第64話 もう一人の転移者エピローグ

 俺達はようやく終わったと思い、大きく伸びをすると、岩場の影からクラーケンの子供が顔をだした。


「キュイー?」


 トテトテとやってくると、俺の頭の上にのっかる。


「おっ、どうしたんだ?」

「食い殺してやろうとしてるんじゃないですか?」

「愛くるし顔して凶悪(ブラック)なことしようとするな」

「それは冗談にしても、随分と懐いていますね」

「こいつなんか持ってるぞ」


 クラーケンの子供が持っている大きな石を手に取る。

 拳大の大きさで、海のような透き通る青色をしている。


「綺麗な石だな」

「そ、それはクラーケンの宝玉!」

「あぁこれが?」

「あっしはそれを探してたんでやす」

「へー」

「恐らく大人クラーケンの亡骸から拾ってきたのでしょう。子供にはこのように大きな石は作れませんから」

「おぉ、お前の父ちゃんの形見じゃねーか」


 しかしクラーケンの子供はそんなこと知るかと、キュイキュイ鳴きながら俺にはりついているだけだ。


「いらんみたいだな……」

「子供には無用の長物ですからな」


 俺は青く輝くクラーケンの宝玉をカチャノフに向かって放り投げた。


「あげる」

「えっ!? い、いいんですかい?」

「いいよ、別に俺達それが目的じゃないし」

「しかし、これを売れば一財産でやすよ?」

「そりゃ迷うが、それで武器を作るんでしょ? いいの作ってよ」


 カチャノフはしばし青い宝玉を見つめた後、小さい体を更に小さく折り曲げて深々と頭を下げた。


「……ありがとうごぜーやす。この御恩、このカチャノフ決して忘れやしやせん」

「鍛冶(ブラックスミス)杯見に行くよ。楽しみにしてる」

「へい、このイァン・カチャノフ、ドワーフ族の名に恥じぬものを作ってみせやす!」




 俺達は浸食洞を抜け出し、日の光を受け止め、大きく息を吸う。


「磯臭いのはしばらくいいな」

「全くです」

「すいやせん、それじゃああっしはこれで」

「あっ、まだ報酬もらってないよ?」

「いえいえ、こんな凄いもの貰っておいて報酬まで受け取れやせんぜ」

「そっか」

「あの、失礼ですが兄さんお名前をうかがってもよろしいでやすか?」

「あ、俺? ちゃんと名乗ってなかったっけ。俺は梶勇咲、近くのチャリオットを率いてる王だよ」

「!」


 そう言うとカチャノフの体が一瞬強張った。


「あ、あんたが……」

「どうかした?」

「いえ、なんでもありやせん。運命ってのは残酷だと思いまして」

「?」

「皆さんお元気で、次に会う時はコンテストで」

「あぁ、頑張ってくれ」


 そう言ってカチャノフは走り去っていった。


「そういやディーのことなんにも言ってなかったけど忘れてたのかな」

「梶君」

「おう百目鬼、お疲れさん。報酬三等分しようと思ったけど、カチャノフいらないから半々でって思ったけど、お前のとこが報酬だすからお前には入らないんだな」

「う、うん」

「どうした?」

「あ、あの……これ」


 百目鬼は水の結晶石を返そうとするが、俺はそれを押し戻した。


「やるよ。その石が光り輝いたのなら、それはお前のもんだ」

「ウチの……」

「あぁ、きっと力になってくれる」

「ほんまにええのん?」

「きっと役に立つと思う」


 百目鬼はまだ何か言いたそうにしているが、ソフィーが後ろでなんかわめいている。


「あ、あの」

「ん?」

「やっぱり、なんでもない……」

「そっか、じゃあ俺達ギルドに戻るわ。ウチこの近くだから、何かあったらよってくれ」

「うん……」

「じゃあまたな」


 そう言って俺は百目鬼に別れを告げた。

 一人残された真凛は小さく呟く。


「言われへんかった……ウチもそっちに連れていってって……」






「さーて珍しく報酬が手に入るぞ。半分だけだけど」

「王様」

「いやまぁ百目鬼もあのモンスターを倒したことになってるし、十分いい結果に」

「王よ」

「そういやカチャノフがコンテストのこと言ってたな。変装してみんなで見にいくか?」

「主よ」

「…………」


 いや、君らの言いたいことはわかるよ? あれでしょ、この後ろからついてきてるあれだよね?


「キュイ?」

「い、いいじゃないかペットが増えたと思えば……」

「問題は量です」


 俺たちの後ろをペタペタとクラーケンの子供が30から40くらいだろうか、かなりの数が列を作って行進しているのだった。

 普通水棲生物であるクラーケンが、陸地をこのように列を成して歩いてくるのは本来ありえない。恐らく非常に貴重な光景であろう。


「大丈夫なんですか、クラーケンの成長は早いですし、こんなにいっぱい大きくなったら領民はパニックになりませんか?」


 くそ、ソフィーの癖にぐぅの音もでないほど正論だ。

 俺の脳裏に巨大化したクラーケンが城を破壊する光景が浮かび、身震いした。


「恐らく大丈夫なのではないでしょうかな?」

「セバス卿、その理由は?」

「このクラーケンの子供は頭の石が全て赤でしょう? 赤はメスを意味します。メスのクラーケンは大きくなると人型へと変化するはずです」

「下半身イカで、上半身人間のあれですね」

「ええ。なので恐らく心配はないと思いますが」

「ますが?」

「クラーケンのメスがこれだけ意図的に主についてくるとなると、恐らく目的は交配かと」

「…………」

「つまりは」

「ホルスタウロスと同じパターンですね」

「…………さすがに俺イカちゃんとはちょっと」

「クラーケンは温厚ですが、愛情が深く伴侶と密着したがる習性があります」

「はは、まだ子供ですよ? こんなイカちゃんが」

「キュイ」


 クラーケンが俺の顔にはりついた。

 がんばって剥がそうとしてみるがとれない。

 前が見えねぇ。


「ほんと王様変なのに好かれますね」


 ケラケラと笑うソフィーにイラッとする。その変なのの一人はお前だぞ。


「とりあえずオリオンがイカ焼きにしないか見張っておかないとダメだな」

「キュイ?」


 クラーケンをソフィーが引きはがし、自分の胸に抱く。


「私、海の生き物って苦手でしたけど、これは可愛いです。頭の石が金色ですよ。金ってオスなんですか?」

「いえ、オスは青のはずなので、この金のクラーケンは特異体かもしれません」

「なんだかすごいんですね。エリザベスー」

「エリザベス?」

「今名付けました。可愛いでしょう」

「イカちゃんに大そうな名前つけたな」

「ほーらこの子も気に入ってますよー」


 ソフィーは裏声で「キニイッタ、ソフィーサイコー、マジテンシ」などバカなことをやっている。

 すると、クラーケンはなにやらむずむずと震え、ソフィーの顔面に炭を吐いた。


「…………」

「子供でもわかってんな」

「こんのイカ! イカ焼きにしてくれます!」

「キュイー」


 暴れるソフィーをおさえながら、俺達はクラーケンの子供を連れて城へと帰るのだった。



もう一人の転移者                      了

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