第157話 邪教の館Ⅱ

 その頃フレイアは一人、二階の探索を行っていた。

 二階にあるゲストルームに入ると、綺麗に整えられたベッドが二つと獣人の剥製がずらりと並べて置かれていた。


「なんでこんなに剥製がいっぱいあるのよ……」


 廊下にも数体の獣人の剥製があり、やたらリアルに作られた造形は本物と見まがってしまう。

 趣味が悪いと思うのが、どの剥製も苦悶の表情を浮かべており、死の間際の時間を止めたようにも見える。


「まっ、作り物よね……」


 作り物作り物と自分に言い聞かせながらフレイアは別室へと入る。

 そこにはわずかながら血の臭いがして、フレイアは携帯していたナイフを取り出す。

 本来魔法を使いたいところだが、こんなところで炎の魔法をぶっぱするわけにもいかないので、彼女の身を守るのは頼りないナイフ一本と左手にこめた魔弾だけである。


「なにがゴブリンくらい飛び出してきても大丈夫だろ? よ。こんなところで魔法なんて使えるわけないでしょうが」


[ギギギ]


 いる、確実にゴブリンが数匹。未だにゴブリンを恐れるというのは冒険者やチャリオットとして恥ずべきことだが、フレイアは一度ゴブリンに連れ去られ凌辱されかかっている。いわばトラウマ的モンスターなのだ。


「……出てきなさいよ。一匹残らず消し炭にしてやるから」


 そう強がってはいるが、内心心臓はバクバクと早鐘を打っていた。

 ほんのかすかな物音ですら、ビクッと肩を震わせてしまう。

 生ぬるい嫌な風が頬を撫でる。

 窓際で一瞬何かが動いた気がして魔弾を放つが、窓ガラスがパリンと音をたてて砕け散っただけだった。


「落ち着け、落ち着けアタシ」


 深呼吸をしながら部屋の奥へと進む。どうやら血の臭いは奥の部屋からするようでフレイアはドアノブを握り、ゆっくりと回す。


「ギギギギ」

「ギーギー」

「ゲッゲッゲ」


 扉を開いた瞬間、酷い血なまぐささと青臭い精臭が鼻を衝き、吐き戻してしまいそうな強烈な悪臭に鼻を押さえる。

 どうやらここがゴブリンのメインの住処のようで、元は使用人の控室だったようだが今は見る影もなく骨と石で造られた祭壇に、人の死体が何体も天井に吊るされている。

 壁一面には奴らの糞尿がぶちまけられ汚いという言葉では足りないほどの不衛生な環境がつくられていた。


「よくまぁここまで汚せるものね……」


 立ち込める精臭の元となっていたのは苗床にされた冒険者であり、既に女はこと切れているが10匹を超えるゴブリンたちは構わず腰を振り続けている。

 そのすぐ近くで涙目になりながらこちらを見るロープに縛られた金髪の幸薄そうな少女の姿があった。

 人の骨を咥えさせられた白い制服姿の少女は、自分たちが行方を追っていたアリスで間違いなさそうだった。


「ほんと虫の方がよっぽど可愛げあるわよ。あんたたちに比べれば」


 フレイアはゴブリンに向けて魔弾を構える。

 できる限り一気に殲滅したい。そう思い未だ気づかず腰を振り続けているゴブリンに近づく。

 横目でアリスを見るとフレイアに大きく首を振っている。


「大丈夫だから。すぐ助けてあげる」


 しかしアリスは首を振り続けている。

 そこではっとする。以前アランが自分たちを助けに来た時、油断して罠にはまったときのことを。

 その光景と全く同じである。


「罠っ!?」


 フレイアは飛びずさろうとするが、暗闇に控えていたゴブリンがフレイアの足にロープを巻き付け、そのまま死体と同じように天井へと吊るす。

 フレイアは片足を逆さまに吊られ、身動きできない状態だった。


「こんなの切ってしまえば!」


 そう思いナイフでロープを切ろうとするが、ゴブリンの石つぶてが命中しナイフが弾き飛ばされてしまう。


「ゲッゲッゲッ」


 死体を犯していたゴブリンたちはすぐさまフレイアの元に集まり、勝利のダンスを踊り出す。

 フレイアはゴブリンが狡猾なことを理解していたつもりだが、まさか死体を犯す演技までするとは思っていなかった。


「最悪……。その子アリスをエサにして死姦するバカのふりまでできるってわけ」


 だが下にはアホの王とアホのオリオンがいる。叫び声を上げようとした瞬間、アリスと同じように人間の骨を噛まされる。


「ギギギ」


 イチモツを丸出しにしたゴブリンが嬉しそうにフレイアの体にべたべたと触れる。


死ねっふぃねっ!」


 骨を噛まされてまともに喋ることができないが、敵意をむき出しにして声をあげる。

 だが、それはゴブリンたちを喜ばせる行為でしかなかった。


(最悪。でも吊るされてる状態で犯せないから、絶対に下ろされるはず。その時がチャンス)


 フレイアはそう思ったが、なんとゴブリンは吊るされたフレイアの体をよじ登りはじめたのだ。


(嘘でしょ!? まさかこんな態勢でやるつもりじゃ!?)


 片足を吊られた無様な姿で犯されるなんて誰かに見られたら死んでしまう。


「ん゛ん゛ん゛~~~!!」


 必死に声を出そうともがくが無駄であり、ゴブリンがフレイアの股間をベロリと舐め上げようとした瞬間だった。

 その場にいたゴブリンの頭が全て吹き飛び、血をまき散らしながら倒れた。


「お前、また犯されかかってんな。真っ赤なパンツ丸出しになってんぞ」


 刀を鞘におさめた少年がそこには立っており、吊るされたフレイアを救出する。

 噛まされた骨が外されると、フレイアは喋れるようになった。


「あんた、なんでここに?」

「なんでって下で手がかり見つけたから呼びに来たんだよ。そしたらこうなってたわけで。フレイアほんとゴブリン×ついてるな」

「う、うっさいわね」

「一回やられたからってびびるのが悪い。いつものお前ならこんな奴ら簡単に焼き払えるはずだ」

「こんなとこで炎なんて出せるわけないでしょ!」

「お前はモンスターハウスの心配をして自分の体をくれてやるつもりだったのか」

「うっ……それは」


 その時、暗闇の中で何かが走る。


「ゴブリン!? ちょ、まだ残ってるわよ!」


 しかし事は既に終わった後である。少年がいつ抜いたのかわからない刀を再び鞘に納めると暗がりでブシュッと音をたて、ゴブリンの首が転がって来る。

 その様子を見てフレイアは別人のような強さになった王に一瞬畏怖する。


「あんた……元の世界で何があったの? このレベルの上がり具合は異常よ」

「いろいろだ。ちなみに俺の強さはまだ10%も出ていない。マックスは120%まである」


 王は冗談めかして言うが、フレイアは彼の後ろに死神のような恐ろしいものの影が見えた。

 先日の邪教徒を打ち倒した謎の力だ。間近で見ると禍々しいなんてものじゃない。この男は死を連れて歩いているようにしか見えない。


「あんたの元の世界ってここよりもっと過酷な世界なの?」

「いんにゃ、モンスターなんかいねぇよ。ここよりよっぽどラブ&ピースな世界だ」

「嘘でしょ……」




 俺は縛られていたアリスを助ける。幸い打撲程度で済んでいるようで、犯された形跡もない。


「大丈夫か」

「あ、ありがとうございます!」

「他の連中は?」

「わかりません。自分はすぐにここに運ばれましたので」

「君の弟のマンマルコがギルドに助けを求めに来てここに来たんだが、彼は来てないのか?」

「少し前に扉が開く音がしましたが、二階には上がってきませんでした」

「ってことはやっぱ地下に行ったか。引率アホはどこ行ったんだ?」

「アレンさんは我々がゴブリンにやられていると、いつの間にかいなくなっていました」

「逃げたわね」

「クソ野郎だな。ああいう奴ほどしぶとい」


 話していると、下を片付けたオリオンとシロクロが二階に上がってくる。


「咲、下のは多分全部倒したよ」

「そうか、ってお前返り血酷いな」


 俺はオリオンの顔をがしがしと拭う。


「モ、モンスター」


 アリスがホルスタウロスを見て怯えるが、俺は仲間であることを説明する。


「大丈夫だ。俺のチャリオットだ」

「モンスターが仲間なのですか?」

「モンスターにも良い奴と悪い奴がいるからな。偏見持ってると人生損するぞ」


 全員で一階に降りるとアリスは息を飲んだ。

 自分たちがあれほど手を焼いたゴブリンたちが皆殺しにされているのだ。

 蹂躙と言ってもよいくらいの手加減のなさであり、全て肉塊へとかえされている。


「地下室がある。そこでここの主人は夜な夜な人を殺していたらしい」

「なにそれ怖っ」

「人狼に娘を孕まされて、頭のネジが外れちまったみたいだ」

「娘は?」

「自殺してる」

「救いのない話ね」

「そんでアモンの目とかいう宗教にはまったらしい。娘を生き返らせたいと願ってたみたいだが、完全にカルトだわ」

「先日の邪教徒と同じね。悪魔崇拝じゃない」

「そうなのか?」

「邪教としてかなり有名な類よ。命を供物にすることで大事な人が蘇ると言って人を勧誘していくの」

「じゃあ今回のはまさしくそれだな」


 俺たちはまだ探索していない書庫を調べると、不審な印を見つける。

 三角形の中に不気味な目玉が描かれた印だ。


「封印や結界の類か?」

「アモンの邪印ね。聖痕スティグマよ。神を深く信仰している信徒には崇拝している神の紋章みたいなのが浮かび上がるの」

「どう見ても悪魔召喚系だろ。名前だけは大層なのつけたがるな」

「あいつらにとっちゃ、悪魔が神だからね。聖痕って呼び方はあながち間違ってないんじゃない」


 俺は印に触れると、中央の目玉が赤く輝き本棚の一部がスライドして地下への道が開かれる。

 壁が開いた瞬間、すさまじ腐臭と血の臭いが漂い俺は手で鼻を覆う。


「うわぁ……絶対一人で降りたくねぇ。大体こういう悪霊系とかやばい奴はソフィーさんの仕事だろ」


 あいつ大体欲しい時にいないんだよな。

 今になってファイアーフォーメーションで来たのをちょっと後悔。やっぱパーティーに一人は神官いるな。


「この下にマルコが……」

「アリスさんは屋敷の外で待っててもいいぞ」

「じ、自分も連れて行ってください。マルコと仲間が気になります」

「そういや三人パーティーだからもう一人いるんだな」

「はい、友人のクラウスです」


 俺を先頭にして、オリオン、フレイア、アリス、シロ、クロと続いて不気味な地下へと降りていく。

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