第74話 大国の影
勇咲たちがキサラギと接触しているとき、レイランたちは別の場所で盗賊団を縛り上げていた。
本来襲う予定だった商会の輸送馬車が既に襲われた後で、このままタダで帰るわけにはいかないと、盗賊団の追跡を行ったのだった。
盗賊団はアジトらしき港近くの倉庫に荷物を運びこんでおり、レイランたちはそこを押さえたのだった
「ソウネ、縛り上げて全員ラインハルト城送りネ」
レイランは青龍刀を肩に担ぎながら、黒龍隊たちに指示を送っていた。
そこに盗賊を縛り終えたリリィがやってくる。
「レイニャン嬉しそうにゃ」
「悪を滅ぼすことは喜びネ。マディソンでは不甲斐ない真似をした、汚名挽回ネ」
「それを言うなら汚名返上にゃ。それとは別に、この大量の水結晶と鉱石、カカオはなんにゃ?」
盗賊団のアジトを襲撃すると、強奪された金品よりもはるかに多い非活性状態の水結晶と見慣れない黒い鉱石、カカオ豆が倉庫の中に山積みされていたのだった。
「水結晶と鉱石はまだわかるけど、カカオは全く意味不明ネ。船に乗せようとしてたから外交品であることは間違いないと思うけどネ」
「チョコ好きの友達でもいるのかにゃ」
盗賊団の縛り上げが終わったロベルトが、葉巻を咥えながら二人に合流する。
「あっ、爺ちゃん」
「久しぶりに剣なんか使ったから関節がきしむぜ。あらかた捕まえたが、まだ肝心のリーダーがいねぇな。下っ端共は情報渡されてねぇみてぇだし、リーダーを捕まえないと話に……」
話している途中で、ロベルトの目が黒い鉱石に止まる。
「こいつは……」
「爺ちゃんこれ何か知ってるかにゃ?」
「こりゃジオストーンだ。意思を持った金属(メタルシェル)とも呼ばれていて、大昔に使われていた武器の形状が変化して、今はただの石ころみたいな形になっているが、衝撃に反応して元の武器に戻る形状記憶合金みたいな、かわった石だ」
「じゃあ奴らは武器を作るのが目的ネ?」
「いや、ジオストーンってのはただ単純に衝撃を与えればいいってものでもねぇ。石の解析をして、どんな衝撃を与えたら元の姿に戻るか研究が必要だ。これだけ大量のジオストーンを元の形に戻そうと思ったら百年あっても時間が足りねぇ。それに加工には大量の火結晶も必要になる」
「でもここにあるのは火結晶じゃなくて水結晶にゃ」
「さっぱりわからんネ。これ貰ってよろしか?」
「いいんじゃねぇか? 盗まれた金品はラインハルト城に預けるとしても、このジオストーンや水結晶はまず間違いなく裏ルートもんだ。絶対落とし主なんか現れねぇ」
「一応ラインハルト城に報告だけして、ウチで保管ってことでいいんじゃないかにゃ? 落とし主現れなかったら貰っていいって法律あったにゃ?」
「ひと月だな。城もわけわかんねぇもん持ってくんじゃねーって怒るだろうし、それでいいだろ」
「そうアルね。カカオってほうっておくと腐るカ?」
「腐りはしねーと思うがカビは生えるんじゃねーか?」
「じゃあとりあえず、全部運びだすネ」
三人がどうやって運び出すか検討していると、ジオストーンの影に隠れていたスキンヘッドの男が突如剣を振り上げて襲い掛かって来た。
「死ねぇっ!」
あまりにも唐突に出てきた為、ロベルトは驚いて右腕のマシンガンを撃ち鳴らす。
男は肩と脚を被弾し、転倒する。
「しまった撃っちまった」
「大丈夫、死んでないにゃ。こいつ多分盗賊団のリーダーにゃ。こいつからこの物資の目的を聞きだす必要があるにゃ」
リリィがスキンヘッドの男を起こそうとして固まる。
「に゛ゃ!?」
「どうした? なっ!?」
三人は男の顔を見て絶句する。
うつぶせになった男を起こすと、男には顔の目や鼻のパーツがなく、つるんとした卵のような頭があるだけだ。
「にゃにゃにゃ!? さっきまで顔あったにゃ! なんで顔がなくなってるにゃ!」
それにはスキンヘッドの男も自身の顔を触って驚いているようだが、口がないので声が出ていない。
「何かの魔法か!?」
「そいつやばいネ! 離れるよろし!」
レイランがリリィの襟首をひっつかんで、めいいっぱいの力で後ろに放り投げると、顔無し男は声にならない声を上げ、唐突に爆発四散する。
まるで内側に爆弾でも仕掛けられていたかのような爆発は、トマトジュースを満載した袋を爆発させたように血液をぶちまけ、男の体を木端微塵に吹き飛ばた。残ったのは放射線状に飛散した男の血だけだった。
「な、なんだったんだ今のは……」
「ワタシたちを殺す為の爆発じゃないネ。爆発が小さすぎる」
「盗賊団の取引相手が魔法をかけていて、捕まったら爆発するようにしてたのかにゃ」
「それが一番可能性高いネ」
「口封じか」
「とりあえず王に報告にゃ」
三人は物資を回収し、王城へと戻るのだった。
物資の搬入を見ながら、俺はレイランたちから報告を受けていた。
「いきなりパンってはじけたヨ」
「俺達がマディソンの街で見たカルロスの処刑方法と同じだな」
「死んだのは盗賊団のリーダーっぽかったにゃ」
「背後関係にあるナルシストのことを喋らないように、口止めしようとしたことは間違いないと思うが、既に俺達とやりあった盗賊団が白状したからな」
「所詮は盗賊団程度の口の硬さネ」
「全員に口止めの術を施さなかったのが悪いにゃ」
話をしているとディーを乗せた馬車が久々に城へと帰って来た。
「なんですか、この物資の山は?」
ディーは馬車を降りて次々に搬入されていく物資を見やる。
俺達は今まであった経緯を話す。
するとディーは目を丸くする。
「少し離れているだけでそんなことに……それで、盗賊団はどうなったのです? かなりの規模だったと思いますが」
「全部倒してラインハルト城に引き渡した」
「倒した!? あの盗賊団は規模もさることながら、強さも一つ頭飛びぬけていて、ラインハルト城も手を焼くほどだったんですよ!?」
「うん、一日で」
「一日!?」
「わりかし余裕だったネ」
「まさか襲ってる最中に襲ってくるとは思わなかったんだろうな」
「それでこの物資が?」
「そう、盗賊団のアジトにあった。用途不明のジオストーンに水結晶が千個くらい? それに謎を呼ぶカカオが1ツァン分くらいネ」
「俺もバート商会から安値でジオストーンとカカオを引き取った」
「し、信じられないことしますね」
「多分ディーがいればもっと早かったよな?」
「間違いないネ」
「他に何かかわったことは?」
「ハゲの顔がなくなって爆発したにゃ」
「はっ?」
倉庫であった話を伝えると、ディーは顎に手を当てて考える。
「恐らく高位の呪術師の可能性がありますね。遠隔で条件付きの爆発を巻き起こすのなら最低でもSクラス以上の使い手でしょう。恐らく相当ナルシス王は焦っているはずです。これだけの外交物資を奪われたとなると、戦っている同盟軍よりも取引予定だった相手が気になってしょうがないはずです」
「これの取引相手って誰なんだろうな」
俺は運び込まれるジオストーンを見やる。
「これだけの希少金属が必要になり、尚且つ加工できる国となると限られてきます。恐らく赤月、ドロテア、聖十字騎士団、椿のいずれかでしょう」
「大国ばっかじゃん」
「はい、しかし椿は現在財政難ですし、カカオは南でも取れるのでドロテアの線はありません」
「となると赤月か聖十字騎士団か」
「はい、しかし北は雪国ですから氷結晶に不自由することがありません。氷を溶かして水にすればいいだけですから」
「じゃあ」
「はい、消去法ですが西の聖十字騎士団が取引相手に該当します」
たった三つの物資で、取引相手を絞り込むとはさすがディー有能。
「聖十字騎士団って教会関係の大国にゃ」
「あんな小物王の後ろにえぐいのがついてるネ」
「じゃあ俺達もしかして聖十字騎士団を怒らせた?」
「いえ、そうとは限りません。聖十字騎士団とナルシス王が対等であるとは限らないからです」
「どういうことにゃ?」
「この物資は恐らく聖十字騎士団に贈られるものだったのでしょう。これを貢物とするかわりに、周辺での野盗行為を見逃してもらっていた。もしくは聖十字騎士団を笠に着ることを許可されていた可能性があります」
「聖十字騎士団って教会本部と繋がってる組織でしょ? そんなせこいことするのかしら?」
フレイアは以前呪いを解くために教会本部を訪れたことがあるらしいので、表面上は悪い組織に見えなかったのだろう。その疑問にソフィーが答える。
「えっ、教会って中身結構ドロドロですよ? 多分教会で神を信じてるのって末端の司祭様くらいじゃないでしょうか。大司教様(うえ)は神を信じてないので奇跡(ヒール)使えませんし」
「嘘だろ、教会終わってんな」
てか、そんなやばい事実ポロっと話してしまっていいのか。
「あたしそんなところに助けを求めにいってたのね……」
「ということはだ、この物資を逆手にナルシストを追い詰めることができるわけだ」
「どういうことネ?」
「あいつは是が非でもこの物資を取り返したい。いや取り返さなきゃいけないわけだ。つまり、この物資をチラつかせればあいつらは俺の宣戦布告を受けざるをえなくなる」
「なるほどね」
「補給路は絶ったし、後は同盟軍の残党がどの程度持つかだ」
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