その16「おぺ」
「ごめんなさいでした。調子に乗りすぎました」
「解ればよろしい」
猛省する私を、ゆかりちゃんが呆れ顔で見ている。
その視線は、まるで変質者でも見るかの様に、冷ややかな物だった。
いやー。さっきまでの私は、何だか色々とおかしかったんです。
むーたん分の不足と、パソコンが直るかもしれないと言う事実。
それらの二大要素が、私をナチュラルハイにさせていたのだろう。
いわゆる、むーたんキメ過ぎ状態と言う奴です。
ダメ、ゼッタイ。
「結局のところ、そのむーたんがどうしたってのよ」
「んとね」
私はゆかりちゃんに、事の次第を話す。
あんな事をした後だと言うのにさ。
なんだかんだでゆかりちゃんは、しっかり話を聞いてくれるんだよね。
やっぱり良い子ですわ、この子。
「はあ、成る程ね。パソコンに水をかけて、壊しちゃったと」
「うん」
流石に、メモリの事を話すわけにもいかない。
だから、どう言う経緯でそうなったかは伏せておいた。
「だけど、従兄弟さんが直せるって言ってたんでしょ?」
そう。
今朝、私はケータイでたくちゃんとやりとりをしていた。
パソコンの電源スイッチが壊れた事を伝えたら、たくちゃんは「それなら大丈夫。まだなんとかなるよ」と言っていたのだ。
「そうみたい。でも」
「でも?」
私はそこで、一度言葉を止める。
別に話を勿体ぶるわけではないが、何となく重々しい雰囲気を演出してみる。
ゆかりちゃんが固唾を呑んで、私の様子を見守っていた。
「なんかね、『移植手術』をしなきゃいけないみたいなの」
「は?」
私の言葉を聞き入れたゆかりちゃんが、目を丸くしていた。
パソコンの話をしていた筈なのに、話題に相応しくない単語が聞こえた為だろう。
「ごめん、何て?」
「移植手術」
「はぁ?」
ポカンとするゆかりちゃんに対し、私は至極真面目な表情で、言葉を述べた。
「それ、パソコンの話、よね?」
「うん、そう」
ゆかりちゃんが、たくちゃんから話を聞いた時の私と、全く同じ反応をしていた。
だよねー。普通、そう言う反応するよね。
「中の部品を取り出して、新しいケースに移植するんだって」
新しいパソコンのケースを購入し、それに今のパソコンの部品を移植する。
最初聞いた時は私も、『そう言うのもあるのか!』と、目から鱗だった。
どうやら私が購入した『びーてぃーおー』のパソコンは、『自作パソコン』と言う物と、同じ部品を用いて作られているらしい。
だから、『自作パソコン』用のケースを購入すれば、中の部品をそっちに移すことで、そのまま利用できる、と言う事らしいのです。
結果、パソコンはそれまで通り普通に使える、と。
「へー。パソコンに詳しいと、そう言う事もできるのね」
ゆかりちゃんが素直に関心している。
確かに、こう言う機械って、壊れたら『そのまま放置』が一般的だもんね。
普通の人は『自分で直す』なんていう発想に、まず至らないもの。
「でもね、それには少しだけ問題もあって」
パソコンが『移植手術』によって復活すると言う事。
それには、一つの『条件』があったのだ。
その『条件』こそが、私が若干落ち込み気味だったことの、原因でもある。
「問題って?」
「お昼に、たくちゃんとケータイで話していたんだけどね」
「うん」
「自分で、やってみなって」
「へ?」
「『ねーちゃん、手先器用だから、勉強の為にも自分でやってみな』って、たくちゃんが言うの」
「あー」
私はたくちゃんから、そんな無茶振りをされていたのです。
正直、今回もたくちゃんに全てお任せしようと考えていた所に、この提案ですよ。
「それでね。今日の帰りに、何故か一人でパソコンのケースを買いに行く事になってね」
たくちゃんは、電車で片道一時間はかかる隣町に住んでいる。
平日、学校帰りにコチラへ来るには、学生には若干厳しい距離である。
休みの日でも良いから、一緒に行ってくれないかなと、私はたくちゃんに提案したのだけれど。
たくちゃんが「それまでねーちゃん、むーたん我慢できるの?」と言う、恐ろしい一言を返してきたから、さあ大変。
今日は火曜日。次の休みの土曜日まで、結構な間がある。
それまで私は、むーたんレスに耐えられるのか。
いや、耐えられない。無理です。
そんなやり取りが、お昼にたくちゃんとの間で行われ。
結果的に、私は一人でパソコンのケースを買いに行くことになりました。
更に、なし崩し的に、移植手術も自分でやってみることになりました。
朝の浮かれ気分から一転して。
お昼から私は、喜びと憂鬱が入り交じると言う、奇妙な感覚に苛まれた。
その結果が先程までの、現実逃避同然のむーたん製造工場だったわけで。
話がそう言う展開になった事で、私の中では様々な想いが葛藤していたのだ。
初めてのパソコンショップ。
知識も無いのに、パソコン部品の移植作業。
移植に失敗し、部品を壊した時の恐怖。
その結果、むーたんとずっと離れ離れになってしまう恐怖。
でも、やらないとむーたんと数日離れ離れと言う恐怖。
数日我慢できれば、それで良い。
でも我慢の末に、私のノートがどんな混沌と化すのか。
カオスな私のノートが、どの様な『むーたんクリーチャー』を生み出すのか。
あるいは、隣の席のゆかりちゃんにも、被害が及んでしまうかもしれない。
私のノートが、ゆかりちゃんの正気を奪う為の概念兵器となってしまう。
結果、ノートを見たことで精神を粉砕されたゆかりちゃんは、こう叫ぶのだ。
「わたしは しょうきに もどった!」 デレレレー♪(謎SE)
――と。
うん。考えただけでも、恐ろしい。
そんな悲劇を、起こしてはいけない。
惨劇を、回避せよ。
ゆかりちゃんのアイデンティティ・クライシスを、未然に防ぐのだ。
とまあ、そんな感じで。
私は自分の心境を、事細かにゆかりちゃんに説明した。
一言一句逃さず、「しょうきに もどった!」の下りも含めて。
今朝から私の脳内では、そんな悩みの無限ループが発生していたのです。
面倒見が良くて、優しいゆかりちゃんなら、きっとこの苦しみを解ってくれる筈!
「正直、色々なプレッシャーがありすぎて、ツライデス」
「うん、まあ」
私の嘆きを聞き入れたゆかりちゃんが、反応に困っている。
それでもゆかりちゃんなら! ゆかりちゃんならきっと、何とかしてくれる!
悩める私に、ココぞとばかりに冴えたアドバイスの一つを……!
「がんばってね」
この子、頭のキャパシティが追いつかずに、話題を放り投げよった。
「ハイ」
流石のパーフェクト・ザ・ジョシィでも、この手の話題は専門外だったようです。
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