第152話 帰って来た朝Ⅱ
日中でも薄暗い地下室にはひんやりとした空気が流れ、肌寒さを感じる。
霊安室と書かれた部屋のど真ん中に置かれた棺の蓋を開けると、白い顔をして手を組んだレイランが眠っている。
これだけ見ると、もうまんま死体である。
彼女達アンデッド種は朝の体温が下がる時間帯は非常に動きが悪く、しかも寝相がオリオンの比ではないくらいに悪い。
寝起きは脳がアンデッドの本能に近いらしく噛みついて襲ってくるのだ。
だから起こすときはわりかし命賭けである。
「おーい生きろー」
毎度斬新な起こし方である。
全く反応がない。相変わらず寝覚めの悪い奴だと思うが、俺とレイランは起こすときに関しては密約をかわしており、寝起きは何してもオッケーと了承をえている。
だから俺は何のためらいもなくレイランの冷たいおっぱいを揉む。
冷蔵庫で冷やされたプリンのようでひんやりとした感触が気持ちがいい。
柔らかな感触を楽しんでいると、いきなりレイランの目がカッと見開かれる。
だからその起き方怖いって。
目の色が赤く不気味な光が灯っている。
襲ってくるだろうなーと思ってたら、案の定ガーっと牙を剥いて襲い掛かって来た。
傍から見ると完全にホラー映画のゾンビ化したヒロインが襲い掛かってくる図にしか見えないが、実のところレイランは噛みついたりしない。
頭をぶつけるようにして唇をあわせてくると、こちらの体をがっちりホールドしてそのまま唇を舐めまわしてくる。
これはもう怖いパンダに襲われてると思うことにして、キスも勝手にノーカンという自分ルールによる判定にした。
しばらく好きにやらせてると段々思考が覚醒してきて、目の赤みが引いていく。
「……何してるか、お前?」
「押し倒してきて、それを聞く?」
「お前よく寝起きのワタシに近づこう思うな」
「自分から起こしに来いって言ったんだろ?」
「記憶にないネ」
「大丈夫か、脳のシナプス的なものが腐って---」
「黙るよろし」
がぶりと首筋を血が出ない程度に噛みつかれる。
「おーい、吸うんじゃない。痕になるだろ」
ちゅーっと音をたてて首筋を吸われると、赤い痕が出来上がる。
これでは誰かに誤解されてしまうかもしれない……いや、ないな。アホばっかりだしな……。虫刺され? とかリアルに言ってきそうである。
「人を散々放置しておいて、お前に拒否権なんかないネ。黙って生気吸われてるよろし」
この首筋を吸いついたり舐めたりする行為は、生気を吸うという大義名分があるらしい。
しょうがないからしばらく好きにさせてやるかと諦めていると、物音がしてレイランは肩をびくつかせる。
棺から外を見やると彼女の部下で同じくキョンシーである黒龍隊が寝室へとやってくる。
「王帰還、我々熱烈的歓迎。これで隊長、夜中グスグス泣かなくて済む」
そう言った黒龍隊員の頭にスカンと小刻み良い音と共にナイフが突き刺さった。
「いらないこと言わなくてよろし」
黒龍隊員は頭からナイフを引き抜くと、クスクスと女子特有の笑みを浮かべて温泉の方に向かっていった。
アンデッドらしいブラックジョークだ。
「泣いてないネ。大体なんでワタシお前のことで泣く必要あるか? 自意識過剰ネ」
「ごめんな。留守にして」
俺は謝罪の意味をこめてレイランの額にキスをすると、彼女の目から涙がこぼれた。
「…………泣いてないネ。寂しくなんか……ないネ。でも、今度勝手にどっか行ったら脳みそ引きぬいてやるネ」
「それは怖いなぁ」
彼女はただのキス魔で泣き虫のキョンシーである。
手強かったレイランを起こし終わり、今度は地下の別の区画にあるエーリカの部屋に入る。
レイランとエーリカの奴、仲悪いくせに同じ場所にいたがることが多い。
お互いいがみあっているように見えて、実のところ仲が良い説まである。
部屋の中へと入ると、山のようなコードやケーブルが散らばっており、とても普通の私室ではなかった。
部屋の中央でたくさんのコードに繋がれた、歯医者にある治療椅子みたいなのに座っていたエーリカが目を覚ます。
両腕と両脚はメンテナンス中なのか、体から外されており胴体部分だけが横たわる形になっている。
「おはようございます。このような格好で失礼します」
「いや、いいよ、朝の挨拶して回ってるだけだから」
「そうですか、てっきり朝からセクハラ三昧働いているのかと思っていました」
「見てたの!?」
「嘘です、カマをかけただけです」
エーリカは浮遊大陸ガリアと呼ばれる機械が発達した国で産まれ、人間の持つ魔力を知るために下界に降りて来た。
元は別の王のチャリオットだったが、気づけば同じチャリオットになっていた。
彼女には思い入れがあり、まだ全然仲間がいなくてお金も稼げない時代、乾というライバル的な奴に散々自慢されまくって悔しい思いをした。
彼女の見た目はこのファンタジー的な異世界にマッチしない。この世界で広く流通している西洋風の鎧とは全く違う機械的な鎧で、日曜の朝に悪者と戦ってそうな格好であり、武装もガドリング砲と、剣と魔法の世界でそれ使っちゃダメだろと言いたくなる装備をしている。
いつもヘルムで口元しか見えておらず感情がないように見えるが、時たま柔らかくほほ笑む時があり、その時は本当にドキリとする。
雷の結晶石をコアの代用として使用する際、彼女はショートしてしまった記憶を退避し、現在はセーフモードの代理人格で動いているらしいが、レイランと張り合ったりするなど、元の人格が復調を見せている兆しがある。
「王様、すみません少しだけ試したいことがあるのですが、構わないでしょうか?」
「うん、いいよ」
「では……システム起動。人格プログラムをブートアップ……」
エーリカの頭が、ガク、ガクと大きく揺れるとバチバチと電流が首のあたりに発生する。
なにこれ、暴走すんじゃないの? と冷や汗をかきながら見守る。
[ガ……ガガガ……プシュー]
何か空気かガスが抜ける音がして彼女の頭がだらりと垂れた。
「だ、大丈夫か? なんかやばいバグり方した感じだが……」
「咲……君」
その呼ばれ方に驚く。
「まさかエーリカ、元に」
エーリカの頭が持ち上がるが、しばらくしてまたバチバチと電流が流れ、エーリカはガクガクと首を振る。
「だ、大丈夫か? 凄く怖いんだが」
「ダイジョウブ、ダイジョウブウウウウウウウウウ」
「怖い怖い怖い怖い!」
音声がなんかバグってる! 声高い!
しばらくすると、完全に光を失う。一分ほど不安になっているともう一度再起動したのか光が灯る。
「……メインパーソナリティ、第17セクター22セクターにバグフィックスを確認。メインパーソナリティでの続行は不可能セーフモードで起動を続行。第16セクターまでをサブシステムとして起動運用」
エーリカと違う機械的な音声が流れた後、しばらくして俺の方を向く。
「すみません。バグフィックスは確認していたのですが、いくつかブラックボックスに抵触しており、これ以上の復旧は見込めませんでした。王と話すことで何か新たなセクターが構築できるかと思ったのですが、サブ回路を構築する前に負荷によって電源が落ちてしまいました」
「そ、そうなのか? なんかよくわからんが」
「王はお気になさらず」
「そ、そうなの?」
「はい、ですので不本意かと思われますが、この状態でセクハラをお楽しみください」
「しないから!」
「しないのですか? やはり機械の体には興味がないのでしょうか?」
「いや、そういうんじゃなくて」
「胸や子宮は生体ユニットですので腕や脚などを気になさらなければ感触は楽しめると思いますが」
「人をセクハラの申し子みたいに言うのはやめてくれ」
「と、いいつつ触るのですね」
「いや、どんなもんかなと」
が、当然触ってみた胸部は硬い装甲が覆っているので柔らかいわけもなく。
「失礼しました。胸部装甲パージ」
バシュっと音をたてて、胸の装甲が開きエーリカの綺麗なおっぱいが見えた。
「待って、生はまずいよ! 隠して!」
「そうなのですか?」
「うん、生は多分レーティング的な何かが上がっちゃうから」
「でしたら」
今度は胸の周りにボディースーツのようなぴったりとした生地? 謎の繊維が胸を覆い隠す。
「これでよろしいでしょうか?」
「いや、いいんだけど。大丈夫? エーリカ元に戻った時グーパンされない? エーリカのグーパンだと多分頭蓋吹っ飛ぶよ?」
「大丈夫でしょう彼女もそれをノゾゾゾゾゾゾゾガー……ピー……」
「恐い怖い怖い! 突然バグらないで!」
「失礼しました。禁止ワードに引っかかったようです」
「そうなの? よくわからんが」
まぁエーリカがオッケーだしてくれるなら遠慮なく触ろう。
あっ、凄い柔らかい。エーリカってこんな部分あったんだと感動していると、エーリカは恥ずかしくなってきたのか身をよじる。だが、両手がないので胸を隠すこともできないし、足を使って逃げることもできない。
「これ以上はダメです。本機の熱センサーが異常過熱を検知しました。これ以上はオーバーヒートをまねきます」
「えー、もうちょいもうちょ」
そのまま抵抗できないエーリカの胸をモミモミしてると、本当にヘルメットの辺りから煙が出始めて来た。
「やばい、エーリカ煙出てる」
「自己修復は可能ですので、そのままお楽しみいただいてもかまママママママ……ガー……ピー……シュウ」
「大丈夫かエーリカ! エーリカ!?」
エーリカの奴一つ持ちネタ増やしやがったなと思いながら、彼女の部屋を後にする。
熱暴走した回路を自己修復するらしく、再びスタンバイモードに入ってしまった。悪いことしてしまったなと思う。
冷却ファンの増強がどうたらこうたら言ってたので、次おっぱい触るときは大丈夫になってるかもしれない。この辺りは融機人の自己改造の強みでもあるだろう。
そもそも触るなという話だが、それはできぬ相談である。
そのまま地下を歩いていると、ちっちゃなイカちゃんがぞろぞろと歩いている。
中庭の噴水から場所を変えて地下で飼われ始めたクラーケンたちだ。
「キュイー?」
「おぉクラーケンたち元気だったか?」
「キュイー」
クラーケンはべちゃりと俺の顔に張り付く。
「とれねぇ……」
クラーケンを引きはがそうとしているが、全くとれず悪戦苦闘していると他のクラーケンが足元に集まってくる。
「あっ、ちょダメだって」
俺はイカちゃんに足をとられ態勢を崩すと、ガリバーよろしくそのまま運ばれていく。
「あれ、どこ行く気? ちょ、ちょっと?」
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