第168話 冒険者養成学園Ⅱ

 あいつどこいった? とオリオンの姿を探すと、学園校舎前に設けられた自販機みたいな機械の前で唸っている。


「なにやってんだ?」

「あっ咲、これ見て」


 オリオンが指さしているのは人より少し大きめの金属製ケースで、製品ディスプレイには見本となる武器や道具の数々が表示されている。

 販売機下部にはガリアミレニアムと製造会社なのか、ガリア国の国旗と企業ロゴが書かれ、脇には硬貨投入口と景品取り出し口があり、見た目まんまジュースの自動販売機である。


「なんだこれ」

「ここは購買部なンですよ。ここで課外授業や冒険に必要な武器防具を買うンです」


 マルコは硬貨投入口にお金を入れてボタンを押すと、景品取り出し口から薬草を配合した薬がころんと落ちて来た。


「武器だけじゃないんだな」

「はい、防具や道具もこのオートショッピングカウンターで購入できます」

「完全に自販機じゃん」

「売り切れの商品はボタンの部分に売り切れのランプが点きます」

「自販機じゃんて」

「ちなみに下のライトで7が三つ点灯すると、おまけでもう一個同じものがもらえます」

「自販機じゃんて」


 よくわかんねぇ機械置いてんな。人件費削減にはなると思うが。


「ねぇ咲、高くない?」


 オリオンが自販機に映る値札を見て顔をしかめている。彼女の視線の先にはアイアンブレード一万五千ベスタと書かれた値札が貼られている。


「えっ、なにこれたっか……。鉄の剣だよな」

「その剣カッコイインですよね」


 マルコは迷いなく一万五千ベスタ自販機に放り込むと、先ほどと同じ様に景品取り出し口から鉄の剣が転がり落ちて来た。

 マルコが剣を見せてくれると、持ち手や刀身に様々な装飾がされていて確かにカッコイイし金かかってそうとは思う。


「柄に宝石が入ってるから、これが高いんじゃないか? 魔力が上がる魔法石付きってタグに書いてるし」


 そう言うと後ろでじっと控えていたG-13が近づいてくる。


[キュィィィィィン、ウィウィィィィィン]

「なんだ?」

[鑑定結果、ソノ宝石ハ100%イミテーション偽物デス]

「偽物かよ、大丈夫か魔力が上がるとか嘘書いて」


 他の商品を見ても、どれも過剰装飾というか、確かに少年少女の心をくすぐるようなカッコよさがある武器や防具ばかりなのだが、正直どれも蛇足だ。


「こんな高い武器や防具使ってたら、いつまで経っても赤字のままだぞ」

「でも、先生が装備は命を守る為のものだから妥協してはいけませンって」

「言ってることは正しいんだが、ゴブリン相手にフルプレートの鎧着て行っても仕方ないからな」


 段々ここの教師が本当に冒険者を経験したことあるのか疑わしくなってきた。


「ねぇ、これなにー?」


 オリオンが声をあげているのは自販機の隣にある証明写真をとるような簡易個室で、カーテンを開けて中を覗いてみると、机の上に白く煌めく水晶が置かれているだけで他には何もない。


「それは転職の水晶です。そこで今転職できる職を提示してくれます。可能ならばその場で転職もできます」

「えっ、なにそれ凄い! あたしフレイアみたいに炎とかばんばん撃ちたかったんだよね!」

「あ、あのでも、その水晶なかなか辛辣な言葉を吐くので……」

「行ってくる!」


 オリオンはテントの中に入ると、中から入り口を閉じた。

 しばらくして……。


「…………」


 暗い表情をしたオリオンが戻って来た。


「おい、どうした? 何を言われた?」

「…………」


 おーい、っと手を振ってみるが、完全に絶望してしまっている。


「あなたにできる職業はやってきた勇者に、これが最後の石板よ、勇者様。と言って偽の石板を配布するアルバイトだけだって」

「なんだそれ」

「なんかの重要アイテムの偽物を渡すアルバイト」

「偽物なところが涙をさそうな」

「本物を渡すアルバイトは、そのバイトを三年以上続けないとダメなんだって」


 石板渡すのにも上級バイトとかランクがあるのか……。というかそんな重要アイテム渡すのにアルバイト使うんじゃねぇよ。


「おい、銀河行ってこい」

「えっ、自分ですか? わかりました……」


 固室に入ってしばらくして、銀河は絶望した表情で帰ってきた。


「なんだって?」

「あなたにできるのは貴族や有力王に体を差し出す肉奴隷だけです。無様に生を送りたいなら今の主に媚びへつらいましょう。マゾヒストのあなたにはお似合いですと……」

「救いがなさすぎるだろ」


 毒舌というか毒しかない。


「ふん、皆得が足らんのであーる。我輩のような聖人君子ならば、転職など思うがまま」

「お前の元の職はなんなんだ」


 俺を無視してフラグをたててからドンフライは個室の中へと入って行った。

 しばらくして、ドンフライは絶望的な表情で帰って来た。


「我輩にできる仕事は養鶏場だけであーる。なぜ我輩が臭くてうるさいニワトリ共の世話をしなければいけないであーるか!」

「多分世話じゃなくて出荷されるほ……」


 いや、何も言うまい。


「あの、皆さンあまり気にしないで下さい。転職の水晶、実は学校の成績システムや、購買の購入履歴と繋がってまして、成績が良くてたくさン装備を買ってる人ほど良い結果がでるだけなンです」

「課金システムかよ……無駄によくできてんな」


 ほんと大丈夫か、この学園。



 不安しか感じない学園で、俺たちは学園長の代理である教頭のスザンヌという老婆と面会した。修道衣をまとったスザンヌは俺に対して十字を切ると、神への祈りを捧げている。彼女は教頭兼神官科のクラスを受け持つ教師でもありシスターでもあるそうだ。

 どうやら現在学園長は急な用事で留守にしているらしい。

 ようやくまともな教師に会ったと思いながら、軽く挨拶をすませると、学園の講義システムについて話を聞かされる。

 学園の講義は全て生徒からの授業取得制になっており、人気のある先生ほど生徒がつき、授業回数も多くなるらしい。

 この学園には30を超える非常勤を含めた教師が揃っており、生徒から授業が選択されなければ暇になるそうだ。ただ人気のない教師は三カ月に一回の教師査定でクビを通告されるらしい。

 なかなかシビアなシステムだと思う。

 俺は今朝教師登録されたばかりで、学生から授業希望があっても早くとも昼以降の授業になるらしく、それまでは自由に授業風景を見回ってくれと言われたのだった。



「ほんじゃ人気の先生の授業を見学しに行きますか」

「それならアッシュ先生がいいンじゃないかな?」

「そうなのか? よくわからないからその先生のとこに連れて行ってもらおう」


 マルコに連れられて、大教室と呼ばれる通常の教室を三つつないで作られた教室へと入る。

 中では、少しやる気のなさそうな色黒サーファー系イケメン教師が教鞭をふるっていた。


「よぉお前ら、毎回毎回俺の授業ばっかり受けに来て、他の授業もちゃんと受けろよ」

「キャーーアッシュ先生ーー!」

「素敵、カッコイイ!」

「抱いて!」


 なんだこれ、俺はアイドルのライブ会場にでも来たのかというくらい女子の歓声が凄い。


「俺の授業がつまんねー奴らは、寝ててもかまわねーぜ!」

「イヤーーーーッ!!」

「カッコウイイイイイイ!!」


 凄い盛り上がりだ。中にはサイリウムみたいな光る棒を振り回している女子もいる。

 ただあまり可愛くはない。


「じゃあ授業を始める! いくぜジャスティス!!」


 アッシュが両手をクロスさせ、天高く腕を掲げる。


「「「「ジャスティス!!」」」」


 それにならい女子生徒が一糸乱れぬ動きで、アッシュと同じようにクロスした腕をかかげる。


「えっ、なにこれこわっ……宗教かよ」

「ジャスティスはアッシュ先生の決めポーズみたいなものなンです」

「教師に決めポーズっているの!?」


 ここまでばっちり動きをあわせられると宗教カルト臭までする。

 アッシュが授業を始めるが女子生徒はそんなテンションではない。好きだの愛してるだの口々に叫んでおり、もう一体何の授業なのかさっぱりだ。

 しかしながらアッシュがそれを咎めることもなく、むしろイキイキとカッコイイポーズを返している。

 俺は少しでもアッシュの話を聞こうと思ったが、女子生徒がうるさくてちっとも話が頭の中に入ってこない。

 正義がどうだの、冒険者は弱いものを守るなど聞こえの良い言葉ばかり言っているような気がするが。


「これは授業ではないだろ」


 完全に”もしも人気アイドルが学校の先生だったら”みたいになっている。

 俺たちはアッシュの授業を諦め、他の人気の先生の授業を受けたがどれもこれも色物と言っては悪いが、セクシーな女教師や、なぜか水着で授業している女教師など、完全に授業する気ないだろと言いたくなるものばかりだ。


「大丈夫かこの学園!?」

「ま、まぁ、その一般部は、個性的な先生が多いンですが、特進部はちゃンと勉強していますから……」


 疑わしいものである。大体冒険者が座学で一体何の授業を受けると言うのか。


「マルコ、この学園ってどれくらいで卒業とかあるのか?」

「ガルディアは自主卒業制で、卒業時期を自分で決められますから早い人は一年弱で、平均は三年くらいですね」

「自主卒業制って金さえ払えばいつまでもいられるって制度だな……。一年弱で消えていったやつは見所がある」


 ここは金をドブに捨てて、冒険者になる勉強をした気分になる場所だ。

 こんなところでまともに生き残れる冒険者が出てくるわけがない。


「多分普通に授業なんかするより、手品の一つでもして生徒の機嫌とってる方がいいと教師たちは判断したんだろうな」


 なんかもう帰りたくなってきたなと思っていると、丁度時刻は昼に差し掛かっていた。

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