第196話 アイアンシェフⅫ

「竜騎士隊登場、大丈夫だったかしら?」

「サクヤにカリン、どうして、というかどうやってここまで」

「ジャンプ……してきた」


 うっそだろオイ。定期船もう遠くなって見えないよ。

 そんな遠くからジャンプしてきたと言うのだろうか。


「あなたが死ぬところを、指をくわえて見ているほど恩知らずじゃないわよ」


 カリンはウインクを一つこちらに寄越す。


「足の怪我は大丈夫なのか?」

「今日は……月が二つでてる」

「ロイヤルバニーたちは月が出ていると、その力を吸収して身体能力が上がるのよ」


 カリンが夜空を指さすと、頂点には欠けた黄金の月と白銀の月が仲良く並んでおり、この月は金月、銀月と呼ばれ日によって交互に現れる。地球のような周期は存在せず、どちらか片方は新月の時以外は絶対存在するが、もう片方の月はきまぐれに現れたり消えたりを繰り返す。

 ただ、決まって三日月の夜と満月の夜はどちらの月も消えないので双月の夜と呼ばれているのだった。


「だから三日月兎と……」


 カリンが説明していると、トウヤの乗ったアーマーナイツがボロボロの状態で起き上がる。足を貫かれて姿勢制御が出来ないようで、無理やり背面のプロペラを回転させて一気に上空へと浮かび上がる。


「薄汚いモンスターめ……」


 機体のいたるところから火花をあげつつ上空からマスケット銃で狙いをつける。


「ロイヤルバニーに空中戦を挑むなんてバカ?」


 珍しくカリンの頬に悪い笑みが浮かぶ。

 しかし、彼女達の手元にもう槍は残っていない。彼女達の槍は一度敵に向かって投擲すると爆発してしまう為、使い切りの武器になるのだった。

 その為、槍をたくさん用意してから戦闘を行うのが基本スタイルとなるのだが、今回彼女達が槍を用意する暇があるわけもない。


「大丈夫よ。言ったでしょ、今日は双月の夜で、そしてお姉さんたちは竜騎士なのよ」

「竜騎士とは……竜を狩る戦士であり……竜を駆る戦士でもある」

「それってどういう?」


 俺がよくわからず首を傾げていると、夜の星々を隠すように何かが上空から舞い降りる。

 それと同時にバッサバッサと翼をはためかせる音が響き、空を見上げて俺は唖然とした。

 そこには20頭を超えるドラゴンが夜の使者の如く、翼を広げて空から舞い降りてきたのだ。


「私たちはこの月の見える夜限定で、EXと対等に渡り合える力を行使できるの」

「竜騎士から……ドラゴンライダーへ……」


 確かに彼女達が竜騎士と聞いて、昔戦った竜騎士ドラニアを思い浮かべたが奴はドラゴンに騎乗していたから少し変だとは思っていた。

 しかしそんなことより空から降りて来たドラゴンが、どれもこれも明らかにメタルドラゴンより強そうな奴らばかりなんだが。そりゃこんな強そうなドラゴンを従えたらEXとも対等にやりあえるだろうと思う。


「これが私たち三日月兎騎士団が北方最強たらしめた理由」

「いや……そりゃ、夜限定とは言え、EXが二十人も並んで飛んで来たら敵はお手上げだろう……」

「じゃ、行きましょうか」

「うん……」

「へっ?」


 サクヤは驚くこちらを無視して、俺の体を抱くと、そのまま自身のドラゴンへとジャンプで騎乗を果たす。

 頭部に一角獣のような鋭い角を持つ白銀の竜は、夜空に向かって大きく翼を広げ、夜の王であると誇示するように咆哮をあげる。

 彼女のドラゴンは通常の四つん這いで歩く獣型ではなく、二足で歩き回れる人竜型で全身を鎧のような硬質な銀の甲殻で守られている。


「ロイヤルランスシルバーナイトドラゴン……頭に槍みたいなツノがついてるのと……体が鎧みたいに硬いから、その名前がついたの……」

「あぁ、名前長い……」

「略してRLSKDでもいいよ」

「あぁ、略しても長い……しかし、確かにロイヤルな感じがするな……」


 俺たちの乗ったドラゴンの背中は、金銀煌びやかに輝いており財宝の上に跨っているようにも思える。

 隣のカリンのドラゴンも凄く、全身磨かれた鏡のようで月の光を反射して金色に見え、羽ばたくたびに金ぴかの粉がキラキラと煌めいている。


「あっちは……シールドオブレガシィっていう種類の……防御が得意なドラゴン」

「ああ、一発で高レアのドラゴンってわかる……」


 なに食ったらこんな金ピカ、銀ピカになるのか知りたい。

 そんな平民的思考になっていると銃声が響き、ランスドラゴンにアーマーナイツの放った弾丸が命中する。

 しかしドラゴンはハエでも飛んでるのか? とでも言いたげに全くの無傷であった。


「じゃあ、やること先に終わらせましょうか」


 カリンがにこりとほほ笑むと、ドラゴンライダーたちは中空に浮かぶアーマーナイツに体当たりを浴びせる。

 たった一撃の体当たりで、トウヤのアーマーナイツは制御を失い、ふらふらと海へと高度を下げていく。


「くっ、獣人どもめっ!」


 煙をあげたトウヤがまだ何かほざいている。

 アーマーナイツは最後の力を振り絞ったのか、胸部が開きエネルギーを充電している様が見える。


「やめろ、そんなことしたら爆発して死ぬぞ!」

「僕は皆の為に!」


 アーマーナイツから全エネルギーを放出する最後の一撃が放たれるが、カリンのシールドオブレガシィが前に出ると翼を前面に出して、放出されたビームのような砲撃をいともたやすくはじき返す。


「ごめんね、この子魔力は全部弾き返しちゃうの」


 カリンが悪戯っ子ぽく舌をペロリとだして、ウインクをすると今度はサクヤのランスドラゴンが前に出て、頭部の角を輝かせながらアーマーナイツへと突貫する。

 ボロボロのアーマーナイツはドラゴンの角に貫かれ海上で大爆破を巻き起こしたのだった。

 パラパラと残骸が海へと落ちたが、その中にトウヤの姿は確認できなかった。

 

「あぁ、容赦がない……」


 これが三日月兎騎士団。圧倒的としか言いようがない。各々ドラゴンの特殊能力を使うまでもなくトウヤは海中に没し、その力を見せつけてくれた。

 この力があれば聖十字騎士団とも対等にやりあえるのではないか、そう思えるほどだった。



 それから数分後、砂浜に降り立つと俺たちのトライデントチャリオットが大急ぎで帰って来たらしく、ディーは神鎧解放して空飛んでるし、G-13は高速ボート形態に変形してるし、銀河はジライヤさんを呼び出してオリオンたちを連れて超速で戻ってきた。


「怪我がなくて良かったです」

「怪我してるよ、見てみて肩とか外れそうだし、足とかすげぇ変な音なったし」

「はいはい、回復だけかけときますから」


 ソフィーのおざなりな回復を受け、全員がひとまず無事でよかったと安堵する。

 ディーは助けてもらったロイヤルバニーたちにもう一度振り返る。


「それにしても凄いドラゴン軍団ですね。どれも幻獣クラスに指定されるドラゴンでしょう」

「あぁ、彼女達がいなかったら俺は助かってなかった。本当にありがとう」

「いいのよ、私たちも少しは恩を返したかったから。それに月のある夜で良かったわ。多分もうじきこの子たちは消えちゃうと思うから」


 カリンは首を下げるシールドオブレガシィの頭を撫でる。


「その……王様、でいいのかしら。皆で話あったんだけど、やっぱりお姉さんたちをチャリオットに加えてもらえないかしら?」

「ん~む、ドラゴンを抜きにしても加入してほしいんだけど、法律がなぁ」


 深く唸ると、サクヤやカリンたちはカチャリと音をたてて奴隷の証である平伏の首輪を身に着けたのだ。


「えっ?」

「法律は……”元”奴隷はダメなだけ」

「だから、現奴隷は大丈夫よね?」

「いや、法律の隙をつくならそうなんだけど……それだと君らがせっかく奴隷から抜け出せたのに、また奴隷になっちゃうし」

「別に……いい」

「もうこの首輪も慣れちゃったし、ハゲテルみたいに能力制限をしないなら全然大丈夫よ」


 俺はディーの方を見やる。


「法律はあくまで元奴隷の復讐を防ぐものです。現奴隷になると、首輪の効果で主に牙をむくことはできませんし、奴隷をチャリオットとして使用している王も珍しくありません。よって彼女達がここまで決意しているのなら、拒む理由はありません」

「いいのかなぁ……毒針は外すけど、その首輪自体は外せないし、道行く人たちに奴隷なんだって差別的な目で見られるかもしれないぞ」

「ありがとう、でも」

「それでも……いっしょにいたい……チャリオットに……入れて」


 サクヤはぺこりと頭を下げた。

 ランスドラゴンもよくわかっていないまま隣で長い首を下げた。見た目いかついけど可愛いやつだな。

 俺は一つ頷き、彼女達の前に現れた奴隷契約書にサインをしていく。

 これで彼女達ロイヤルバニーとの主従契約は成立し、三日月兎騎士団はトライデントチャリオットへと加入をはたしたのだった。



 翌朝


「うぐ……」


 [肉と肉のバンズに肉を挟んだ、バニーミートバーガー絶賛販売中! こいつはやみつきたぜ!]

「……確実に太る……はっ」


 有名ファーストフード店のCMで自分がバーガーの具材にされる嫌な夢を見て俺は目を覚ました。


「……んっ」


 艶めかしい吐息が頬をくすぐる。目の前には銀髪ぱっつんのウサ耳少女がドアップで映り、あれ、なんでこんなことになってんだと首を傾げる。


「んっ……はぁっ……」


 現状把握をしていると背中から何かが抱き付いてきて、耳に吐息がかかる。

 後ろを振り返ると、ふんわりとした金の髪にウサ耳のカリンの姿が見える。

 バニー二人にサンドイッチ……いや、テントの中は兎だらけになっており、身動きできる隙間がない。

 そして何を隠そう、いや何も隠れていないのだが、彼女ら一糸纏わぬ産まれたままの姿でくっついてきており、直にむちっとした肉感が伝わり俺の宝剣タケミカヅチが「呼んだ?」と鎌首をもたげる。


「呼んでねぇよ」


 小声でタケミカヅチを黙らせると、その拍子にサクヤの目がぱちりと開く。

 吸い込まれそうな碧色の瞳がこちらを不思議そうに見つめる。


「あのですね、正直こんなテンプレ的なこと言うの嫌なんですけど」

「うん……」

「なんでここにいるの? テント用意したでしょ」


 急造で申し訳ないが、彼女達ロイヤルバニー用のテントは作っている。

 しかしながらサクヤはこちらの質問には答える気がないらしく「ん~」っと寝ころんだまま背筋をのばしている。


「なんでって……愛でられたいから……」


 何か変? とサクヤは抑揚のない声と共に小首を傾げた。

 あまりにも直球な回答にこちらが面食らってしまった。

 後ろのカリンも起きたようで、何の脈絡もなくこちらの耳をぱくりと咥えられてしまった。

 ハハッ、しょうもない童貞キャラなら、うわぁっ、なななな何するんだーとThe童貞みたいな反応するけど、これでもそこそこのテンプレはかいくぐって来た男。その程度では――


 サクヤはなんのためらいもなくむちゅーとこちらに唇を重ねてきた。


「うわぁっ、なななな何するんだ!!」


 童貞臭いセリフと共に俺の宝剣タケミカヅチは完全に抜身の刀と化してしまった。


「好き……だから…………」


 またもや何か変? と小首を傾げるサクヤ。

 これもしかしてあれか、外国行ったら熱烈なチューを貰って、あれいきなりチューとかどんなに俺のこと好きなの? と勘違いしたら実はただの挨拶だったみたいな。


「お姉さんともキスしよっ」


 耳元で甘く囁きながら、バニーはこちらなどお構いなしに耳や口を舐めていく。

 彼女達の暖かな舌の動きが直に伝わり、背筋がゾクゾクと痺れたように震える。

 甘い匂いと柔らかな感触が体中隙間なく満たし、まるで全身密着していないと死んでしまうかのように体をくっつけてくる。

 甘い毒が徐々に思考能力を奪うかのように、段々何も考えられなくなり脳内でデビル俺が突撃だ! と突貫しようとするのをエンジェル俺が突撃だ! と一緒に突貫しようとする。

 普通エンジェルは止めるものだが、一緒になって踏み外そうとしているのがタチが悪い。最後の理性俺だけがデビルとエンジェルの猛攻を耐え忍ぶ。


「あむあむ……」

「あの、耳引っ張らないで。これ元の王にもやってたんですか?」

「前の王様は女性でそう言った趣味はなかったわ。でも、ちゃんとお姉さんたちを愛してくださったわ」

「な、なるほど」

「別に何も恥ずかしがることないわよ。私たちをはべらせたかったんでしょ?」

「それはまぁそうなんですが」


 よくよく考えると高級バニーちゃんを奴隷にしてテントの中ではべらせるって凄いことだなと我に返る。

 徐々に彼女達の行動がエスカレートし始めた時、テントの幕がぴらりと開かれた。

 そこにはソフィーとフレイアの姿があり、起こしにきてくれたようだが硬直して目を丸くしていた。

 そして数秒後


「あんた兎連れ込んでなにやってんのよ!!」

「不潔! 不潔です!」


 あかん、一番あかん奴らに見られた。

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