短編Ⅱ
近峰光
天使
真夜中に浩太は目が覚めた。起き上がって水を飲んでこようと思うのだが、体を動かすことが出来ない。
「これが金縛りってやつかな?」
尚も動こうとしてみるが、どうにも動けない。そのうち、酒の酔いが回ってきた気分になって、ふわふわと浮かび上がるように思えた。
「ははあん、これは夢なのだな」
それなら、夢の中で楽しんでやれと開き直る。身体から心だけが離れて、本当にふんわりと浮んだ。
「おっ!幽体離脱か、あははは、双子のタッチみたいだ」
面白がってはみたが、少し心配になってきた。
「もしや? 俺は死んだのか?」
ベッドに横たわる自分を見ると、安らかな寝息を立てている。浩太は安心して浮遊を楽しむことにした。
しばらくは、寝室の中で天井に張り付いたり、壁にぶつかったりしていたが屋外に出てみたくなり、少し開いていた窓の隙間から外へ飛び出した。
「幽体っていうやつは、自分の思う通りに動けるのだ」
真夏の星空を背にして、浩太は妖精になっていた。その時、どこからともなく浩太を呼ぶ声が聞こえてきた。
「誰だい、俺をよぶのは」
声の主は「ボクは天使だよ」と言った。子どもの天使が近付いてきた。
「君と友達になりたくて、天国を抜け出して来たのだ」
「俺と? それはまた何故」
「君に頼みたいことがあるのだ」
天使は語った。自分が9才の時に父と共に交通事故で亡くなったこと、母と一人の妹が居ること。妹は浩太と同じ大学の同じ学部に学ぶ同期生であることなどを。
「妹に、ボクの愛を届けて欲しいのだ」
「具体的に、俺は何をすればいいんだ?」
「君が僕と出会い、僕が妹の幸せを願い続けていることを伝えて欲しい」
「それを聞いた妹さんは、信じるだろうか、ださいナンパだと思うよ」
浩太は不満だった。態々俺を介さなくとも、俺を呼び出したように直接妹を呼び出して言えばいいじゃないか。
「それは無理なのだ」
今、訳を話せないが、いつかきっと判ってもらえる時が来ると言った。
「妹は信じないかも知れないが、ぜひ話してほしい」
そう言い残して、天使は空の彼方へ帰っていった。
少年の天使と出会ってから、五年の年月が流れた。
「ただいま」
「あなた、お帰りなさい、私、今日病院へ行って来たの」
「風邪を引いたのか?」
「違うわよ、三ヶ月だって」
「おっ、子供が出来たのか」
「男の子だって」
夫婦で食後のワインを楽しみながら、出会ったときの話になった。
「キャンパスであなたに初めて声をかけられたとき驚いたわ」
「そのようだったね」
「あなたったら、知っているはずのない私の兄の話をしたりして」
「なんてダサい手できっかけを作るのかと思っただろ」
「その通りよ、でも運命を感じたわ」
「運命を?」
「わたし、きっとこの人と結婚するのだわって」
「そうなっちゃったね、きっと天使のお導きだと思う」
妻はクスッと笑って、
「ロマンティックだけど、やっぱりダサいわ」
浩太は立ち上がると
「少し酔ったかな?」
言いつつ窓辺に寄り、そして窓を開けた。五年前に出会った子供の天使が微笑んで消えた。
短編Ⅱ 近峰光 @chikamine
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