第153話 帰って来た朝Ⅲ
イカちゃん達に連れて来られたのは地下プールである。
ここも整備されたのか、学校のプールのように広くクラーケンの幼体であるイカちゃんは気持ちよさげに水面を漂っていた。
「あっ、王様! わたしに会いに来たんですか?」
どうやらエサやりをしていたらしいアホの神官ソフィーの姿があった。
その手には骨付きのマンガ肉が握られており、一体それが何の肉かは皆目見当がつかない。
「どう見てもイカちゃんに連れてこられただけだろうが」
「そこはお前を探してって言ってほしかったです」
「お前を探しにきた」
「神は言っております、虫唾が走ると」
「なんでやねんサイコパスかよ」
ソフィーは何かの肉片をプールにばらまいている。
「それ何の肉?」
「聞きたいですか?」
「えっ、まぁ」
「本当に聞きたいですか?」
「なんだよ、やばいやつなのか?」
「聞くと、もう神の加護を受けられなくなるかもしれませんよ」
「ってことはお前もう神の加護ねぇじゃん」
神官のくせにどんな怪しい肉使ってんだよ。
「冗談ですよ。ここに攻めてきたモンスターの死骸や、マキシマムさんが持ってきたお魚と、後は調子にのった山賊とかの死体です」
「えっ、今さらっと最後怖いこと言わなかった?」
「エリザベスー王様ですよー」
「ねぇ聞いて俺の話」
ザパンと水しぶきをあげてプールから出てきたのは上半身が人間の女性、下半身がイカの足となった成体化したエリザベスだ。
額に金色の石をはめており、それだけでエリザベスとわかる。
「キュイ」
「おぉ、エリザベス大きくなって。あのクラゲみたいなイカの姿とは偉いちが---」
言い切る前にエリザベスは俺の体に覆いかぶさった。
「待ってやってることちっちゃい時のイカと同じだけど、そのサイズでやられるとマジで死ぬ」
今のエリザベスは下半身が大きくなっているのでサイズが二メートル近い。
「エリザベスは本当に王様が大好きですから」
「何ほほえましいみたいに見てるんだよ! 明らか死にかかってるだろ!」
「王様はご冗談がお好きですね!」
「冗談じゃねぇ! 冗談はお前の脳みそだろ!」
「やっておしまいエリザベス」
「キュイ」
「あぁちょっと待って! 嘘ごめんなさい! こいつ水の中にひきずりこもうとしてない!?」
「クラーケンは気にいった人を水の中に連れて行くんですよ」
「いや、死ぬから! 普通に死ぬから!」
「エリザベスの頭の三角のヒレ部分がピンク色になっていますね。それは発情していて交尾しようとしているんですよ。交尾は水の中で行われるんですって」
「どっちにしろ俺死ぬよね!」
エリザベスはふーっと口から水の中にスミを吐くと、俺をその中にひきずりこむ。
「もがががが苦し……」
触腕にからまれてもがくことすらできなかったが、エリザベスが水の中で俺に口づけすると無理やり口の中に何か液体を流し込まれる。
どうやらクラーケンの吐くスミのようだった。
それを飲まされた瞬間、水の中で視界がはっきりと見えるようになり息も苦しくなくなった。
このスミには人間を水の中に適応できるようにする力があるようだった。
(これは凄い)
感動していると、ごろりと目の前に人間の頭蓋が転がってきて俺は激しく動揺しエリザベスにしがみついた。
するとエリザベスはそれが死ぬほど嬉しかったのか、彼女の触腕が愛おしそうにこちらを撫でてくる。
(これはこれで意外とありかもしれん)
クラーケンと言えど上半身は美しい女性であり、意外にもおっぱいも大きくむっちりとしていて、上だけ見たら美人だと思う。下イカだけど。
クラーケンと水の中で一緒に生活できるかもとモンスター娘の日常上級編に目覚めかかっていると、別のクラーケンがエリザベスにちょっかいを出し始める。それを嫌ったエリザベスが殺す気でハイドロキャノンを撃ちだし、プールに強烈な水柱があがる。
(恐い! 城が壊れる!)
水中でもがきながらてんぱっていると、巨大な鎧の腕が伸び、水中からエリザベスごと俺は引きずり出される。
「ダメですよエリザベス、他の子と喧嘩しちゃ」
「キュィー」
珍しく説教するソフィーの後ろにはヘヴンズソードの腕部分だけが具現化しており、いつのまにやらそんなコントロールができるようになっていたらしい。
エリザベスもエサをくれる人には弱いのか、怒られてしょぼんとしていた。体は大きくても、まだやんちゃな子供のようだった。
そんな感じで騒がしい朝の挨拶をして回っていると、城の近くに建てられた兵舎の横で黒川、姉さんの姿を見つける。
彼女は元の現実世界で死亡した魂を、俺のスキルによって魂を現世に留めている。
その時異世界の魔力が流れ込んで、体をサキュバスへと変化させた。
唯一元の世界の話が通じる人物と言っても良い人だ。
ちなみに姉と呼んでるのは彼女からの希望であり、血縁関係ではない。
「姉さん、どう異世界ってのは?」
「いろいろ面食らってるわ。時代的にも文明的にも中世ヨーロッパくらいかと思ったんだけど、さっきガンニョムみたいな女の人が通って驚いたわ」
「多分エーリカだね。彼女とロベルトは融機人っていう、機械と融合した人間なんだ。ガリアっていう浮遊大陸から来たらしいんだけど、そこはここよりずっと科学が発達してるらしい。そのかわり魔法が使えない人が多いんだって」
「なるほどね、魔法で身を守れないから科学で身を守ると。そして最終的に身を守る手段が外敵のいない空に街をつくるって発想になったわけね」
「大体そんな感じ」
「見てていろいろ面白いわね、魔法っていうのは」
「RPGのキャラになったみたいだろ?」
「ええ、感動するわ。でも、やっぱり魔王を倒すよりこっちの方が性に合うわ」
そう言って姉さんは親指と人差し指で丸を作る。
「商魂たくましいね」
「お金稼ぎが癖みたいなものよ。ところでユウ君、この街ないのね」
「ない? っていうのは」
「娼館」
「…………それは大人のお店的な?」
「そう、お金払ってエロイ事させてくれる---」
「あーあー聞こえなーい。……そりゃ大きな街ならあるけど」
確かラインハルト城下町に一つそういったお店があったと思うが、とんでもないクリーチャーが出てきて誰も寄りつかなくなってると聞いたことがある。
その店から出て来た男達は口々にあれは娼館じゃねぇ、モンスターハウスだと感想をもらしていたらしいが。
「ユウ君知ってる? とある実話で、その昔娼館が犯罪の温床になるという理由で市長が全て壊しちゃった街があるの、その街どうなったかわかる?」
「ん~、まぁ確かに娼館で仕事している人じゃなくて、犯罪に手を染めている人が利用する可能性はあるから、犯罪は減ったんじゃない?」
「甘いわね、その逆よ。犯罪が爆発的に増加して、治安が大きく悪化したのよ」
「えっ、そうなの?」
「人間の欲求っていうのは抑えれば抑えるほど強力になっていくし、狂暴化するの。どこかでガス抜きしてあげないと犯罪を犯してまで発散したいと思う人が出てくるのよ」
「そうなのか……」
「ギャンブルやエロが規制はされても根絶されない理由はそれ。完全に根絶やしにすることはできるけど、逆にそうした方が危険なのよ」
「エロはわかるけどギャンブルもなんだ。あれはカジノみたいなのがないと出来なくない?」
「何言ってるの、ギャンブルなんてサイコロ一つあればできるのよ。それを根絶やしにしたら今度は裏カジノじゃないけど、素人たちが勝手にギャンブルを開催しちゃうのよ。当然素人は払い出しの限度額なんて考えないし、イカサマもするから主催した人は負けた人に命を狙われるし、大勝した人は主催者に命を狙われるわ。だから公営競技なんてものが存在するの」
「なるほど……あの、それとこれと何か関係が?」
「鈍いわね。だからウチでも作ろうと思うのよ」
「何を?」
「娼館」
姉さんは使われていない兵舎を横目で見る。どうやらこの物件に目をつけているらしい。
「ウチの領民とチャリオットの男女比率知ってる? 1:9でほぼ女の人だよ?」
「その1割が犯罪に手をそめるかもしれないでしょ。それにここの特産として温泉があるんだから、温泉と言えばつきものでしょ、ストリッ---」
「あーあーあー聞こえなーい。俺まだ大人じゃないしー」
「外貨巻き上げるのが資産を増やす基本でしょ? 温泉街なら観光客がほっといても来るんだから、その設備拡充は良いことじゃない」
「それ働く人どうするつもりなんだよ」
「ユウ君とこのチャリオットを---」
「やだ」
「わかってるわよ、冗談よ。サキュバス化した恩恵か、そういう欲求不満の女性って見てわかるようになったのよ。だからそういった女性と交渉してみるわ」
「ん、ん~、問題おこさないでよ」
「わかってるわよ。元締めに献金くらいするわ」
「なんかヤクザの風俗営業みたいになってきたな」
「あっ、そこのお姉さん凄いピンクのオーラ纏ってる。あれは相当の欲求不満よ! ちょっと声かけてくるわ」
そう言って姉さんはクロエに駆け寄って行こうとしたのを俺は全力で止めた。
「……なにこれ」
朝食を終えてディーに呼び出されて俺が見たものは机の上にずらっと並んだ書類の山で、目が点になる。
俺の隣には痴女山賊スタイルのディーが笑顔で立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます