タイムトラベルカンパニーへようこそ!
ぜろ
第1話
「やぁね、気味の悪い」
「何を抱いているのかしら」
「ママ、あれー」
「見ちゃいけません!」
「ママの言うこと聞かないとああなるのよ」
「汚いー」
「パパ、猫」
「あれ、死んでるんじゃない?」
「気持ち悪いったらない」
たくさんの声が聞こえた。
僕の周りでたくさんの声が聞こえた。
たくさんの声。
伸ばされる手は一つだってないのに、声だけはたくさん聞こえた。
腕の中の猫。ただ一人の友達。車に轢かれてぼろぼろ。どこに行けば治してもらえるのか判らない。だからずっと腕に抱えっぱなし。変色を始めた身体、虫を払おうと手を振ると頭がごろりと道に落ちてしまった。それを拾おうと身体を屈ませると、ぼろぼろと猫の欠片が落ちる。どうして僕はこうドジなのかな。ため息をついて、一つずつ、猫を集める。ああ、また落ちちゃった。早く治してもらわないと、全部ばらばらになっちゃう。
「あんた、何やってるのよ」
聞こえたのは声。
顔を上げると、そこには少女が立っている。
僕より少し背が高い。栄養が不足しているのだから、僕が小柄なのは当たり前だけれど。それを差し引いても、一つくらい年上なのかな。キッとした目。ぼろぼろではない衣服。きっと僕のような浮浪児ではない、どこかに家と親のある子供なんだろう。そんな子供から虐められるのには慣れていた、だから僕は視線を地面に戻して、猫の欠片を拾った。彼女はそんな僕の様子に、苛立たしげな息遣いをして見せる。
女の子に絡まれたのは始めてかな、やんちゃなんだな。ぼんやり人事のように考えながら、僕は黙って猫の欠片を集めつづける。だけど腕からぽろぽろと落ちてしまう。蛆虫が落ちる。これは、拾わなくていいや。たまに襲い掛かってくるカラスを腕で払うと、また猫の欠片が落ちた。切りが無い。
「あのねぇあんた」
ひょい。
彼女が猫の欠片を拾った。
綺麗な服が汚れるのをいとわずに、その腕に抱える。
僕はその意味が判らなくて首を傾げる。
「いい、この子はもう死んじゃってるわ。持ってても治らない、それは判る? あのね、死んじゃったものは土に埋めてあげないとだめなの。じゃなきゃ天国に行けないの。こうやってあんたがこの子を抱いてたらね、この子天国に行けないんだからね。そんな可哀想な事しちゃだめなんだからっ!」
言って彼女は足を進める。僕は猫の欠片を追ってその後ろに続く。
「あんた、何にも知らないのね。しょーがないなぁ」
ふんっ、と息を吐いて。
彼女は振り向く。
そして笑う。
「あたしがあんたのお母さんになってあげるんだからっ」
十年前。
僕は多分六歳。
彼女は七歳。
その日から僕達は親子になった。
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