胡蝶の夢

@kenze

第0話 新しい日々

胡蝶の夢。

私は、夢の中で蝶となった。

夢の中で蝶になるなんて珍しい体験だ。

楽しくなった私は、宙をひらひらと舞った。

そして、ふと気がつく。

私は今、夢を見て蝶になっている。

しかし、それが逆だったら。

私が私だと思っている現実がその実、この蝶が見ている夢ではないのだろうか。

もしそうなら私は……。




 俺は夢を見ている。夢の内容は……覚えていない。ただ、悲しく辛い、そんな夢だった気がする。覚えていないけど、多分そんな感じの夢だった。だけど関係ない。夢なんてただの記憶の整理。そう思えばたいしたことはない。だから目を醒まそう。楽しく騒がしい、愛すべき馬鹿な仲間たちのところへ。


「おーいナツ〜。起きろーよー」

「ねぇ。なんでナツくん寝てるの?」

「…ナツさん、おつかれ?」

 声が聞こえる。しかし体がだるくて起き上がれない。これは困った。正直めんどいだけなのだが。

「うーん。どうするか」

「そうね。むしろ鉄製の牛の中に入れて火で炙ってみるとか?」

「…ファランクスの牛」

「秋穂、お前えげつないこと考えるな」

「私じゃないわよ。もっと昔の人が考えた拷問術よ」

「…ちなみにそれを考えた作者が拷問第一号になったという」

「うん。とりあえずお前ら姉妹が冷静に拷問の解説していることに恐怖を感じるからやめて差し上げてくれ。せめて額に肉ぐらいで…」

「え?額の肉をえぐるの?額って肉少ないわよ?」

「…やるなら足の方が肉が豊富です」

「怖ぇえよ!冬香ちゃんもぼそぼそと怖いこと言わないで!」

 聞こえない。すごく物騒なことを話しているけど気にしない。よし、体は徐々に目覚めてきた。奴らが動いた瞬間に逃走するぞ。うん、そうしよう。ピクリと体を動かした瞬間。さっきから一番物騒なことを言っているあの女が殺気を感じた。

「ナツくん起きてるわね」

 ぞわり。何かを感じた。とっさの判断だった。俺は、机から落ちるように横に避け自分の机から距離をとった。

 ザンッ!

俺の机からハサミが生えていた。

「ちっ。ナツくんおはよう」

 ハサミを机にぶっ刺しながら笑顔をこちらに向ける。

「あぁ、おはよう。ドキドキが止まらないぜ。これが…恋?」

「か、勘違いしないでよ。歴史を見ればわかるけど愛情と殺意って表裏一体なのよ」

「大丈夫。9割以上殺意なのは理解している。勘違いする余地がねぇ」

 くそう動悸が止まらねえ。

「相変わらずお前ら仲がいいな」

「…お姉ちゃんたち、らぶらぶ」

 そんな俺たちのやり取りを見ながらほのぼのとしている二人。一体どこをどう見れば仲が良く見えるんだ。

「とりあえずお前ら俺に何の用だ」

 俺は、乱れた服装と整え立ち上がり三人を見た。

「お前が呼び出したんだろう。秘密基地がどうのって」

 ツンツン頭で長身の男。道祖土さいど春人が腕を組みながらため息まじりに言う。こいつは中学時代からの親友で、いつも俺のバカに付き合ってくれるノリのいいやつだ。しかし、これだけは付け加えたい。こいつは俺以上にバカだ。

「そうよ。こっちは生徒会の仕事を切り上げてきたんだから」

「…わたしは暇なのでいつでもどこでも」

 小鳥遊たかなし姉妹。姉が秋穂。妹が冬香ちゃん。正義の姉に小動物の妹。生徒会長秋穂さまは学校でも有名で、正義感が溢れすぎて鉄壁の生徒会長と言われている。対して妹の冬香ちゃんは、いつも秋穂の後ろに隠れてぼそぼそと話をする小動物みたいな子だ。

「…秘密基地」

 一瞬何の話なのかわからなかった。俺は、辺りを見回しここが学校の教室であり、黒板に書かれた日付を見て今日がいつなのかを把握した。そして、徐々に記憶が戻りだし、秘密基地が何のかをはっきりと思い出した。

「あーそうだった、そうだった」

「ナツくん大丈夫…?一回ハンマーで殴る?」

 本気で心配している目で俺を覗き込んでくる秋穂。心配してくれるのは嬉しいのだが、なぜセリフが物騒なんだろう。

 俺としてもなぜ一瞬、今いるここが何なのか理解できなかったことに理解ができなかった。しかし、普通に考えれば別段おかしなことはなく、ただ寝ぼけていただけなのだろうと思い、その疑問は投げ捨てた。

「大丈夫大丈夫。それよりもみんな、秘密基地に行こうぜ!」


チリンチリーン。

「いらっしゃいませー」

 そこは古びた喫茶店だった。カウンターにテーブル席が3つ。少しきしむフローリングに、それなりに埃が積もった感じの内装だった。よく言えばモダンな感じに、悪く言えば廃墟に片足突っ込んでいるような内装だった。中はもちろん無人で、ここ数年は人が入った形跡すらなかった。

「ここが!俺たちの新しい秘密基地だ!」

「うおーー秘密基地!」

 さすがハル。俺たちはパーンとハイタッチをしながらキャッキャと騒いでいた。対して女子たちは、入り口から入ってこようとしない。秋穂は腕を組み、冬香ちゃんはその後ろからチラリと顔だけ出している。

「ねえ。女子高校生二人をこんな廃墟に連れてきて何をする気?」

「…わたしたち二人に手篭めにされてしまうんですか?」

 二人は、ドン引いていた。

「おいハル。俺たちより物騒な生徒会長様が何か言ってるぜ」

「秋穂に手を出したら腕が逆に向いているって噂だぜ」

 負けじとこちらもドン引いてみた。

「あん?」

 どん、秋穂が一歩喫茶店の床を踏みしめた。

「よーし説明をするからとりあえず靴を舐めればいいか?」


「まずは、昨日の夜のことだ」

 ひとまずMK5マジで壊される5秒前だった秋穂をなだめて少しキレイにしたカウンターに座って話始めた。

「それは昨日の夜。俺は自室で刃牙を読んでいた時に起こった。あれはオリバ戦でオリバボールになったあたりだったと思う」

「ねぇその話長くなるの?」

 椅子に座りながらすこぶる不機嫌な秋穂が睨む。本当に怖い。

「ま、まぁ落ち着けって。こほん、それで俺は突然思ったのだ。サラミが食べたい!と」

「あーわかるわかる。突然サラミとかゆで卵とか食べたくなるな!」

「そう!それで俺はコンビニへと向かいサラミを購入した。その帰りに何かいつもと違う何か…いやな空気を感じたんだ。おかしいなぁーおかしいなぁーと思い、俺はふと後ろを振り返ると少し離れたところに白衣を着た男が立っていたんだ」

「…ワクワク」

「冬香。多分とてつもなくつまらない落ちだから楽しみにしちゃダメよ」

「その白衣の男は突如、フラフラーっと俺に近づいたと思ったらそこで、どっさりと倒れた!俺は急いで駆け寄り、男を起こして大丈夫ですかーって声をかけたんだ。男は、か細い声でどこどこへ連れて行ってくれと頼んできたんだ。それがこの喫茶店だったんだ。その男をここに連れてくると……」

「…ハチャメチャが押し寄せるんですね」

 キラキラと目を輝かせる冬香ちゃん。

「ただ道に迷って大学の場所がわからなくて腹が減っただけだったらしい。俺はコンビニでかったサラミを泣く泣く渡して男を介抱して、少し話をして帰ったのだった」

「…泣いてる場合じゃないですよ。え、終わりですか?」

「うん」

 きょとんとする冬香ちゃん。さらにきょとんとする俺。そして二人して首をかしげる。

「はい冬香。バカがうつるからこれ以上あのバカを見ちゃダメ」

「…ナツさんには……がっかりです」

 心底残念そうに言う冬香ちゃん。おおう…なんか冬香ちゃんにそういうこと言われると本当に凹むぜ。

「で?なんでそれで秘密基地がどうのって話になるの?」

 ため息まじりに聞かなければいけないのだろう、と秋穂が少し睨むように言ってきた。

 白衣のおっさんはこの近くの大学の教授らしく、それなりの地位にいるせいか研究室がほぼ自宅と化しているらしい。買ったものの結局、引っ越しすらできずに約2年放置してしまったとのこと。

「ってことでここを秘密基地にしようと思ってお前たちを招待したのだー!」

 ジトーっと見る姉妹。ふう、これだから女子は男のロマンをわかってくれない。

「俺は、賛成だぜ…」

 いつの間にかカウンターの中に入っていたハルがしみじみとつぶやく。

「俺、実は喫茶店をやるのが夢でさ。しかもこんなモダン焼きなふいいんきが好きでな」

「そうだな、モダンな雰囲気でいいよな」

「しかもここって少し通りからはずれてるけど高校も大学も行く人が通る場所だろ?いずれこの喫茶店を本当にオープンさせて名スコップにしたいな」

「そうだな、ここを名スポットにしたいな」

「だから俺は賛成だ!ここで素敵な喫茶店をやりたい!」

 うおーっと叫ぶハルを見て秋穂はまた大きくため息をついた。しかし今度のため息は侮蔑のため息ではなく諦めのため息だった。

「まぁ、悪さをするわけでも不法占拠するわけでもないなら私は別に反対しないけど、一体何をするの?」

「そうだなぁ。今の所ただの溜まり場にしようと思ってるけどハルがいうみたいに本当に喫茶店をするってのもありだな」

「…わたしも喫茶店とかやってみたいです」

「よし!じゃあ満場一致だな!それじゃあここを秘密基地とする!」

 腕を振り上げ宣言する。それに合わせて温度差や音量が違うもののみんな「おー」と腕を上げていた。そうこれが楽しい。何をするわけでもない。気の置けない仲間とこうやってバカをやるそれが楽しい。俺とハルが馬鹿やって小鳥遊姉妹が呆れながらもついてくる。何て素敵な時間なんだ。

 そんなことをしみじみと思っていると、ふと棚の上のダンボールが何かに押されて落ちそうになっているのが目に入った。その下には秋穂がいる。危ない、と思った時には体が動いていた。秋穂を突き飛ばそうと腕を伸ばした瞬間、天地がひっくり返った。

「あれ?」

 受け身を取ったものの背中と頭に強い衝撃を受け、意識がぼんやりとする。ぼんやりとする中、きゃっ、と小さな悲鳴とともに空のダンボールを頭にかぶる秋穂がいた。

 そこで俺は気がつく。どうやらあのダンボールは空だったらしい。そして、秋穂を守ろうと俺が手を伸ばしたところ秋穂にぶん投げられたらしい。これはひどい…。

「な、ナツくんごめんなさい!もしかしてこのダンボールから守ろうとして…?つい投げちゃった」

 ついってなんだついって…。声も出ず俺の意識は闇の中へ消えていった。




「はっ……はっ!はぁはぁ……」

 目が醒めた。喉の奥は乾ききり空気と水分を求めている。口の中も粘っこく唾液を飲み込もうにも、それができない。急いで体を起こして、ベッドの横に置いてるペットボトルをつかみキャップを開ける。とにかく水分を求め、無我夢中で喉へ流し込む。急いで飲んだせいで何度か咳き込み。そして落ち着いた時には軽く額から汗を流していた。

 どれぐらい経っただろうか呼吸を整えやっと頭も覚醒してきた。ゆっくりと回りを見回す。ベッドとパソコンテーブルだけの6畳ほどの洋室。カーテンからは光が漏れているが部屋が薄暗い。

 俺は、膝を抱えるように顔を伏せ今起こったことを思い出していた。そして状況を把握して顔を上げ、天井を見た。


「懐かしい夢を見たな」


 そう呟くと目尻から涙が流れた。

 その涙は寝起きによるものか、先ほどの夢によるものかわからなかった。


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