第25話 大事なのは多分、そこです
◆
まさに引き金が引かれようとする刹那、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。
背もたれをなくした巳継は、自重に任せるままコロンと背後に転がる。天井を仰ぐ視界に、険しい表情で見下ろす生徒会長の姿があった。
「何この非常時にスカート覗いてんですか。エロですかエロ継先輩」
「んなっ、テメエが急に扉開けるからだろが! 言っとくがいま俺相当ダサいからな!?」
「自覚あんならさっさと立って下さい」
スカートの裾を押さえた虹子が一歩退きながら口を尖らせる。表情こそ豊かだが、その相貌はいつにも増して青白い。対して目の下の隈はどす黒く、疲労を隠し切れない。
ぶつぶつと文句を垂れながら身を起こす巳継に、虹子は追い打ちをかけた。
「全くセクハラで訴えますよ。こんなに証人いますし私有利――」
手を広げて群がる生徒達を示す虹子は、そこで初めて気づく。銃に手をかけた生徒の姿に。呆気に取られているが、引き金にかかった指はそのままだった。
虹子は内心で戦慄する。
だが態度には出さず、皆を代表する者として、深々と頭を下げた。
「対応が後手に回ってしまってる事は謝ります。申し訳ありません。歌誉さんの問題もいっぺんに浮き彫りになって、皆さんがナーバスになってるのも重々承知してます。でも昨夜に事を急いてしまったからこそ、いまは慎重に物事を見極めたいんです。そうも言ってられないのも分かってます。でも後で悔やむ事のないように、いま掛けられるだけの時間を掛けて検討を重ねておきたいんです。とにかく――これ以上の混乱を招かないために、私は全力を尽くしているつもりです」
その言葉は、聴衆の琴線を刺激した。
押しかけた者達の大半が、虹子の上級生である。ただでさえ同年代の中でも身長も低く、肩幅も華奢な彼女が、更に身を小さくして頭を下げている。
怒れる生徒達の前に、たった一人で怯む事無く立つ姿が、彼らの激情を鈍らせた。
だが、次に虹子が顔を上げた時、彼らは一斉に顔を引きつらせる事となる。
「だから皆さん、ちょっとどっか行っててくださいね?」
『――はい?』
一同が頭上に疑問符を浮かべた瞬間、虹子が鋭い声音で召請する。
「オルテラちゃん!」
「どうかなさいまして?」
呼び声に応じ、黒の制服をふわりと翻してオルテラが現れる。
どういう意図での演出なのか、天井に立つという天地逆転の離れ業で登場した。
「この人達、講堂まで転送してください」
『ちょっ』
「お安いご用です」
泡を食った生徒達が、オルテラが指を鳴らすと同時に消えている。生徒達がいた事を証明するかのように、一陣の風が吹き過ぎた。
静かになったところで、虹子は続けてオルテラに問う。
「先生達どうしてんです? こんな時にこそ皆さんのケアに当たってもらわないと」
「会議は踊る、されど進まず。籠もりきりで唸っておいでです、かれこれ三時間ほど」
「九十分越えた会議に意味ねーです。先生達も講堂に」
「オルテラ使いの荒い事」
何の変化も見受けられないが、恐らく既に、教師陣が講堂に転送されているのだろう。
自虐戦争前ならともかく、いまのオルテラに人の要求を聞き入れる義務はない。だが、虹子の奮闘を支持する様子は、寧ろ現状を楽しんでいるかのようだった。
「それから、桐吾さんと田路彦さんをここへ呼んでください」
「お兄様方を?」
「埒が明かねーんですよ。私一人で何を決めたって、正否の判断なんて出来やしねーんです。だから相談したいんです。皆で決めたいんです。未来を一緒に担っていく同志として」
「良い選択です」
オルテラが笑みを濃くするのを見届けて、虹子は巳継へと向き直る。
表情を厳しさに固めていた彼女だが、ここに来て、その相好を崩した。困ったように眉を下げて、口元には諦観を感じさせる淡い笑みが浮かんでいた。
「ごめんなさい巳継先輩。一緒に、背負ってもらっていいですか?」
その言葉の奥に彼女の真意を知り、巳継は瞠目する。
彼女は全てを背負うつもりでいた。誰に迷惑をかけるでもなく、負担を強いるでもなく。
扉の向こうで、自分だけで重責に耐える方法を模索していたのだ。
だが、結局そんな奇策は浮かばず、遂に後輩は助力を請うてきた。
上等だ、と巳継は思う。鼻を鳴らして、小さな少女の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「遅えんだよ頼んのが。俺を誰だと思ってやがる?」
「副会長さんですもんね」
「――違うな」
「……違うんですか?」
「良く聞け! この俺こそ、次元を超越せし最も偉大なる神羅の一角、グレイテスト・オーバー・ロード、友原みつぐはあっ!」
「転送するならもう少し穏やかに行ってほしいものだなオルテラ殿」
「痛てて……ここ、生徒会室?」
ポーズを決めつつあった巳継の真上に、田路彦と桐吾が転送された。完全に意図的なタイミングだ。その証左のように、オルテラはきゅふふと悪戯っぽく笑っていた。
落下して巳継を下敷きにした二人は、各々に状況を理解していった。
なずなと歌誉の不在を除き、ここに生徒会メンバーが集結した。
「土壇場で呼び出したりして、すみません。本当は私一人で全責任を取れれば良かったんですけど、情けねー事に、もう、押し潰されそうで……」
刻限は近い。魔女裁判まであと三十分とない。
自信を持てずに揺れる瞳。虹子はいまにも泣きそうな顔をしている。
だが、顔を伏せたりはしなかった。その情けない表情は、しかし虹子が自分自身と向き合い続けた強さの結果でもあるのだから。
「色々考えて、私は――歌誉さんを魔女だと証明するべきだという結論に達しました」
「そんな……」
熟考の末に導かれたその結論を、桐吾は俄かに受け入れがたい。
「何とか出来ないかな……頼むから、何かの間違いだったっていう事に……あ、そうだっ。Cラボの発明って事に出来ないかッ? 魔法みたいな事が出来る未知の技術! そう、たまたまそれが虹子に宿ったっていう事にすれば、何とか――」
「桐吾さん。『そういう事にしてくれ』――そんな言い方をしてる時点で、桐吾さん自身も認めてしまってますよね。歌誉さんが魔女だって」
「それは……」
図星だった。正鵠を射ているだけに、咄嗟に反論は思い浮かばない。
泣き笑いのような酷い顔で、虹子は続ける。
「私達はもう何も、誤魔化すべきではないと思うんです。皆さんの不満や不安はピークに達してます。だからこそ、私達は誠実であるべきなんです」
「でもそれじゃあ……歌誉は……」
「そこを相談したいんです。事実を事実として明るみにして、それと私達がどう向き合うべきなのか。大事なのは多分、そこです」
◆
近づいてくる足音に、衣緒は目を覚ました。
長椅子に身を沈めているうちに、眠ってしまったようだ。疲労はまだ色濃い。そればかりか、無理な姿勢で眠ったせいで首や肩が凝ってしまった。
手術室のランプは、まだ灯ったままだ。
時刻は十一時五十分。魔女裁判まであと僅か十分。市民として、教師として、大人として、せめて下される判決を見守るべきだろう。
そこまで黙考して、衣緒はようやく目覚まし代わりとなった足音に意識を向けた。
「来てもらって悪いけど、なずちぃなら――」
追い返そうとして、絶句する。
足音の主を視界に収めた衣緒の目が、驚愕に見開かれた。
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