葛尾はみといつかは終わるモノたち

よもぎぱん二種

 はああー。

 ものっすごく……。

 つっっっっかれたあーーーーぁぁぁぁ…………。


 実行したテストコードから吐き出される大量のエラーログに心底うんざりし、机に突っ伏す。


 なんだろうねこれ。

 なんで二月、三月ってのはこう忙しいものかな。

「年度末だからねえ」という声も聞こえてきそうだが、年度末とかあんまり関係ないようなプロジェクトだったりしても、なのだ。

 なぜか、毎年毎年、忙しい。

 呪われてるの? 私。

 葛尾はみは呪われているの? 如月February弥生Marchに。

 いくら休日出勤や深夜残業への耐性が高い私でも、こりゃあ堪える。



 ――で。今、何時?


《すでに二一時過ぎですマネージャー!》


 ――で、今やっているタスクの終了見込みは?


《はい! すんなりいっても四時間はかかると思われます!》


 ――このおバカっ!


《ひいっ!?》


 ――そのままやっていたら二五時過ぎじゃないの! 深夜アニメのCMくらいでしか見ないような時間表示でしょ!


《TVアニメ『孤独のジャンクフード』、毎週月曜深夜二五時三〇分から! 深夜に見ちゃっても、知らないよっ♡》


 ――放送局側、狙ってやってるだろその放送時間……っていやそうじゃなくて! あなたはもう帰りなさい。少なくとも、少し休んで、きりのいいところで切り上げること。何日続けて終電まで仕事してるの。


《でっでも、これ明日の昼までに終わらせておかないと……》


 ――いいから! もし間に合わなかったら、責任は明日の私が取るから! あなたは魔除けでもしてなさい!


《ま、マネージャー……!》



 脳内マネージャーとの打ち合わせ終了。

 うん、休めって言ってくれたから、少し休むとしよう。そしてなるべく早く切り上げる。

 ……最終的に責任は私にくるんだけど。

 責任とってよ、脳内マネージャー。

 まあ、私だけど。




 しかしマネージャー、なんなの魔除けって。明日の午前滞りなく進むようにお祈りとかならまだしも……あ。

 魔除け・・・で思い当たるのが、ひとつ。いや、ふたつ。

 最近お気に入りの、アレ・・のことかな。

 ちょうどそれが売っている、緑と青のコンビニに行こうとしていたところだ。ちょうどいい。


〈♪てれれれれれーん、てれれれれーん〉


 特徴的な入店音が私をお出迎えしてくれる。

 落ち着くよね、いつものって。

 そして私は迷うことなくパンコーナーへ直行。

 いるかな? いるかな?

 ……うむ、いるね。ふたつとも。

 薄緑色の輪っかは『よもぎぎゅうひを包んだよもぎと小豆のちぎりぱん』。

 濃緑色の楕円形は『よもぎ餅みたいな蒸しぱん』。

 どちらもよもぎ。季節限定、春の味わい。

 よもぎって、昔から魔除けとか薬草として使われていたんだとか。

 まあでも、それよりなにより、いいにおいがしておいしいのが一番だな。私的には。

 ああ、あの香りを思い出したらおなかすいてきた。

 どっちにしよう。どっち?

 もちもち! もちろん、どっちもだよ!

 早く早く! 早く買って、食べよう!!




 さて。コンビニから戻り、自席。

 ほんとにここ最近、このよもぎぱん二種をほおばることくらいしか癒やしがなかった。

 今日はもう、ふたつ一気にだ。全力で私を癒やして!


 さー、いただきます!

 まずは『よもぎぎゅうひを包んだよもぎと小豆のちぎりぱん』から(名前長いよ)。

 薄緑色のドーナツ状のパンを袋から取り出す。

 すぐさまかじりつきたい気持ちを抑え、もちもちした生地をちぎってやる。

 そうすると、中から小豆入りのよもぎぎゅうひが顔を出す。

 これ……これ!

 ガマンできずに、ちぎった一片まるごと口に放り込む。

 ああ……ふわふわもちもちしたよもぎ生地をかみしめると、さらに中からよもぎぎゅうひでもちもちがブースト。そしてたっぷりのよもぎの香り。

 幸せ……。


 よし、もっとだ。もっと私によもぎを。

 まだちぎりぱんは残っているけど、次のよもぎも味わってしまおう。『よもぎ餅みたいな蒸しぱん』。

 ちぎりぱんと比べると、ものすごく濃い緑色をしており、さらなるよもぎの香りへの期待が高まるのだ。

 手に持つと、しっとりもちもち感、そしてずっしりと重量感。本当にお餅みたい。

 こちらは、そのままかじりつく。

 もちっ、からの、すぐさま口から鼻に抜ける激しいよもぎの匂い。

 うわあやっぱりきた。よもぎ、よもぎ、よもぎ!

 もぐもぐするほどに、よもぎの香り。表面に散りばめられた小豆と、裏面に埋め込まれているつぶあんの甘みが引き立つ。

 んはあー、たまらん……。



〈♪てれれれれれーん、てれれれれーん〉


 どこからか、聞き覚えのある入店音。

 と思ったら、デスクトップPCの裏から、小指ほどの大きさのかわいいの妖精さんが、わーっとふたりで駆けだしてきた。


「どーも!『まぐわーつ!』です!」

「今日はよろしくお願いしまあす」


 ふたりとも、某アイドルグループ風の制服だ。正規表現で言うと、『[A-Z]{3}アルファベット3文字[0-9]{2}数字2文字』系のグループね。

 アイドルデュオなのかな。『まぐわーつ!』って。

 よもぎの英名がmugwortだったっけ。


「ねえねえ! むーちゃん!」

「なあに? ちぎちゃん」


 なんか元気そうなほうは、薄緑色ベースの制服に、ちぎりぱんみたいな丸眼鏡。ちぎりぱんちぎちゃん

 おっとりしてそうなほうは、濃緑色ベースの制服に、蒸しぱんみたいなベレー帽。蒸しぱんむーちゃん

 はみ、覚えた。


「あたしたちのグループ名なんだけどさ!『まぐわーつ!』」

「うん、まぐわーつ」


 うんうん。


「なんかこう、魔法とか使えちゃいそうじゃない!?」

「魔法」


 うんうん。

 あ、むーちゃんの手にいつの間にか餅つきの杵が。


「そんでね、帽子がしゃべって組分けしてくれんの!」

「帽子」


 うんうん。

 あ、むーちゃんが杵を振りかぶっている。


「『おまえはそうだな……ヨモギモチ!』わー!! みたいな!?」

「それはどこぞの魔法魔術学校だよ、ねえ!」


 うんうん。ほぐわーつほぐわーつ。一文字違いだ。

 すこーん。むーちゃんのフルスイング杵がクリーンヒット。

 ああ、きれいに空中コンボが決まりそうな飛び方だねえ、ちぎちゃん。


「まったねーーーーぇぇぇぇ…………!!」

「今日はありがとうございましたあー」


 ぱちぱちぱちぱち。一応、拍手で送り出してやる。

 片や彼方へ飛ばされ、片や舞台袖PC裏へはけてしまった。



 なになに? アイドルデュオと見せかけて漫才コンビだったの?『まぐわーつ!』。

 ああいや、アイドルも生き残りが大変だろうからねえ……。一芸として持っているのだろう。世知辛いね。


 まあなんにせよ、癒やしは充分にもらえたかな、うん。

 残ったよもぎぱんを食べながら、とっとと切り上げよう。


 明日の私に、『まぐわーつ!』の魔除けが効きますように。

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