第126話 愛してるぞ!Ⅲ

 地獄の王様ゲームはまだまだ続く。


「じゃあ気を取り直して二回目いくよ」

「もう既に一人廃人みたいになってるけど」

「ここは地獄……誰も正気でいられない」


「「王様だ~れだ?」」


「しゃあ俺だ!」


 今度手を上げたのは茂木で、真凛たちはまた苦い顔をする。


「つってもなぁ、王様って基本命令するだけであんま面白くないんだよなぁ。まぁここは場を盛り上げるってことで、2番が5番の乳首を当てる乳首当てゲーム!」

「うわ……」

「女の子同士でツンツンやってるところが見たいんだよ!」


 操られているとはいえやはり元は茂木である。性欲も思考もかわってはいない。

 女子全員がドン引きし、完全に盛り下がっている。


「あぁ2番俺だわ」


 そう勇咲が発言した瞬間、女子全員が自身の番号を確認する。


「WINNER!!」

「くっ」

「ぐぐ……ぐ」


 真凛が両手をあげて5番の箸を掲げ、コロンビアと叫びそうなくらい雄々しく立ち上がる。


「なんだ、香苗じゃないのか……」


 勇咲の方は露骨にがっかりしている。


「じゃ、じゃあ、えっと。どうしよっか」


 真凛は顔を赤くしながら隣の勇咲に向き直る。


「んっ」

「えっ?」


 勇咲の方を向いた瞬間、間髪入れずに真凛の胸に勇咲の指がめり込む。

 むにゅうっと弾力のある大きな胸が深く陥没する。


「違った? このへん?」


 なんの遠慮もなく勇咲はブスリブスリと真凛の胸をついていく。

 恐らく今の彼にとってザマス姉さん以外はどうでもいい存在でしかなかったのだった。


「えい! えい! ここか! ここなんか!」


 真凛は無遠慮に自分の胸を突いている勇咲の指を捕まえると180度逆方向に関節を捻じ曲げた。

 メリッと嫌な音が鳴る。


「アウチ!!」


 勇咲は指をおさえてその場に転がった。


「ハハっ、梶はバカだな」

「次いこ」


 ケタケタと笑う茂木を尻目に、真凛は死んだ魚の目で次を促す。


「それじゃあ三周目」

「「王様だ~れだ?」」

「あっ、私ね」


 そう言って手をあげたのはザマス姉さんだ。


「フゥワッ! フゥワッ! 香苗、とびきりエロいやつ言っちまえ」

「そうだぜ! とびきりの頼むぜ! 盛り上がっていこう!」

「そ、そうね、盛り上げないと」


 ザマス姉さんは茂木たち男連中に煽られて、ごくりと生唾を飲み込む。


「じゃ、じゃあとびきりで……3番が……」

「3番が~」


 真凛たちは何を言い出すのかと思い、同じく生唾を飲み込む。


「一枚脱ぐ」

「「フゥゥゥゥゥゥゥッーーーー!!」」


 男どもは盛り上がっているが、真凛たちはずっこけていた。


「ためた割には可愛らしいもんやね」

「てか3番って誰? ダーリンかもっちゃん?」

「…………(汗だく)」


 真凛と揚羽は隣で汗だくになっている黒乃に気づく。

 その手には3番の割りばしが握られている。


「あぁ、黒乃? じゃあちゃっちゃと一枚脱いで」


 と揚羽が言いかけて彼女が丈の長いセーターしか着ていないことに気づく。


「黒乃、もしかしてその下、ブラだけ?」


 黒乃はコクリと頷く。


「そ、それはまずいね」

「もっちゃんは興味なさそうだけど、ダーリンガン見してるじゃん」

「梶君、黒乃さんのことになると発作起こすしね」

「ぬーげぬーげ!」


 チンチンとグラスを箸で叩き始めた茂木を鬼の形相で睨む。


「ひぃっ!」

「黒乃さん、できひんかったらできひんでいいんちゃう? パス、パスにしよ!」

「で、できる……」


 黒乃は顔を赤くしたままセーターの裾に手をかける。


「わー待って待って!!」

「「おぉっ!!」」


 茂木と勇咲がガタッと身を乗り出すが、揚羽が瞬時に二人に目つぶしを入れると、二人はその場をのたうち回った。


「黒乃、じゃあこっちに着替えて!」


 揚羽が自身のかえの服を渡し、黒乃はセーターを脱いだ瞬間そちらに着替える。


「オイオイ王様の命令は一枚脱ぐだぞ。着てどうす……」


 黒乃は揚羽のヒョウ柄チューブトップへと早着替えする。


「で、でかい……」

「豹なのか、牛なのか……」


 男二人だけでなく、女子全員が黒乃の脱いだら凄いを見せつけられて唖然とする。


「チューブトップって下着とあんまかわれへんやん……」


 肩紐すらないチューブトップは黒乃の胸を頼りなく押さえつけているだけで、通称乳バンドとも呼ばれている。


「ま、まぁね」

「これで……許して……」


 審議の結果赤面する黒乃が可愛いのでOKが出た。その為黒乃はヒョウ柄水着みたいなのを着せられたまま続行となった。


「四周目、そろそろ仕掛けるで」


 真凛は二人に合図を送ると、揚羽、黒乃は頷く。


「「王様だ~れだ?」」


「あっ、ウチやわ」


 真凛が手を上げる。この四回目は彼女達があらかじめ割りばしに細工をしておいた為、王と特定の番号はわかるようになっていたのだ。


「あらあら今度はなにかしらヨホホホホ」

「えっと、じゃあ……1番がコネクトの一番最後の履歴を見せる」


 当然1番とはザマス姉さんのことである。

 どうだと真凛は顔色を伺うが、ザマス姉さんはいともたやすく了承する。


「参ったわね、私よ~」

「おぉ香苗のコネクト気になる~」

「俺にも見せてくれ」


 男どもの食い気味の反応にイラっとしながらも、テーブルに置かれたザマス姉さんのスマホを全員で見やる。

 するとそこには画像が添付されており、クラスの集合写真が写し出されていた。


「あれ、これこの前の」

「そうよ~二年の集合写真。私今までの学校の写真、全部データにして持ってるの~」

「へー、そうなんだ。他のも見たいな」

「(コクコク)」

「いいわよ~」


 二人はザマス姉さんのコネクトの内容を忘れ、画像フォルダから表示された高校時代の写真を順に年を遡っていく。


「あっ、これ一年の時だよね。揚羽わか~い」

「いや、一年しかかわってへんから」

「実は皆……一年の時も一緒のクラス……だった」

「せやね。梶君も茂木君もいるし」

「梶君と茂木君と私は中学校からずっと同じクラスだったのよ~。後は確か天地君も同じだったかしら~」

「えっ、眞一いる?」

「天地君おれへんねよね?」

「いない……」

「あれ? おかしくない? 確か一年の時揚羽と眞一って同じクラスだったし」

「ってことはウチらと同じ組ってことやんね?」

「あれ、おかしいわね~。天地くん欠席してたのかしら」

「欠席してたら端っこに遺影みたいにして撮られるんじゃない?」


 真凛たちは高校から小学生まで遡って見てみるが天地の姿はどこにもない。


「あれ? なんであいつの写真ないんだ。揚羽ほぼあいつと同じクラスだったから、揚羽が映っててあいつが映ってないってのはおかしいんだけど」

「不思議ねぇ?」

「あっ、川島と鼻だ。あいつら小学生時代から既に悪そうな顔してるな」


 勇咲が指さすと全員が確かにと頷く。


「なんやかんやで、実は皆小学生から同じやってんね」

「うん、結城も矢代も小学校からだし、ほぼ全員繋がり自体は深かったみたい」

「それじゃあこれくらいでいいかしら」


 三人は写真で盛り上がって、当初の目的を果たしていなかったことにハッとする。


「しまった、小田切さんがID0000に送った願いを確認し忘れた」

「多分あれ別アカ表示させてるから、肝心のやつは出てこないと思うよ」

「意外と……策士」

「そんじゃ次決めようぜ」


 茂木がさっさと次を始めてしまい、真凛たちが仕込みをする暇もなく五回目が始まってしまう。


「やばい、次王様茂木君だ」

「これの次に……もう一回小田切さんに……仕掛ける」

「せやね」


「なんだよ、また王様俺かよ!」

「いいんだぜもっさん、ぶっ込んでくれても!」

「よし、じゃあ二番と五番がディープキスだ!」


 女子三人は本当にぶっこみやがったと苦い顔をする。


「真凛ちゃん何番? 揚羽1」

「4……黒乃さんは?」

「3……」


 ということは……と三人は勇咲とザマス姉さんを見やる。


「ぃやったぜぇぇぇぇぇ!!」

「なっ!? まさか」


 今度は一番最初の逆パターンで、勇咲がドヤ顔で2番の箸を見せ、ザマス姉さんが恥ずかし気に5番の箸を見せる。


「「「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」」」


 今度はなぜか女子全員で勇咲の体にすがりつく。

 ラグビー部かと言いたくなるような、見事なディフェンスフォーメーションである。


「くそ、なんで俺の時だけ全員で邪魔するんだ! もっさんの時は俺を止めたくせに!」

「あれとこれは別!」

「一線超えちゃダメだって!」

「殺してでも……止める」

「そんな良い思いさせてたまるかよ!!」

「うるせー離せバカどもが!」


 勇咲は凄い力で茂木を含めた四人を振り切って、ザマス姉さんに口づけしようとする。


「香苗俺と一緒にヘヴンに行こう」

「いやー! 梶君がキモすぎる!」

「ダーリン、ラリんないでよ!」

「ユウユ……」


 ザマス姉さんと勇咲は見つめ合い、そして……。

 パーンと彼の顔は激しいビンタをくらった。


「えぇ……痛いよ香苗……」


 じんじんする頬をおさえながら呆然とする勇咲。


「ごめんなさい! あなたを受け入れる勇気のない私を許して!」

「か、香苗!」


 ザマス姉さんはカラオケボックスを飛び出していってしまった。


「待ってくれ香苗!」


 追いかけようとした勇咲を揚羽は華麗に足払いする。


「ぶべっ」

「ダーリンはそこで待ってて」

「ウチらに任せて!」

「……ハウス」


 真凛たち女子三人は駆け出して行ったザマス姉さんを追う。

 彼女の姿は近くですぐに見つかった。

 霧のかかる駅前の商店街を見つめながらザマス姉さんはもの憂い気にため息を吐く。


「小田切さん……」

「……ダメね。こうなるってわかってたのに」


 彼女はスマホを悲し気な目で見やる。


「こんなものを使って人の気持ちを操作したって虚しくなるだけ……ずるしたって恋はなんにも楽しくないって、ほんとよくわかったわ……私ってほんとバカ」

「小田切さん……」

「あなたたちにはバレてたみたいだけど。コネクトを使って彼らの気持ちを操作したわ。あの二人に本気で好きになってもらえたら恋のトライアングラーを楽しむこともできるけど……男なんてシャボン玉ね」


 意味不明であるが、どうやらこちらが言わずとも良心の呵責に耐えられなくなったらしい。


「ドライもんにもこんな人の心を操れるような道具があったの、知ってる? キューピットの槍って言うんだけど、槍で刺すと、その刺した相手が好きになってくれるの。結局あれは意中の人に槍を刺したけど結ばれることはなく、他の全然別の人がのび君のことを好きになっちゃうって話。あれは道具を頼って好きになってもらっても、本当に好きにはなってもらえず、逆に道具で人の心を掴もうとしたしっぺ返しが来るよっていう藤尾先生のメッセージだと思うの」

「……」

「いい夢見られたわ」


 ザマス姉さんは悲し気な表情のままスマホの画面をタップする。


[先ほどのあなたのお願いを撤回しマシタ。あなたのお願いを達成しマシタ]


「願いは撤回したわ……。これでいいのよ。機械の力なんて使ったって恋はつまらないわ」


 ザマス姉さんは長し目を三人に向ける。


「私は悲しみを背負う女、小田切香苗……今度あの二人に謝るわ……でも、今は一人で泣かせてちょうだい!」


 そう言ってザマス姉さんは悲しきギルティを背負いながら商店街を走り去ってしまった。


「……完全に小田ちゃん自分に酔ってたよね?」

「悲劇のヒロインやってたね……」

「やはり……ドライもんは……害悪……」

「悪は人の心にあるから人は信じるなって話っしょ」

「ドライもんそんなブラックな話ちゃうと思うけど」


 その後正気を取り戻した勇咲と茂木は、なぜこんなところにいるのだろうかとひとしきりパニくった後、真凛たちから状況説明を受けた。

 ただ、茂木とザマス姉さんがキスしたことは伏せられた。

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