第53話 決意×宣戦布告
「それじゃあ行ってくるわ」
城の前でホルスタウロスを連れたフレイアとリリィ、それにロベルトの姿があった。
「気をつけてな。最近ホルスタウロスを狙ってる奴がいるから」
「わかってるにゃ。ちょっと城の周りを散歩してくるだけにゃ」
「なに、いざとなったらワシがなんとかしてやる」
ボインスキーが送ってくる手紙を警戒して、近頃ホルスタウロスの放牧をやっていなかったのだ。
さすがにずっと城の中にいるとストレスがたまっていて、床をひっかいたり、壁に体をこすりつけたりとストレスのサインが目立つようになった。
その為護衛をつけて散歩に連れていくことにしたのだった。
「多分盗賊くらいなら敵にもならんと思うが」
「あまり心配されすぎてもしょうがないでしょう。護衛も多くつけていますしね」
ディーに言われ、なんだか嫌な予感を感じつつも俺は城に戻ることにしたのだった。
数時間後
「遅い」
俺は崩れた城門前で未だ帰ってこないフレイアたちを案じる。
「そうですね、少し遅いですね」
「行ってからどれくらい経った?」
「二時間、というところでしょうか」
「遅すぎる、迎えを出して」
「しかし、久しぶりに外に出たので遊んでいるだけかもしれませんよ?」
「…………」
「了解しました。すぐに出します」
ディーはすぐさまアギ、アデラとアマゾネスを連れ、馬に乗って外へと出た。
「王は心配性だ。王を不安にさせるのはよくないと知りなさい」
「仲間心配する、大切」
「遅いのは事実だ、走るぞ」
ディーは馬の腹を蹴ると、城周辺の探索を開始した。
予想は嫌な方向で的中し、馬を走らせて数分で銃声が聞こえてきたのだった。
「これはロベルトの射撃音……」
「向こう! 襲われてる」
そこには巨大な二頭のミノタウロスが棍棒を振り回し、土煙を巻き上げながら地面を砕き回っている姿が見えた。
ロベルトが牽制射撃をする、その後ろでリリィがフレイアに肩を貸しながら後退している。
アデラが馬に乗ったまま腕を上げると、連れて来たアマゾネスたちが一斉に弓を構える。
「待て、近くのホルスタウロスに当たる!」
「向こう、ホルスタウロス捕まってる!」
見るとそこには、巨大な体におさえつけられ、身動きの取れないホルスタウロスに上からのしかかっているミノタウロスの姿があった。
「奴を最優先に殺す!」
ディーは剣を引き抜き、馬で一気に駆け抜ける。
ミノタウロスの前で馬を飛び下りると、剣の一閃が弧を描き、白刃が煌めいた。
ホルスタウロスを押し倒していたミノタウロスの首がごとりと落ち、首のない胴体から血しぶきが上がる。
「向こう、馬車! ホルスタウロス捕まえてる!」
「えぇい、混乱に乗じて仕掛けてきたな! 王の予感が当たった!」
アギは鞍の上に直立し、まるで地面に立っているような安定感で弓をつがえると、馬車にホルスタウロスを詰め込もうとしている男の眉間に狙いをつけた。
「我が王の敵、死ね」
アギが矢を放つと、狙い通り矢は男の頭に突き刺さった。
「ひっ!」
一緒にホルスタウロスを誘拐しようとしていた男が悲鳴を上げる。
「逃げるぞ!」
御者台に座るもう一人の男が、馬に鞭をうつと馬車は急発進する。
ホルスタウロスが一頭、馬車の中に詰め込まれたままで窓を強く叩いている。
「姉様!」
「任せなさい」
アデラは馬車の横に馬をつけると、車体を容赦なくガンガンと蹴りつける。
「止まれぇ! 止まりなさい! 止まらなければ殺すぞ!」
凄みのある声に男達は萎縮しながらも、馬車が止まる様子はない。
車体の窓が開くと矢がアデラの頬をかすめた。
頬に傷を受け、アデラの怒りは一気に沸点に達する。
「王の体を傷つけたな、この怒りその身で思い知りなさい!」
槍を引き抜くと、穂先に巻き付いている旗が炎を上げる。
そして容赦なくキャビンに乗る男を突き刺し、車外へと放り投げた。
御者台に乗る男は燃え盛る仲間を見て、恐ろしくなり車体を捨て、馬に飛び乗ると一人で逃げ去ろうとする。
だが、後ろから飛んできた矢に背中を貫かれ、馬にもたれかかったまま絶命したのだった。
「王の敵逃がさない」
アギとアデラは馬車を止めると、誘拐されたホルスタウロスを解放した。
アギたちと少し離れた場所でロベルトはマシンガンを撃ち鳴らしながら、ぐったりとするフレイアを見やった。
額から血を流し、自分では歩けないフレイアはリリィにもたれかかりながらもミノタウロスから逃げる為に後退していた。
「ネコ、嬢ちゃんは大丈夫か!?」
「ミノタウロスの棍棒を受けて、脳震盪おこしてるにゃ」
「小僧の嫁に何かあったら一大事だぞ!」
「嫁……じゃない」
意識が混濁しているはずなのに、そこだけははっきりと否定するフレイアだった。
「まだいけそうにゃ」
ロベルトのマシンガンをものともせず、ミノタウロスは棍棒を左右に振りながら突進してくる。
「グルォォォォォォォォッ!!」
涎をまき散らしながら、目を真っ赤にしたミノタウロスはロベルトに向かって棍棒を振り下ろす。
ズドンと凄まじい衝撃音が響きわたり、リリィは声をあげた。
「爺ちゃん!」
「きかんなぁ、ワシは鉄だからな」
ロベルトは地面に足が埋まりながらも棍棒を受け止めると、そのまま飛びあがり、棍棒を伝ってミノタウロスの肩に乗り、顔面に向けマシンガンを連射する。
弾丸が顔面の骨を砕き、次々に貫通するとミノタウロスはその巨体を倒した。
「ふん、牛風情がワシにかなうと思うなよ」
「爺ちゃんかっこいいにゃ」
「そう、ワシかっこいい?」
「調子にのらなきゃカッコよかったにゃ」
ミノタウロスは全て倒れ、ホルスタウロス達を誘拐しようとしていた男達も全て始末された。
ディーはフレイアを運ぶリリィに手を貸す。
「なにがあった?」
「見たまんまにゃ。いきなりミノタウロスが襲い掛かってきて、そのどさくさに紛れて、ホルスタウロスを誘拐しようとしたにゃ」
「そうか、やはりボインスキーの可能性が高いな」
「全員殺しちゃったからわからんにゃ」
「フレイアは?」
「いきなり出て来たミノタウロスに殴り飛ばされたにゃ。あんなの誰も避けられないにゃ。もしかしたら骨折してるかもしれないにゃ」
「本格的に手を出してきたのか。こちら側に死者が出なくて幸いだが」
フレイアを馬に乗せると、アギとアデラがホルスタウロスの状況を伝える。
「ミノタウロスに押さえつけられていたホルスタウロス以外は特に大きな怪我はない。だが、おさえつけられていた子は両腕と脚を骨折している。もう少し遅かったら押し潰されて内臓も危なかったと知りなさい」
「王が迎えを出さなければ命にかかわっていたな……」
「さらわれた子がいない方が良かった。さらわれたら死ぬよりきっと大変」
「そうだな……私の見通しも甘かった。帰って王に報告しよう」
「我が王、きっと悲しむ」
アギの言葉に誰も何も言えないまま、ホルスタウロスたちを連れて、ディーたちは城へと戻った。
「………………」
俺は城の医務室で手当を受けている、フレイアとホルスタウロスを見て頭をおさえた。
しばらくは生活に支障をきたすレベルの大怪我で一歩間違えば死んでいただろう。
包帯まみれにされたホルスタウロスとフレイアの姿を見て大きく息をついた。
治療を担当しているクロエとソフィーから命に別条がないと聞くが、これはどう考えても今までボインスキーを無視してきた俺のミスだ。
襲われる可能性は十分わかっていて、迂闊に散歩なんてさせたのも間違いだった。
医務室を出ると、主要メンバーたちが心配げな表情で控えていた。
ディーは一歩前に出る。
「王よ、あまり自分を責めない方が良いです。私も軽率でした」
「咲、顔色悪いよ」
「これは小僧のせいじゃない、ワシがもっとしっかりしていれば良かった」
「リリだってそうにゃ……」
「いや、これは完全に目の前の問題を先送りにしてきた俺のツケだ。もう仲間を守るのに、こちらから手を出さなくていい状況じゃなくなってるってわかってた。それでも心のどこかで戦わなくてすむならそれに越したことはないって思ってたんだ」
「…………」
「安心して暮らせる場所じゃなくなってる、戦って勝ち取らないとダメなんだ」
「我が王よ……」
「今回の件はボインスキーがやったので間違いないんだよな?」
「はい、向こうはシラを切っていますが馬車の中からオンディーヌ家の家紋が出てきました」
「そうか……ディー、全員に伝えてくれ。これより俺達はボインスキー軍に宣戦布告する。借りは……返す!」
「了解しました。王の御心のままに」
ディーを含めた主要メンバーたちは膝をつき頭を垂れた。
そこからの動きは早かった。ディーは迅速に戦争準備を行い、メインで戦うアマゾネスのキュベレー、アギ、アデラ班、本拠地の防衛を行うエーリカ、ロベルト班、敵城内へと強襲をかけるレイラン、キョンシー隊とオリオン、リリィ班、王の護衛兼指揮を行うディー、ソフィー班へと隊を分ける。
俺は召喚石を一つ使い、足りない武具を交換アイテムで用意し、万全の態勢は整える。
宣戦布告を受け取ったボインスキーは即時了承し、明朝に戦争開始の段取りとなった。
城の中と外で大声が飛びかいながら急ピッチで戦争の準備が行われる。
「急ぎなさい、時間がないと知りなさい!」
「馬はすぐに出せるように! 足りない分はラインハルト城へ調達へ!」
「これ、重いです~。私フォークより重いものもったことありませんよ」
「いいからこれとこれも持っていくにゃ」
「そんなに持てません~!」
「嬢ちゃん弾を頼む」
「了解弾薬を生成します、錬金機構を解放」
「黒龍隊初陣ネ、敵は卑怯な悪ネ、我々の力見せつけるよろし」
「ご飯できましたよ~」
「王様の為に僕頑張ります!」
「我が王の怒りを敵にぶつける」
「明日……か」
戦争の準備がひと段落し、王室へと戻ろうとすると、そこには武装したホルスタウロスの姿があった。
「モゥ!」
その目は私たちにもやらせろと言っており、仲間の仇を討つことに燃えていた。
だが、奴らの狙いはホルスタウロスであり、それをわざわざ兵として使うのは望ましくない。
「気持ちはうれしいが……」
「モゥモゥ!」
どんとホルスタウロスが胸を叩くと巨大な乳房がぶるんと揺れる。
必死に俺に詰め寄り、やる気を見せる。どうやら意思は硬いようだ。
確かに、一番怒っているのは彼女達ホルスタウロスだろう。
「わかったディーに言っておく」
「モー!」
ホルスタウロス達は喜びのハグをしてくる。
うぐ、プリンに殺される。
ボインスキーは宣戦布告受け入れ、喜びに浮足立っていた。
「やったぞセバスチャン、ホルスタウロスの誘拐には失敗したけど、向こうから宣戦布告してくるなんて超ラッキーじゃないか」
「若、その意味がおわかりでないのですか?」
「どういうこと?」
「今の今まで沈黙を続け、戦争する意思がなかったチャリオットが宣戦布告をしてきたのです。相手側を怒らせたということですよ」
「あぁ、なんかミノタウロスが暴れたせいで怪我人が出たみたいだね、向こう」
「向こうは戦わざるをえないと判断したのです。そうなれば若を全力で滅ぼしにくるのは必至。向こうは若のように遊び気分ではなく、明確な殺意を持って若の元に来るのですよ」
「あー、わかったわかったよ。いいから早く倒してきて。僕はホルスタウロスのおっぱい以外に興味はないんだから」
「…………」
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