第73話 バート商会

 俺達はボインスキーから聞き出した、ナルシス軍の補給を兼ねている商会の順路にて待ち伏せを行っていた。

 補給路は二つルートがあり、俺を中心にした隊と、レイランをリーダーにした二部隊に分け、俺は森側ルート、レイランは海側の補給ルートにて機を伺っていた。


 月のない夜、少数精鋭で馬車が通りかかるのを暗い茂みの中で息をひそめながら待ち受ける。


「なんかこっちから襲うってドキドキするね」


 オリオンは少し興奮しているようで、馬車を今か今かと待ちわびている。


「人は傷つけるなよ。狙うのはナルシス軍の物資だ。今ナルシス軍は同盟軍の残党狩りで俺達には宣戦布告できない。補給を行っているのはナルシスの息がかかった商会の人間で戦争とは無関係。なら俺たちは奴らを襲うことができる」

「咲、悪い奴だね」

「狡猾と言え。あんな悪趣味な殺し方をする奴らに手段をとやかく言われる筋合いはない」


 俺の脳裏にマキシマムと百目鬼が見ている前で、カルロスが殺されたシーンが思いだされる。

 あまりにも残酷で、無残な殺し方にハラワタが煮える思いだ。

 絶対に奴を英雄なんてものにさせない。必ず引きずりおろしてやる。

 その為にはなんだってやる。

 綺麗な手のままで勝ち残れないなら、例えこの手を汚したとしても。


「やってやるさ」


 ギリッと奥歯を噛みしめると、暗がりからパッカパッカと馬車の音が鳴り響いてきて、ランタンの淡い明かりがぼんやりと見える。

 馬車の数は六台と多い。そのわりに警備兵らしき人物は見えるだけで六人程、恐らく全て合わせても十人程度ではないだろうか。


「よし、バート商会の馬車だ。ここを通り過ぎたら行くぞ」

「了解」


 俺達が息をひそめてじっと待っていると、突如馬のいななき声が聞こえ、男の悲鳴があがる。


「なんだ? 何がおきてる?」


 ランタンの光が大きく揺れ、複数の影が馬車を取り囲んでいる。俺達ではない誰かに襲われている様子だった。


「嘘だろ、先こされてるじゃん!」


 俺達より先に目をつけていた連中がいたらしく、一歩先に襲撃をかけられてしまったようだ。


「くっそ、誰だよ!」

「身なりからして野盗っぽいよ」

「野盗とかクズかよ!」

「どの口が言ってんのよ」


 フレイアの呆れ声を無視して、俺は立ち上がる。


「咲、どうするの?」

「しかたねぇ、助けてから考える!」

「なんかあべこべになってきたわね」


 俺達は急いで駆けつけるが、既に護衛兵は殺されており商会の人間は逃げ出したのか姿は見えない。

 野盗たちは積荷を運び出そうとしている最中だった。


「へっへっへ、大量大量。少しくらいちょろまかしてもわからねぇだろ」

「ちがいねぇ。御頭もあのガキの小間使いにされて内心イライラしてるからな」


 大男たちが金品を懐に詰め、酒樽を転がしていく。

 その様子を縛られた商会の女性がキッと睨み付ける。


「おーおー、怖い怖い。お姉ちゃんは後で俺達と楽しいことしましょうね。ガハハハハハ」


 大男は高笑いをするが、その声は突如うめき声にかわり、そのまま前のめりに倒れた。

 その後ろにはローブを羽織ったビキニ姿の女戦士が一人。


「なんだテメーは!?」

「うるせー、こっちの予定無茶苦茶にしてくれやがって!」


 俺は怒鳴りながら盗賊団に足蹴りをいれる。

 後ろに控えていたフレイアとアマゾネスが魔法と矢を放ち、オリオンとエーリカが走り込み野盗を次々と殴り倒していく。

 完全なる私怨で野盗取り押さえていく。

 全く正義感などが介在していないところが恐ろしい。

 あっというまに野盗全てを取り押さえ、全員を捕縛する。


「これで全部か?」

「多分、まだ一番後ろの馬車見てないけど」

「見てくる」


 俺はサーベル片手に最後尾の馬車に乗り込むと、突如怒鳴り声が上がる。


「近づくんじゃねぇ! さもなければこの女を殺すぞ!」


 大柄な男は恥ずかしげもなく女性の首元にナイフをつきつけていた。


「まだ残ってたのか。やられ役の定型文みたいなセリフ吐きやがって」

「近づくんじゃねー! ぶっ殺すぞ!」

「や、やれるもんならやってみやがれ! そんなちんけなナイフで、この大商人キサラギ・バートがやれるんだったらな!」


 捕まっているターバンを巻いた踊り子みたいな女性は、全く怯えることなく盗賊に啖呵を切って見せる。

 しかし、その脚はガクガクと震えており、明らかに表面上威勢よく見せているだけだった。


「うるせー黙ってやがれ! こんなことバレたら俺達全員の首が飛ぶんだよ!」

「ほー、それは誰にバレたらダメなんだ?」

「いうわけねーだろボケが! 下がれ下がれ! テメーらこそ、どこの回しもんだ! 畜生安全だって言うから襲いにきたってのに、全然話が違うじゃねーか!」


 どうやらこいつらはただの野盗ではなく背後に誰かがついているようだ。


「俺達はこのへんで野盗が出ると聞いて、お前らみたいな奴らを逆に狩りに来た王だ」


 実は野盗が襲わなければ俺達が襲ってました。なんて口が裂けても言えないので、適当に嘘を並べることにした。


「くっそぉ、あのクソガキの勢力外の王が来てるじゃねーか……」

「勢力外ってことは、お前らの雇い主も王か」

「うるせー、それ以上詮索するんじゃねー! こいつをぶっ殺すぞ!」


 大男のナイフが女性の薄皮を斬り、首筋から血が流れる。


「ひっ……」


 女性は一気に涙目になり、脚をガクガクと震わせる。


「ああそうだ、お前らに渡したいものがあるんだ。ちょっと待ってくれ」

「な、なんだ」

「気に入るかはわからないが」


 俺はごそごそとポケットをまさぐり、まるでボールでも投げるかのような気安い動作で、大男の顔面めがけてナイフを投げつける。

 あまりにも唐突な動きに男は対処できず、咄嗟に顔をそらすが耳を切り裂かれ痛みに人質を放してしまう。


「うぉおっ!? このガキ、なめた真似を!」


 俺はフラッシュムーブを使い、背面に回り込む。

 だが、少し背後とはずれた位置に自分を転送してしまう。


「チッ、やっぱりずれるな」


 最近フラッシュムーブの弱点がわかってきたのだ。

 自身を転送する座標位置が、近ければ近いほどずれが出る。

 背面に回り込みたかったのに、馬車の窓際まで位置がずれこんでしまっている。


「どこに行きやがった!?」


 俺を見失って大きく右に左に首を振る大男。

 こんな頭の悪い奴なら助かるのだが、実力が遙かに上の敵に相対したら、このズレは死活問題になりそうだ。

 俺は大男の後頭部を握り込むと、スタンボルトで電流を流し込み失神させる。


「あばばばばば!」


 男は膝をつき、そのまま前のめりに倒れた。


「だいじょぶか?」


 動かなくなった野盗の男を無視して、俺はガクブルしている女性に手を貸す。


「あ、ありがとよ……」

「大丈夫か、なんかすげー顔赤いけど」

「えっ、ちょ、ちょっと待て!」


 女性はすぐさま手鏡を取り出し、自分の顔色を確認すると、鼻から下を透けたベールで覆う。

 透けてるからあんまり意味ないんだがと思ったが、言わないでおこう。


「オ、オレはキサラギ・バート。バート商会のもんだ」

「俺は梶勇咲、近くの王だ。バートって、もしかしてバート創業者の?」

「ああ、バート商会創業者、ミシマ・バートはオレの親父だ」

「そうか、まさかバート家の人間が乗り込んでるとはな」

「あの、その、なんだ、助けてもらった礼をしたいから、バート商会(ウチ)に来いよ」

「すまない、わけあって時間がとれないんだ」

「そ、そっか、残念だな」


 目に見えて肩を落とすキサラギに少し罪悪感を感じる。


「今やってることが片付いたら顔だしに行くよ。バート商会には顔出しておきたかったし」

「ぜひ頼む!」


 くわっと食い入るように顔を近づけてくるキサラギに圧倒される。


「なんでバート家の人間が直接乗り込んでたんだ? 輸送業なんて下請けとかにやらせてるんじゃないのか?」

「警備を依頼する予定だった王から急にキャンセルが入って、でかい商談だから少しでも頭数いた方がいいかなと思ったんだ。逆に捕まっちまったけど……」

「野盗って結構出るのか?」

「そこそこの頻度で出てくる。いつもはナルシスチャリオットに護衛を任せてるんだが、奴ら盗賊団は毎回護衛がないときに襲ってくるんだよ」

「…………積荷は何を?」

「ナルシス軍への補給物資と、頼まれていた物資だ。これが奪われてしまったら、バート商会が補填しなけりゃいけなかったから本当に助かったぜ」


 やり口がマディソンでの自作自演と似てるな……。


「……おい、気絶したふりしてるお前」


 俺はじりじりと匍匐前進しながら逃げようとしている盗賊の股間を踏みつける。


「お前らの雇い主ナルシストだろ」

「へへ、バカ言っちゃいけないぜ。俺達盗賊団に後ろ盾なんてねー」

「なら、この家紋が入ったナイフはなんだ」

「はっ? 俺達はそんな足のつくような武器なんか使ってねぇ。大体あんな悪趣味な薔薇がついた武器なんて誰が使うんだ」

「俺は家紋としか言ってないのに、なんで薔薇が出て来たんだ」

「…………そんなこと言ったかぁ? しらねーな」


 俺は男の股間を更に強く踏みつけた。

 ぐにゃりとする感触が最高にキモイ。


「いででででででで、テメー潰す気か! ああそうだよめんどくせぇ、俺たちゃナルシス王に雇われた盗賊団だよ!」

「やっぱりか。あいつ仲のいい商会を盗賊団に襲わせてたのか」

「俺達はあいつに手数料を払うことで、商会の輸送ルートと警備の薄い日程を教えてもらってたんだよ。だけど、最近はこの馬車のこの物を盗めなんて指定までしてきやがって、段々めんどくさくなってきたところだ。手数料も最初は少しだったのに、今じゃ盗んだものを一旦野郎に全部渡して、自分で良いものを抜き取ってから俺達に戻してきやがる」


 クソ野郎じゃねーか。


「お前たち、まさかジオストーンを盗む気だったんじゃないのか!?」


 キサラギが血相をかえて問い詰める。


「知らねーよ。俺たちゃ大量に運ばれてくる鉱石とカカオを盗めって言われてたんだよ」

「鉱石はジオストーンしか運んでない! 取引物を盗む気だったなんて信じられない!」

「ジオストーンってそんなに高いのか?」

「今日運んでいるジオストーンだけで、約2000万ベスタ、金貨2000枚以上の大取引だったんだよ!」

「にしては警備は薄かったんだな」

「ナルシス王に断られたから、別の王に頼む予定だったけど、それもキャンセルされたからな。納期もあるから遅れるわけにもいかねーんだよ……。今思えばナルシス王から圧力がかかったのかもしれない」

「とことん汚い奴だな。てことはナルシストの野郎ジオストーンをタダで手に入れた上に、商会から金までせびろうとしてたわけか」


 欲をかきすぎたな。


「なんて意地汚い王なんだ。前々からオレはあの男は胡散臭いと思っていたんだよ! それを先代からの約束が~なんて律儀に守るからこういう目にあうんだ!」


 キサラギはカンカンに怒りたおしていた。

 そりゃ取引物を盗まれたら怒るだろうし、自分の身の安全も危うかったしな。


「キサラギ、頼みがあるんだが」

「なんだ?」

「このジオストーン、恐らくあいつにとって相当重要なものだと思う。でも、バート商会は商人だから、あいつが売ってくれって言ったら売らざるをえないだろう?」

「オレ個人としては、もう客としては認めてねーけど、親父はもしかしたら売るかもしんねー。先代には恩があるみたいだし」

「俺達にこの積荷全部売ってくれ」

「全部……か?」

「ああ、全部だ」


 俺は事の経緯をキサラギに全て伝える。

 今巷でナルシス軍が英雄視されているのは全て奴が作り上げた嘘っぱちであり、本当は同盟軍をはめた卑怯な奴なのだと。

 俺達はナルシス軍と戦う為に奴の補給路をおさえたいということも。


「本来なら信じねーけど、多分お前の言ってることが正しいんだろうな。わかった、このキサラギ・バート、商人を敵に回した恐ろしさを教えてやるぜ」

「すまないが、ウチも財政難でいきなり金貨2000枚は払えないから、ローンにしてくれると助かる。戦争が始まったら召喚石を物資にかえて返済にあてるから」

「ああ、構わねーよ。助けてもらった恩があるからな。……このくらいでどうだ? 大サービスだぜ」


 キサラギが中空をなでると数字が浮かび上がり、何度か数字が入れ替わった後、どんと俺に金額が提示される。


「えっ……これ、大丈夫? 桁二つくらい落ちてるよ」

「構わねー。それにこれは相手にダメージを与える為のものだから、損得勘定は度外視してる」

「ほんとにいいのか? 普通に支払えるぞ」

「いいっていいってもってけ。これでナルシス軍に護衛を頼む必要もなくなったし、このままナルシス軍に護衛を頼んで、野盗に奪われたであろう物資と補填の金額を考えれば釣りがくらー」

「そ、そうなのか。じゃあ頼む」

「商談成立だな」


 俺はキサラギと握手し、タダ同然でジオストーンと大量のカカオをもらい受ける。


「民衆の誤解を解くのは大変だと思うが、頑張れよ。バート商会も何かあったら力を貸してやる」

「すまない、何から何までありがとう」

「いや、礼を言うのはこっちだ。他の商会にもこのことを伝えておく。ナルシス軍は不良債権になるからさっさと手離せと」

「ああ、俺達が偽の英雄を引きずり落とす」

「期待してるぜ。それとバート商会の近くを通りかかったときは顔だせよな。良い商談用意しとくぜ」

「ああ、この戦いが終わったら必ず」


 俺は言うべきか迷ったが、キサラギの人の良さにつけこんでいるようで罪悪感が重くのしかかる。

 意を決してなぜここにいたかを話すことにした。


「……そのキサラギ……実は俺達は野盗を狩りにきた王ではないんだ」

「わかってるって。これだけの武装した兵達が都合よくあらわれるわけねーもんな。補給路おさえたいって言ってたから、目的はわかる」

「ああ、すまない。盗賊と襲う順番が逆になっただけで、俺達は君の敵になるかもしれなかった」

「だけど、お前たちはオレを助けた。商人は過程より結果を重視する」

「すまん」

「謝らなくていい。オレは命を助けられた、それだけで商人にとっては一生ものの借りができたんだ」

「すまない。君は人のできた商人だ」

「へへ、ありがとよ。それじゃあな、武運を祈ってるぜ」

「ああ」


 俺は力強く返答し馬車ごと積荷を引き取り、キサラギと別れるのだった。

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