第83話 日常/非日常
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頭の中にゲームのログ画面のようなものが流れ、俺は目を覚ます。
「どこだ……ここ?」
ふと目を覚まし視界に飛び込んできたのは、見慣れた城の天井ではなく、蛍光灯がとりつけられた白い壁だった。
窓の外からはチュンチュンと雀がさえずる声が聞こえ、朝の光が視界を白く染める。
「あったまいった……」
ぼんやりと視界が霞み、自分が何をしていたのか思い出すことが出来ない。
寝転がっていたベッドで伸びをすると、そのままベッドからぼたりと体が落ちた。
「い、たくもないか」
いつもの石床に比べればフローリングに頭を打ちつけた程度で痛くもなんとも……。
「石……床?」
一体何の話をしているんだと首を傾げ、自分が寝ていたベッドを見やる。
そこには俺の布団をはぎ取り丸まっている、いつもの相棒の姿はない。
「相、棒……?」
だから俺は一体なんの話をしているんだ。
石床だの相棒だの城だの、城? なんだそれ?
記憶が混濁しているのか、なんだかリアルな夢を見ていたようなそんな気がする。
しかし夢というものはあっという間に記憶から抜け落ちていくように、さきほどまでの違和感は消えてなくなり、相棒という言葉を思い浮かべたことすら忘れてしまう。
体を起こしパンと一度頬を打つ。
見慣れた寮の一室、そこに不思議な点は何一つとしてない。
夢でも見ていたのだろうか? 全てがおぼろげで何かをしていたはずなのだが、何をしていたのかわからない。思い出した瞬間記憶が抜け、その隙間はすぐに消えていく。軽い記憶喪失の気分だ。
プラモデルやマンガ、ゲームに囲まれた自室を抜け、台所というにはあまりにも狭い一人用のキッチンでやかんに火をつける。
一瞬で青い炎が上がると、なぜか俺は驚いた。
「うぉ、火がついた……やっぱ”魔法”より科学の方が便利……」
まただ、何か思いついては忘れていく。今のはコンロに火をつけたのだから火がつくのは当たり前のはずなのだ。だが、なぜか一瞬で火がつくことに驚き、”なにか”と比較した。
その何かは既に忘れ去られており、俺の中によくわからないもやもやが残るだけだ。
「なんだろ疲れてんのかな……」
俺は洗面所に入って、自身の顔を見てさらに驚く。
「えっ!? 俺こんな顔だっけ?」
のび太がワープ進化して世紀末英雄伝健史郎になったような、それは少し言い過ぎだが、少し前まで一筆描きで描けるような顔だったのに、今は陰影がはっきりし原哲〇マンガに出てくるキャラみたいだ。
不幸中の幸いはジャキ様やアベマみたいな悪役面ではないところだろう。
「嘘だろ、外に出た瞬間モヒカンが襲ってくるとかないだろうな……」
変に日焼けもしており、常に学校と寮とゲーセン程度しか行かないのに日焼けなんてするわけがない。
服を脱いでみると更に違和感は強くなる。
張りのある上半身の筋肉に、いたるところに生傷。右手には酷い火傷跡があり、恐らくもう治ることはないだろう。
腹にもなにか大きな刃物が刺さったような跡がある。
「えっ? いや、えっ? なにこれ背中、誰かに斬られたの?」
背中には斜めに入った大きな切り傷があり、明らかに包丁程度ではない長物の傷だ。まだ赤黒くなっていて傷は完治していない。
昔傷のある男がかっこいいみたいなことを聞いたことがあるが、いささかこの傷はやりすぎだろう。自分でもちょっと引いてしまう。
触っても特に痛みはないのだが、傷や自身の変化に戸惑う。
ラ〇ザップでもこんな劇的な変化はしないだろう。
更に右腕には金属製のブレスレット、首には淡いブルーに光る石がはめこまれたネックレスを身に着けている。
いつから俺はこんなチャラ男になったのか。
これではまるでどこぞのNTRキャラではないか。
筋肉質、日焼け、アクセサリだけで考える俺の安易なウェーイ系に当てはまってしまう。試しにあくどい顔をしてみたが、どこぞの凡骨デュエリストの顔芸みたいになって違うなと判断した。
「なんだこれ、目を覚ましたら傷だらけの軽いマッチョになってたんだが」
ほんとに世紀末英雄伝の世界で、救世主と呼ばれていたのではないだろうか。いや俺がそんな美味しい役をできるわけがない。せいぜい水を求める干からびた一般人だろう。
幸い腹に七つの傷はない。
鏡を見て、なんじゃこりゃと驚いていると、自室から目覚まし時計が鳴り響く。
時間を確認すると、のろのろと準備している暇はなさそうだった。
俺はパンをお茶で飲み下す。
「やっぱクロエのパンが一番うま……クロエ?」
誰だそれ? と首を傾げ、今日なんかおかしいと思いつつも、制服に着替え学生鞄を持って急いで寮の外に出る。
寮から約5分の位置にある 私立赤城岳高校と書かれた校門をくぐり抜ける。
時間ギリギリでも間に合うのは寮の良いところだろう。
しかし近年の少子化と入寮者の減少により、この男子寮も近く廃寮が決まっており、次の住居を探さなければならない。
早くに親を亡くしている身としてはなかなかに厳しい世の中だ。
学力普通、校風自由と特に一般的な高校となんらかわりないが、水泳部だけはそこそこ強いらしく、いつでも入れる温水プールの設備があり、寒くなってきている時世でも体育の授業は水泳に割り当てられてたりする。
しかしその恩恵を受けられるのは女子だけで、男子は外でサッカーと、生まれながらの性による不平等さを感じつつも、適度に愚痴を漏らしながらも、はりきった体育教師のシュートを受け入れている辺り、既に飼いならされてる気がしてならない。
社会に出たときにはさぞかし立派な飼い犬となり、会社の為に走り続ける犬ゾリみたいになって偉い人を喜ばせるに違いないだろう。
学生たちはいそいそとチャイムが鳴る前に校門をくぐり、朝練終わりの学生たちが昇降口に吸い込まれていく。
多分にもれず俺も普通の学生として朝早い学校のワンシーンの背景役と化す
いつもとなんらかわりのない通学風景なのだが、この引っかかる感じは一体なんなのか。
小走りになりながら校門をくぐると後ろから声がかかる。
「お前、梶か?」
振り返ると、そこには眼鏡をかけ軽い天パで毛先がカールした愛称エロ眼鏡の、認めたくはないが俺の親友のカテゴリーに入る友人、茂木剣が俺の姿を見て驚いている。
「おぉ、もっさん。なんかすげー久しぶりにあった気がする」
「久しぶりってか、お前二日も学校休んでどうしたんだよ。寮のおばさん怒ってたぞ。夕飯いらないなら言えって」
「二日? 俺休んでたのか?」
「どうした大丈夫かよ。それよりお前何があったらそんな姿になるんだ。完全に顔の作画かわってるじゃねーか」
「作画言うな」
「それいけパンパンマンみたいなキャラが、いきなり眉毛極太のゴノレゴみたいになってたらびびるだろ。作画修正どころの話じゃなくてキャラかわってるじゃねーか。一体何があったんだよ」
パンパンマンにいきなりゴノレゴ出てきたら母親からのクレームは凄そうだ。
バイキン倒すのにデザートイーグル使ってたら、さすがにちびっこも引くだろう。
「いや、それが俺にもよくわかんなくて、朝起きたらこんな感じに」
「フリーザー様第二形態かよ」
「あんな頭伸びてないわ」
「それ第三形態だからな」
なぜかこんなくだらない会話にひどく安心感を覚えている自分がいる。
俺たちが教室に入ると、全員が目を丸くしている。
いつもは話題にも上がらない男子であることは間違いないが、いきなり顔つきが大幅に変わって登校してきたら誰もが驚くだろう。
「えぇえっ!! 梶君、なんか顔つきかわってるじゃない!?」
教室に入った早々、今時珍しいウルトラママのような、鋭い角度の眼鏡を装着した女子、通称ザマス姉さんが俺の顔を見て素っ頓狂な声を上げる。
「うん、なんかわかんないけど、朝起きたらこうなってた」
としか言いようがない。
「そ、そうなんだ、成長期だからかしら」
そんなわけないのだが、成長期って便利な言葉だから今度から使わせてもらおう。
ザマス姉さんは「不思議なこともあるものねぇ、でもワイルドなのって素敵よ。ヨホホホホ」と、光る眼鏡のつるを持ち上げながら動揺していた。
彼女だけでなく、大体クラスの連中は同じ反応で、産まれてこの方、注目されたことがない身としてはいささか居心地が悪い。
その後担任の剛田岳人(44独身)愛称ゴリ山がやってきてホームルームが始まったが、他の生徒と同様に担任は目を白黒させながら驚いていた。
途中ゴリ山に呼び出されて、二日間の欠席と、大幅にかわった体と傷の多さに話を聞かれるが、俺から話せる言葉なんて何もないに等しい。
「虐待とかそういうわけじゃないんだな?」
「俺親いませんし」
「しかし、その右手の火傷はなんなんだ? つい最近できたようなものでもないし」
「さぁ、俺にもわかんないです……朝起きたらこうなってたとしか」
不可思議な事に、右腕の火傷はどう見ても二日以上前に出来たもので、傷は浅黒い跡となり定着している。
もし仮に俺の変化が休んでいた二日の間に出来上がったものなら、傷の色はもっと赤くなっているはずだろう。
「精密検査とか受けた方がいいんじゃないか?」
「いや、ほんとなんでもないんで。多分成長期なんですよ」
「成長期ってお前……」
ゴリ山は顔をしかめているが、本人が何もないと言っている上にケロッとしているのでそれ以上突っ込みようがなく、しぶしぶ解放された。
「一応親御さんに伝えておくけどいいな?」
「めんどくさくなりそうでやめてほしいんですけど」
「そういうわけにもいかないだろう。言っちゃ悪いが、お前のかわりようは変を通り越しておかしい」
ぐぅの音も出ないほどの正論である。
俺の父と母は早くに離婚し、父親が俺を引き取ったが仕事中の事故で亡くなっている。
母は父の葬式で一度顔を合わせてから、それ以来ずっとあっていない。一応今の親権は母にあるらしいが、再婚した先でうまくやっているようで、俺のことはなかったことにしたいという強い意思をひしひしと感じる。
父が死んでから一緒に暮らすなんて話も全く出ず、現在の生活費も100%父の遺産だ。
物心ついたころには既にいなかった母を俺も母と認めることができなかった。
「お前の家庭の事情は察するが、お前はまだ未成年だからな」
「わかってます」
だが、別に連絡がいったところで母が俺に連絡をとってくることはないだろう。
父が事故で病院に搬送された時も結局来ず、来たのは葬式だけだ。何度か俺のことを考えて父はよりを戻そうとしたみたいだが、それも全て無視している。今更ケガ程度であの人が動くことはないと断言できる。
父が死ぬとき手術室の前で一人不安に押しつぶされそうになっていた。すがる思いで母に連絡をとったが、あの人は結局来なかった。
ただただひたすらに悲しい思いをしただけだった。以降俺はあの人に対してなんの期待も情も抱かなくなった。
父の保険金や遺産についてとやかく言ってこなかったのは、母からの手切れ金と解釈している。
担任との話を切り上げ教室に戻ると、後ろの席の茂木が小声で話しかけてくる。
「お前顔怖い」
「おっ、悪い」
母親の話をされると、つい顔が強張ってしまう。
「あのさ、お前もたいがいおかしいけど、お前だけじゃないんだよ」
「えっ?」
「向こう見てみろ」
言われて茂木の指す方を見ると、そこには机にずっと伏せっぱなしになっている、あれ誰だっけな、クラスの地味な子じゃなくて、百目鬼の姿があった。
「百目鬼がどうかしたのか?」
「伏せててわからねぇけど、胸がおかしい」
「はっ?」
「百目鬼さんって恐らくBからCぐらいの胸だと思っていたんだが、今日見たらおかしなことになってんだよ。ボインボインだ」
「大丈夫もっさん、言ってることの犯罪臭凄いよ?」
それに女子の胸のサイズなんて、それこそ成長期なんだから気づかぬうちにでかくなってることもあるだろう。まして百目鬼は目立たないタイプだから、いちいち胸の大きさなんて。
「安心しろ、俺は女子のカップ数は全て把握している」
なんて恐ろしいやつなんだ。何を安心するかはわからないが、女子にバレたらあだ名がエロ眼鏡から変態(くそ)眼鏡にランクアップすることは間違いないだろう。
「胸なんでかくなることもあるだろ。成長期だし。寄せてあげるやつもあるし」
「いや、そんなちゃっちなレベルじゃない。人の質量ってのは誤魔化せるもんじゃねーんだよ」
なにその無駄にカッコイイ理系みたいなセリフ。
今度寄せてあげるブラ使ってる女子に言ってみよう。
100%殺されるなと思いつつ百目鬼を見やる。
「ん~?」
しばらく百目鬼を見ていると、前からプリントが回ってきて百目鬼は伏せていた上半身を起こす。
するとぱっつんぱっつんになった胸が一瞬見えた。
明らかに制服のサイズがあっておらず、胸のボタンが俺はもう限界だと訴えかけていた。
「確かにおかしいな」
「彼女もお前と同じで二日休んでたんだよ」
「百目鬼も?」
「ああ、そしたらお前は傷だらけになってるし、百目鬼さんは巨乳化している」
「……わけがわからんな」
傷だらけならわりかしシリアス臭がするが、巨乳化と言われた瞬間コメディ臭が凄い。そう思いながら凝視を続けていると、百目鬼はこちらの視線に気づき慌てて机に伏せる。
「今目と目があった。百目鬼は俺のこと好きかもしれない」
「童貞かよ。どっちかっていうと俺の方見てただろ」
「お前も童貞かよ」
「これから恋がおきるかもしれない」
「恋より先に訴訟がおきる」
「酷すぎない?」
「しかし百目鬼って目立たなかったけど、おっぱいつけると凶悪だな」
「なんでもおっぱいつければ大体の男は無力化する」
「おっぱいって言うとホルスタウロスたちだな、あの大きさには驚かされた」
「ホルスタウロス?」
「えっ?」
「いや、今お前が言っただろ?」
「そんなこと言ったか?」
今言ったばかりの言葉を忘れてしまったらしい。この年で更年期障害とか笑えない。
そんな思い出しては忘れるを何度か繰り返しながら、最初の授業を終える。
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今回の章は現実世界へと舞台が移っていますので、全編に渡ってファンタジー関係なくね? というお話が多いです。
開始の12章から現実編完結の18章までに関しては
現実世界編は非常に文章量が多く、滞在する期間が長いのでご注意ください。
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