雛鳥たちのサーカス【短編集】

ほしのかな

第1幕 ジョニィの部屋

 汚れた都市の裏路地に佇む年季の入ったアパルトマン。二階の西の角部屋にジョニィは居た。

 ひょろひょろと細長い体を小奇麗なスーツに包み、手には長い樫の杖。オイルで撫で付けられた白髪の上には、洒落た山高帽が乗っている。樹木の年輪の様に深く刻まれた皺が彼の気難しい性質を代弁し、古い丸眼鏡の下に潜む灰色の瞳は、ただぽつんと区画された空を見ていた。


* * *


「ねぇジョニィ。本当にコレ食べても良いのかい?」

 テーブルの焼き菓子を囲んでいた子供の一人が目を輝かせてそう言った。

 手も顔も煤だらけのその子供は、地下水路をさ迷っていた少年だ。両親に捨てられ、ゴミを漁り、雨風の凌げる水路で眠る。可哀想で哀れな子供。

「ああ、たんとお食べ」

 ジョニィは嬉しそうな少年を眺めながら、満足そうに笑った。

「この菓子は美味しいね! 僕のママが作るのとは大違いさ」

 そう言ったのは、真っ白なシャツをきっちりと着込んだ子供。中流家庭で育った少年だ。母親の手料理を食べ、学校に通い、暖かなベットで眠る。普通の家庭の普通の子供。

「どうぞお食べなさい」

 ジョニィは美味しそうに菓子を頬張る少年を眺めながら、満足そうに言った。

「これはシャルレの焼菓子だね。次はプティングにしてよ。僕はあれが好きなんだ」

 零れやすい焼菓子を器用に平らげた子供が紅茶を啜りながら言った。丘の上に建つ豪邸で暮らす少年だ。シェフの作った料理を食べ、習い事に勤しみ、ふわふわの羽毛布団で眠る。裕福な家の幸せな子供。

「そうかそうか、そうしよう」

 ジョニィは上品にカップを傾ける少年を眺めながら、満足そうに言った。

 

(どの子もみんな愛らしい)

 ジョニィは賑やかに菓子を囲む子供達を眺めながら、顔の皺を一層深くして微笑んだ。

 ジョニィはこの時間が好きだった。街の子供達を集め菓子を振舞うことはもう日課と言っても良い程だ。

 道端に転がるボロを纏った子も、立派な暖炉の前で静かな寝息をたてる子もジョニィにとっては大差ない。

(どのこもみんなおんなじだ)

 部屋を照らす西日が、ジョニィの影を伸ばす。

 これまで幾人もの子供をこの部屋に招いたが、皆少しも変わらない。菓子を囲みニコニコと楽しそうに時間を過ごす。だが日が暮れ、街の彼方此方から夕餉の良い香りが漂うころには、決まってこの部屋から去ろうとする。

(それはとても悲しいことだ。おんなじことは悲しいことだ)

「ああジョニィ。僕はそろそろ帰らなくちゃ」

 子供の一人がにっこり笑う。

 ジョニィの瞳はガラス越しにも空っぽだった。


* * *


 子供の失踪事件が相次ぐ街のアパルトマン。二階の西の角部屋にジョニィは居た。

 ひょろひょろと細長い体を小奇麗なスーツに包み、手には長い樫の杖。オイルで撫で付けられた白髪の上には、洒落た山高帽が乗っていた。樹木の年輪の様に深く刻まれた皺から彼の気難しい性質が伺える。

 古い丸眼鏡の下に潜む灰色の瞳は、ただぽつんと歪にたわんだ天井そらを見ていた。

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