第12章 現実世界への帰還
第82話 キャラクリ
真っ白い世界の中にぽつんと一人、あぐらをかいて座る影が一つ。
影は自分の姿を確認する。ぼやけた腕に、ノイズのかかった体、まるで全身にモザイクをかけられているようで、はっきりとしない。
ぼやけた影が握っているものは彼がよく見慣れたゲームのコントローラー。
影の前にはコードも何も繋がっていないモニターが一つ。
画面には水槽のようなものに入れられた人間が、ぷかぷかと浮いている姿が映し出されている。
ぼやけた影は思わず食い入るようにモニターを見る。
「俺がいる」
そう呟いた。ぼやけた影の本来の体が、モニターの中にある水槽で人形のように浮いているのだ。
イケメンとはとても言いがたいが、十数年ともに成長してきた体だ、見間違うはずもない。
自身の体を第三者視点で眺めるというのはなんとも不思議な気分で、影は困惑しながらも真っ白な空間の中で唯一介入できるものに手を伸ばす。
見慣れたゲームコントローラーだ。ご丁寧にPONYと製造メーカーのロゴまで入っている。
しかしモニターと同様ケーブルや、ゲーム機本体はどこにもない。
影がコントローラーを操作すると、画面の中の状況がかわり[キャラクターエディターを使用しますか?] と文字が表示される。
影は特に何も考えず[はい]と返答を返す。
すると水槽の中の体が急にアップで映し出され、左側にメニューバーが表示される。
バーの中には顔、髪、眉、目、鼻、耳、口、体格、筋力、財力、ステータスとどこかで見たことあるようなキャラクタークリエイトに必要とされるメニューが詰め込まれていた。
影はふむと頷き、エディターで体をいじくっていく。
凝り始めると何時間でもできてしまうんだよなと思いながら、自分の理想の顔と体を作り上げる。
どれくらい時間が経っただろうか。この場に時計がないので正確な時間はわからないが、少なくとも二時間、三時間くらい影はキャラクタークリエイトで遊んでいたのではないだろうか。
途中ゴリラみたいになったり、前から見ると美少年だが、横から見るとパンパンマンみたいになったりしてバランスにかなり気を使っている。
そしてようやく出来上がったのが、端整な顔立ちをした小柄な美少年である。
身長だけでなく、年齢設定もいじくれたので年齢を今より少し下げて中学生くらいにし、サラサラの艶やかな髪に、色の白い肌、青みがかかった瞳にしなやかな体躯の、正しく美少年と呼ぶにふさわしいキャラクターが出来上がる。
「うん、満足した」
キャラクターの出来栄えに大きく頷き、元の冴えないオタク臭溢れる姿は見る影もない。
キャラクターのビジュアルに満足すると、今度は財力や才能の値をいじろうとする。
梶 勇咲 ステータス
残VP3600
筋力D ===
敏捷D ===
技量D ===
体力D ===
魔力F =
財力D ===
信仰F =
自身のパラメーターを見て、影は口元を押さえる。
「私のステータス低すぎない?」
どこぞの広告みたいに驚いて、影はパラメーターをいじる。
残VP-12400
筋力S =======
敏捷S =======
技量S =======
体力S =======
魔力S =======
財力S =======
信仰S =======
「これでどうだ」
全てのステータスをマックスにまでいじってやった。
正しくチートクラスの能力であり、影はここでもしやと気づく。
「これ、異世界をチート能力で無双するアレや!!」
今流行ってる奴である。
これはきたな。ようやく時代が自分に追いついてきなと、不敵な笑みを浮かべる。
これで異世界に行けばゴブリンなんぞ片手、いや指先一つでダウンさせることも可能である。
リアル世紀末救世主である。
どこぞの野球ゲーであればニチロークラスの化け物が出来上がってしまった。
「むっ?」
影はあることに気づく、表示された才能のパラメーターを伸ばすと時間をかけていじったキャラクターがどんどん元のフツメン(自称)の少年に戻っていくのだ。
おかしいと思いパラメーターを元のほぼオールDに戻すと、美少年に戻った。
「全てのパラメーターを伸ばすのは無理なのか?」
首を傾げながらパラメーターをいじっていると、画面下部にVPが足りませんとエラーメッセージらしきものが出ていることに気づいた。
「VP?」
なんだそれ? と思ったが、画面上部に残VP-12400とだけ表示されている。どうやらこの美少年キャラクターを作り上げる過程ですべて使い切ってしまったらしい。
エディットの画面でキャラクターをいじったりステータスを上げれば上げるほどVPが減る。
逆に元のフツメン(自称)に戻し、ステータスを下げるとVPが増えていくのがわかった。
しかし影はこの美少年キャラクターが気に入っており、僕が考えた最強のキャラクターをそう簡単に壊したくはなかった。
ステータスの欄はデフォルトステータスのままのようなので、恐らく今の自分より下がることはないのだろうと思い、普段憧れていた魔力と敏捷辺りに少しだけ割り振ってVPがマイナスにならないように調整して次に進むことにした。
残VP100
筋力D ===
敏捷B =====
技量C ====
体力D ===
魔力B =====
財力D ===
信仰F =
なんとも微妙なステータスになったものだと思う。
通常ゲームなら特化型が強いとわかっているのだが、特化にしようと思えば真っ先にステータスの低い魔力を切らなければならないので、結果どっちつかずな微妙なキャラが出来上がってしまった。
それから血液型や、両親を選択するなんてものもあったが、それらは全てスキップし最後の項目に移る。
そこには彼女の有無と表記されており、デフォルトは無しとなっている。
彼女まで決められるのか? と驚き、一応有を選択するとどうなるのだろうかと思い、有を選択してみる。
するとアルバムのようなものが展開され、様々な女性の写真がずらりと並び、カーソルが写真の上を動いている。
この中から決めろってことかと理解し、影は女性の写真を一つ一つ眺めていく。
活発系から清楚系など、そこそこ種類は豊富である。
写真を眺めているとあることに気づいた。
この写真に写っている人物のほとんどが自分の知り合いであることに。
小学校や中学校、高校のクラスメイト、近所のお姉さんに、おばさんまで入っている。
しかし知らない人は一人も入っていない。
また知っていればなんでもいいのか、関わり合いのない芸能人やアイドルの写真も並んでいて驚く。
しかし残念ながら、この影は芸能人やアイドルには全く興味がなく、写真と名前を見たところで、これがどのグループのどのアイドルなのかさえわからなかった。
影の知っている女性なんてたかだか数が知れており、大して時間もかからずすべてを見終わってしまう。
そこで一つ疑問が浮かぶ、影の知り合いがこの写真欄に並ぶなら、なぜウチの******の連中は写ってないのか?
そう思うと、小さな頭痛がする。
「今なんて?」
あやふやになった部分が思い出せない。何かに疑問を持ったはずなのに、もやがかかってその部分がわからない。
頭痛から逃げるように考えることをやめる。
こんなことならもっと外に出て、交友関係を広めておくべきだったと思う影だが、クラスメイトを彼女として選べるのは面白いと思い、再び現在の学校の女子一覧へと戻ってくる。
クラスで一番かわいいのは誰だろうか? 彼女になってくれるなら誰がいいだろうかと考えるのも楽しかった。
ふとよく見ると写真には必要VPと書かれており、影が可愛い、美人だと思う人物ほど必要VPが多くなっていた。
「一条は可愛いな……」
前に友人と女子で誰が可愛いかと話していた時に影はこの少女の名前をあげた。するとえらく好みがわかれるのか、他数名の友人から同意は得られなかった。
写真に写る一条と名前が書かれた少女は目つきが険しく三白眼で、正直一般受けする顔立ちではなかったが、影はこの目がたまらなく好きだった。
「必要VP10000か」
一度キャラクタークリエイトの画面に戻して、自分のキャラを全て元に戻して所持VPを確認してみる。
「合計9700VPか……全部戻しても一条とは付き合えないんだな……」
ゲームでも世知辛さを感じながら、キャラクターを元の美少年に戻す。
残りVPは100であり、100ポイントで付き合ってくれる女性は一人もいなかった。
「近所のおばちゃんでも150VPだもんな……やっぱり一条の10000が最高か?」
そう思いながら写真を漁っていると、目を引く人物が一人、クラスのギャル子こと白銀揚羽だった。
大人しめの女子が多い中、染色した派手な髪に着崩した制服からは胸の谷間が見えており、クラスでは存在するだけでエロイなどと言われていた。
写真もこいつだけ何故かWピースをしており、言っちゃ悪いが頭の悪さがにじみ出ていた。
「クラスの派手系な奴らが並んでるな……白銀、黒川、結城、川島」
影のクラスメイトの派手系女子たちである。
クラスでひっそりとしているフツメン(自称)とは一生関わり合いにならないタイプのグループであり、恐らくこれからも関わり合いになることはないだろう。
「こいつら意外と必要VP高いな……」
確かにクラスの派手系連中たち、見た目だけは良いと思っていた。
平均必要VPが8000~9000と高額で白銀に至っては10100と一条を越していることに気づいた。
確かに見た目だけならそんじょそこらのアイドルより上だと思っていたが……。
まぁ……こいつらはないなと影は苦笑いしながらコントローラーを動かす。すると操作を誤って決定ボタンを押してしまったのだった。
影は慌ててキャンセルボタンを連打するが、画面は彼女を[----]で決定しましたと表示され元に戻らない。
影は首を傾げながらいろいろボタンを押してみるが画面の反応はない。
モニターを小突いてみるが、結果は同じだ。
フリーズとかマジかと思っていると、唐突に画面が動き出した。
今度は[彼女をくぁwせdrftgyふじこlp;で決定しました]と表示されている。
名前の欄がぐちゃぐちゃになっており、ちゃんと表示されていない。
これは完璧にバグってるなと思いキャンセルボタンを連打するが、勝手に画面が進み[この設定で決定してよろしいですか? はいorいいえ]と最終確認のポップアップが上がってきている。
影はキャンセルボタンや方向キーを押してみるが、全く反応がなく。仕方なく決定ボタンを押すと
[あなたのレベルでは、このステータスでゲームを始めることができません]と返って来た。
影はえーっと愚痴を漏らしながら、表示された自身のステータスを確認していく。
といっても大きく変わったのは自身の見た目だけであり、それ以外のステータスは以前とさしてかわらない。
しかし影の嫌な予感は当たり、彼女の欄に[彼女有 くぁwせdrftgyふじこlp;]と記入されている。
「絶対これ彼女のところがバグってるからだろ……」
なんとかやり直しをしたいところだが、画面はキャンセルを受け付けない。
仕方なく決定ボタンを押すと[デフォルトのキャラクターでゲームを開始しますがよろしいですか?]と返答が返って来る。
「今までの時間は一体何だったのか」
結局画面に映し出されているのは、美少年姿ではなく元に戻ったいつも見慣れた自分の姿である。
なんだか頑張ってレベル上げしたにも関わらず、唐突なバグで全てが台無しになった気分である。
やはりチートで無双する世界には行けないかと、半ばわかっていたことだが肩を落としつつも決定ボタンを押すと[設定を保存しますか?]と返って来る。
はいはい、もうなんでもOKですよと、若干ふてくされながらよく確認せずOKを返す。
[設定を保存しました]とレスポンスが返ってくるが、一体何の設定を保存したのか。
影は腕を組んで唸るが、考えたところで判断材料がないのでわかりはしない。
頼みのコントローラーも何を押しても反応はない。
やがて目の前にあったモニターがうっすらと透けていくと、影も自身の体が徐々に透けていくことに気づいた。
最後に消えかかったモニターには The bigining of your new life と見えた。
「新たな人生を……か」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます