あの恋の話をしよう。
ほしのかな
第1話 colling
この声が聞こえますか?
この恋が聞こえますか?
夕暮れ橋を渡る電車がタタンタタンと規則的な音を鳴らす。川は煌く朱に染まり、電車は乗客を彼方へ運んでいく。サラリーマンや学生さん、主婦やお年寄り。私の知らない人を乗せ、私の知らない場所まで行くであろう電車が、何故これほどまでに愛おしいのか。
私はベランダの手すりにもたれる様にして、その小さなパレードを見送った。
「さようなら」
ビルの森に消えていく、誰かの後姿に呟けば、ほろりと涙が頬を伝った。
件名:(なし)
本文:俺、彼女出来た。
携帯の画面は、何度見ても変わることの無い事実を、無機質なドットで描いている。絵文字も何もついていない簡潔な文章があいつらしい。
件名:Re;
本文:おめでとう!
だから私も、いつもの様にメールを返す。
小学校、中学校、そして高校。あいつと私はいつでも一緒だった。家も近所でクラスも一緒。所謂、幼馴染というやつだ。一緒に居るのがあたりまえで、家族のように大切だった。
だから、こうして都会の大学に進学し、遠く遠く離れるまで、私は自分の感情の名前に気付かずにいた。
一体このメールをどんな顔して打ったんだろう。
幸せににやけながら、いそいそと携帯を弄るあいつの姿を想像し、少し笑った。
ふいに携帯が歌いだす。
メールかと思い画面を見れば着信の文字。
「馬鹿」
既に涙でぐしゃぐしゃの私は、喉もひくつき声だってかれている。
こんなんじゃ電話なんて出れる訳が無い。
おめでとうなんて言える訳が無い。
彼女の話なんて聞ける訳が無い。
それでも。
あいつが電話をくれたことが嬉しいなんて。
最後に声を聞いたのは、昨年の夏帰郷した時だ。
高校時代より少し低くなったあいつの声を思い出す。
あの甘い声で、彼女に愛を語るのだろうか。
ぐるぐるとどうしようもないことばかりが頭を回る。
そうしている間に、私を呼ぶ音はぴたりと止まった。
それがこんなに寂しいなんて。
「はぁ」
私は深く息を吐くと、震える指で発信ボタンを押した。
冷静さはすっかり失っているし、明らかに泣いている事がバレバレの声音だけど、もう、それでもいい。
おめでとうって言えないかもしれないけど、それでもいい。
プルルルと続くコール音を数えながら、私は藍に染まり行く空を見上げた。
「もしもし……」
この声が聞こえますか?
この恋が聞こえますか?
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