教室井戸端会議 茅ヶ崎ばじるの小話

ぜろ

教室井戸端会議

「だからだ、そこで僕は気になるわけだよ」

「はいはいひーほー」

「何でヒーホー移ってるのさ、ケーシ」

「昼に茅ヶ崎から貰った飴で伝染した」

 当たり前のように嘘だ。

 俺の言葉にあっそー、と息を吐いて、了祐はだからだから、と人の机を叩く。

「特別教室棟の花瓶が消えたんだって! 美術に使うために置いてた奴で、今まで誰も動かさなかったのにある日突然だよ!」

「だから何」

「行方不明だよ、誘拐だよ、泥棒だよ、強盗だよ! 気になるじゃないか、楽しそうじゃないか!」

 つまりネタなのだ。

 了祐とは小学校以来の付き合いで、何の因果か高校に入ってもまだ付き合いが続き、こうして同じクラスに振られている。

 昔から知りたがりな気のある奴だったけれど、まさかそれが高校に入ってまで続くとは思っていなかった。常に虫めがねと植物図鑑を持ってあちこちを観察していたその目が周囲の人間に向けられた時、こいつは新聞部員の道に生涯を捧げると決めてしまったらしい。実に迷惑なことだ。訊き癖のある子は伸びると言うが、明らかに方向性が間違ってる気がするし。

「そこで何か面白おかしく事件になれば、きっと僕も一面トップを飾れると思うんだよね。草稿はもう出来てるよ、『怪奇・消えた花瓶の謎、残された埃の後が誘う行方!』」

「…………」

「どしたのさケーシ、勿論手伝ってくれるでしょ?」

「俺はお前に三つばかり言いたいことがある」

「何?」

「一つ、調査前に草稿を作ったら、それは記事じゃなく小説だ」

「いやいや、ただの大雑把な下書きで」

「二つ、学校新聞は一面しかない」

「僕の特集を作って増ページだよ」

「三つ、五十年ぐらい時を遡って、カストリ雑誌に投稿しろ」

 ぶーぶーぶー! と机をべしべし叩く了祐を無視して、俺はイヤホンの音量を上げる。流れてくるのは八十年代のブリティッシュロックだ。自分の趣味と言うわけじゃないけれど、嫌いじゃないから耳栓代わりには丁度良い。

 了祐はいつものように、よくずれる眼鏡を押さえながら何事かを捲くし立てている。はいはいといつものようにスルーするのも疲れるが、中々に、あしらい方が思い付けない。大体花瓶がなくなったぐらいでそんなにテンションが上がるのはかなり稀有な性癖だ、こいつは花瓶に何か思い入れでもあるのかもしれない。花瓶だって何か辛いことがあって身を投げたり、旅に出たりすることだってあるだろうに。

 無いとは思っているけれど。

 適当に納得するのも大切だ。

 興味の無いことにまで突っ込んで行くのはしんどいし、面倒臭い。そうでないことに向かうべきエネルギーが足りなくなってしまう。宿題する気力とか、そういうものも。了祐みたいに何かにいつも変な情熱を燃やしている奴が隣にいると、自分はいつでも冷却材使用中と言う心地になれるのが、少し便利だった。飛び火させようと躍起になられない限りは、だけど。

「淡野! お前はいい加減席に着け、巣に帰れ!」

「先生巣は違う」

 思わず突っ込む。

 そして、帰りのSHRは始まった。

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