第2話世界のためにと君は言う。

彼女は道標の神様だ。


人に自分の進むべき道を教えて、正しい人生を歩ませるのが彼女の仕事である。

一人一人には個々の人生がある。その説明書のようなもの(これを人生ノートと言う)を持ち歩いては、彼女は一人一人をよく見ている。



こうして説明しているのは誰かと言うと、何の変哲もない何処にでもいるような人間。


そう、僕だ。

どうして彼女が神様だと分かったのか?それは単純明快、異なる力を使うからだ。まるでそう、人を操るような。


かいつまんで話すと、僕と彼女は知り合いだ。と言っても、僕がその不思議な力を思わず口に出して問い掛けてしまったのが始まりで、その時彼女は凄く驚いていた。


彼女は神様で、僕たち下界の人間には姿が見えないそうだ。でも、僕にはその姿が見える。


映える腰まで伸びた銀色の髪……おっと、口を塞がれてしまった。


「何の用ですかね」

「見学だよ、今日も頑張ってるのかなって。やっぱり心配になるじゃないか」

「余計なお世話です」


そう言うと、ツンと向こうを向いてしまい【ガラスをすり抜けて】仕事を再開してしまった。


ああそう、今僕はスタバのカウンターに座っている。

そこから前に見えるガラス越しには煉瓦で積まれた花壇がある。色とりどりの花が咲き並ぶ中、その淵に彼女は座って目の前の交差点を眺めている。


「眺めていません、監視してるんです」

「そうっすね、はいはいごめんなさい」

「なんですか、その気の抜けた謝り方は」


僕はスタバの中、彼女は外の花壇。僕らの目の前を隔てるのはスタバのガラスの壁。普通に声を出して話すのは無理な話だ。


なら何故出来るか?答えは簡単、彼女は神様だからだ。


……答えになってない?つまり、【テレパシー】なんてものは彼女にとって朝飯前ということさ。

だけど、僕の方は声を出さなきゃいけない、だから電話をしているようにイヤホンマイクを付けて、彼女の背中を見守りながら話す。


「飽きないよね、毎日毎日人を眺めてさ。交通量測るやつとどっちが儲かるんだろ」

「気が散るんで黙っててくれませんか?貴方こそ、ほぼ毎日そこに座ってますけど、暇なんですか?お仕事の方は?」

「大学生だって言ったでしょ。今日の講義は昼からなの、君がここに来るって言うから来てあげたのに」

「恩着せがましいですね、頼んだ覚えはありませんけど」

「まあ頼まれた覚えもないけど」


思わず憎まれ口を叩いてしまい、彼女は不機嫌そうに静かに唸っているのが分かった。


彼女はこうして、まあもちろんここだけではないが毎日毎日、人を監視している。大層な本を脇に携えて、人の歩く姿を目で追っている。


先ほども言ったが、彼女は道標の神様だ。人生という誰もに敷かれたレールの上を歩く人間を、踏み外れる事がないよう見守っている。もし外れそうな時は、その不思議な力を使ってまたレールの上に戻す。


どういう原理かは知らないが、彼女はそういった力を持っている。


「その仕事は楽しい?」


興味本位で聞いてみる。


「貴方には関係のないことです」

「そりゃそうだ。でも気になるじゃん、神様の仕事なんて、立ち会えただけでも奇跡だ。聞くだけならタダだろ?」

「こうして貴方とお話ししているだけでも、気分を害しています」

「ヒドイな、退屈そうだから話し相手になってあげてるのに」

「それを恩着せがましいというんです」

「で、どうなの実際」

「退屈で死にそうです」

「忙しい時もあるでしょ」

「稀に。ですが、殆どは手出ししななくても良いので、楽ですが、退屈です」


神様の仕事は至って単純。

でも僕からすれば、物凄く興味深い……ぶっちゃけて言えば面白そうな仕事だ。


神様のお仕事だぞ?興味が沸かないわけがない。


「不埒な事を考えていますね」

「そうかな」

「不謹慎だと思いませんか」

「僕ら人間からすれば、君たち神様は崇める存在だ。そもそも居るかどうかも分からない、不透明な存在。ある種人間の妄想の産物【だった】と言ってもいい。だけどそれは違った。

神様はいたんだ、本当に。さらに君以外にも何人かの神様がいる」

「貴方に気を許した私が愚かでした」

「誰かに話すわけじゃない。問題ないだろう」

「人に知られた事自体が問題なんです」

「君の上司に怒られる?」

「果たしてそれだけで済むかどうか」

「僕は殺されちゃうのかな」

「貴方の存在自体、【いなかった】事にされるかも」

「そいつはまた、ミステリーだね」


そうこうしているうちに、目の前の交差点を渡り切った高校生が、ふと何かに気付いたように後ろを振り返り走り出した。その先には、たくさんの荷物を携えたおばあさんの姿が。


「あれも君の力?」

「仕事ですから」

「ここで監視している間に、他の場所が疎かになる事は?」

「私を誰だと思っているんですか」

「それが答えになっちゃうんだから、神様って偉大だよね」


外から響き渡るクラクションの音が店内まで聞こえる。どうやら信号が変わっても高校生とおばあさんは信号を渡り切れていなかったようで、苛立ちを見せたトラックの運転手が鳴らしていたようだ。


「あーいう人、どう思う?」

「興味がありません」

「僕が神様だったら、あのトラックごと爆発させるね」

「爆発で横断中の二人にも被害が及びます」

「……あ、そっか。じゃあ……彼だけ殺しちゃう……とか」

「なんでもかんでも悪人は死罪だなんて、単調思考もよいところですね。まあ彼の場合悪人ではありませんが」

「でも、周りの人はあれを見て気分が悪くならないわけがないと思うけどな」

「それはあくまで貴方の見方でしょう。

あの二人は信号が赤になっても渡れていない。

運転手はクラクションを鳴らして煽っている。もし双方を罪に問うなら、罪の重さはさほど変わらないでしょう」

「神様に良心てもんはないのかね」

「人の創り出した造語には興味ありません」

「人間に関心が無かったりする?」

「特には」

「じゃあさ」


この質問は、かなり勇気のいる質問だ。彼女が興味を示すかどうかは分からないけど。


「仮に、仮にだよ?君が人間に惚れたとする」

「ありえませんね」

「例え話さ。その惚れている人間が明日死ぬと人生ノートに記されていたとしたら、君はどうする」

「どうもしませんよ」

「見殺しにするってのか?」

「そうですね、死に場所くらいは選ばせる事が出来ます」

「真剣に答えて欲しい」

「答える義理はありません」

「じゃあ、もし答えてくれたら、もう君に話し掛けたりしない。邪魔もしない。約束する」


彼女の言葉が一瞬止まる。


「変わりませんよ。

もし仮に私に大切な人がいたとして、その人が今日でも死ぬと書かれているのなら、その最期を見届けるくらいはするでしょう」

「君が真実を話せば、その人は助かるかもしれない」

「してはならない事です」

「君が別の方向にその人間を導けば、その人間も助かる、君も悲しまず済むだろう」

「その先にあるのは世界の終わりです」

「見たこともないのに、なんでそう言い切れる?」

「見れるわけがないでしょう?世界の終わりですよ?その時がもし来たとしたら、全ての生命はおろか、私たち神も塵と化すでしょう」

「でも、来るかどうかも分からないだろう」

「試す価値もありません。一つに盲目になっては、本末転倒。

もし今日、もしくは明日その方が死ぬとなれば、それはその人がそういう人生だった、というまでです」

「あんた、情ってもんがないのか」

「人ではありませんから」


僕はその場を立ち上がり、飲み終えたコーヒーのカップを捨てて店を出る。


「さようなら」

「ああ。また、いつか」



この後、青年は近くの川で流されていた子犬を助けた。子犬の身体はひどく冷え切っていたが、命に別状はないようだ。首輪が付いていないところを見ると、どうやら野良犬のようだ。


青年はその犬を引き取ることにした。幸い住んでいるアパートはペットOKということなので、そこで飼うことにした。


だが翌日から、中からはひっきりなしに子犬の鳴き声が響いていた。

気になった大家は部屋を開けた。中からパタパタと走ってきたのは、先日助けた子犬。


「どうして、空き部屋に犬が?」








ーーーーーーーー◆





「だから言ったのに」


誰が聞いてるわけでもなく一人彼女はそう呟き、今日も仕事をこなす。

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