第六場 引き継いだもの

『これにて全ての発表が終了いたしました。交流会は三十分後に開始します』


 気が付けば、体育館に残っているのは私たちだけだった。凛先輩とありす先輩のすすり泣く声だけが聞こえる。


「――入江、お前、どこまで知っていたんだ?」


 古賀先生がやけに優しい声で問う。


「脚本に書いたことが全てです」

「でも、俺が演劇部の顧問だってこと、最初から知っていただろ。姉ちゃんから聞いていたんじゃないのか?」

「……下郷高校に合格した時にそんな話を聞いただけです。姉も深い意味があって話したわけじゃないと思います」


「今日の城東学院の劇ってさ」葵がいかにも発言しますよというふうに片手を挙げて話始める。

「当時の部員が全員卒業したからやったのかなあ?」


 たしかに、なぜこのタイミングなんだろう。やっぱりウチの脚本に合わせてきたのだろうか。


「萌先輩なら、下郷高校がどんな劇をやるか早い時点で知ることができるよね?」


 私の視線を受けた入江が不愉快そうに顔をしかめる。


「俺? 自分の書いたものを姉ちゃんに見せるなんて、そんな恥ずかしいことするわけないだろ」

「もしかしてだけど」今度は美香が手を挙げた。

「全員が知っているわけじゃないのかも」

「あんな劇をやっておいて?」思わず刺々しい声が出てしまう。

「創作だと思ってやっていたんじゃないかなぁ?」

「あれが真相じゃないって言うの?」


 美香を責めてもしかたがないのに、どうしてもけんか腰になってしまう。美香は気にした様子もなく、斜め上を向いてアヒル口をしている。


「そうじゃなくてぇー、萌先輩が部長になったからこの劇をやったんじゃないかと思って」


 なんだそれ。さっぱりわからないぞ。

 葵が「あっ」と小さく叫ぶ。


「部長になって初めて真相を知ったとか?」


 人差し指を立てて身を乗り出す葵に、美香も人差し指を振り回す。


「そうそう! 下郷高校が大会棄権して、活動休止になったことくらいしか知らなかったんじゃないかと思うんだ。そうじゃないと、春の文化祭で会った時にあんなふうに話しかけてこられないでしょ?」


 城東学院の文化祭――萌先輩のロミジュリ。そうか、あれからもう一年近く経つのか。

 たしかに、下郷高校演劇部の活動休止が全面的に自分たちの演劇部のせいだと知っていたら、あんなフレンドリーに接してこれるはずがない。瑞穂だって普通に話しかけてきた。澤田カリンは……感じ悪かったけど、あれはあれで、負い目がないからこその態度だったのだろう。だとすると、あの時点ではみんな知らなかったと考えるのが自然かもしれない。

 葵がおずおずと口を開く。


「私はその場にいなかったからわからないけど、そうだとしたら、やっぱり萌先輩は部長になったから真相を知ったんじゃないかな」


 当時の三年生は夏の地区大会が終わった時点で引退しているはず。二年生だった萌先輩が部長になったのも当然その時期だ。


「部長の引き継ぎ事項ってこと?」


 そんな引き継ぎあるかっ、と心の中で自分の発言につっこむ。けれども葵はしっかり頷いた。


「うん。引き継ぎ事項というか申し送り事項というか。もしかしたら、そんなに堅苦しいものじゃなくて昔話として聞かされたのかもしれないけど」

「後輩たちには言えないよねぇ、そんな話」美香がため息混じりに呟く。


 部長だけが知っている真相――。当時の部員が誰もいなくなった今だから、そして下郷高校演劇部が再始動し始めたから、萌先輩は自分が知った真相をカミングアウトしたってこと? 部員を傷つけずに私たちには知らせる方法で――。


「――もういいよ、この話は」

「うん、過ぎたことだし」


 泣いていたはずの先輩たちがすごく穏やかな笑顔を見せる。

 そうだ。これは先輩たちの問題だ。私たちがかき回していいものじゃない。

 と、突然、


「悪かった!」


 急に大声が聞こえて、私たちはコントのように揃ってパイプ椅子に倒れ掛かる。


「全部、俺のせいだ」


 古賀先生が先輩たちに向かって深く頭を下げている。


「俺があの時すぐに脅迫状を問題にすればよかったんだ。せっかく、お前たちが知らせてくれたのに、俺はおおごとにしないことを選んだ。いや、選ぶまでもなく、それしか思いつかなかった。あれで騒ぎになっていれば、ウチの濡れ衣はなかったんだ」


 城東学院の劇によれば、最初に送り付けた脅迫状に反応がなかったから、自作自演の脅迫状が作られたわけで。でも、それって、なんか違う気がする。そう思っていると、先輩たちがケラケラと笑い出した。


「先生、そんなことどうでもいいですよ」


 ありす先輩が古賀先生の背中をポンポン叩く。


「そうそう。下郷高校演劇部はなにも悪いことをしていなかった。それでいいじゃないですか」


 凛先輩も頭を下げたままの古賀先生の肩に触れて、上体を起こさせる。


「あー、なんだかやっと卒業したって感じがする」

「ほんと」


 二人ともすっきりした顔をしている。あの事件のせいで一度も舞台に立てなかったのに。


「演劇部に籍を残しておいてよかったです。後輩たちも入ってくれて」


 凛先輩が私たちに微笑みかける。

 先輩たちから引き継いだこの演劇部を守って、育てていかなければならない。強くそう思う。


「新入部員、たくさん入部させてよね」


 ありす先輩が偉ぶった態度で喝を入れてくる。


「はいっ!」


 私たちは体育館に響き渡るほどの大声で返事をした。




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