集結のカーストライブ

【セント】ral_island

序章

第1話 辛気臭いって言ってるの

「お疲れ様。代わるわよ」


ふとした声の闖入に、少年はリクライニングを起こして背後を振り返った。薄暗い室内に浮かび上がるのは一人の少女。

腰まで伸ばした黒髪には僅かに朱が混じり、意志の強さを反映させたような独特の艶を放つ。切れ長の双眸や大きな瞳、そして深夜にも関わらずきっちりと制服を着用した姿は、彼女の真面目さを体現していた。

年の頃十代後半、長身痩躯でスタイルも良く、学校の皆は一様に彼女の事を高嶺の花と称し、遠巻きに眺めるしかなかった。


そんな美少女を前にして、しかし少年は緊張する様子もなかった。


「ああ会計殿か。随分と早いのだな」


淡白に言って壁掛け時計を見やる少年は、少女と年の頃は変わらない。しかしながら、随分と背が低い。百四十センチ程度の上背に華奢な身体は、精悍さよりも可愛らしさの方が先に立つ。彼は袖の余った部屋着をまとい、寛いだ態度を見せていた。


「十分前行動は基本よ」


答え、少女は腰に手を当て眉根を寄せた。


「それより田路彦たろひこ。その会計殿って呼び方、何とかならないの?」

「うむ。難しいのだ。会計殿は会計殿だし、副会長殿は副会長殿、会長殿は会長殿なのだ」


検討する素振りさえ見せずに、田路彦と呼ばれた少年は前方へと向き直った。彼の見る先では、縦横五つずつのモニターが壁一面に並べられている。そのどれもが別々の映像を中継しており、画面の端にはそれぞれAからYまでのアルファベットが振られていた。

映し出しているのは、街中の各所の映像だ。とはいえ、消灯時間をとうに過ぎた夜更けに出歩く影はない。


「はあ、まあいいわ。他に役員が増えた時にでも、また進言させてもらうわね、仮役員殿」


皮肉混じりの言の通り、彼の腕の腕章には「生徒会仮役員」の文字があった。


「はいこれ、差し入れ」

「む。かたじけないのだ」


少女の差しだした菓子袋を受け取ってから、田路彦はノートを繰る。表紙に「報告書」と書かれたそれに、定時報告を書きこんでいった。いつも通り、「異常なし」と。


「ねえ、どうして照明つけてないの?」

「む? ああ、蛍光灯が切れているのだ。副会長殿が交換する予定だったのだが、案の定、忘れていたようだ」

巳継みつぐ先輩ならやりかねないわね。全く、明日きつく言っておかなくちゃ」

「モニターの明かりで手元も見えるし、別段不便もないのだ」

「辛気臭いって言ってるの。ただでさえ飾りっけない部屋なんだから」


室内には二つのデスクがあり、一つは田路彦の座す目の前にある。もう一つは隅にひっそりと置かれ、コンピュータが鎮座しているが、乱雑に置かれた書類の山に埋もれていた。


「何か問題はあった?」

「いや、いつも通りなのだ。人っ子一人よぎりやしない。余りに平穏で代わり映えのない映像は、まるで悪質なヒーリングムービーでも見ているかの――」


――ようだ、と続けるはずだったはずの口は、しかし俄かに絶句する。

ガサッと足元で、何かが音を立てて弾けた。硬直した手元から、するりと菓子袋が落下していた。しかしそれに田路彦は一瞥もくれる事はない。少女もまた同様だった。


「馬鹿な……」


Kのモニターの向こうに人影があった。それも複数が確認できる。相当な速度で移動している。動体センサつきの監視カメラがその姿を追うが、たびたびフレームアウトを起こしていた。

それは起き得ない事だった――が、確認できる影は確かに三つ。

暗夜で判別しづらいが、一つは田路彦や少女と、同年代と思しき少年である。彼は先頭を疾駆し、背後を気にかけているのだろう――縦横無尽に軌道を変えて移動していた。


だが二人を驚愕させたのは、その少年を追う、残る二つの影の方である。


その威容は視界の悪さなど歯牙にもかけず、観測者に畏怖を植え付けるものだった。

それらは三メートルを優に超える体躯を躍らせながら、少年を追っていた。筋骨隆々たる肉体は鋼の如き鱗で覆われ、地を踏む巨足の間からは、太く雄々しい尻尾が跳ねる。大木を思わせる剛腕の先には鋭利な爪が伸び、そして――首から上に鎮座する、角を生やした蜥蜴の頭からは、ずらりと並ぶ牙が覗いていた。


其れは古来より神話や伝説の類で語り継がれて来た、巨大にして最強の怪異――


「龍族……」


少女の呟きを肯定するかのように、室内にサイレンが響き渡った。天井の非常赤色灯もまた、慌ただしく明滅を始める。

少女は弾かれたようにコンピュータへ向き直り、田路彦は机上の地図へ視線を走らせた。


「田路彦!」

「対象が通過したのは、五番ゲートなのだ……っ!」

「つまり、真っ直ぐこっちへ向かって来てるって事ね」

「そちらの監視記録はどうなのだ?」


ちょっと待って、と答えながら、少女はキーボードを叩く。その動作はどこかたどたどしく、不慣れである事を如実に語っていた。

ようやく、監視の要となるコンピュータにいくつかの文字が浮かび上がった。


「ゲート通過者は三名。うち二名がアンノウン。一名は登録が――。登録が、ある……?」

「何……?」


それもまた、起こり得ない現象だった。


「登録済み? つまりあの男は、此処の出身だと?」

「し、知らないけど防衛システムが言ってるのッ! ――何者なのよ、あいつ……」


モニターを振り返る。瞠目の視線が捉えるのは、必死に逃走を続ける少年の姿。コンピュータは無機質に、彼を知己として認可する旨、そしてその名を表示している。


高天原たかまがはら桐吾とうご……」


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