少年の軌跡
少年は願った。
妹を生き返らせて欲しい、と。
幼くして両親に捨てられ、孤児院で生活を送っていた。
孤児院での生活は虐待もあり、決していいものではなかったが少年は生き続けた。
それは唯一の血縁である双子の妹が傍にいたからだ。
何時でも傍にいて、二人で支え合いながら過ごしていた。
これからもずっと一緒になって過ごしていくと思っていた。
それが、街全体を震わせる爆風によって壊された。
少年は爆風の余波を受けて、一度意識を手放していた。
意識を取り戻し、近くに妹がいないと分かると直ぐに探し始めた。
その妹は、少年の目の前で死んでいた。
瓦礫に下半身を埋もれさせた妹は、まるで少年に助けを求めるかのように手を伸ばしていた。
妹の目には生気は存在せず、手にも温もりは残っていなかった。
全ての建物は崩壊し、そこに住んでいた人間ほとんどが瓦礫の下敷きとなり、生き絶えていた。
少年は絶望し、泣いた。
どうして妹が死ななければならなかったのか?
妹は何も悪い事をしていないのに。
ただ精一杯自分と支え合いながら生きてきただけなのに。
妹の代わりに、自分が死ねばよかったのに。
何でもするから、妹を返してくれと、生き返らせてくれと願った。
少年の声は、世界に届いた。
世界は少年に語りかける。
お前の願いを叶えてやってもいいが、条件がある。
少年は条件とは何だと聞き返す。
世界は少年の願いを叶える為の条件を出す。
この世界を十度、崩壊の危機から救え。それに必要な力も授けるが制約も課す。さすればお前の願いを叶えよう。
世界は自らの予知により、崩壊の危機が十度もある事を知った。
それを阻止する為の世界の代行者を必要といていた。
少年は条件を呑み、世界と契約を交わした。
十度世界を救えば、妹を生き返らせてくれる。それだけが少年の原動力となる。
世界は少年に力を授け、制約を課し、送り出す。
世界が少年に授けた力は二つ。
一つは十度だけ、どんなものでも消滅させられる短剣。
対象が例え病でも、そして神でさえも例外ではない。
一つは未来へと跳躍させられる能力。
時を越え、崩壊に差し迫った未来へと跳躍する。
そして、この力がある限り少年に害が及ぶ直前、害の及ばない未来の少年の立つ場所へと自動で跳躍する。
この二つの力により、人並み以下の身体能力を有する少年は傷一つ負う事もなく世界を救う術を身に付けた。
また、自分の願いを他者に伝えない事、正体が分からないように全身を常に隠し、言葉を声して出さない事が制約となった。
この二つのどちらかを一度でも破れば、少年の願いを叶えないと宣言した。
少年は妹を生き返らせる為、誰にも願いを伝えず、声を出さず、姿を隠し通す。
少年は世界を救う為、初めは十年後の世界へ。
次にそこから五十一年先の世界へ。
更に三十七年、百八年、九十二年、三百六十五年、千七百三年、五百五年、七百九十七年先へと跳躍する。
最後は二百三十一年先の未来へと向かっていく。
それとは別に少年は自分に害が及びそうになった瞬間、たったの一秒先でも、そして四日先、三月先、十二年もの先の未来へと自分の意思とは関係なく跳躍する。
世界が崩壊に瀕する要因は様々だ。
最愛の王妃を亡くし、狂気に落ちた国王が世界を道連れにしようとした。
古代に封印された竜種が目覚め、世界を火の海にしようとした。
魔族の王が崇める魔神を降臨させようと、世界全てを生け贄にしようとした。
異世界から侵略者が現れ、世界全土を支配しようとした。
実に様々であった。
少年は次々と移り変わっていく言語、状勢、文明、文化、技術、衆知に興味を示さなかった。
その時間の世界を救えば直ぐに次の未来へと向かうのだから意味がないと一蹴してしまっているからだ。
少年の目的は妹を生き返らせる事ただ一つ。
それ以外はさして重要ではなかった。
世界を救うのも、目的を達成させる為だけの手段としか思っていない。
四度目の崩壊の危機に瀕する世界へと跳んだ頃から、少年は時渡りの勇者と呼ばれるようになる。
世界の危機にだけ現れて、どんなに時間が掛かろうとも最後には世界を救う勇者、と。
三度も世界を救った者の姿が全く変わらず同じままだった事が遺物として残されていた文献に記されていた事に起因する。
姿が同じだけで別人かもしれないと疑う者もいたが、実際に未来へと跳躍する瞬間を目の当たりにし、無理矢理に疑念は捨て去られる。
また、常に少年に付き従う者がどの時代にも一人いた。
その者はどの時代でも誰もが少年と同じように統一した姿で全身を隠し、声を出さなかった。
少年は自分に似ていると思いながらも、決して関わろうとしない。
どの時代で同じ姿であるという疑問を解消したとしても、妹を生き返らせる事に対してなんら関係がないからだ。
ただ、その者のお蔭で少年は世界を救う事が出来ている。
その者が少年の露払いをし、元凶へと近付く手助けをする。
少年は未来へと跳躍していきながらも相応に年を重ね、成長する。
少年の感覚ではたった三年の経過でも、世界は何千年も時を過ぎ去っている。
何千年も経ち、漸く少年は世界を十度救う。
十度目は魔法を統べる王が世界を蹂躙しようとしており、少年は城へと乗り込んで魔法を統べる王を滅した。
その瞬間に少年の手から短剣と未来へと跳躍する能力が消え去る。
そして、近くにいた筈の付き従う者も忽然と姿を消していた。
少年しかいない城の一角で世界は少年との約束を果たす為、少年の妹を生き返らせる。
少年とは違い、死ぬ直前の姿のままの妹は少年の目の前に構築され、そのまま少年へともたれ掛かる。
少年はもたれ掛かってきた妹の体温、呼吸から本当に生き返ったのだと実感する。
少年は自分の願いが叶った事に歓喜し、涙を流す。
しかし、それを邪魔するかのように天井の一部が崩落し、少年と妹へと降下していく。
先の魔法を統べる王との戦いにおいて、魔法を統べる王が放った一撃が天井に当たっており、それが今になって影響を及ぼした。
今から駆け出しても意味がないと悟った少年はせめて妹だけでもと、全力で遠くへと投げる。
それによって妹は瓦礫の下敷きになる事はなかった。
代わりに、未来跳躍の能力を失い避ける事の出来なかった少年が下敷きとなり、床と瓦礫の間から赤い液体が染み出ていく。
少年は死ぬ寸前でも自分の事より、妹の事だけを想っていた。
せめて、妹だけでも生き続けてくれと想いながら、世界を十度救った少年は息を引き取った。
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