第169話 冒険者養成学園Ⅲ
昼を回り俺の授業を希望する生徒がいるか聞きに学園長室へと戻る。
「そ、その……梶王さんに来ていただいて非常に申し上げにくいのですが……」
学園長代理であるスザンヌ教頭が申し訳なさそうにしているのを見て、既に何が言いたいかわかった。
「授業希望者いなかったんですね?」
「はい、普通こんなことはあまりないのですが……」
[イケメン王がアマリニイケメン過ギテ、生徒ガ遠慮シテシマッテイルノデショウ]
「その線以外に考えられないな」
[鋼ノメンタルヲシテイマスネ]
うるさい、俺だってなんで生徒が集まってないか薄々勘づいてるわ。
「ま、まぁその学園長が急に出した授業ですし……アッシュ先生の授業と被ってしまったのもあって……。そうだ! アッシュ先生の授業に出させてもらいましょう!」
名案だとスザンヌは手を打つが、嫌だ、絶対に嫌だ。
あんな100%イケメン先生にしか価値のない授業にでたら、確実に汚物として石を投げられるのはわかっている。
俺が丁重にお断りしようとすると、アッシュが学園長室へと入って来る。
「教頭、今晩部屋にうかがって……」
入って来たアッシュは俺たちがいるのを見てギョッとする。
今晩教頭の部屋に行って何する気だコイツは。教頭婆さんだぞ。
俺はよくよくスザンヌを監察すると、婆のくせにコロンを使ってたり若作りっぽい化粧をしていたりと――
「確実にヤってるであーる」
「黙ってろ」
俺はニワトリの口を即座に塞いだ。
「あら、アッシュ先生丁度良かった! あなたに話があります!」
「はぁ?」
教頭は変な空気になったのを察して慌てて話題をふる。アッシュも咳払いしながら背筋をただす。
この男、女子学生から老年のシスターまでとは、ストライクゾーンが広すぎる。男としてある意味尊敬する。
スザンヌが経緯を説明すると、アッシュは生返事を二度、三度返す。
「はぁ、なるほど、現役の冒険者で授業登録したけど誰も生徒がつかなかったと。珍しいっすね、どんな教師でも大体二、三人はもの珍しさから生徒がつくものなのに。一体どんなセンセーが……」
アッシュがチラリと俺の顔を見てプッと笑った。
こいつ嫌いだ!
「あぁ、失礼、ちょっと思い出し笑いを」
絶対嘘だ。今こっちの顔見て笑った後に、なんか納得した顔しやがった。絶対許さん。
「いいですよ。俺の授業でますか? 梶センセ」
でたくねー! 確実にこいつの当て馬にされるのわかってるのに、誰が出たがるもんか。
「アッシュ先生もこう言っていますし、それにアッシュ先生は女子人気が凄く高くて、その人気を少しでもわけてもらえれば」
「まぁ梶センセに俺の
「ファミリー?」
「ええ、俺は授業をとってくれる生徒のことをそう呼んでます」
「あぁ、シルバニアファミリーって奴か」
あっ、しまったついポロっと出てしまった。
ニワトリはゲラゲラと笑い、銀河は口を押さえていた。
オリオンはよくわかっておらず、首を傾げる。
「ねぇ、なんで笑ってるの?」
「今のは老人のシルバーとファミリーをかけて、おままごとによく使われるシルバニアファミリーと皮肉ったのですよ」
やめろ、丁寧にボケの説明をするな! つい口が滑っただけだろうが。
アッシュのこめかみには怒筋が浮かんでいる。
「そこまで言うならやってもらいましょう。生徒の心を掴む授業って奴を」
やばい、完全に怒らせた。
(咲、やめといた方がいいよ)
(お館様、こちらに勝ち目がありません……)
ウチの家臣たちは早くも白旗を上げだした。
お前ら顔面勝負に対する見切りが早すぎる。
だが、ここで引き下がってたまるか。
「ありがたく出演させていただきます」
講義に出させてもらうことを了承すると、アッシュは意外だという目をし、スザンヌはそれは良かったと手を打つ。
「では、面白い授業にしましょう」
お互いニヤリと笑みを浮かべ、握手をかわす。
俺はその後すぐに授業教材の準備のためにオリオン達をつれて学園の外へと出た。
☆
アッシュの授業は午後も大盛況であり、教室は女子生徒でうめつくされていて黄色い声がやまない。
オリオンや銀河たちは教室の端の方に座り、何かやらかさないか冷や冷やしながら見守っていた。
「ジャスティス!!(挨拶)」
「「「「ジャスティス!!(挨拶)」」」」
「さて、皆俺の授業を受けてくれてありがとう。今日は少しかわったゲストが来ていてな。今日教師登録をした梶センセが来ている。今日は俺にかわって彼に授業をしてもらおうと思うんだ」
アッシュの説明の後、俺は教室内に入ると、生徒達は露骨にテンションが下がっていた。
「それじゃあ梶先生、楽しい授業よろしく!」
俺はアッシュからパスを受けて話始めるが、頭の中が真っ白になりつつあった。
始まる前は、あんなことやこんなこと言ってやろうと思っていたが、いざ女子生徒の沢山の視線が向くとそれらが全て吹っ飛んでしまった。
「えっと、それでは」
「何言ってるか聞こえないんだけどー!」
「お菓子もってない~」
「自分は梶勇咲といいまして、地方で王を……」
「聞こえないんだけどー、教室広いんだからもっと声張ってよ!」
「地方で王をしているもので!」
「やだ、太ってないし~」
「絶対太ったわよ~アハハハ」
ダメだ、いくら声を張っても聞く気のない人間に話を聞かせることなんてできない。
今の俺の声なんてラジオの雑音程度でしかない。
俺が四苦八苦しているのを見て、ニヤニヤ顔のアッシュがそろそろ頃合いかとタイミングをはかり、こちらに打算の助け舟を出してくる。
「おいおい皆梶センセは初めてなんだから、そんないじめるなよ、かわいそうだろ?」
「ごめんなさいアッシュ先生―!」
「先生優しウィッシュ!!」
「ジャスティス!!」
「「「ジャスティス!!」」」
アッシュが両腕をクロスさせながら教卓でかたまっている俺といれかわる。その時耳打ちされる。
「当て馬としてももうちょっと頑張ってもらわないと困りますよ梶センセ。教師が生徒になめられちゃ終わりっすよ」
「…………」
俺はパンと音を響かせ、自身の両頬を打った。
「アッシュ先生、もう少し喋らせてもらっていいですか?」
「……ええ、いいですよ。先ほどのような醜態を晒さないでくださいね」
「ええ、頑張ります。実は準備しているものもありまして」
もう一度アッシュが下がったのを見て、俺は教卓から女子生徒全員を見渡す。
こっちのことを完全に見下し、なめくさった態度をとる女子生徒たち。
女子高ってこんなのなのか? と少々自身の幻想にヒビが入りつつ、俺は声を低くする。
「さて、俺が誰だとか何者だとかどうでもいい。俺は講師で君らは生徒、それ以上の詳細は必要ない。午前中いっぱい授業風景を見させてもらったが、ここにいる皆がそれはもう熱心に勉強し、冒険者を目指しているんだなと理解した。俺は学園長からの依頼で、この優秀な生徒に実際の冒険者稼業とは一体どんなものなのか教えてほしいと頼まれた」
「生の冒険者とかアッシュ先生で間に合ってまーす」
「アッシュ先生は熟練の冒険者なんですよー」
そりゃ嘘だな。ギルドでこんな目立つやつ見たことねぇ。それに指名手配モンスター討伐者一覧にアッシュなんて名前はなかった。熟練の冒険なら二、三匹討伐して名前を残してなきゃおかしい。
「少しだけ聞かせてほしい。皆はどんな冒険者になりたい?」
そこの君と、女子を数人当てていく。
「アッシュ先生みたいな、正義を守る冒険者ー」
「アッシュ先生みたいな、強くて弱い人を守れる冒険者ー」
「アッシュ先生みたいな、英雄みたいな?」
どいつもこいつもアッシュ先生アッシュ先生だな。
「アッシュ先生が尊敬されているのはよくわかったし、皆が強い冒険者になりたいと願っていることも理解した。じゃあ」
俺は合図すると、教室の扉が開きG-13が小さな檻の中に入れられたゴブリンを運んでくる。
ゴブリンは弱っているようでぐったりとしている。
その瞬間生徒達から悲鳴が上がる。
「キャアッ! ゴブリンよ!」
「なんでそんなの連れてくるのよ!」
「頭おかしウィッシュ!」
キャーキャーとわめきだす女子生徒たち。
俺は机を強く叩き黙らせる。
「はしゃぐな、座れ」
「はぁ!? あんた頭おかしいでしょ!? なんでゴブリンなんて連れてくるのよ、危ないじゃない!」
「その通り、こいつは危険なモンスターだ。ついさっき昼休みに、近くのギルドで依頼を受けてゴブリンの巣を壊滅させたときに生け捕りにしてきた」
俺は黒鉄を引き抜き、近くの女生徒に抜身の刀を差し出す。
「な、なによ……」
「お前、これでこのゴブリンを殺せ。心臓か頭を狙うんだぞ」
「い、嫌よ! なに言ってるのあなた!?」
「嫌? 君たちは冒険者を目指してるんだろ? ゴブリンはどのダンジョンにも生息しているし、街はずれでもばったり遭遇するくらい交戦機会が多い雑魚モンスターだ。それをなぜ殺せない?」
「だ、だって……弱ってるし……かわいそう」
「そうよ……命を奪うのは……かわいそうよ」
確かに見た目傷つき、ぐったりとしているゴブリンの姿は同情を誘わなくもない。
「こいつはな、近くの村を襲い、村の男約三十人を皆殺しにし、残った女を巣に連れ帰って苗床にした。手下のゴブリンたちと散々凌辱の限りをつくし、ひたすらにゴブリンを生産させ続けた。同情の余地など一切必要ない極悪非道なモンスターだ。それを知ってまだ可哀想と言うか?」
俺の強い視線に目の前の女子は視線が泳ぎ、オロオロとしてどうしていいかわからない様子だ。
剣呑な雰囲気を察したアッシュが、苦笑いをつくりながら近づいてくる。
「ま、まぁまぁ梶センセ、まだこの子たちには刺激が強いですから、今日はその辺で……」
「君ら、ここに来てどれくらい経つんだ?」
「……一年……半です」
「俺はこの世界の人間じゃない。俺がこの世界で最初にモンスターを殺したのは転移してきた翌日だ。その時命あるものを殺すことを迷い、大事な仲間に大怪我を負わせた。俺はギルドに助けを求めて走った。その時守ってくれる父も母も、友人も誰もいなかった。自分の手にあったのは五百ベスタだけ。当然そんな金では誰も依頼を受けてはくれない。俺はその金で歪んだ鉄の剣を買って、泣きながらモンスターを殺した」
俺は冒険者が楽しい稼業なんかじゃなく、常に殺生がつきまとう仕事なんだと理解させるために真剣に話す。
「自分で殺るしかない。殺らなければ生き残れない。それが冒険者なんだ」
気づけばやかましかった女生徒たちの声は完全にやんでいた。
「この世界で暮らすうちに理解した。ここは敵に対して同情してはいけないところなのだと。勿論話の通じる相手なら話をすればいい。だが
「…………」
「ゴブリンから村を救った時、村長は俺に涙を流しあなたは英雄だと言って感謝した。だが、俺が今回ゴブリンからその村を救ったのはただ単にゴブリンを教材として調達したかっただけの気まぐれにすぎない。故に俺は英雄なんかじゃない。もし次にどこかの村で助けを求められても恐らく俺は受けない。うじゃうじゃいるゴブリンをタダ同然の報酬で潰してまわるのは、リスクが勝つ。雑魚モンスターと言えど油断すれば殺されるし、罠にはまればそのまま死ぬことなんてザラだ」
話を聞いた銀河が悲し気に目を伏せる。
「この世界は無暗に人を助けてはならないのですね……」
「リスクが伴う限り当然である」
「わかってはいますが、人を助けぬ鬼となるのは少し悲しいです」
「バカだな、咲が鬼になれてるならウチの領地はもっと豊かになってるけど、エーリカやレイランみたいな強い仲間は加入しなかったよ」
「…………嘘をおっしゃっていると?」
「嘘じゃないよ。咲が言ってることは咲の考えで間違いない。ただ助けてと言われて天秤にかかるのは合理性と感情論でしょ?」
「助けない方が当然安全ですね」
「咲がそんな賢い選択できるなら、毎度あんなズタボロになってないよ」
「つまり俺は助けるけど、皆は間違ってるから真似するなよと?」
「反面教師であるな」
「そだね、自分が間違ってる自覚はあるんだよ。でも咲はそれが曲げられないんだ。だから皆集まって来るんだ」
「冒険者とは英雄から死んでいく。人を助ける善意は素晴らしい、だがそれはある程度人を補える力があるものだけだ。
俺は弱ったゴブリンの入った檻を開いた。
その瞬間、ゴブリンの目が見開き雄たけびをあげながら小柄な女生徒に飛びかかった。
「きゃあっ!」
女子生徒が叫びをあげた瞬間ブシュっと血しぶきがあがり、ゴブリンの首が床に転がる。
俺が後ろからゴブリンを切り裂いたのだった。
「こいつらは狡猾だ。弱ったふりをして、ゴブリン可哀想なんて言い出す頭お花畑のお前らを騙すことなんて造作もない。ゴブリンが狙った女子を見ろ」
俺はゴブリンが狙いすまして飛びかかった女子を指さす。
女子の中でも一番小柄で、小等部と見まがってしまうような生徒だ。
「ゴブリンが飛びかかったのは、自分でも勝てそうな人間だ。つまり奴は檻の中で弱ったふりをしながら一番弱そうな人間を探し、脱出した瞬間襲い掛かることを考えていたんだ。モンスターが本当に弱っているときはもっと狂暴化する。なぜなら自分が弱っているとバレるとそこを狙われるからだ。こんなあからさまに弱っている姿を晒したりはしない」
転がったゴブリンの頭が生々しく、誰もが言葉を失っている。
「モンスターなんか、どんな奴でも人に迷惑をかけるならただの害虫だ。君らはゴキブリ一匹殺せないのに害虫駆除業者になろうとしている。悪いことは言わない、実家が裕福ならそこで親の稼業でも手伝うといい。その方がよっぽど幸せだ」
見渡すと静まり返った教室は顔色の悪い女子生徒でいっぱいになっていた。
「俺の授業はここまでにする。後はアッシュ先生にお任せ――」
そう言いかけてアッシュの方を見ると、転がって来たゴブリンの頭を見て泡吹いて倒れてた。
「ダメだこりゃ」
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