第158話 邪教の館Ⅲ
やはり地下は拷問室だったようで、いたるところに拷問器具と欠損した人や獣人の体の一部とみられる肉や骨が散らばっている。
天井から拘束具付きの鎖が何本も伸び、無造作に転がる鉈や手斧はどれも血で汚れている。
壁にはアモンの目の聖痕が血で描かれており、ここでさぞ恐ろしい出来事があったのだと察するに容易い。
「あーやだやだ、菱華村でもこんなの見た気がするけど、あっちはまだ何の肉かわかったぞ」
「咲」
呼ばれてオリオンの方に近づくと、アイアンメイデンと呼ばれる銅鐸みたいな拷問器具の前で剣を抜いていた。
これは人間を中に押し込み、扉や中についた針に全身を刺し貫かれて死ぬ拷問器具だ。
「この中、なんかいるよ」
「恐いこと言うなよ。どうせ可愛らしいネズミとかで、開けたらピ〇チュー元気でチ〇ー的な感じだよ、きっと」
俺のウィットにとんだジョークも通じず、オリオンの目は鋭いままだ。
「わかりましたよ、開ければいいんでしょ」
まぁシロとクロもいるし、いきなり即死するってことはねぇだろ。
でも物理が通じない悪霊系だったら俺たち誰も倒せねぇぞと思いつつアイアンメイデンを観音開きにする。
すると中からバイキングヘルムを被った大男がゴロリと転がって来た。
「ひっ……」
アリスから小さい悲鳴が上がる。
当然男は狭い拷問器具に無理やり押し込まれ、体のいたるところがねじまがり、全身を太い針で貫かれて血まみれだった。
「うわ……」
「こいつ先に出た女戦士が連れてた男だな……」
確かゴリアテとか呼んでた気がする。
「咲、そいつ手になんか持ってる」
「どれ? あっ確かに」
この男、手に何かを握り込んでおり、鍵のようなものが覗いてる。
そして漂う、この誰がとる……? みたいな雰囲気。
「……もう死んでるだろ」
「咲とって」
「やだよ、お前とれよ」
「やだよ、いきなり動いて襲い掛かってくんの定番じゃん」
「そんなゲームみたいなこと起きるかよ」
確かに鍵をとったらモンスター登場や、この大男が起き上がって襲い掛かって来るのがお約束である。
俺とオリオン、フレイアは無言でじゃんけんをすると普通に負けた。
「よろしく」
「咲、超ガンバ」
「そんなめっちゃ遠いところで応援するな」
オリオンたちは地下室の階段あたりまで下がっていた。
「なんもねぇよ、こんなもん」
ゲームとかで毎度思うが、鍵や回復アイテム持ったまま死んでる遺体を調べたりすることがあるが握ってるそれ使えよと思わずにはいられない。
男が握っていた鍵をとると、突如男の体がパンっと破裂し、ビチャッと肉片が俺の顔に飛び散った。
「なんなん、もう、なんなん」
泣きそう。
生暖かい血を拭う。
鼻に鉄の臭いと臓物の刺激臭が広がって吐きそうである。
「俺のメンタル弱かったらPTSD発症して過呼吸になってもおかしくないぞ」
「動かなかったね」
「いや動いただろ。破裂だけど」
「おしいね」
「何ちょっとがっかりしてんだよ」
お約束外されたみたいな。
お前らちゃんとホラーやれ。
「それでこれ何の鍵なんだよ」
「あれじゃない?」
オリオンは頭に拷問用の鉄マスクをはめられ、電気椅子に座らされた別の遺体を指さす。
鉄マスクの顎の辺りに大きな錠前がついており、確かにこの鍵であきそうな気がする。
「俺やだからな。絶対やだからな。あれ確か頭に電気流して感電させるやつだろ。なんかで見たぞ」
「あたしだって黒焦げにされた人間の死体とか至近距離で見たくないよ。夜中寝られなくなるじゃん」
「俺だって寝られなくなるわ」
そして再び始まるじゃんけん。
「フレイア、頑張って!」
「超ガンバ!」
「二度とチョキは使わないわ」
フレイアはあーヤダヤダ最悪、死ねクソ王と口に出しながら拷問用のマスクを外すと、焼け焦げた少年の顔がそこにあった。
肉の焦げる酷い臭いと、未だプスプスと音をたてているところがついさっき殺されたばかりなのだと物語っていた。
鉄マスクの中には[神の生贄]と血文字で書かれており、フレイアは見なきゃ良かったと思う。
相当ハイセンスな悪霊がいるらしい。
「なにこれプレート?」
焼け焦げた男には眼球がなく、かわりに数字のプレートがそれぞれの目にはまっている。
「ⅠとⅡ」
プレートを取り出すと、ごとりと男の首がもげた。
フレイアは一瞬失神したが、すぐに意識を取り戻した。
「なんだこれ……」
「なにそれ?」
「なんかのプレートっぽい。数字が書いてあるがよくわからんな」
「どこかにこれを使った鍵かギミックみたいなのがあるんじゃない?」
「そろそろ俺のSUN値がピンチになってきたので帰りたくなってきた。もうアリスちゃんダメだろ。マンマルコは多分死んでるって」
「あ、諦めないで下さい! お願いします何でもしますから!」
「なら帰らしてくれ」
「そうね遺憾ながらここを放棄しましょ」
「咲、この扉の奥に下に行く階段あるよ」
「お前はまた見つけなくていいもん見つけて」
こんなもん後は遺留品だけ拾って、息子さんは残念ですが……って神妙な顔しとけば大体の人は納得してくれるっての。アリスちゃんは生き残ってるし十分だろ。
「助けてーー!!」
地下から大声が聞こえ、俺は苦虫をかみつぶした顔になる。
「くっそ、生きてたら助けにいかなきゃいけねーじゃねぇか」
俺は地下二階に続く扉に手をかけるがガキンと音がなって開かない。
どうやら鍵がかかっているようだ。
だが扉には錠前などがなく、3×3のプレートがあるだけだ。
Ⅰ Ⅳ
Ⅲ 〇 Ⅱ
Ⅰ Ⅲ
プレートは一段目と三段目が左右にスライドし、右上と左下のプレートがない。
真ん中の〇ボタンが開錠スイッチのようだ。
「なんだこれ。時計か?」
「にしては数字足りなくない?」
「さっきのプレートをはめるんじゃない?」
フレイアの持っているⅠのプレートを左下にはめるとぴったりとはまる。Ⅱを右上に同じくはめるとぴったりとはまった。だが、その瞬間天井が音をたてて落ちて来た。
「はっ!? マジかよ!」
逃げるかと考えたが、上に上がる階段が封鎖されている。
「恐らくこの数字は何か意味があって。きっとはめるプレートが間違ってるのだと思います!」
「マジかよ!」
「ちょっと貸して!」
フレイアがプレートを組み替えると、天井の揺れは止まり、地下へと続く扉が開く。
「おぉ、フレイア凄い」
「なんでわかったんだ?」
プレートを見ると、俺がはめたⅠとⅡのプレートがいれかえられている。
Ⅰ Ⅳ Ⅰ
Ⅲ 〇 Ⅱ
Ⅱ Ⅰ Ⅲ
「これ多分縦と横で足して6になればいいのよ。〇に隠れている数字は多分Ⅰよ」
「その6の意味は?」
「666がアモン教の崇拝する獣の数字と言われてるわ」
「なるほどな。フレイアがいなかったら全滅してたわ」
「やるねフレイア」
軽くハイタッチして、俺たちは地下二階へと降りていく。
下に降りるほど空気が冷たくなっていくのと、洗ってない獣の酷い臭いがする。
一番下まで降りた部屋にあったものを見て、俺は息を飲んだ。
「これは……」
赤く淡く輝く魔法陣。それは形は違えど俺の城の地下にあるガチャの間にある召喚陣と同じものだった。
「咲、あれ見て」
オリオンが指さす方を見ると、そこには牢屋に入れられやせ細った大量の獣人族の姿があった。
死んでいる者も多いが、生きている者も多い。
「助けましょう!」
フレイアが駆けようとしたのを止める。
「動くな」
「どうし……」
何もない場所から重い馬の蹄の音がする。
暗闇の中から出てきたのは、青い炎を全身から放つ馬と、それに跨った首のない甲冑姿の巨大な悪魔だった。
「こいつがペイルライダーか……」
目の前にいるだけで威圧感が凄まじく、殺意を向けられただけで腰が砕けてしまいそうだ。
「マルコ!」
「姉さん!」
マルコと彼を助けに行ったはずの女戦士が、ペイルライダーの馬に鎖で繋がれている。
ペイルライダーは突如走り出すと、マルコと女戦士の体が引きずられる。
「うあああああああっ!!」
「市中引き回しの刑かよ。西部劇みたいなことしやがって」
ペイルライダーは凄まじい勢いで爆走し、辺りにあるものを全て弾き飛ばしていく。
マルコ達は体を引きずられ、悲鳴をあげる。
「助けてぇ!!」
「行くぞオリオン」
「がってん」
「ちょっ、二人ともあんなのにどうやって」
「フレイアはその子を守っててくれ!」
俺とオリオンは二手に別れながらペイルライダーに走る。
炎を放つ馬に騎乗した首なしの悪魔は貴様たちも捕まえてやると鎖を振り回す。
飛んできた鎖を黒鉄でガードすると、刀身から火花が走る。
「だりゃっ!!」
俺がおさえている隙にオリオンが頭上から強襲をかけ、結晶剣でペイルライダーを叩き切る。
だが、硬い甲冑に阻まれ、決定打を与えられないまま空中を回転して距離を離す。
「咲、やばい」
「なんだ」
「鎧は物体だけど、中への手ごたえが全くない」
「やっぱゴースト種は物理無効だからタチ悪いな。次は鎖を狙え。引きずられてる奴らが死ぬ」
「オッケ」
ペイルライダーと戦うオリオンと王の姿を見て、アリスは驚きを隠しきれなかった。
ほぼ全てが致命傷になるような攻撃を巧みに避け、弾き、相手にダメージを与えていく。
これが熟練の冒険者なのかと自分たちとのレベルの違いに驚かされる。
異常なまでの跳躍力を見せる女戦士オリオン。自分の体全てを攻撃に回し、様々な軌道で襲い掛かる。
少年の方は見慣れぬ剣を変幻自在な軌道で操り、本来の剣の扱い方である叩き切るとは違い、一瞬で何十もの剣戟を浴びせる神速の斬撃である。
自分とさしてかわらぬ歳の二人が、これほどまでの技術と、なによりも敵を恐れぬ度胸を持っていることが驚きなのだった。
「す、すごい……」
「咲、ダメだ! 鎖も物理じゃない! 断空剣使っていい!?」
「許すがパワーをコントロールしろ! バカみたいにエネルギーぶっぱするだけならサルでもできる」
「誰がサルだ!」
キキーっと怒るオリオンだったが、その後「お前ならできる」と言われて機嫌を取り戻す。
「よし、行くぞ」
オリオンは結晶剣のエネルギーを限定的に解放し、断空剣よりずっと小さい光の剣を精製することに成功する。
「できた!」
「よし、やればできる子だ! 行け!」
オリオンは空を跳躍すると、ペイルライダーの頭上を飛び越え、馬に繋がれている鎖を光の剣で切り裂く。
しかしペイルライダーは丁度急旋回しようとしていたところで、切れた鎖は強い遠心力を持ちマルコたちは吹っ飛ばされた。
アリスはダッシュして飛ばされたマルコの元に走ると、弟の太い体を全身で受け止める。
「マルコ!」
「姉ちゃん!」
「ナイスガッツ」
「下がって! 奴が来る!」
アリスがマルコと合流したところを狙い、ペイルライダーが突進を仕掛ける。
そこにシロとクロが割って入り、バトルアックスを盾にしながら突進を受ける。
二体の怪力により、ペイルライダーの突進が止まった。
「オリオンあいつを走らせるな! 加速すると今度は止められるかわかんねぇぞ!」
「任せろ」
「フレイアでかい魔法を準備してくれ!」
「言われなくても!」
フレイアの周りには既に魔法陣が浮かび上がり、高速で陣が回転している。
オリオンはペイルライダーに飛びつくと頭のない首に光の剣を突き刺す。
ロデオの如く大暴れするペイルライダーから決して離れず、何度も何度も光の剣を突き刺す。
「しつこいんだよ、早く倒れろ!」
シロとクロが青い炎を放つ馬の足にバトルアックスを叩きこむと、その巨体が倒れる。
「今だ、行け!」
「メガフレアセット……ファイア!!」
ペイルライダーの胸元に真っ赤な火球が現れるとオリオン達は即座に離脱する。
火球は一瞬で巨大化すると、ペイルライダーの体を閉じ込め火球の中を紅蓮の炎が焼き尽くす。
ペイルライダーが身にまとっていた鎧がドロドロと溶解し、真っ黒い影のような奴の本体ともいうべき怨念の塊が姿を現す。
「咲!」
俺は黒い霧状になったペイルライダーに刀を振るうが、当然奴には物理攻撃は通じない。
「しかたねぇ」
俺は王の駒を取り出すが、その瞬間呼んでもないのに剣影が具現化する。
それと同時にあるスキルが使用できるようになり、俺は驚いた。
「フルリザレクション」
俺はそのスキルをペイルライダーに使用すると、さすがゴースト種、回復効果に弱く一瞬で体が消滅した。
黒い影は怨嗟の声をあげながら消えていく。
フルリザレクション、侵食者である天地芳美が使っていたスキルだ。死んでしまっても一瞬にして体力を全快にするチート技に見えたが、これはただ単純にHPを全快にするスキルで蘇生効果はないようだ。
「終わった……か?」
辺りに残ったのは捕らえられた獣人だけで、怨霊の気配は消えた。
「うわあああン、怖かったよ姉ちゃあああン」
マルコがワンワンと泣き、フレイアたちは捕らえられていた獣人族を解放していく。
ほとんど骨と皮だけになった獣人族たちは生贄用としてずっと監禁されていたらしい。
生贄にされる前にどうやら家主がペイルライダー化してしまったようで、殺されずにすんだようだ。
「これで全員か?」
俺とオリオンは最後牢屋を一つ一つチェックし、誰もいなくなったかを確認する。
残っているのは死体だけであり、マルコ達の仲間クラウスは見つけることができなかった。
だが、後々にあの鉄マスクを被せられ黒焦げにされた男がクラウスだったと知る。
「咲、凄いね。回復魔法まで使えるようになったの?」
「相手のスキルを覚えるって技があるんだが、それがなぜ今になって使えるようになったかは謎だ」
「これで死にかかっても大丈夫だね」
「いや、そうでもないな。説明文に使用すると大量の魂を使うって書いてるし、しかも自分には使えませんって書いてるわ」
「なにそれヒールのくせに自分に使えないとか欠陥じゃん」
「俺もそう思う」
スキルに関しても後で調べることにして、俺たちも引き上げようと地下室を出ようとすると、不意に部屋の中に書かれていた魔法陣が輝きだした。
「咲、なんか地面光ってる」
「なんだ……」
何かとてつもなく嫌な気配がする。
黒鉄に手をかけると、召喚陣から黒い光が放たれ、そこから嫌なものが姿を現す。
「ガチャマシーン……だと」
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