その29「じゃっじ」





 さて、吉田さんはドコにいるのかな。

 あのフード姿だから、すぐに見つかると思うんだけど。


 ああ。いたいた。

 やっぱり遠目でも目立つなあ、吉田さん。


 小柄で地味な格好なのに、ほぼ顔全体をおおうフードから漂う、並々ならぬ雰囲気が原因だろうか。


 私は吉田さんが居る、吊り下げパネルに『CPU』と書かれた場所へと向かう。

 吉田さんは何やら、商品棚に並べられた小さな箱を手にとっては、品定めでもするかの様に、商品を物色しているようだった。


「吉田さん。いいですか」


 私は彼女の少し後方に立つと、吉田さんの背中に向かって、声をかける。


「あら。もう決まったの」


 声に気付いた吉田さんが、手に持った箱を棚へ戻しつつ、此方へと振り向いた。

 振り向いた拍子にフードがめくれ――る事もなく、あいも変わらず表情の見えない顔を、私に向けてくる。


「はい。一応、決まりました」

「そう。では、見せて貰いましょうか。貴女の選択を」


 何なの、そのカッコイイ物言い。

 どことなく厨二心をくすぐる響きが、たまらないような、こそばゆいような。


「ん。どうかした?」

「い、いや。何でもないです」


 吉田さんを伴って、私は再びケースコーナーへと赴く。

 メモリが選んだ、例の『透明板クリアパネル』のケース。その前で立ち止まった。


「その。これ、なんですけど」


 そして、背後に立つ吉田さんに見えるように、ケースに向かい、手を差し伸べる。


「ふむ」


 一瞬。刹那せつなの時間。

 見えない筈の吉田さんの瞳が、何故かギュピーンと輝きを発したような気がした。


「ど、どう、ですかね」


 恐る恐ると言った風に、私は吉田さんに選択の是非ぜひを問いかける。


「貴女も、光物派閥に入り込む気なのかしら」


 や、ヤバイ。やっぱり『透明板クリアパネル』は鬼門でしたか!?

 あの店員さんの様に、私も色々とお説教されてしまうのだろうか。

 そうなったらもう、たぶん私、ミジンコよりも小さくなってしまうかもしれない。


 あ。でも、ちょっと良いかも、それ。


「い、いやあ、そう言うわけでは。あ、あははは、はは」


 ひたいから流れ落ちる汗の冷たさを感じつつ、私はぎこちない笑顔を形作る。

 吉田さんから、何となく並々ならぬ圧力を感じるような気がした。

 私の錯覚だと思いたいデス。


「まあ、好きに選んでみなさいと言ったのは、私だものね」


 お説教が始まるかと思いきや、吉田さんはそこで引き下がってくれた。

 彼女はメモリが選んだケースへと近付くと、ケースに触れたり、ケースの内部を覗いたりし始める。


「うん。良いんじゃないかしら。値段も手頃。作りも値段の割には悪くない」


 お。意外と好反応?

 私には良し悪しはサッパリ判らないけれど、メモリが気に入った『おうち』なんだし、このままOKが出たら有り難いんだけどなあ。


前面フロント背面リアに、標準で『ファン』も付いているから、エアフローも問題無いわね」


 吉田さんが指差した物は、手の平にのっかる位の大きさの、小さな扇風機である。

 ケース内部に取り付けられた扇風機。どうやらそれを『ファン』と呼ぶようだ。


「エアフロー?」

「ケース内の空気の流れの事よ」


 吉田さんが言うには、ケースの前面フロントの下部に取り付けられた、『ファン』が外気を吸気し冷却、背面リアに設置された『ファン』が、ケース内部の熱を排気する。

 それぞれ、そう言った役割があるらしい。


「ファンを使い、ケースの中に空気の流れを作ってやる事で、ケース内部に熱がこもりにくくなると言うワケ」


 なるほど。吸気と排気ね。

 吉田さんが言っていた『風通しの良いケース』って言うのは、そう言う事なのか。


「けれど、そうね」


 そこで吉田さんは一度言葉を途切らせる。

 腕を組み、何かを考え込んでいる様だった。


「グラフィックボード冷却用に、側面にもう一個ファンを追加した方が良いかも」

「追加。それって、簡単に追加できるものなんですか」

「ええ。ドライバー一本さえあれば」

「ど、ドライバーだけで?」

「そうよ。取り付けは基本、ネジ止めするだけだしね」

「ほええ」

「ちょっと待っていて」


 吉田さんはスタスタとケースコーナーから立ち去ると、どこかへと移動する。

 少しの間の後、戻ってきた吉田さんの片手には、透明な箱に詰められた『ファン』が握られていた。


「この14cmファンも一緒に買っておきなさい。側面に取り付ければ、とりあえずの冷却は問題ないわ」

「は、はい」

「この透明板クリアパネル、正方形の対角線状に、四カ所ネジ穴が開いているでしょう」


 言われてみれば確かに、五~六ミリほどの大きさの、ネジ穴が開いている。

 更に穴の付近には、見た感じ吸気口の様な、直線状の穴が数本、開いていた。


「ここは、例の熱くなる部品『グラフィックボード』が設置された場所に近い位置なの。この場所にファンを追加で取り付けて、ネジ止めする」

「ふむふむ」

「ファンを吸気するように取り付ける事で、特に熱を持つグラフィックボードに、直接外気を当て、効率よく冷却する事が可能よ」

「はー。用途に合わせて、色々と付け足したりとかできるんですね」

「ええ。それもまた、自作PCの利点ね」


 冷却一つとっても、これだけ色々と考える事、できる事があるんだね。

 パソコンって奥が深いわ。

 なし崩し的にとは言え、私もびぃーてぃーおーパソコンの所有者として、少しは勉強した方が良いのかな。


「概ね、こんな所かしら。見た目に関してはともかくとして、結構良いケースよ」

「よ、良かったです」

「後は店員を呼んで、このケースが欲しい旨を伝えれば大丈夫だから」


 ふぅ。よかったよかった。

 ダメ出しされると思っていたけれど、吉田さんが頭の柔らかい人で助かった。

 アッサリ吉田さんのOKが出た為、思わず安堵の吐息が漏れる私であったとさ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る