猫に鈴
潮原 汐
猫に鈴
一組の夫婦がフランス料理店でディナーを楽しんでいる。
「今日で結婚して三年。君は変わらず美しいし、家事も気配りも最高で、僕は本当に幸せだよ」
「ありがとう。あなただって毎日お仕事頑張ってくれるし、こういう記念日を大切にしてくれる。私の方こそ幸せよ」
「そうか。それじゃあ、もっと幸せになってもらおう」
そう言うと夫はポケットから丁寧に包装された箱を出し、妻に差し出した。
「結婚記念日のプレゼントだよ。気に入ってくれるといいんだけど」
「とっても嬉しいわ。ねえ、開けてもいい?」
「うん、どうぞ」
妻はガラス細工を扱うように、慎重な手つきで包装を解く。
「まあ、綺麗なネックレス……」
妻は息を呑み、潤んだ瞳で夫からの贈り物を見つめる。複雑な金細工が施された、それは見事なネックレスだった。
「着けてあげるよ」
夫は箱からネックレスを出すと、妻の首に手を回す。一瞬、金属のひやりとした冷たさが、しかしそれ以上の温かさを妻は感じた。
「どう?」
「うん、とっても似合ってるよ」
「うふふ、ありがとう。本当に嬉しい」
「そんなに喜んでくれて、僕も嬉しいよ。そうだ、一つお願いがあるのだけど」
「何かしら?」
「そのネックレスは僕から君への愛の証なんだ。だから、いつでも肌身離さず着けていてほしいんだ。そうすることが、君から僕への愛の証であるように」
「ええ、わかったわ。あなたといる時もいない時も、お風呂の時だって外さないわ」
「ありがとう、愛してる」
「私も愛してる、あなた」
二人はテーブルの上で手を重ね合い、微笑んだ。
*
「あっ……、お願い、いや、もっと優しく……」
「それが君の本音じゃないだろう」
「そんな、ああっ……」
「ほら、やっぱり」
女が体を震わせて熱い息を漏らす。二人の寝ているベッドを中心に、部屋中に甘く湿った淫靡な空気が満ちている。
「私ばかりこんなにした、ずるいわ」
「君がかわいいから、つい、ね」
「まあ、よく臆面も無く言えるわね」
「正直者なんだ」
「よく言うわよ。――ふふっ、でも許してあげる。その代わり」
「ああ、もっとよくしてあげるよ」
「そんなあなたが好きよ、私」
「僕もそんな君が好きだよ」
二人は汗の浮いた肌を一層強く寄せ合った。その時、
ピピピピピピ――。
空々しい電子音が二人に割って入った。男は枕元に置いたケータイを見て溜め息をつく。
「すまない、もう時間みたいだ」
「もう、残念だわ。これからいいところなのに」
「今度は今日の分まで頑張るよ」
「期待してる」
それから二人は急いで服を着ると、窓を開けて空気を入れ替える。女は荷物を持って玄関へ向かいながら男に悪戯っぽい笑みを向けた。
「それにしてもよく考えたわね。奥さんに発信器付きのネックレスを付けるなんて」
猫に鈴 潮原 汐 @nagamasa_s
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