今まで雑踏の中に紛れていた側近が彼に耳打ちする。
「すまないな。時間がないと言うのは本当なのだ。また折りを見てうかがわせてもらおう」
「はい、今度は是非ウチの城へ来てください」
「そうさせてもらおう。ソフィア、愛想をつかされてしまってからでは遅いぞ。パパはもう、お前は帰ってこないとママに伝えておくから、帰ってきてもお前の部屋はないぞ」
それってつまり――。
「わがままで見栄っ張りな子だが根は純真だ。無知故に過ちもおかすだろう。それは君が正しい道を教えてやってほしい。そうすればこの子はどこまでも君についていくだろう」
ロレンツは少しだけ寂し気な父親の笑みを浮かべ、去り際に俺に耳打ちを一つ残して城下町から去って行った。
なかなかダンディーな父ちゃんだ。親バカなところはあるものの、俺もあんな理解がある親になりたいものだ。
ロレンツが去って一息ついた時だった。今度はゴーレムがガクガクと震え、ロボットのようなぎこちない動きとなる。
「ミケロ、どうしたのですか!?」
「稼働限界だ」
俺はG-13の話をそのまま伝える。
彼は魔力が尽きて、もう元の魔鉱石へと戻っていくのだと。
「ミケロ!」
ソフィーは抱き付こうとするが、ゴーレムは伸ばした手で押し留めると、首を横に振る。
「ソフィー、自分の気持ちに嘘ついちゃダメだよ。君が幸せにならないと僕も悲しい」
そう残してゴーレムは人間の銅像のように真っ黒い鉱石となり、その動きを完全に止めた。
このゴーレム良い奴すぎる。
☆
俺は運送屋に鉱石へと戻ったゴーレムを城に戻す手続きをして、また広場へと戻ってきていた。
そこにはしょぼくれた顔をしたソフィーがベンチに腰掛けており、いつぞやの時のことを思い出していた。
「しけた顔してるな」
「…………」
「懐かしいな。ここでお前、盗賊団に騙されて変な十字架を買って、その後金がないからリカールの店でウェイターやって……。あの時はチーズパン買う金もないくらい貧乏だったな」
今でも貧乏はかわらないが、それでもチャリオットの規模はあの時に比べ格段に大きくなったと言えるだろう。
俯いていたソフィーが、赤い目をしながらこちらを見やる。
「ごめんなさい。嫌なこといっぱい頼んでしまいまして」
俺は隣に座るソフィーの体を引っ張ると、彼女の体は俺の膝の上にコテンと倒れた。
「なんですか?」
「膝枕だよ。これやると9割の男は、この女ひょっとして俺に気がある? って思う」
「わたし女ですよ?」
「似たようなもんだろ」
「わたしに気があるんですか?」
「気がある」
不意打ちに顔を赤くしたソフィーはそのまま黙ってしまう。
膝枕をしたまま二人しばしの沈黙。空には星が瞬き始め、段々寒い季節になってきた。
「…………すみません王様」
「なんにも謝ることなんかねぇ。良い異性にモテたいっていうのは自然だし、俺も生まれ変わるなら無条件で俺の事好きになってくれる女の子がいる世界線に行きたいと思う」
「ごめんなさい、バカでマヌケで、意地汚くて……めんどうくさくて」
「その方が女の子らしいじゃねぇか」
そう言うとソフィーは俺の膝に額をこすりつける。やがてほんの少し膝に冷たい感触がする。
「泣くな泣くな」
「泣きますよ……わたしは嫌なところばっかり見られてるのに、なんで王様はそんなに優しいんですか……。王様がもっと嫌な人なら、きっと好きになったのはわたしだけだったのに……」
俺はソフィーの頭を撫でながら空を見上げる。
「俺はお前がバカみたいに笑ってるところが好きなんだ。ひまわりっていう花があってな、暑い夏になると凄く綺麗で大きな花を咲かせるんだ。そのお日様みたいな花を見ていると皆笑顔になれる。お前は俺にとってそんな奴なんだ」
「…………」
「お前が沈んでると俺だけじゃなく皆悲しい気持ちになる。でも、お前が笑ってると、あぁウチのチャリオットは今日も平和だなって思うんだ。お前は自分が思っている以上に俺たちの心に深く刺さってる」
その言葉を聞いて、ソフィーは泣き声を我慢できなくなってしまう。
「す、すまん。そんなに泣かすつもりはなかったんだが」
あたふたする俺だったが、ソフィーはグズっと涙を拭う。
「王様……わたしはあなたに出会えて、本当に幸せです」
「そうか、ありがとう」
ソフィーは突然ベンチの上にすくっと立ち上がると、突如大声を張り上げる。
「わたしは王様が好きーーーーーーー!!」
もう一度大きく息を吸い、声を張り上げる。
広場を行き交う人々が奇異の視線を向けるが、ソフィーはそんなの関係ないと、もう一度声を張り上げる。
「わたしは王様が好きーーーーー!!!」
こりゃ負けてらんねぇな。
俺も立ち上がり、大きく息を吸いこむ。
「俺はソフィーのことが好きだーーー!!」
一瞬呆気に取られるソフィー。しかし彼女はこちらの意図を察したのか、俺に負けないよう腹の底から自身の偽らざる本心を叫ぶ。
「わたしの方がもっと好きーーーー!」
「俺の方がもっともっと好きーーーー!」
「わたしの方がもっともっともっと好きーーーー!」
「俺の方がもっともっともっともっと好きーーーー!」
この好きの応酬は、近隣住民から「うるせーぞ!」と怒鳴られるまで続いた。
でもしょうがないじゃないか。これが俺とソフィーの自分らしく好きを表現した結果なんだから。
夜空が星の海となる頃、俺はソフィーと共に手を繋いで城へと帰路についていた。
馬車で帰ればいいものを、二人で歩いて帰りましょうとおねだりされれば聞いてやる他あるまい。
ソフィーは既に吹っ切れているようで、夜空の星を指折り数えている。
「手の指じゃ星の数には足りねーぞ」
「わかってます! バカにしてるんですか!?」
「バカにはしてるけどよ」
「なっ、酷いです!」
いつも通り怒るかと思ったが、ソフィーは少しだけはにかんで
――でも王様ならいいですよ。とニコりと笑みを浮かべる。
その笑顔は満天の星空を超える……というと言いすぎか。でも少なくとも俺の満点をとるには十分すぎる笑顔だ。
彼女の笑顔に気をとられているその時、夜空から星が一筋流れる。
その流れ星に続くように、次から次に星が流れていく。
「王様、流れ星です! いっぱいいっぱい! 凄い!」
「なに、ちょっと高台まで見に行くか」
「イェーーーイ! ダッシュしてください!」
二人笑いながら走って星降る丘へと向かう。
「王様ーーー!」
「なんだーーー!」
「愛してまーーーす!!」
「俺もだーーー!」
ちなみに最後ロレンツが去り際に俺に耳打ちしたのは「勿論ウチの娘が第一妃だよね?」だった。
俺は冷や汗が止まらなかった。
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