龍人伝記

柊 撫子

プロローグ


―――異変が発覚した時には、既に終焉への物語は始まっていた―――



 リエラ国城内の”魔水晶の間”では、国王でありこの国を代表する魔導士でもある”蒼流そうりゅう賢者けんじゃ”が思考を巡らせていた。この国が属する大陸全体に魔力を巡らせている『創造主』とされている龍が暴走していると報告されたからだ。

 ただの神獣による暴走とは比が違い、暴走を始めたと言われている現状でも大陸に大きな影響を及ぼしている事から、早急に対処せねば大陸に住まう生命は絶滅するだろう。

唯一の救いは、この異変の解決策が龍から提案されており、難しくはない条件であるという事。しかし、それを決断する蒼流の賢者には苦しいものだった。

 洗練された装飾が施された机に浮かんでいる、手のひら程の蒼く濁った魔水晶を見つめ自問自答を繰り返す。先程まで他国の賢者たちと魔水晶を通して情報交換をしていたが、龍の暴走によってそれも妨害されてしまった。

通信が切れる数刻前、他の賢者たちに龍の提案を受け入れるように言われた事、愛する国民たち、国の為に尽力する騎士や魔導士たちを思い出し、自分の役目を考えさせられている。もし、自分が冷徹で厳粛な王であったなら。こんな事で悩みはしないのだろうと思い馳せていた。


 暫くして賢者は重い腰を上げると、薄暗い魔水晶の間を後にする。そのままの暗い足取りで廊下の窓辺に立つ。

窓の外では暗雲が国を覆っており、賢者の心情を表しているかのように大粒の雨が叩きつける様に降り続けている。薄灰の石を敷き詰めた城下の街並みも、青々と茂っていた木々や植物も、この国の全てが魔水晶と同じように暗く濁っている。

彼是数か月は続いている大雨を見て、賢者は深いため息をついた。自らが極めた魔法をもってしても、この連日降り続けている異常気象をどうする事も出来ないのだ。

「この世界の平穏を守る為……か」

際限なく雨を降らせ続ける暗雲を睨み、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。窓から離れ、玉座へと戻るその横顔には隠しきれない葛藤が滲み出ている。



 ―――その昔、龍は人々に『水』『火』『風』『光』『闇』の魔法を授けたと言われており、大陸にある五つの国ではそれぞれに魔法を極めた賢者が存在している。この蒼流の賢者が極めたるはこの世に存在する全ての水属性魔法。その為、この国では『水魔法』を得意とする国民が多く暮らしている。

 この大陸では自分の真名は隠すものとされており、生誕の儀式として賢者から注がれた魔力を受け入れた量を基に属性別に定められている呼び名が付けられる。ほとんどの場合は出身国の属性のみを受け入れるが、王家や魔導士家系の生まれの者は他属性も受け入れる事も出来る。

その為、より希少な呼び名ほど魔力が高い者とされており、王族や国家魔導士は呼び名が被る者は一人もいない。

 しかし、名前が希少である条件はもう一つある。

それは国の平均を大きく下回り、どの賢者からも魔力を受け入れる事が出来なかった者だ。


 その者は『ラタトスク』と名付けられた。

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