第195話 アイアンシェフⅪ
お別れが決まったその日の晩、ロイヤルバニーたちは用意された食事のお礼に、踊り子として妖艶な踊りを披露しチャリオットの面々と最後の晩餐を楽しんだのだった。
それからほどなくして、彼女達はアイアンシェフ領へと戻る定期船の前に立っていた。
夜のとばりが降り、空には星が輝く。定期船が横付けされた桟橋に、トライデントチャリオットが集まり総出で見送るが、そこに王の姿はなかった。
ディー、オリオン、ソフィーたちが別れを惜しんで彼女達と抱き合う。
「すまないな、皆で見送りに来たかったのだが、王はテントでふて腐れている。相当君たちを我がチャリオットに迎え入れたかったみたいだ」
「私たちもできることなら力になりたかったわ」
「元気でね。足の怪我よくなるといいね」
「大丈夫……恩返しできなくて……ごめん」
「気にしなくていいですよ。王様ロイヤルバニーをはべらせたかったとか、どうせそんな下心全開ですから」
「別にお姉さんたちは下心全開でもいいんだけどね」
別れの挨拶をしていると、フレイアと銀河が大量の蜂蜜を抱えて桟橋にやってきた。
「ちょっとあんた、アタシたちにだけ蜂蜜運ばせないでよ」
「どこかに行くのかしら?」
「うん、隣の島にコーカサスオオヘラクレススカラベビートルが出るんだ。それを捕まえに行く」
「ほんといい歳して虫取りよ」
「フレイアも成長したモンモル蛾とってあげるね」
「いらないわよ!」
オリオンとフレイア、銀河はシロとクロを連れ、桟橋につけられた小舟へ大量の蜂蜜を運び込む。
またエーリカとG-13、レイラン、ソフィーがそれとは別の船に乗り込む。
「我々は夜にしか採れないブラックマンドラゴラの採取に向かいます。隣の島に農産物が大量にとれる場所があるのです」
「わたしは行きたくないです。マンドラゴラの声って聞いたら死んじゃうかもしれないんですよ」
「大丈夫ネ。ワタシに呪いはきかないし、ポンコツも音声カットできるネ」
「ロボットやアンデッドと一緒にしないでください!」
「死んでもワタシが噛めば復活するネ」
「それアンデッド化してますよね! 神官ゾンビとか笑えないので嫌です!」
ディーはリリィ、クロエ、ドンフライたちと漁船に乗り込んでいた。
「これ本当に私行かなきゃダメか……」
「ディーにゃ超船酔いするにゃ」
「美味しいお魚をとってパパにご馳走しましょうね」
「美しい人よ、なぜ我輩は糸と竿に繋がれてるであるか?」
「あらあら?」
「大物が狙えるにゃ」
それぞれが別の船に乗り込むと、オリオンたちは大きく手を振る。
「それじゃ兎さんたち、またどこかで会おうね。バイバイ」
「バイ……バイ……」
全員がそれぞれに手を振ると、定期船は別れを告げるようにボーっと汽笛の音を一度だけ鳴らして島を出航する。
欠けた月が雲の合間から見える美しい夜空。涼しい夜風が定期船の中を吹き抜ける。
ロイヤルバニーたちの視界には三つのボートがそれぞれ別の島を目指していく様子が見えていた。
どの船もキャーキャーとやかましく、少し離れても未だ楽し気な声が響き渡る。
「本当に仲の良いチャリオットで羨ましいわ」
「……うん」
「できることなら、あそこでもう一度騎士として……」
カリンは小さく呟いて首を振る。
隣を見ると、サクヤがぐずっと涙をこぼしていたのだった。
よっぽどあの輪の中に入りたかったようで、コミュニケーションが苦手なサクヤがそこまで別れを惜しむなんてとカリンは意外に思った。
そっと彼女の頭を抱き寄せてあげるとサクヤは小さく鼻を鳴らしてカリンの胸元を濡らす。
「ハゲテルみたいな嫌な奴がいて世界を呪ったこともあるけど、こうやっていい人たちに助けられると生きてて良かったって思うわね」
「……うん」
それから半時間ほど経ったくらいだろうか、もうカリンたちの視界から島は遠くなって見えなくなりつつあった。
そろそろ夜風も冷たくなってきた。船の中に戻ろうかと思ったが、何か聞きなれぬプロペラ音が聞こえて長いウサ耳がピクリと反応する。
「……飛行艇?」
こんな夜に飛行艇でも飛んでいるのだろうかと思った直後、ドンっと大きな音が海上に響き、振動で小さな波が船を揺らす。
ロイヤルバニーたちは飛び起きて状況を確認すると、島から赤い炎が浮かび、どす黒い煙が立ち上っている。
それは先ほどまで夕食を楽しんでいた場所で間違いなかった。
「キャンプが……燃えてる」
艦橋から飛び出してきた定期船の船長が、双眼鏡で島の様子を見やる。
「なんだありゃ……」
「どうしたの、何があったの!?」
「黒い機械甲冑がキャンプを襲ってやがる」
「どういうこと! 詳しく教えて!」
「詳しくって言っても、ありゃ多分聖十字騎士団のアーマーナイツって奴だな……そいつが宙に浮かびながらキャンプを攻撃してる。若い兄ちゃんが立ち向かってるけど、ありゃダメだな自殺行為だ」
「男って、刀を持った!? 他には誰かいないの!?」
「よく見えねぇが一人で他のキャンプしてる人間を逃がしてるみたいだが」
間違いない、王が一人で戦っている。
サクヤたちは彼のチャリオットが、今別の島の散策に出ており、あの島には彼しかいないことに気づいた。
「島を出てどれくらい経つ?」
「半時間ってところだが、それがどうかしたのか?」
つまり彼のチャリオットはどれだけ早くても後30分は戻れないのだ。
「あぁ、ダメだなこりゃ」
「ダメってどういうこと!?」
「爆弾みたいなので吹っ飛んだ」
ロイヤルバニーたちは一刻の猶予もないと悟る。
サクヤは槍を強く握りしめ、船の甲板に立つ。
「どうするつもり」
「助けに……行く」
「足を怪我しているのよ」
「……恩人すら守れない人間になりたくない。……わたしは竜騎士だから」
サクヤの目には強い決意がこめられ、唇は強く噛み絞められている。
「止めても……無駄」
「止めるなんて誰も言ってないわ」
カリンは一度だけ深呼吸すると、船にいる全員に勇ましい声をあげる。
「三日月騎士団、総員に命令するわ。動けるものは全員槍を持ちなさい!
「!」
ロイヤルバニー全員が甲冑を身にまとい深紅の槍を携えて甲板に立つ。
彼女たちの中に足の怪我を気にして臆するものは一人もいない。
「お、おい姉ちゃんたち何するつもりだ?」
船長の言葉など耳に入らない。今は怪我のことなど軽く凌駕するほどの怒りが彼女達を支配している。
こんなことは今まで別の王に仕えてきた時には一度もなかった。
国を守る義務、竜騎士として竜と戦う使命、彼女達にはいつも戦う為の理由があった。しかし今の彼女達は違う。あれだけ良い人を平然と傷つける存在が許せない。
もしかしたらトライデントの王が悪い人間で、襲っているアーマーナイツが実は正義という可能性も考えられなくはない。
しかし今の彼女達にとってどちらが正義なのかなんて些末なことだ。
初めて怒りという感情で槍を手に取ったのだ。
兎の騎士たちは竜を模したヘルムを被り、己の
「なぜ我々がこの人数で北方最強の竜騎士と呼ばれたのかをここに証明する。総員……飛翔!」
カリンの叫びと共に三日月兎たちは甲板を蹴りつけ、夜空を背景に渾身の大ジャンプを決める。
その光景は真紅の星が次々に空に舞い上がっているようにも見え、紅の流星群のように見える。
「最悪だなオイ」
時は数分前
ゼノがグルメル侯爵へのプレゼントで用意していた新型のアーマーナイツが、停泊していた船から飛び立ち、こちらを無差別に攻撃しだしたのだ。
飛び上がるときにゼノの船自体を攻撃していたので、恐らくだが聖十字騎士団内で仲間割れを起こしたか、もしくはあのアーマーナイツが第三者の手によって奪取された可能性が高い。
運が良いのか悪いのかウチのチャリオットたちは全員出払い済みであり、残っていたアマゾネス隊は周辺のキャンプをしている冒険者を逃がす為に走らせた。
彼女らが帰って来るまで俺は一人で持ちこたえなければならないわけだ。
黒いアーマーナイツは赤熱する結晶石を放り投げると、結晶石は爆発を起こし俺の体は盛大に吹き飛ばされ、背中を岩に打ち付け痛みで動けなくなっていた。
突如こちらに攻撃を仕掛けた黒のアーマーナイツは、宙に浮かびながらそのヘルムの下に光を灯らせる。
どうやら新型というのは飛行能力があるらしく、背中にでかい飛行ユニットをつけており両側に伸びた翼の上にプロペラが回っていて、機動力のある空中戦闘が可能な機体になっているらしい。
アーマーナイツはこちらに砲身の長いマスケット型のライフルを向ける。
「僕は……戦いたくないのに」
アーマーナイツから自信なさげな少年の声が響いた。
この声はまさか。
「お前……トウヤか」
「君がいけないんだ。君は争いを産み出す危険な人間だ。僕は戦いたくないのに」
この返答で確信する。こいつメタルドラゴンのブレスで吹っ飛ばされたと思ったが、生きてやがったのか。
こいつが乗ってるってことは聖十字騎士団から盗んだ可能性が高いな。
「なぜこんなことをする!」
「モンスターを倒す為だよ。モンスターは悪なんだ。いや、獣人、亜人、魔人、神人、全てモンスターと言える。僕はそれらすべてを抹殺するんだ。モンスターと共存する人間なんて許せない」
「神にでもなったつもりか! お前の気に入らない程度のちっぽけな価値観で奪っていい命なんかあるか!」
「僕をこれ以上怒らせないでよ!」
マスケット銃の弾丸が俺のこめかみをかすめ、背後の岩を大きくえぐる。
「モンスターは粛清され人が生き残るべきなんだよ。住みやすい誰もが笑って暮らせる世界の為に」
「ふざけんなよ。誰もお前みたいなサイコパスに生きる権利をやろうなんて言われたくねぇんだよ」
「僕は選ばれた人間なんだ。僕はレアリティEXと神から言われた、最上位の人間なんだよ? 僕に権利がなくて誰にあるって言うのさ」
こいつEXだったのか。
メタルドラゴンと対峙したときは、そこまで強いとは思わなかったが。
「お前を召喚した王はどこだ」
「死んだよ、僕が殺した。彼は獣人だったから粛清対象さ。とても悲しかったよ」
「自分で殺して悲しいとか、なめてんのかお前」
「悲しくても誰かがやらなきゃいけないことなんだ。やっぱり君には理解してもらえないか」
「違う、なんにも理解できてないのはお前だ」
「言葉遊びは嫌いだよ。君の足をちぎって砂浜に放置しておけば、薄汚い亜人や獣人たちが釣れるかもしれない。ごめん、でも人の為なんだ」
アーマーナイツは地上に降りると、俺の体をまるで人形のように掴み上げる。
「玩具みたいだ」
アーマーナイツは捕まえた俺の体に力の加減をしないまま腕をひっぱったり伸ばしたりする。
重機に無理やり腕を捻じ曲げられているようで、間接に激痛が走った。
「ぐあぁっ」
「あぁすまない痛かったね。早くするよ」
こいつの声が本当にすまなさそうにしているところが、こいつのやばさを物語っている。
「痛いと思うけど、あまり叫ばないで」
アーマーナイツは掴んでる反対の手で、俺の足を引きちぎろうと掴む。
武骨な巨大な鉄の手に足を捕まれ、メリッと嫌な音がなる。
「ああああっ!!」
「すぐにすますから、僕も辛いんだよ――」
トウヤの悲し気な声とは別に、何か風切り音が聞こえてくる。
それは海の方から聞こえ、俺の目に海を割りながら真紅の魔槍が飛来する姿が映る。
『ガスン』
大きい衝突音が鳴り、魔槍はアーマーナイツの装甲を貫通し、肩に深く突き刺さる。
突き刺さって3秒後、槍は大爆発を巻き起こし肩から下の腕が吹き飛んだ。
俺はその拍子に抜け出すことができた。
「この槍は、まさか」
俺は驚いて空を見上げる。上空には三日月の夜空を背景にして、兎たちが空を舞っている。
全員がその手に真紅の槍を持ち、上半身を捻りながら槍の投擲態勢に入っている。
俺は安全圏に退避する為、砂浜に向かってハリウッドダイブを決める。
「放てっ!!」
カリンの号令により、全バニーたちは上半身が背面を向くくらい深く腰を捻り、腕と背筋に全ての力を収束させ渾身の力で槍は解き放たれた。
風を切り裂き、螺旋状の渦を発生させながら槍は次々にアーマーナイツへと突き刺さる。
頭、腕、足を貫通し、直後槍は大爆発を引き起こす。
俺は爆炎に燃えるアーマーナイツを呆けた目で見やっていると、上空からスタッと軽い音をたててロイヤルバニーたちが次々に着地してくる。
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