第5話 ソフィーとチーズパン

 青髭の男に連れて来られた先は、なんだかいかがわしい建物だった。

 珍しく電飾がついており、バニーガールのイラストとフェアリーエンジェルと書かれた看板をくぐり中に入る。

 そこには既に忙しそうに働く女性(下着)と、酒場の中央にあるポールを使ってダンスを披露している女性(下着)の姿があった。


「ここはかなりいかがわしいお店なのでは……」

「あらやだ失礼しちゃうわ! お触り厳禁の健全なショーパブよ! あたしはリカール、このパブの支配人をしているわ!」


 なんでそんなカマっぽいんだと思いながら、俺達はリカールに店のバックヤードに連れていかれる。


「ボーイはこれ、ガールはこれに着替えて頂戴!」


 ポイッと俺に投げられたのはネクタイだけだった。


「あの、ネクタイしかないんですけど」

「そう、上半身裸になってネクタイだけつけてちょうだい。できればズボンも脱いでくれるとグッドよ」

「えー、それはちょっと……」


 未成年に何させてんだこの店と思うが、そんなことを取り締まる法律はこの世界にはない。


「じゃあ上だけ脱いで頂戴」

「いや、そんなこと言われても俺達まだやるなんて」

「一人一万ベスタ払うわ! お客さんからチップを貰えたら、そのまま貰っていいから」

「やります」


 俺は上半身裸になってネクタイだけつけた。

 うわー、自分で言うのもなんだが凄い紳士スタイルだ。


「お、王意外と鍛えてらっしゃる?」


 ソフィーが赤くなりながらまじまじとこちらを見る。


「魔物がいりゃ、そりゃ鍛えられもするさ」

「ほらガール、あなたも早く着替えて!」


 ソフィーの手に握られているのは薄いエプロン一枚だった。


「で、ですが。私給仕の仕事なんてしたこと」

「誰でも最初は初めてなのよ! 簡単な仕事だからすぐにできるわ!」

「で、でも」


 真っ赤になってしまうソフィーだった。そりゃお姫様と言われた人間がこんな場末のショーパブでエプロン一枚で給仕してたら親父さん泡吹いて倒れるだろう。


「大丈夫だソフィー、俺がお前たちの食い扶持稼いで来てやる」


 そうサムズアップしたが、裸ネクタイではただの変態にしか見えない。

 だが、俺の言葉で覚悟を決めたのかソフィーは元々裸みたいな格好をしていたがエプロンを着用して、見事裸エプロン騎士となった。


「やります」

「その意気よ、ボーイエンガール! ウェイターウェイトレスとして、お客様の注文を聞いてまわって、厨房にオーダーを届けてくれるだけでいいから!」



 言われて俺達はメモ帳片手に、紳士淑女スタイルでホールへと出た。

 ホールは猫の手も借りたい程忙しく、同じような格好をした従業員がせわしなく走り回る。

 中には手癖の悪い客もおり、女の子のお尻を撫でようとしてリカールにつまみあげられている客もいた。

 ありゃあの青髭支配人が一番忙しいなと思う。全ての女の子に気を配るのは難しいだろう。

 それよりソフィーは大丈夫か、あいつに御用聞きなんて高度な事できるのか。

 すっかり俺の中でソフィーの扱いはポンコツと化していた。


「え、えっと。ご注文繰り返させていただきます。ナマズの煮っ転がしに、ワイン一本、ニーニー塩マメ、ポインヨトマトのサラダでよろしかったでしょうか?」


 なんだ意外としっかりやれてんじゃんと感心していると、エロい顔したおっさんの手がジワジワと注文に夢中なソフィーの尻に近づいていく。

 おい支配人(青髭)やばいぞ、なんとかしろと思ったが支配人は別の客をつまみあげている最中だった。

 仕方ねーな。


 俺はジワジワ近づいていく、客の手をつねりあげる。


「いででででで!」

「お客様、当店お触り厳禁なショーパブですので、こういった行為は慎んでいただけるようお願いします」

「わかった、わかった! 悪かったよ」


 ふぅっと息をつき、ソフィーを見守る。

 わりかし要領はよくて覚えもいいんだよな。まぁ神からEX判定受けてるくらいだしな……。

 そう思ってると、さっきのエロい顔したおっさんが、俺のズボンにチップをねじ込んでくる。


「はっ?」

「俺、どっちもいけるクチだから。少年仕事終わったらおじさんと遊びに行かない?」

「ご、ご遠慮させていただきます!」


 ソフィーより自分の身の方が危うかった。

 俺は急いでバックヤードに戻り、注文を伝える。



「ボーイ! 三番テーブル、新しいお客さん入ったから注文聞きにいって!」

「はい~」


 ほんと忙しいなここ、と思いながら三番テーブルに行くとそこには。


「げっ」

「おっ……うはははははははは、なんだよその格好!」


 俺の姿を見てゲラゲラと笑う知りあいの姿が。


「乾、お前なんでこんなとこにいるんだよ。酒場だぞ」

「バカ、法律なんてもんはないんだよこの世界に。まぁ僕は甘酒飲んでジンマシンだして倒れたことあるから飲まないけどね。それよりなんだよその格好、変態紳士じゃないか。ズボン脱げよ、パンツ一枚なら完璧だって!あっ、サスペンダー貸してやろうか? きっと似合うぜ」


 そう言う乾は心底楽しそうに腹を抱えている。こんなとこエーリカさんに見られたら恥ずかしくて死ぬ。


「ただいま」

「おっキタキタ」

「いらっしゃいませー」


 店の扉が開き新しい客かと思って反応したが、それは遅れてきた可能性の獣じゃなくてエーリカさんと猫族の少女だった。

 猫族の少女は見た目人間と差異はないが特徴的な猫耳をピンとたて、尻尾をゆらゆら揺らしながらエーリカさんとともに乾の方にやってくる。


「先行っちゃうのは酷いにゃー」

「悪い悪い、のど乾いちゃったしさ。ハイマンとロベルトは?」

「もうちょっとしたら来るにゃー」


 俺は乾にそっと彼女が誰かを聞く。


「あぁ悪い悪い、紹介してなかったな。猫族のリリィちなみにSレアだ。この前増えたって言ってただろ?」

「言ってたな」


 けっ、また高レアな戦士かよと思ってると、こっちに熱視線を送ってくるエーリカさんに気づく。やばい、今凄く恥ずかしい格好してるんだった。

 ただエーリカさんの目はいつも閉じられているので、熱視線なのかどうかはよくわからない。でもこっちをずっと向いてるしな……。


「さ、咲君。セクシーね」


 と言われた。やばい死にたい。

 俺はそそくさと注文をとって、逃げるようにバックヤードに走って行った。


「あぁあいつマジおもしれぇわ。まさか金稼ぐのにあんなことまでするなんて必死すぎだろ」


 おもしれぇと笑いをおさえられない乾だったが、その隣で咲が入って行ったバックヤードをじっと眺め、徐々に顔色が白から赤へとかわり、きゅうっと音をもらし、頭や鎧から煙を吹きだしてエーリカが倒れ込んだ。


「お、おいエーリカどうしたんだよ!」

「エーちゃん、大丈夫かにゃ! しっかりするにゃ!」





 乾やエーリカさんも帰り、お客も大分はけてきて、そろそろ終わりかなと思う頃に五人の黒いローブを身にまとった男性客が入店してきた。

 リカールの方を見ると、時計を指さして、両手をクロスしている。


「もう時間だから入店断れ、か」


 まぁそうだな、今から入っても酒が出てくる時間には閉店だ。


「すみませんお客さん、申し訳ありませんがもう時間が遅くなっているので、入店の方制限させていただきたいのですが」

「なんだと! お前らは客で差別するのか!」


 唐突に怒鳴りだしたローブの男に店内の視線全てが集まる。リカールも慌ててやってくる。


「お前らは貧民街の人間だと入店を断るのか!」

「いやらしい富裕層の豚どもが! 我々を見下しおって!」


 口々に叫び始めたので、リカールも折れ、仕方なくテーブルに案内する。


「これだから客商売は大変なんだよな」


 俺が商売の厳しさについて考えていると、後ろからソフィーが声をかける。


「王様、あの男達私が十字架を買った店の店主です」

「なに?」


 てことはあいつら窃盗団か。野郎俺の八万ベスタ返しやがれ。

 表立って事は起こせないが、俺は御用聞きのふりをしてテーブルに近づいていく。


「注文の方をおうかがいに~」

「なぜ男がくるのだ! 女をだせ! そんなこともわからんのかこのバカどもが!」


 くっそ、こいつら最初から酔ってやがるのか? と思うくらいに叫びまくりやがる。

 かわりに注文をとりに行った女の子達が胸を触られたり、尻を触られたりで、もはややりたい放題だ。


「追加注文だ! さっさと注文をとりに来い!」


 閉店時間をすぎ、他の客はほとんど帰っていったが奴らが帰る様子は全くない。

 誰も注文をとりにいきたがらないところに、ソフィーが注文をとりにいく。


「今日はいい儲けになったな」

「あぁ痴女みたいな格好をしたシスターが、十字架を高値で買っていきやがったからな。近くの教会から盗んできた何の価値もないもんにぽんと八万も払っていきやがったぜ」

「いやいや、そういうバカのおかげで俺達がうまい飯を食えるんだ」

「ほんと神様は俺達に飯をおごるのが得意だよな」


 あひゃひゃひゃと笑い声が聞こえる。信仰心の強いソフィーにとっては侮辱以外の何物でもないだろう。


「ありがとうございます、これで私は王をお守りすることができます。なんてバカなこと言ってたぜ」

「そいつは傑作だ。八万で守れるなら十分安い買い物だろ!」


 男達はソフィーの真似だろうか、手を組み、声のトーンを上げバカにした言い方で話すと周りの男達はゲラゲラと笑う。


「…………」


 ソフィーのスキルは主への信仰。彼女の信仰心が高ければ高いほど全ステータスが上昇する……。

 俺はそこで彼女が毎日神に三度感謝を捧げなくてはなりませんと言っていたことを思い出していた。


「あいつソードベアに負けたこと気にしてたのか」


 だからあんなもの買ってきてまで己の信仰心を上げようとしたのか。


「…………」


 俺はそっと厨房の中に入って行った。


「おい女、もっとしっかりと我々をもてなさぬか! こちらに来い!」


 男は無理やりソフィーの腰を掴もうとする。それでも彼女が我慢し続けているのは使ってしまったお金を返さなければならないという責任感の強さからだろうか。

 その光景にリカールの怒りが頂点を超え、彼が叩き出してやろうかと思った瞬間だった。


「どうもー、焼きたてパイのミートチリです」


 唐突にパイの皿を両手にもって現れた俺にざわつくローブの男達。


「そんなもの頼んでないぞ」

「こちらからのサービスですのでぇ、受け取れオラァッ!!」


 俺は男達の顔面にパイを投げつける。べチャッと焼きたて高温のパイが顔面にさく裂し、床をのたうち回る男達。


「貴様何をする!」


 即座に剣を引き抜いた男に、用意していた銀の十字架をぶん投げてプレゼントする。


「おらぁ、神が不敬ものに対してお怒りじゃ! 元あったところに返してきやがれ! 後俺の八万ベスタ返しやがれ!」

「野郎、ぶっ殺してやる!」


 パイをぶつけられた男達が立ち上がり、次々に剣を引き抜く。従業員の女の子達は悲鳴を上げて、店から逃げだしていった。


「八つ裂きにしちまえ!」


 五人の男達が一斉に俺に飛びかかってくる。これはさすがにやばいかもと思った瞬間、足が椅子にひっかかり転倒する。やばい、このタイミングでこれは死ぬ!


「主よ、我が王に会えたことを深く感謝いたします」


 そんな声が聞こえてくると、丁度飛びかかってきた男達の剣が全て俺の目の前で停止する。


「な、なんだ体が動かねー」


 まるで時間が止まったかのように男達の剣は静止していた。いや正確には剣が俺の前から進まない。それは目の前に淡く輝く光の盾があったからだ。


「これは……」


 振り返るとそこには両手を組み、祈りを捧げるポーズをしているソフィーの姿があった。

 彼女の背中からはまるで守護霊のような、足が無く背中に羽を生やした巨大な騎士甲冑の姿があった。


「なんなんだこれは!?」


 怒鳴る男にソフィーは冷静に声をかける。


「神の盾エクスマキナは何物であろうと砕くことはできません」


 俺は即座にスマホを取り出し、ソフィーにかざす。

 すると画面にはヘヴンズソード召喚中と表示されている。

 もしかしてこれが彼女のEX能力なのか?

 俺が疑問に思っていると、男達はもう一度振りかぶって俺を滅多切りにしようとするが、首はおろか髪の毛一本切り落とせなかった。

 薄く発光している騎士甲冑が、まるでランプの魔人のごとく全ての攻撃を盾ではじき返したからだった。


「化け物かよ……」

「化け物ではありません。神を冒涜し侮辱する貴方たちへ天罰を下します」


 ソフィーの持っている巨大なハルバートが発光し、更に一回り大きく見える。


「ゴッドインパクト!」


 騎士甲冑は巨大な剣を盾から引き抜くと、盗賊相手には明らかなオーバーキルとなる横一閃の一振りを見舞う。

 急いで逃げようとする盗賊たちだったが、逃げることなど不可能な範囲攻撃に背中を斬られ、吹っ飛びながらその場に倒れた。


「す、すげぇ……」


 全員が驚きに目を白黒させていると、ソフィーは一仕事終わったように一息つくと守護霊である騎士甲冑を背中から消した。


「勝手に倒してしまいましたが、これで良かったのでしょうか王様」

「お、おう。グッジョブ」

「グッジョブとはなんでしょう?」

「いや、気にしないで。それよりもしかして全員殺したの?」

「いえ、私の力はまだ中途半端で完全に神を具現化させるに至ってはいません。先ほどのもほとんどが霊体で肉体的ダメージはないでしょう」

「そうなのか、いや、なんかごめんな」


 ポンコツ扱いして。いや、これはまぎれもなくEXだわ。こんな能力見たことない。


「ボ、ボーイズエンガール! これは一体どういうことなの!? ガール今のゴーストアーマーみたいなのはなんなのかしら!?」


 興奮するリカールにソフィーは神のお力ですとにこかに笑みを返した。


 リカールが城の衛兵を呼んでいる最中に奴らの懐をごそごそと漁る。


「あった」


 財布発見である。俺の金は返してもら……減ってる。

 いくら数えてもこいつらの所持金は四万ベスタしかなかった。


「この野郎人の金使い込みやがって」


 パカンと気絶している男の頭を殴る。


「すみません、全部は戻ってこないようですね」

「まぁ半分は返ってきたし良しとしよう」


 文無しのはずが四万も戻れば上出来だろう。後は近くの教会からパクってきたっていうこの十字架さえ戻してくれば全ては丸くおさまる。

 そして数分の後男達は城の衛兵に連行されていった。城の方もこいつらのことを追っていたようで、複数の余罪を追及していくとのことだ。



「ボーイズエンガール! 今日はいろいろありがとう! 最後に凄いものも見られちゃったし! これ奮発しちゃったわ!」


 俺達二人に手渡された布袋の中を見ると。一人二万ベスタも入っていた。


「いいんですか?」

「いいのよ、また今度手伝いに来て頂戴!」

「ありがとうございます」


 なんのかんので一人二万ずつ手に入り、合計すると八万ベスタになった。

 おぉ一日の稼ぎでは過去最高になったなと思い、ダンジョンとかギルドのお願いとかやるより地道に働いた方がお金になるのでは? と思い始めてきた。

 なんかズボンがごそごそするなと思って手を突っ込むと、あのエロい顔したおじさんが入れたチップが見つかり、五千ベスタプラスになった。

 やったぜ。


 帰り際ソフィーが何か紙袋を手渡されていた。


「なにそれ?」

「さぁなんでしょうね?」


 紙袋を二人であけると、中には店で使っていた薄いエプロンとセクシーな黒の下着が入っていた。そしてファイト! とハートマークが書かれた紙が一枚見つかる。


「なんか勘違いされてるな」

「そ、そうですね」

「かえしてくる?」

「いえ……記念に持っておきます」


 彼女の初めてのバイト記念品だろう、それがセクシー下着とエプロンというのはどうなのかと思うが。

 俺は彼女に今日の収入である二万ベスタを渡す。


「あの、これは?」

「これは今日君が稼いだ正当なお金だ。それでまた新しい十字架を買うも良し、何か欲しいものを買うのも良しだ」


 ソフィーはまじまじと硬貨を見た後、首を振り返してきた。


「いえ、結構です」

「別にいいんだぞ? 何か祈りを捧げる時に必要だろ?」

「そうですね、それでは……」


 ソフィーは少しだけ考え、パンと手をうった。





 その翌日十字架のなくなった礼拝堂でソフィーは祈りを捧げていた。

 十字架のかわりに、正面の小さな机の上には焼きたてのチーズパンがお供え物としてそなえられていた。

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