第52話 オンディーヌ兄弟
「爆発的に増えたな……」
俺は城の貯水池からインフラ工事を行うアマゾネス達を見て思う。
300人以上のアマゾネスとキョンシー隊を連れて帰ると、ディーが眉間をおさえながら「なぜあなたは毎度毎度クエストに出ると女の人を連れて帰ってくるのですか」と怒られた。
現在俺のチャリオットで財務兼、宰相兼、軍務兼、雑務担当であるディーには頭の痛い話だろう。
こんなに大勢一気に連れてこられても住む場所が確保できないと言っていたのだが、城内にアマゾネス用の専用宿舎を急遽建築。
今はそこで暮らしてもらっている。
キョンシー部隊に関しては自ら地下でいいと申し出たので、地下に寝る場所を整えた。
人手だけは増えてくれたので、今まで滞っていた部分が進む進む。
「王様、お話があります」
皆が仕事をしている隣で、この前リチャードから貰った王の情報に目を通していると、隣に財務などいろいろ兼任している宰相的な山賊が立つ。
「急ぎなものと、お耳に入れたいものが二つほどあります」
「急ぎなものはわかってるよ。食料問題だよね?」
「はい」
先日リチャードにも言われたが、この辺りは資源がとぼしく、今までの50人程度のチャリオットなら裏山からの食料調達でなんとかなったが、400人近くになるとさすがに裏山の資源だけでは限界がある。
その為、城の国庫が凄い勢いですり減っているのも確認している。
アマゾネスたちも城の外で狩猟してくると言ってくれているのだが、この周辺は小さな王が集まり領土の管理がわりと面倒なのだ。
他の王の領土で狩猟を行うと、すぐ喧嘩になるので、あまり自由に狩りなどをさせるわけにはいかないのだった。
「耳に入れたいことってのは?」
「北の赤月帝国でクーデターがおきたようです」
「クーデター?」
「ええ、貧民層と奴隷層が、政権を握っている富裕層に対し大規模なデモ……という名のテロ活動を行ったようです。大分死者が出ているようで、帝国の軍部は鎮圧に動いているようです」
「軍が勝つでしょ? あそこめちゃくちゃ軍隊強いって話だし」
「それが未確認の情報ですが。非常に強力な魔物が現れ、軍部に大打撃を与えたと。更にアンデッドが発生したようで、そちらの対応にも追われているようです」
「軍部がダメージを受けてる最中にアンデッドの侵入を許したのか。それでその隙を狙ってクーデターと。踏んだり蹴ったりだな」
「はい」
「一応情報だけは仕入れといて」
例え弱ったとしても大国赤月帝国である。俺達のような弱小が漁夫の利を狙えるような国じゃない。
でも、もしかしたら近くの中規模の王に動きがあるかもしれない。
「それで二つめは?」
「二つめはこちらです」
そう言ってディーは一枚の手紙を俺に手渡す。
見た瞬間げっと嫌な声が出た。
手紙の送り主は近くの王で、結構前からウチのチャリオットに宣戦布告したがってる国だ。
延々無視をきこめこんでいたのだが、ここ最近ちょっかいをだしたり挑発行動を受けていると報告が上がっていた。
手紙の内容はいつも通り[領土かけて戦いませんか? 勝負に勝ったら領土と飼っているホルスタウロスください!! いい加減無視するのやめてください! 最悪ホルスタウロスだけでもいいからください!! あんまり無視ばっかりしてるとこっちも本気になりますよ]
こいつウチのホルスタウロスが偉く気に入っているようで、毎回ホルスタウロスくださいとつけくわえてくる。
こいつ領土がほしいんじゃなくてホルスタウロスが欲しいんだろうなってのがよくわかる。
しかし今回は本気になりますよと付け加えられていて、無視され続けて大分頭にきている様子だ。
「毎回毎回自分の要求だけ送り付けてきやがって」
今回も無視だ無視、と思い手紙をくしゃくしゃっと丸めてふと気づく。
「こいつ確かギルドから渡された資料にいた気がするな」
「ええ、オンディーヌ・ボインスキー王ですね」
「凄い名前してるな」
「?」
「いや、気にしないで。こいつウチの戦力増えたこと知らないんじゃないか?」
「唐突に規模を三倍以上増やすチャリオットなんてそうありませんからね。ギルドの情報更新もまだですし。でも目視ではバレているかもしれません」
「明らかに人増えてるもんな…………こいつ確か結構いいとこに領土持ってたよな」
「はい。城の後ろは湾で、領地には広大な小麦畑と牧草地を持っています」
「俺、そろそろパスタとか麺が食いてーなぁ」
「同感ですね」
「向こうの規模は?」
「昨日時点で確認されているのは戦士が35人、それに傭兵団と契約しているようです」
「傭兵団の規模は?」
「ゴロツキが約120人ほどです」
「エーリカ一人で倒せんじゃないか?」
「私もそう思います。ただ、このボイン王」」
「その略し方、完全に笑わせにかかってるよね?」
「失礼、オンディーヌボイン王は兄にナルシスという人物がいまして」
「まって兄ナルシスで弟ボインスキーなの?」
「はい、それが何か?」
「酷い名前だな……」
「そうでしょうか? 優雅や優美といった意味だと思いますが」
そうか、語感は同じでも異世界だから別の意味があるんだな。
てっきり親の悪意が垣間見えた。俺も梶ボインスキー勇咲に改名しようか。
「すまない。それでそのナルシスってのが?」
「はい。東でもそこそこの財力と領地を持つ中堅王でして」
「てことはボインと戦ってるとナルシストが出て来るんじゃないのか?」
「正確にはナルシスですが。その可能性はあります。ですが兄の方は別の王と戦争中で、すぐにこちらに介入することはできません」
「じゃあ倒した後にナルシストが出て来ることがあるのか……」
連戦になるとさすがにこちらも辛い。
それに中堅王ってことは俺達より規模が大きいということだし、EXがいる可能性もありえる。
侵略戦争ってのは相手に恨み買うのが怖いんだよな。
しくじると芋づる式に次々と血縁やら友人やらが参戦してきて、酷いことになる。
「ボイン王と戦争が終わった後、ナルシス王と今戦っている王と同盟を組むという手もあります」
「それでナルシストを挟撃するわけか」
ナルシストが動けば同盟を組んで、動かなきゃそのままにしておけばいいってことか。
「今ナルシストと戦ってる王がすぐ負ける可能性は?」
「ないと思われます。理由は既に一週間前から戦争状態に入っているにも関わらず戦闘がほとんど行われていないことです」
「戦争してるのに動きがない……。なんでだろな」
「理由はわかりませんが、状況から見て倒したくない。もしくは不利な条件を無理やり飲ませようとしているかだと思われます」
「規模的にはナルシストの方がでかいの?」
「ええ、圧倒的に」
それ同盟組む意味あるのかな。単にその攻められてる王、ナルシストに生かされてるだけじゃないのか。
「なぜボインスキー王は挑発を続けるのでしょうね」
「向こうも宣戦布告なしで突っ込みたくないんだろ。兄貴のナルシストが戦争してるから援軍のない状態で、やりあう余力はないってことだな」
「しかし逆を言うと兄ナルシスが戦争を終わらせたら宣戦布告なしで攻め込んでくるかもしれませんね」
「それはありえる」
宣戦布告をして相手側のチャリオットがそれを受け入れると戦争状態になる。
その戦争は近くの城。ウチならラインハルト城の管理下におかれ、他の王の介入が原則禁止され一対一の戦争が可能になっているのだった。
しかし宣戦布告なしだと、いくらでも王が参戦することができる。
力の強い王ならそれもありだが、疲弊したところを狙われたらたまらないので、基本王同士の戦いは宣戦布告をしてからがスタンダードになっている。
「しかし、今の我々の戦力は小規模ギルドをはるかに凌いでいますよ。普通は警戒するでしょう」
「いやー、この頭悪い手紙を送ってくる辺り、なめくさってる理由はあれしかないだろ」
「あれとは?」
「女しかいないことだ。恐らく俺は相当なスケベ王で、チャリオットを強くするんじゃなくてハーレムを作るのに夢中になってると思われてるんじゃないか」
「スケベ王というのは否定はしませんが」
「ひどくない? やっぱダメだ。もしやりあうとしたら兄貴のナルシストの方を調べてからじゃないと」
「了解しました」
梶王の城と目と鼻の先にある、ボインスキー城では、王であるボインスキーが爪を噛んで苛立ちながら王室をうろうろとしていた。
見た目は眉目秀麗な少年なのだが、親に甘やかされて育ってきたツケが回ってきており、わがまま放題な性格は臣下を困らせてばかりだった。
「くそ、あいつなんで僕の宣戦布告受けないんだよ。高貴で美しい僕を避けたくなる気持ちはわかるけど、僕が決闘を申し込んでるんだから、愚民は頭を下げながら受けろよ」
ボインスキーの年齢は梶よりも幼く、良い意味では純粋で悪い意味では考えが足りていない子供だった。
王室内に白髭をたくわえた甲冑姿の老兵が入室する。
「セバスチャン、返事はあったのか?」
老兵セバスチャンはゆっくりと首を振る。
「なんなんだよあいつ! 僕が一体何回宣戦布告だしてると思ってるんだよ!」
ボインスキーは床に寝転がると、子供のように足をバタつかせる。
「若、そのようなことをしていてはオンディーヌ家の名が泣きますぞ」
「うるさいんだよ! 僕はホルスタウロスが欲しいの! どうしても欲しいの! あのおっぱいが! おっぱいがほしいんだよーーーー!」
ボインスキーはバタバタしながらエビぞりになった。
「はぁ……」
これがオンディーヌ家の次男と思うと老兵セバスチャンのため息は深く、代々オンディーヌ家に仕えてきた先代に申し訳なく思う。
代々中立を守ってきたオンディーヌ家の頭首、オンディーヌビニュースキーが死去して以来、わがままほうだいで育ってきたナルシスとボインスキーはすぐさま中立の態勢を崩し、これまで仲良くしていた近隣の王達に牙をむいたのだった。
このボインスキーが任されている場所は戦略的価値は低いが、資源価値の高い場所であり、なくなっても構わないが重要な場所としてナルシスが配置したのだった。
ボインスキーはこう言ってはなんだが、完全に頭の中はおっぱいしか考えていないベイビーキングなどと呼ばれているが、兄ナルシスは自分が好きなこと以外はそこそこ狡猾であり、弟のボインスキーをうまく使っているのだった。
「あーあーあーホルスタウロスのおっぱいが揉みたい―!飲みたいー!」
ボインスキーは寝転がったままぐるぐると周り、ビクンビクンとエビぞりになって痙攣していた。
「おっ・ぱ・いーーーーーーーーーー!!!ボインボインーーーーー!!!」
セバスチャンがうるせぇなと思っていると、王室の扉が開きボインスキーとよく似た風貌の青年が入ってくる。
「兄上!」
ボインスキーは先ほどまでの奇病が嘘のように、入って来た青年を大急ぎで出迎える。
兄であるナルシスは目にかかった前髪をキザったらしくはね上げ、両手で自分自身を抱く。
「弟よ、羊毛とワインは準備できているのか?」
「はい、倉庫にあります! 小麦もあるので一緒に持って行ってください!」
「悪いな」
「いえ、それと兄上ご結婚おめでとうございます!」
「フッ、まだ式はしていないさ」
「でももう結婚したのと同じですよね!」
「まぁな。なかなかガードの硬い女だが僕にかかればメロメィロさ」
「さすが兄上です!」
「ボインスキー、お前も早く僕のようになるんだ」
「はい! 兄上、今日も女を落とすテクを教えてください!」
「そうだな」
ナルシスはキリっと真剣な目でボインスキーを見つめる。
「女は…………目で落とす!」
「さすがです兄上!」
セバスチャンはその様子を見ながら、オンディーヌ家はもうダメかもしれんと思うのだった。
ナルシスはボインスキーの王室で控えているメイドを見る。
どのメイドも胸が大きいが顔はちょっとあれな方たちばかりだった。
「ボインスキー、君の爆乳最強理論には僕も賛同するが、もう少し質の高いのを選びたまえ。これではメイドなのか牛なのかよくわからない」
「牛で思い出しました。兄上、気に入らない奴がいるんです! 僕がずっと宣戦布告をしてるのに無視し続けるんですよ!」
「あぁ、確か前言っていたホルスタウロスを持っている王だろ」
「そうなんです! 兄上、一緒にあいつを倒してください!」
「ボインスキー、ボクは今婚約者の領地を落とすのに忙しいからしばらくは無理だ」
「えぇ、兄上長いですよ~」
「女はじっくりコトコト煮込んだクリームシチューのようなものだ」
「それはどういう?」
「煮込めば煮込むほどうま味が増すということだ!」
ナルシスは特にカッコよくもないことを言っているのだが、ザッと決めポーズをとった。
「さ、さすが兄上です! 僕もクリームシチュー食べたいです!」
セバスチャンの頭痛はとまらない。
「そうだボインスキー資源の礼にこれをあげよう」
ナルシスがパチンと指を弾くと、王室に入りきらないほどの巨大な鉄檻が持ち込まれる。
その中には鎖でがんじがらめにされた二頭のミノタウロスの姿があった。
「これは……」
「オスのミノタウロスだ」
「兄上、僕メスのホルスタウロスがいいんですけど」
「バカだなお前は。こいつは今発情期にある。このミノタウロスをホルスタウロスに向かって放すんだ。そうすれば、奴らは本来の怪力を発揮できず逃げ惑う。そこをお前が捕まえるんだ」
「な、なるほど。でもホルスタウロスってめちゃくちゃ強いんじゃ?」
「メスのホルスタウロスってのはリーダーが命令を出さなきゃ弱いんだよ。リーダーはその敵王なんだろ?」
「はい、そうみたいです。人間がホルスタウロスの王になるなんて羨まし……許せないです!」
「だから、その王がいないときを見計らってミノタウロスを放て。ホルスタウロスはオスのミノタウロスが特に苦手だからな。万が一反撃してきたとしても勝てるだろう」
「なるほど、さすがです!」
「ではボクは帰るぞ! アッハッハッハッハッハッハ」
「アッハッハッハッハッハッハ!」
兄弟でなにがそんなにおかしいのか高笑いしながら兄を見送ると、ボインスキーはスキップしながら王室へと戻って来た。
そこには難しい表情をするセバスチャンの姿がある。
「若、この作戦非常に危険です。おやめください」
「何言ってるんだ、兄上の完璧な作戦だぞ! いつまで経ってもなんの成果も上げられない無能なお前とは違うんだよ!」
「若、ミノタウロスに襲わせるようなことをしては、相手の怒りに火をつけてしまいます。最悪戦争に発展するでしょう」
「戦争しようとしてるんだから、願ったり叶ったりじゃん」
「私は宣戦布告のやり方についてを言っているんです。もし仮に負けた時、相手に大義名分があった場合、本当は生き残れる状況でも殺されてしまう可能性があるのですよ」
「はぁ? 僕が負けるわけないじゃん!」
「向こうはアマゾネスの傭兵団を引き入れたと情報が入っています」
「所詮女は女だよ。戦争は男がするもの。てかなんなの良い年した男の戦士が女の傭兵ごときにびびっちゃってんの?」
「しかしですね、その女傭兵の中にキュベレーという腕のたつ傭兵がいまして。奴は絶対に男の王の下にはつかないと言われている鉄乙女団の団長で、この傭兵団はこと戦闘に関しては並の戦士では歯がたたないと言われています」
「だーかーらー。こっちにはお金で雇ったSレアの戦士がいるじゃん」
「Sレアだからと言って百人の傭兵に勝てるわけではないのですよ。それにここは元から資源防衛用の最低限の人員しかいないのです」
「そんなのやってみないとわかんないじゃん。さっきもいったけどたかが女の傭兵団だよ? それに梶王って必死こいて女ばっかり集めてるスケベ王なんだし、大したことないのは目に見えてるよ。もし負けそうになってもお金で傭兵を増やせばいいんだよ」
「ですが」
「いいから僕の言った通りにやってよ! わっかんないなお前も」
ボインスキーはセバスチャンに怒鳴ると、ワクワクした目でミノタウロスの檻を眺めるのだった。
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