第125話 愛してるぞ!Ⅱ

 そしてここにも我が目を疑っている者の姿があった。


「う、嘘やろ……」


 真凛は走り去った勇咲を追いかけると、バラの花束片手にザマス姉さんを胴上げしている勇咲と茂木の姿を見て絶句している。

 なんだ、なぜあの二人は胴上げしているんだ。そしてザマス姉さんはなぜあんなに嬉しそうなんだ。


「コネクト最高よ~~~!!」

「!」


 ザマス姉さんの叫びで真凛はピンと来る。まさかID0000に願いを送ったのかと。

 だとすれば、彼らの異常な行動も頷ける。


「まさか願いが叶ったの!? やばいよ、やばいよ、マジでこれやばいよ!」


 真凛は出来れば敵の手は借りたくはなかったが、そうも言ってられず、急ぎ黒乃と揚羽にメールを送る。

 メールを送ってほんの数分で、爆音を響かせ黒乃の悪役ライダー仕様のバイクに、揚羽を二ケツしてドリフトしながらやってくる。


「ちょ、どういうこと!!」


 バイクからひらりと飛び降りた揚羽に、真凛は目の前でザマス姉さんを胴上げしている二人を指さす。


「なに……あれ?」


 揚羽はマジ引くわと眉を寄せる。


「わかれへんけど、いきなり梶君の様子がおかしくなった。俺はザマス姉さんを愛すとか言って走っていったらこうなってたんよ」

「え……えぇぇ……」

「ふざけやがって、このお姉さんというものがありながら、あんなM8〇星雲から来たような女にうつつをぬかしやがって」


 マサムネがショットガンを構えようとしたのを真凛はおさえた。


「気持ちはわかるけど、流血沙汰はあかんよ」

「チッ」


 マサムネはバイクから降りると金属製のアイマスクを外し、黒乃と人格を入れ替える。


「小田切さんコネクト最高って叫んでたんよ。多分コネクトが原因じゃないかなって」

「なにそれ、揚羽もそれやる」

「やめなさい」


 何のためらいもなくコネクトを使用しようとした揚羽のスマホを叩き落す。


「白銀さん、お見合いしてるって聞いたけどここ来て良かったん?」

「霧のせいでパパの会社が急に忙しくなったんだって、トラブルを片付けたら戻ってくるって言ってたけど今んところそれで延期してるの。てか見合い中だろうとブチってくるけど」

「あ、あの……私も今、白銀……だから」


 黒乃がおずおずと話す。


「そっか、じゃあ二人とも下の名前で呼んでいい?」

「いいよー。揚羽も真凛ちゃんって呼ぶ」

「ま、真凛さんで……」


 三人は「ヨホホホホ、最高ですかー!」と宗教みたいな叫びをあげるザマス姉さんをキッと睨む。

 三人の間に小さな友情が芽生えたのだった。


「あっ……移動する……」

「う、嘘でしょ、あの三人胴上げしながら移動する気なん!?」

「小田ちゃん嬉しそうだからいいんじゃない」

「そういう問題!?」



 三人は深い霧の中、学校からほど近い商店街にあるカラオケボックスへと入っていったのだった。


「カラオケ……?」

「小田切さん歌好きやったん?」

「小田ちゃん音楽の時間、何を歌ってもオペラにする異能持ってる」

「あぁ……ウチ、テレビで女性二人組の芸人さんが、なんでもオペラ化するネタ見たことある」

「あれ面白いよね。揚羽あれ好き。朝なんとか姉妹」

「好きなら名前くらい覚えてあげーよ」

「小田切さん……顔も……似てる」


 揚羽の一瞬で話を脱線させるスキルに惑わされながら、真凛たちもカラオケボックスの中に入って行く。

 店員には先に友人が入っていると説明し、コソリコソリとガラスドア越しに各部屋の中を確認していく。

 やはり霧の影響と平日昼間ということもあり、ほとんど客はおらず、勇咲たちはすぐに見つかった。


「ここやね……」


 三人はそぉっと中を覗き込むと、部屋の中から夕焼~け、こやけ~の赤と~んぼ~♪ と童謡がオペラ調に聞こえてくる。そしてその歌の合間にフゥワ! フゥワ! とホストクラブみたいな合いの手が入る。

 当然それを言っているのは茂木と勇咲の二人だ。


「なんなん……、日本中見ても童謡でここまで盛り上がれる人間なんかおれへんで」


 ガラスドア越しに見ると、ザマス姉さんは二人に担がれたまま歌っている。


「なんでまだ担いでるん!?」

「気に入って……る?」

「でもあの格好恥ずかしいよね。完全にM字開脚じゃん」


 確かに左右に別れて担がれているので、脚を広げて担ぐことになり、完全におっぴろげ状態である。


「でも……嬉しそう」

「まぁ好きな男の子にされるならぶっちゃけ何されたってOKだし、小田ちゃんそういう免疫低そうだし」

「なに、免疫低いとM字開脚させられても許しちゃうの?」

「真凛ちゃんだってやりたいって言われたらやらせちゃうっしょ?」

「………………や、やらせへんよ!」

「間が……あった」

「うん」

「え、ええから、ここで見てても埒あかへんから中入るよ!」


 真凛は少し顔を赤くしながら童謡オペラ調with梶、茂木の響く部屋へと突入する。


「お、小田切さん偶然やね、ウチらもたまたま来ててさ」

「あら、百目鬼さんもいたの、いやねぇ恥ずかしいわヨホホホホ」

「いいからその恥ずかしい三人騎馬戦みたいなのやめろ(超小声)」

「うわ、真凛ちゃんこわっ……」

「(コクコク)」


 真凛の笑顔でドスのきいた低い声に揚羽と黒乃はビクビクする。


「お二人さん、おろしてくださる」

「「フゥワ! フゥワ!」」


 ようやく三人騎馬戦が終わり、ザマス姉さんはソファーに腰を下ろす。


「あの二人のせいじゃないってわかってるけど、フワフワっての腹立つな」

「あれ客のテンション煽るために必要らしいよ」

「ホスト……クラブ」

「久しぶりに歌いすぎて喉が痛いわ。何か飲み物頼んでくださる?」


 ザマス姉さんがそう言うと、なぜか勇咲と茂木は取っ組み合いの喧嘩をし始めたのだ。


「テメー、香苗が歌ったら喉が渇くくらいわかってんだろうが、なんで飲み物くらい用意してねぇんだよ! このクソメガネが!」

「ここはセルフサービスなんだよ! 人のせいにすんじゃねぇよ脳筋が!」

「うるせー言い訳すんな! バッキャロー!」


 真凛たちは、何に喧嘩してるんだこの二人はと頭が痛くなる。


「ちょ、ちょぉ二人とも、用意できるわけないやん。二人とも小田切さん担いでたんやから」

「そんなこと言い訳になるか!」

「なるよ! てかそれが全てだよ!」

「待っててくれ香苗、俺が今キンキンに冷えたレモネードを持ってくるぜ!」

「待てよ、俺がレモネードを取りに行く!」


 二人は冷えたレモネードを争って部屋を出ていく。


「なんでレモネードなん……」

「レモネードおいてるカラオケなんて揚羽見たことない」

「コネクトのこと……聞いた方が……」

「そやね」


 三人はソファーに座ると、ザマス姉さんに話を切り出す。


「あの小田切さん、なんかあの二人変じゃない?」

「そ、そそそそうかしら? 自然だと思うわ~」


 盛大に目が泳いでいるザマス姉さん。三人はこれは間違いないなと思う。


「あの、小田切さん単刀直入に言うんやけど、コネクト使ってへん?」

「な、ななななななんのことかしら~? わからないわ~」

「いや、わかんだろ」


 ジト目の揚羽の口を後ろから塞ぐ黒乃。


「あれって実はすごく危険なものやねん。多分一回二回くらいやったら大丈夫やと思うけど、たくさん使うと凄く危ないねん」

「危ないって、どうなるのかしら?」

「そ、それは、え、え~っと」


 単純に怪物化するとは言えないので、何かうまく言う方法はないかと考える。

 すると脇から揚羽が適当なことを言いだす。


「あれだよ、コネクト使ってるとウルトラ〇ンになる」


 ややこしくなるから黙ってろと真凛は言いかける。だが


「そ、それは、ほ、ほほほほほ、本当なのかしら」


 眼鏡のつるを持ち上げる手が盛大に震えている


「き、きいてる……」

「うっそー。そんなわけないじゃん」

「も、もう、なんなのヨホホホ~」

「あ、安心してる……」


 確信的なことは聞けないまま、冷えたレモネードを片手に勇咲と茂木が帰ってきてしまった。


「香苗、俺のレモネードを飲んでくれ!」

「いや、俺のレモネードを飲むんだ!」


 二人は我が我がとザマス姉さんをかけて争う。

 当然それを見ている真凛たちはいい気はしない。


「コネクトの効果……凄い」

「それよりウチはレモネードがあったことに驚きやわ」

「ねぇダーリン揚羽たちのは?」

「えっ……あぁ、はい」


 勇咲から差し出されたのは三つのお冷だった。


「…………なに、この差」

「持ってきてくれてるだけマシやと思うしかないよ……」

「水……」


 その後も勇咲と茂木はザマス姉さんをおだて続ける。まるで真凛たち三人は、はなからいないように接するのだった。


「これどうする? ダーリンたち完全に操られてんじゃん」

「なんとか小田切さんにコネクトの内容を撤回させんとあかん」

「一旦……気持ちよくなってもらってから……二股いけないって」


 それなと黒乃の意見に指を指す揚羽。


「そやね、多分コネクトに送った内容は梶君と茂木君に好かれたいとかそんなんやと思うから。小田切さんは良識ある人やから、二股はダメって言えばきっと」

「でも免疫ない女の子が男遊びにハマっちゃうと抜け出せないんだよねぇ」

「とにかく一旦小田切さんをたててから、話しよ。できればコネクトに送った内容も確認したい」

「あの二人も……ブレーキかけないと……危ない」


 三人は頷く。


「あ、あの小田切さん、こんだけ人いるからさゲームでもしーひん?」

「ゲーム? それいい! いいわ~。私王様ゲームってやってみたかったのよ~」


 喰いついてきたと真凛は内心ガッツポーズする。


「よし、それじゃあやろう」


 真凛は割りばしに1~5までの数字と一本だけ赤で色をつけたものを用意する。


「百目鬼さん用意してくれるなんて女子力高いわ~」

「ぐっ……」

「こらえて真凛ちゃん」


 完全にサラダを取り分ける女子に向かって、美人の女子が上から目線で褒める言葉をかけられてイラッとする。


「だ、大丈夫だよ真凛ちゃん。揚羽そういうのできるの偉いと思う」

「(コクコク)」


 合コンで上から目線で声をかけるタイプの女子あげはと、気づいたら好きな男と消えているタイプの女子くろのに言われても余計腹が立つだけだった。


「くっ、どうせウチはサラダの人ですよ」


 真凛はふて腐れながら箸を皆に引かせていく。


「全員いったね? それじゃあ」

「「「王様だ~れだ?」」」」


 全員が一斉に割り箸を確認する。


「俺だ」


 手を上げたのは勇咲だった。


「梶君変なん言わんといてや」

「それじゃあ、王様と香苗がキスをする」

「「「できるかコラァッ!!」」」


 真凛、揚羽、黒乃三人の同時ヤクザキックが勇咲の顔面にめり込む。


「そうねぇ、名指しはダメなんじゃないかしら~。いくらユウユでも、ダメよダメダメ」

「ねぇ真凛ちゃんユウユって誰」

「梶君しかおらんやろ。ウチは梶君やのにユウユってちょっと慣れなれしいんちゃう……」


 揚羽と真凛はモテすぎる女子を見て嫉妬を燃やす脇役女子と化していた。


「じゃ、じゃあ1番と3番がラップキスで」

「いきなりキス……いっちゃうんだ」


 黒乃は内容の過激さに顔を赤らめる。

 真凛たち三人は自身の番号を確認するが、該当者はいない。

 ということは。


「すまねぇな梶」

「なっ……まさか!?」


 茂木は勝ち誇った表情で3番の箸を見せ、ザマス姉さんも1番の箸を見せる。


「待て、今の撤回! 今のなし、今のなし! ノーカン! ノーカン!」

「ふっ……見苦しいぜ……梶」

「やめろ、やめてくれ!!」


 飛びかかりそうになる勇咲を真凛たちは三人がかりで抑える。


「ダーリン、ダメだって!」

「やめろ、香苗! 香苗!! やめてくれぇ!!」

「まるで目の前でレイプされてるみたいやね」

「自分で言ったこと……なのに」


 勇咲はラップキスと言ったはずなのに、茂木はそれを無視してザマス姉さんとぶちゅりと熱い口づけをかわす。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーー!!」


 響き渡る勇咲の断末魔。真凛たちはその凄惨な光景に目を背ける。

 ウルトラ〇マと眼鏡オタクの熱いキスである。誰得である。


「くっ……香苗……」


 勇咲はキスが終わると膝から崩れ落ち、茂木はどや顔で勝ち誇り、ザマス姉さんは初めてのキスにうっとりとしていた。


「なんなんこれ……なんなんこれ!!」


 真凛の叫びはもっともであった。

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