第20話 いつまでも馬鹿でいろよな馬鹿
虹子の指示に打てば鳴るようにして、ある一画がにわかにざわめきだした。
戸惑いの声を上げるのは、比較的統率を取ってまとまっていた男女混成の生徒達だった。
彼らは一様に、二人一組になって整然と並んだ砲台に配備されていた。その天を衝く迫撃砲台こそ、虹子の言葉にあった
彼らは牽制と攻略の要として、作戦行動の初撃を任されているチームだった。
いわば戦いの火蓋を切る役割の彼らだが、その反応は鈍い。告げられた言葉の意味を嚥下しきれずに、動揺を口の中で転がしていた。
「えっと、本当に?」「発射用意って……」「撃つん、だよな?」「でも、交戦権ないのよ?」「なずなと同じだろ、ガッツ見せろって事だ!」「そんなの今まで一度も」「そりゃなかったけどさ、逆に言やあ、だから今なんじゃないか?」「特攻隊って、事か……ッ!」
覚悟と尻込みの声が入り混じる。
そんな彼らを鼓舞するかのように――そこに生徒会の腕章を持つ男が闖入した。
馬鹿である。
「心配すんな。もう喧嘩出来んだからよ、俺らは」
見事な禿頭に威圧的な三白眼の持ち主にして、生徒会副会長・友原巳継だった。
彼の真剣な表情を目にした生徒達は、驚愕に表情を染め上げる。
「巳継……ッ!」「おいやべえ馬鹿が来たぞ!」「お願い帰って馬鹿がうつるから!」「お前が帰らないなら俺が帰る!」「馬鹿テメエ金返せ!」「裏ビデオもだ馬鹿!」「嫌あああ目が合ったもうお嫁に行けないいい」「退避! 退避ーっ!」
「テメエら緊張感大事にしよう? な?」
呆れる巳継を尻目に、とにかく生徒達は各々の事情で慄く。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるその様子は、一瞬にしていつもの学園風景を取り戻していた。
実は虹子の差し金で、巳継が登場すれば緊張も緩和するだろうとの思惑があったのだが、ここまで効果覿面だとはさすがの本人も予想していなかっただろう。
巳継への罵倒で見事な団結を見せる生徒達。
それをうるさそうに半眼で見ながら、ばつが悪そうに頭を掻いて巳継は、
「分ぁーったからテメエら準備しやがれっての。この俺様が――」
罵詈雑言を縫って告げた巳継の声は、不思議と皆の耳に届いた。
まるで、天啓のように。
「――男族代表の俺様が言ってんだ、さっさとしな」
ぴたりと、喧騒がやんだ。
一転して、水を打ったような静寂が広がる。
口をぽかんと開けた皆の視線が集中する先、巳継は己が言葉を反芻する。駄目押しのように。噛んで含めるように、既にして起こった事実を。
「人族はもうねえ。いま俺らは男族と女族で、同盟下にある。交戦権があんだ。だからよ、やっちまえって。そういう事だ」
腕組みして言う巳継に、おずおずと尋ねる声があった。天戮を任された班の班長だった。
「……なあ馬鹿。それって、つまりそういう事なんだよな」
「おう」
「ああ、そうか。そっか。そうなのかあ……」
彼ばかりではない。水滴から波紋が広がるようにして、その場の全員が理解していった。そしてそれを裏付けるように、虹子の言葉が夜気を震わせる。
『ごめんなさい、皆さん。つい先程、私は巳継先輩と同盟を交わしました。それぞれ女族代表と、男族代表として。皆さんの了解もなく進めてしまった事は謝ります。でも、迷ってる時間はなかったんです。私達は、どうしたって戦ってかなきゃいけないんですから』
「そういうこった。悪ぃな、相談もなしによ」
「あー、まあ、何つうかあれだな。不思議と落ち着いてるわ」
そんな自分自身の心境こそ不思議がって、班長は苦笑して頬を掻く。
そうして、
男族と女族に別れて同盟を組んだ、
かつて人族であった彼らは、
実に十五年ぶりに交戦権を得る。
だがその代償として、男女は互いに異族として認識されるようになり、一切の性交を禁じられた。
それは種の存続を禁じられた事と同義であり、つまり彼らは、人族として再統合しない限り、ものの数十年後には滅ぶしかない。
種の再統合には、オルテラから課された条件を満たさなければならない。
即ち、龍魔に勝利する事である。
「そっかあ、遂にかあ……。あははは、泣くなって。なあ」
班員の中には涙する者もいた。その大半は女生徒だった。しかし臆面もなく声を上げて泣くような真似はしていない。ただ静かに、歯を食いしばって事実を受け止めていた。
特に気心の知れた班員に視線を転じて、班長は訊ねる。
「なあお前、童貞?」
「ど、童貞ちゃうわっ」
「マジかよ」
「いえすんません嘘つきました」
「あはは、何で見栄張ったよ。なあ馬鹿、お前はどうよ?」
「俺の嫌われよう目の前で見てたろーが」
「だよなあ。そっかあ。じゃあ、あれだな。――勝たねえとなあ」
穏やかとも空虚ともいえる心地のまま呟く班長に、涙を拭いながら女生徒が吹き出す。
「最低。あんたエッチするために戦うわけ?」
「んー。そうだな。まあ、そんくらいの気負い方がいいんじゃねえかと思うんだよ。どうせ俗物だし。な?」
「言えてるなそれ。うわマジか勝たねえとエロい事出来ないとかハードだなー俺の人生」
「あーあ。勝つまで私も告白お預けかなあ」
「え、え、だだ誰に!?」
「何それ動揺しすぎでしょ。え、もしかしてアンタ――」
班員達も軽口で応じながら、覚悟を固めていく。
流れるような動作で迫撃砲台を起動し、点検し、安全装置を外し、照準を合わせていく。
訓練で散々繰り返してきた動作だ。今更、間違える事も迷う事もない。
手は休めないままに、ふと班長が巳継へと言葉を投げる。
「なあ巳継、気をつけろ――ってか、勘違いしないようにな」
「あんだよ?」
「俺らは天戮を任された、言ってみりゃ開戦のラッパ吹きだ。転ぶわけにはいかねえ肝心要の初っ端を担う分、選ばれてんのはエリートばっかだ。メンタル強ぇ奴ばっかなんだよ。だからお前らの選択を受け入れるし、任務を全うしようって切り替えが早い。でもな? 他の奴らじゃ多分そうはいかない。強え奴ばっかじゃない。寧ろ弱い奴のが多いだろ。いま魔女に向いてる混乱とか敵意とかってもんが、明日になったらお前らに向いてるかもしれない。だからよ、勘違いしないようにな?」
正鵠を射た友人の忠告に、馬鹿は不敵な笑みを返した。
「んな先の事知るかバーカ」
ふてぶてしい返答だが、その剛胆さには却って頼もしさを感じてしまう。
班長もまた笑みを浮かべる。
「だからお前は馬鹿なんだよ。――いつまでも馬鹿でいろよな馬鹿」
「うっせえ明日から超インテリだから俺。揃えるし。家具とか」
「……インテリってインテリアの事じゃないからな?」
一抹のどうでもいい不安を覚えたところで、砲台の準備が整う。
深呼吸する。
殺すために引き金を引くのは初めてだ。
出来るか、と自問する。
命のやり取りをする事の葛藤は、どうしたって払拭しきれるものではない。
だが、やるしかない。
殺すか殺されるか――自発的ではないにせよ、自分達は既にその境界に立ってしまっているのだから。
もう一度、深呼吸する。
「さて――」
覚悟を確かめる。
一糸乱れぬ力強い動作で、班員達は向ける――人の叡智で研磨された、鋼鉄の砲口を。
スコープを覗き込み、班長はこの状況を作り出した元凶を捉える。
「とりあえずはよ――魔女に一泡吹かせてやろうぜ?」
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